大蛇といっても頭はおじさんと比較してもこんなものだ
道に落ちていたヘビ
祭り会場である老神温泉に着くとすぐ大蛇みこしが見えた。畑にはさまれた農道にヘビが置いてあった。
道にヘビがいることはままある。しかしこれが他とちがうのは、108mあることだろう。
108mある
108mは物というより道に近い
なぜ農道にいたのか。考えてみればこれだけ長いのだから道に置くしかない。
農道ほぼ一本分である。しっぽの先を見に行く者はみな自然と小走りになっていた。100m以上あるものは物というよりコース感がでてくる。
一番むこうの人がしっぽ地点
ここからはじまって (※写真を真ん中で2分割した)
ここまで。電柱4本がつなぐ距離だ。
かつげるのか?
大蛇のかたわらには電柱が四本立っていた。電柱四本でつなぐような距離でしかも中まで詰まっていて重い。はたしてこれかつぐのに何人要るのだろうか?
108.22mはのちの計測で明らかになる
群馬の山奥にある祭り
この大蛇は赤城山の神様。ここ老神温泉は沼田駅からバスで一時間近くかかる山の中にある。
この日、5月10日は平日の金曜でみこしが終わるころにはバスもない。東京から来てると言うとあちこちで驚かれた。
はたしてこの条件で、みこしをかつぐだけの人が来るのだろうか。
老神温泉は山の中にある
ステンドグラスをよく見れば内容が変
なんとこども用もある
ヘビをかついできた地域
大蛇みこしの前に、子供たちが小さめのヘビみこしを担ぐ。子供用や例年かつぐ30m級など全部で5~6体の大蛇があるそうだ。
途中、宿の女将さんが「うちの子供たちもかついでるから(笑)」と私たちを追い越していった。現場では子供たちがみんな楽しそうにかついでいた。ヘビをだ。
ヘビを、といってもあの子たちが変わってるわけではない。ただ地域のおまつりがちょっと奇祭寄りだっただけなのだ。
楽しそう~(ヘビだけど)
かわいい~(ヘビだけど)
そばうち高校生との再会
実は、この祭りのことは以前密着取材したそばうち甲子園出場校の先生から教えてもらった。
[参考]『そば打って泣く!熱闘そば打ち甲子園』
今日はあの高校生たちもたべものを販売してるらしい。
せっかくの再会であるが、そばうち大会ではお互いウルっときていたので会うのがなんとなくはずかしい。
「ギャー! 大北さん! また会えるなんて! 大北さん!」と大騒ぎしてたのにカメラに気づくとカメラ目線でピース。自意識!
口が開けば嵐
近づくとそばうち甲子園に出てた長谷川さんが叫ぶ。この子たちは大げさでなく音として「ギャー」と聞こえる声で叫ぶ。怪獣のようである(※1)。
「大北さん! あたしたち感動したんですよ、あの記事読んで! 大北さん! 大北さん!」異常なテンションの高さにこっちも体に力が入り、身構える。はずかしさどころではなかった。
「大北さん、会いたかった! まさか会えるなんて! 一ヶ月ぶりとは思えない!(※2)」
激しいけんまくでまくしたてたかと思うと、彼女たちは急にだまってピースを決める。カメラに気づいたのだ。自意識アンテナバリ3の多感なお年ごろである。
※1 前回のそば打ち記事では虎のように吠えていた
※2 過剰な歓迎は彼女のキャラクターによるもの
お前たちの売ってんの紹介するんだからピースやめろ、ピースは
写真を意識しすぎるこういう人たち、インドで会ったことある
彼らが売っていたのは学校で商品開発した『えだまメンチ』なるもの。メンチカツに特産の枝豆が入っていてうまい。沼田のココイチでも置いてるらしい。へ~、やるな~。
「けっこううまいね、これ。自分たちで作ったの?」
ふりむけば彼らはカメラ目線でピースサインを繰り返していた。ああ、高校生は思い出作りに忙しいのだ。
ピースやめろよと言ったらこれ。だからポーズやめろよ。
いよいよ大蛇のお出まし
どうやら彼女たちも大蛇をかつぐらしい。地元の高校生にくわえ、市が提携してる横浜の大学生もくるそうだ。なるほど、それならかつげそうだ。
大蛇にメジャーをそわせる、測るんだな
計測がはじまった
わらわらと大人たちが集まってきた。計測をするようだ。最後に来た紺のジャケットを着た二人の手にはギネスワールドレコードのファイル……ギネスだ、ギネスが来たぞ!
ギネスが来た!
「すげ~、ギネスのメジャー、ギネスって書いてるよ~」老神温泉にギネスが来たぞ~!
謎の芸能人軍団
どうやら計測はこの後のギネス認定セレモニーのためのようだ。「うおー、ギネスって書いてあるよ」とギネスの計測器を見ながら町のおっちゃんたちがさわいでいた。
そのとき、大きな声を出しながら芸人さんとレースクイーンみたいな人が入ってきた。ペ・ヨンジュンもいる。
ペ・ヨンジュンのものまねの人含むお笑い芸人っぽい人三人が来てこのあとのイベントに出るんだろうなと思ったら出なかった。運営の人に聞いたら誰かが勝手に呼んだらしい。そういう文化あるのか。
その後、彼らが登壇することはなかった
あるある。セレモニーに芸能人呼んでくる地方の祭りあるよな~と思っていたら、その後この人たちは壇上に立つことはなかった。
聞けば地元の人が勝手に呼んだらしい。そんな祭りあるのか(!)
龍の子太郎がいる
いよいよ大蛇が動きはじめる
高校生と大学生も集まってきた。セレモニー会場までみこしをかつぐようだ。
「どっから来たんですかー? 東京? すごい。東京から来たんですね、感激だなー」
話しかけてきた男の子はふもとの利根実ではなくて、ここからさらに山側の尾瀬高校の生徒らしい。
「あっちの方(利根実)はぼくら下界って呼んでるんですけどね(笑)」下界……たしかにこの辺りは天界に近い感じがある。
この辺りの高校生、邪気がなさすぎて海外旅行に来たかと思うほどフレンドリーだったりする
田舎トークが完成されている
高校生だとやっぱり下界の利根実業がうらやましいとかあるの?
「そりゃそうですよ、あっちはマクドナルドあるんですよ。
この辺にもマクドナルドの看板出てるんですけど見ました? 『↑マクドナルド 20km』 って書いてあるんですよ。20kmですよ、20km。
ここからマクドナルドまで行こうとしたらバスで1,500円ですからね。100円のハンバーガー買おうとしたら3,100円ですよ!」
ピ、ピッカピカや……
何十回と披露してきたと思われる、ピカピカに磨き上げられた田舎エピソードを彼らは持っている。
「取材ですか?Brand New Vibeよろしくおねがいします」 バンドやってんだなと思ったらそういうプロのバンドがいた。マネージャーか君は。
「それならあたしらも自分で作ったのありますよ」なんかモテナさそうでいいな~、おまえら
かなり重い
移動のためにみんなで大蛇の下に入る。ためしに大蛇をかついでみるとかなり重い。もっとスカスカしたものだと思ってたら中まで何かが詰まっている。
「一番外はテントシートだろ。その中にFRPとウレタン詰めてあんだよ」
大蛇の前で酔っ払ってたおっちゃんは「中のはヤマハが作ったんだ」という。みんなかついでるの、これヤマハなのか?
ピアノとバイク……そしてこんな大蛇もヤマハ作ってるの?
酔ってるんじゃないか?
そもそもこれどういう経緯で作ったんですかと聞いてみたところ「え~と、12年前だろ、そんですぐハワイだよな……」
ハワイ? 何を言ってるのだろう。ヤマハの件もあやしいぞこれは。
大蛇みこしは会場に。写真内の要素の多さよ……
ご利益あるのだろうか
いよいよギネス認定の瞬間
大蛇が運び込まれてついに世界一のセレモニーがはじまる。
あいさつのあと、測定のための測量士が登場し測定が行われる。先ほどきっちり測ってるので確認なのだろう。ギネス記録は二度測るのだ。
ジャケットを着たギネス認定員がうんうんとうなずく……ついに
世界一の瞬間、町は沸いた
そして108m22cm、世界一だと発表された。
くす玉は割られてフラッシュが一斉に焚かれ、配られたクラッカーが鳴り、賞状を掲げて万歳三唱。
山奥の温泉地が今、イギリスのビール会社によって沸騰している。
世界記録認定、108m大蛇みこし!
蛇が長いことによりこれだけ人は喜べるのだ
この一体感、ここだけ高度経済成長期がまだつづいてるかのようだ
高校生は見てるだけでおもろい
そばうちの山田さんのグループは群馬のゆるキャラぐんまちゃんをつかまえて写真を撮っていた。
「ぐんまちゃん、あたし○○で会ったのおぼえてる~!?」彼女たちはゆるキャラにいろんなことを求めすぎだと思う。
そして長谷川さんはといえばギネス認定員を握手でまちかまえていた。長谷川さん、その人ほぼ一般人ですよ!
あんなとこやそんなとこまで。彼女たちは思い出を作りすぎだと思う。
「ぐんまちゃん、あたしおぼえてる~!?」着ぐるみが会った人おぼえてるとかあんのかな
ギネス認定員を握手でまちかまえる長谷川さん。そこ攻めるか。
世界でひとつだけの蛇
夜がちかづくにつれ、人も増えてきた。
自転車にまたがった坊主刈の男の子がカルピスウォーターを90度近く傾けてぐびぐび飲んでいる。男の子グループと女の子グループに分かれてお互いを意識しあっている。どこの祭りでも見られる光景だ。
ただ一つちがうのは、この祭りでは大蛇をかつぐということだ。それも世界一の、世界でひとつだけの蛇を。
精一杯かつぐのが蛇の頭
大蛇みこしがはじまった。これから温泉街をぐるぐるまわる
うねる大蛇、長すぎて前とうしろの統制がとれない
ハワイ帰りの大蛇だった
ヘビのみこしについて、沼田市の観光課金子さんに話をうかがった。
――大蛇がハワイに行ったってのはなんですか?
「2年がかりでこの108m大蛇ができたその年、ちょうどハワイに招かれたんですよ。分割して船便で運んでハワイでかつぎました。それが12年前」
酔ってたおっちゃんが言ってたのはうそではなく、ハワイ帰りの大蛇だったようだ。
「その後、こっちでもかつぎましたが、300人くらいは要るんでね、10年前にやめちゃったんですよね。
普段は小さいみこしを担いでるんですが、今年はヘビ年なので10年ぶりに大蛇を担ぐことになったんです」
大蛇が渓谷にかかる橋をわたる
休憩時、しっぽの先には子供たちが座っていた
老神温泉のアオダイショウを拡大したものがこれ
――そもそも誰が作ったんですか?
「当時の地元の人たちが作ったんですよ。ヘビの模様見ました? あれはアオダイショウ捕まえてきて、その模様をそのまま描いたそうですよ。
ヤマハ!? いや~、そんな話は聞いたことないですね。自分たちで作ったからハワイでも組み立てられたって話は聞きましたけどね」
長い蛇をかつぐ夜
ヘビのみこしはみんな長くしがち
――ところで何が世界記録だったんですか?
「世界最長の"ヘビのみこし"ってことですよね。前は新潟県の関川村で80mくらい(82.8m)のワラのヘビがギネス記録だったんですよ。」
――へ~、ヘビのみこしってみんな長くしがちなんですね
「ヘビの祭りって全国各地にあるんですよ。今後そういったとこと連携とってヘビサミットとかできないかなと思ってね。今後、新潟県の関川村にもあいさつに行くことになってまして……」
奥のスナックの店名が『ビッチ』だ
気まずくないのか?
――記録を塗り替えてあいさつに……気まずくないですか?
「 いや~、お互いどう思ってるのかわからなかったもんですが、新聞記者の方が間に入ってくれましてね。むこうも喜んでるみたいだからって」
こうした世界記録の抜きつ抜かれつ合戦、お互い気まずくないのかなと思っていたがそうでもないようだ。
坂をのぼる。重さは変らないが足がだるくなってくる
一体感がある
大蛇をかついで温泉街を一周する。
蛇が長すぎるため、前の方では「せいや、せいや」だった掛け声が中ほどの高校生グループでは「わっしょい、わっしょい」になっていた。
途中から坂がつづく。たしかに足はだるいし、蛇は重い。道中がなかなかに長い。
しかし大勢で何かをかつぐ、一つ上のレベルにあるものをみんなで支えるのはたしかにある種の高揚感がある。
そうした一体感にはアレルギーが出るたちだが、おみこしくらいなら、せっかくの大蛇だしいいかと思える。
思うには思ったが、せっかくの大蛇ってなんだろう。
祭りがおわり、駐車場にとぐろをまいて置かれた大蛇
昔はどこもこんなんだったんじゃないか
「ギネスに載って終わりじゃないけない。そのためにはこの大蛇を展示して観光客を呼び込まないといけないと思ってます」
このあとどうするのか、観光課の金子さんに聞いたら展示するという。
大変だ。展示するのも大変だが、展示して人がどっと来るのかどうかを考えたらそのあとも大変だ。大変だがやらなければならないようだ。
つぶれた大きなホテルの軒先には、たくさんのツバメの巣があった。森繁久彌扮する社長たちが慰安旅行に来てた時代はもう終わってしまった。
しかしギネスが来てみんなでバンザイをしている時、こんな時代があったんだろうなとの思いが一瞬頭をよぎった。
町にも人にも昔っぽさがちょっと残っている老神温泉だった。
例年のみこしでは酒飲んでヘビがぐるぐるめぐるらしいが、今年は学生さんがいたのでお酒禁止だったそうだ。序文の"狂乱"要素としては、芸能人たちがスナックに入っていったところくらいか