酒場で話のたねにするための本だった
話をうかがったのはギネス世界記録公式認定員の石川佳織さん。一目見ただけでなにやってる人なのかわかるすごい肩書だ。
「むかしギネスビールの社長さんが狩りに行ったときに『一番速い猟鳥っていうのは何なんだろう』って話題になったそうなんです。
調べたらグラウス(雷鳥)だったらしいんですけど。当時はウィキペディアとかインターネットがあったわけでもないので、こういう世界一を集めた本を作ったらいいんじゃないんだろうかとなって。
ビール会社なのでパブに置いておくのが目的だったんですよね。飲みながら見て話のたねになるように。ミシュラン(※タイヤ会社が遠出をさせるためにガイドブックを作った)もそうですよね。
そして本ができたのが1955年。来年が60周年です」
飲み屋に置いておく本か。新宿ベルクに早稲田文学のフリーペーパーが置いてあったがああいうものかな。
そう考えるとギネス世界記録社にはよくがんばったねと声をかけざるをえない。うるさいと言われそうではあるが。
ギネス世界記録公式認定員の石川さん
世界一が集められた本
石川さんはじめ、ギネスワールドレコーズ社では一年中世界記録をあつめている。すべてはこの本に世界一の記録をのせるためだそうだ。
――どんな世界一があるんですか?
「一番有名なのが世界最高齢の記録。テレビ局が確認をこっちにとるくらいですね。人気があるのは動物のページとか。
むこうの方と話をすると『クリスマスのときに毎年もらってました』とよくききます。
図鑑としてもおもしろいので、イギリスではこの本がクリスマスプレゼントの定番なんです。毎年9月に出るので、この本とあと何にしようかってなるみたいです」
クリスマスプレゼントの本場ではこういうものを贈っていたのか。木みたいなケーキを食うらしいし、文化の輸入元はほんのすこし意外なことになっている。
世界一小さいロバ。図鑑のようなおもしろさで人気があるらしい
「ぼくは消しゴム200個もってますけど記録になりますか?」
――いくつ世界一が載ってるんですか?
「本にのってるのはおよそ4千件でそのうち3千件が新記録ないし更新記録。データベース上で保管している記録が約4万件。申請および問い合わせは年間約5万件きますね」
――……それはやってられませんね
「英語圏だとハードルが低いのか、小さな子供から電話がかかってきたりしますね。
『ぼくは消しゴム200個もってますけど記録になりますか?』とか『どれくらい集めたら記録になるの?』とか。かわいいですよ」
ぼくも食パンの袋をとめるアレを50枚くらい捨てずにもってるのだが……成人男性からこんな電話かかってきたら、ストレス以外の何物でもないな。
世界中で同じ本売ってるため作りが豪華。ARがついてる。
アプリをつかって本をみると、ARで世界一凶暴なハチが画面をガンガン攻撃してくる。よくできてる。
たとえば世界最大信玄餅ってだめなの?
――記録って無限じゃないですか?
「記録には4つ条件があって、測れて、証拠を出せて、一点において世界一で、競い合えないといけないんです。
基本的には更新されていくものが記録として認められます。」
――じゃあ世界最大ハンバーガーだと勝てないけど、たとえば世界最大信玄餅を作ったら新設カテゴリーとして記録になるんですか?
「審査があるんですが、歴史があって同じレシピが広まっている食べ物は認められやすいですね。日本だともっとも長いちくわという記録があります。
それとある程度の長さとか大きさは必要になるんです。しかも大きな器やお鍋を用意して料理しないといけないので。みなさんそこが難しいといわれますね」
大きな勘違いをしていたのだが、基本的には競ってこその記録であるらしい。オンリーワンの世界で一つだけの花はあんまり意味がないようだ。
このARもすごかった。山頂のページのARはエベレストの頂上の風景。画面を動かして全周囲見られる。あの三浦さんも「天候はこんなによくなかったけど、ぼくが見た風景と一緒」といったらしい。
日本の記録は集団が多い
――石川さんは日本初の公式認定員?
「やっぱり日本からの申請って多いんですよね。ロンドンオフィスしかないときに日本人が必要だと思ったらしくて。それで日本人初の公式認定員に。
――非公式の認定員っているんですか?
「それはいないんですけども……」
――日本の申請は多い?
「記録数でいうと世界四位です。アメリカ・イギリスは本自体が根づいてるのでダントツで。三位はドイツ。
アメリカやイギリスだとクリスマスプレゼントとして各家庭にあるんですよね。だから個人でやられてる記録が多く、日本はイベントなどで力をあわせてやる系が多いですね」
記録にも地域性があるらしい。そしてここでも日本はチームワークと勤勉さ。たぶんそこに手先の器用さがくわわる。富岡製糸場のころから言われてそうな話だ。
日本版のみのページには日本の記録が。たしかにイベント系多い。
世界記録を認定するプロがいる
――ギネス世界記録公式認定員ってどうやったらなれるんですか?
「募集は現在してないですけど、必要事項でいうとすべて英語なので英語ですかね。
ただ入ってからの方がたいへんで、最初ロンドン本社でトレーニングをうけてその後も先輩について勉強して一人でやるようになります」
――トレーニング?
「まずギネス世界記録とは何かを叩きこまれて、あとはルールとか計測の注意点が多いですね。スタートはテープの内側なのか外側なのかとか。
たとえば開始の合図は『3、2、1、ゴー』というのが決まってるんですけど、タイミングがちがってくるので自分で発声しないといけないとかですね」
計測にもプロの技が。もし自分がやるなら"おまけ"という概念をもちこんであいまいにすると思う。
ジャンルごとにページになっている。毛は一大ジャンルで「すべての毛に記録がある」らしい
これが世界記録認定の立ち方だ
「クリップボードを持った認定員の立ち方というのもあります。みなさん力を入れて記録を更新してくるのでそれにふさわしい認定式の進め方、認定証のお渡しをトレーニングします。
たとえば認定式に認定証をもって壇上にあがるとみんな記録達成がわかってしまうので後から、とか」
ギネス世界記録の立ち方があるらしい。ぜひ、その立ち方、今年の忘年会の一発芸に使いたいので教えてください。
ロゴがはっきり見えるこの角度で持つ
教えてもらったのだが、みょうに赤ちゃん感ある
世界記録測定の厳密さ
――ぼくも見に行ってたんですけど、世界最長のヘビみこし(※)を認定したの石川さんなんですよね。あれもその場で測ったんですか?
「当日に行って測ってます。あの日は測定士さんも準備していただいたんですよね。資格をもった証明書も持ってきてもらって、そのうえその人かどうか免許証まで持ってきてもらいます」
測定の厳密さは計測方法から測定するおっちゃんにまで及ぶ。
しかもおそろしいのはこのとき認定員は2人いたのでこれだけやって測定士の方は使わなかったという……ウウッ、ほんとうに厳しい。
※
[参考]世界一長いヘビのみこしにギネスが来た!
大蛇祭りでの石川さん。今見るとたしかにクリップボードのロゴが見えてる
「ギネスのメジャーだよ」と村人を興奮させたあれは?
――あのとき村の人たちが「ギネスのメジャー、ギネスって書いてるよ~」と興奮してましたけど……
「計量道具とクリップボードですね。道具はためしてみて一番正確で使いやすいものにロゴをつけて使ってます。
多いのはメジャーとストップウォッチ。あとはクリッカーですね。音の大きさを計る機械ですとかそういうあまり使わない道具もロゴを貼る場合もあります」
おっちゃんたちが興奮してた計測につかうメジャー
接待は禁止
――長谷川さんって子が握手もとめてたんですけど、そういうものなんですか?
「ありますね、写真とかが多いですね。子供に『どうやったらなれるの?』と興味持ってもらえたときはうれしかったです。
ロンドン時代にインドに行ったんですが、ギネス世界記録熱が日本よりも高くて、それこそハリウッドスターみたいな。
みんなにわ~って追いかけられて、どこ行ってもテレビカメラの人とライトの人が追いかけてくるような盛り上がりでしたね。」
さすがインド。10年転がりつづけるヨガの行者さんがいたりする珍記録の本場は、やたらめったらな世界一欲がある。
――接待とかあるんですか?
「それも禁止されていて、お祝い会に来てくださいとか言われても断らないといけなくて申し訳ないですね。
その場は達成できてバンザイなんですけど、その分どこかで敗れてる人もいるわけで……」
たぶんホテルの部屋で窓を見ながら(……おめでとう、老神温泉大蛇まつり)って一人グラスを傾けてるにちがいない、石川さんは。想像だけど。
記録認定員に握手をもとめるヘビまつりの高校生
ただ並べただけのパターン
――認定員が行って認められないとかあるんですか?
「ありますね。実際にあるのは本当に何か勘違いしてたりとか。日本ではないですがフランスで、モザイク画のはずが同じタイルを並べていたり。
そういうときは『あっ!』となるけどそのあとは『じゃあ次回がんばろう』となることが多いように思います。
あとは人数をあつめる系だとどうしても失敗もあります」
おもしろい
失敗したときの気まずさ
――やっぱり気まずいんですかね
「認定員を呼ぶと3回までは挑戦できるんですよ、失敗したときはすごい熱気で盛り上がってきますけど。
世界最多のマスコットが一斉にダンスをするという記録があって、5分間ちゃんと踊らないといけないんですよね。でも着ぐるみなので構造上踊れないキャラクターもいるわけです。
3回チャレンジして15分。最後は見てる人からも『がんばってー!』と声援がとんで、それで記録達成したのですごく感動的な光景だったらしいです」
着ぐるみが感動を呼ぶとは。写真だけ見たが着ぐるみのほのぼのさで、まったくそんな感じではなかった。
こんな風景にそんなドラマが……
世界記録保持者との思い出
――思い出の記録ってあります?
「たとえばコレクションの記録はみなさんコレクターなので一年ごとに増えてまた送られてくるんです。
一年後にひさしぶりの便りがとどくと100個増えてる、とか。こっちの人の方が多くなってしまった、とかドラマがある。
証拠が送られてくるときに『今回ここに行って』とかエピソードも添えられてくるので。長い付き合いになっていってすごく楽しかったんです。
カニの研究をしているような教授がカニグッズを集めていたり。かと思えば喫茶店のお砂糖を集めてるのは『自分は砂糖を入れないから集まってしまった』って人だったり。おもしろい世界だと思いますね」
4000件もの記録がただ事実としてならんでいるが、その一つ一つに物語がある。そう思ってページを開いてもやはり奇人にしか見えないのもおもしろい。
コレクション系は毎年送ってくるのでこういうおっちゃんと長い付き合いになるらしい
いっそのことやめたらいいんじゃない?
――記録合戦はもうそのへんでいいんじゃないか、みたいな思いはないんですか?
「抜きつ抜かれつが記録のおもしろいところなので。
ニュースになるとあ~抜かされちゃったよっていうのがあるかもしれないですけど、当事者はそこで抜かされたらどうしようとドラマが生まれるのでおもしろいと思うんですよね。
ところで、なぜもういいって思ったんですか?」
――村をあげて作ったのに抜かれて、なんかかわいそうだなって……
「う~ん、世界一になるからには他がいるから世界一なわけであって、世界中が争ってるからこそおもしろいですよね」
写真にインパクトがありすぎる
まじめにやるからおもしろい
ギネス世界記録。こういってしまってはなんだが、アホをあつめた本みたいなイメージがあったのだけども実はみんな努力して競ったうえでのアホさだった。
「クリップボードにもかかれている"OFFICIALLY AMAZING"がキャッチコピーのようなものなんですが、まじめにやって楽しもうみたいな姿勢があるんですよね。
記録の部分は非常にまじめにやっていて、それによってアメイジング度が上がっていくんですよね。」
この一つ一つに血のにじむような努力と壮大なドラマがある
なにごともまじめだ。爪を伸ばしてるのもまじめにやってるのだ。……そう思って掃除機に巻かれてるおっさんを見ると感動もアホさも格別である。
でもだからこそ楽しい。私たちももうこれからは、恋も仕事も爪を伸ばしてギネスもあきらめない! あ、ギネス世界記録™でした。