特集 2013年9月17日

葉っぱで釣れる東京の巨大魚「ソウギョ」

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1メートルを超える巨大魚が実は東京の川にうようよいる。そう聞くと驚く人も多いだろう。
しかもその魚を釣り上げるには、水面に葉っぱを浮かべておくだけでいい。こう言うともう信じてくれる人の方が少ないだろう。
でもこれ本当。実際に検証してきたから間違いない。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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巨大魚がひしめく河川、江戸川

ひとつひとつ説明していこう。その巨大魚とはソウギョという魚で、漢字で書くと「草魚」である。名前の通り草を食べるベジタリアンなので葉っぱで釣れるというわけだ。
ちなみに中国から持ち込まれた魚で、あまりにも食欲旺盛で水草を手当たり次第に食いつくしてしまうので「要注意外来生物」に指定されていたりもする。まあわかりやすく言うと「こいつ日本にいたらヤバいかもね」という生き物だということである。
実は大魚がひしめく河川、江戸川。岸辺には立派な建物が見える。
実は大魚がひしめく河川、江戸川。岸辺には立派な建物が見える。
日本国内では利根川水系で繁殖が確認されており、東京都を流れる江戸川にも多く生息しているという。都内で、しかも葉っぱで巨大魚が釣れればそれは面白い。というわけでこの川で実際に葉っぱを浮かべて実験してみることに。
なるべく岸ギリギリまで土と緑がある場所を探す。
なるべく岸ギリギリまで土と緑がある場所を探す。
巨大な淡水魚といえば、アマゾン川のような秘境の河川をイメージしがちだ。だがこの江戸川はこの世で最も秘境からかけ離れた都市の河川である。田舎育ちの身としてはドジョウやフナすらいるのか疑わしいほどなのだが…。
うおっ、いきなり巨大魚(死骸)に遭遇!
うおっ、いきなり巨大魚(死骸)に遭遇!
そう思いながら適当に川辺を歩いていると、さっそく巨大魚の洗礼を受ける。岸に1メートルほどもある魚が打ち上げられていたのだ。
「ソウギョだ!」と反射的に決めつけて写真を撮るが、どうも口や鱗の形が図鑑で見たそれと違う。
生前のハクレン。葉っぱではなく植物プランクトンを食べる。写真は利根川で釣り上げたもの
生前のハクレン。葉っぱではなく植物プランクトンを食べる。写真は利根川で釣り上げたもの
これはおそらく「ハクレン」という魚で、ソウギョと同じく中国から持ち込まれた種。原産の中国ではこのハクレンとソウギョ、さらに「コクレン」、「アオウオ」という魚をまとめて「四大家魚」と呼び、重要な食用魚として養殖している。ちなみにこの四大家魚はすべて1メートルを超えるコイ科の巨大魚で、全種揃って江戸川含む利根川水系に生息している。江戸川は知られざる巨大魚パラダイスなのだ。

アシの葉に残された痕跡を探せ!

江戸川といっても広すぎて、どこに魚がいるかはそう簡単にわからない。…と見せかけて実は意外と簡単にわかる。このソウギョに限って言えば。
ソウギョの好物であるアシの茂みを探す。
ソウギョの好物であるアシの茂みを探す。
どうするかというと、まずは岸際にアシが茂っている場所を探す。アシの葉はソウギョの好物なのだ。ちなみにアシの茂みにはカバキコマチグモというちょっとした毒グモがいるので注意したい。
繁殖期に見られるカバキコマチグモの育児室。母グモはこの中で卵を産み、自分の体を子どもたちに食べさせるという壮絶な子育てをする。
繁殖期に見られるカバキコマチグモの育児室。母グモはこの中で卵を産み、自分の体を子どもたちに食べさせるという壮絶な子育てをする。
こんなクモ。アシの葉の上を歩いていることも多いので、うっかりはたいたりしないよう注意。
こんなクモ。アシの葉の上を歩いていることも多いので、うっかりはたいたりしないよう注意。
できるだけ水際に生えているアシを観察しながら歩いていると、先端が無造作にちぎられた葉がちらほら見つかる。これはソウギョが食事をした跡なのだ。
ソウギョに食いちぎられたアシの葉
ソウギョに食いちぎられたアシの葉
食いちぎられた断面がまだ枯れていないアシを見つけられれば、ぐっとソウギョとの距離が縮まったことになる。そのポイントはここ最近、ソウギョが食事をとるために通っている場所だからだ。
ちなみに虫食いは葉の縁から進行するので見間違うことは無い。
ちなみに虫食いは葉の縁から進行するので見間違うことは無い。
余談だが何度も江戸川に足を運んで見回ったところ、この「食み跡」は意外なほどあちこちで見つかった。どうやら江戸川の場合、ソウギョは岸際までアシが生えていれば中~下流域のどこにでもいるらしい。
ただし、潮の干満にはとても気を配らなければならなかった。ソウギョは満潮で川の水位が上がる時間帯に水没するアシの葉を食べ漁るようだ。そのためか潮が引いている間はまったくと言っていいほど姿を現さなかった。
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アシの葉を水中に突っ込んで呼び寄せる

これでソウギョの通り道を特定できた。次はそのポイントでソウギョを足止めするためにエサを撒く。アシの葉を水中に浸すのだ。
アシの根元を踏んで押し倒してやるのが効率的。
アシの根元を踏んで押し倒してやるのが効率的。
ソウギョが食べられるのは、少なくとも満潮時に葉先が水面に触れているアシだけだ。実際に川辺を見て回ると分かるが、そんなに都合のいい姿勢で垂れているアシはなかなか無い。なぜなら、手ごろな葉っぱは手当たりしだいにソウギョが食べてしまうからだ。
水面へ葉先を突っ込まれるアシ。地味な光景だが、ソウギョにとっては夢のような空間。
水面へ葉先を突っ込まれるアシ。地味な光景だが、ソウギョにとっては夢のような空間。
足場が悪く、アシを倒すのが難しい場合は手近なものを刈り取り、麻ひもなどで束ねて放り込んでもいい。
足場が悪く、アシを倒すのが難しい場合は手近なものを刈り取り、麻ひもなどで束ねて放り込んでもいい。
さて、お腹を空かせたソウギョがこのポイントを通りがかれば、夢中になって葉っぱを食べることだろう。そこへこっそり釣りバリを仕込んだ葉っぱを忍ばせれば、もうソウギョは僕らの手の中という寸法だ。
エサのアシの葉を数枚重ね、ソウギョにばれないよう釣りバリをその中に包み隠すように刺す。
エサのアシの葉を数枚重ね、ソウギョにばれないよう釣りバリをその中に包み隠すように刺す。
全ての用意が整うと釣り竿の先葉っぱをぶら下げ、不自然に伐採されたアシ原にたたずむ男が完成する。これがまたなんとも間抜けな画である。
こんなやつが「これから1メートル以上ある魚釣ったるんスよ!」とか言うのだから、間抜けだアホだと言うのもはばかられるほど気の毒な雰囲気を醸し出してしまう。しかもロケーションが一応都内である。救いようが無い。
うわっ、バカっぽい…。どう見ても魚釣りをよく分かっていない人にしか見えないが、こちらは心の底から本気だ。
うわっ、バカっぽい…。どう見ても魚釣りをよく分かっていない人にしか見えないが、こちらは心の底から本気だ。
さて、水面にアシの葉を浮かべ、「僕の行動は正しい。間違ってない。」と自分に言い聞かせながら待つこと約2時間。眼の前のアシ原で突然「ガサガサガサガサ!!!」とものすごい音が聞こえてきた。

ソウギョは人影や足音に対してとても敏感。川を覗きこむのも歩き回るのも御法度。岸際からできるだけ後退して待ち伏せる。
ソウギョは人影や足音に対してとても敏感。川を覗きこむのも歩き回るのも御法度。岸際からできるだけ後退して待ち伏せる。
不意の出来事だったのでものすごくびっくりした。タヌキか野良犬が寄ってきたのかと思いアシ原に目を凝らすと、音のする方角の水際でアシの茂みが大きく揺れている。ソウギョが葉を食べに来たのだ!
次の瞬間、釣り竿の穂先がピクピクっと動いた。心臓が口から飛び出そうなほど興奮したが、それっきり水辺は静かになってしまった。

葉っぱは見事に釣りバリを避けて切断されていた。
葉っぱは見事に釣りバリを避けて切断されていた。
何が気に入らなかったのか、ソウギョはどこかへ行ってしまった。釣り竿の先の葉っぱを引き上げると、仕込んだハリの手前で食いちぎられていた。やられた。足止め用に沈めたアシも食い荒らされてボロボロになっていた。
その後も何度かソウギョはアシを食べに岸辺へやってきたが、結局釣り上げることはできなかった。完敗である。
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もう釣り竿すら要らん!

くやしい思いをしてしばらく経ったある秋の日、用あって泊りがけで東京へ出向くことになった。しかし幸いにも予定が早く片付き、思いがけず一晩だけ時間ができたのだ。これはどう考えても神様がソウギョとの決着をつけろと言っているとしか思えない(なお、この場合の「決着」とはこちらの完全勝利のみを指す)。
だがそれには一つ問題があった。この日、東京には釣り竿を持ってきていなかったのだ。
麻ロープで作った即席の仕掛け。実はこんなこともあろうかとライトやら釣りバリやらといった小物はカバンに忍ばせていた。
麻ロープで作った即席の仕掛け。実はこんなこともあろうかとライトやら釣りバリやらといった小物はカバンに忍ばせていた。
やっぱりあきらめるかとも思ったが、よく考えるとそもそも釣り竿なんて必要無い気がする。どうせ足元に葉っぱ浮かべて待つだけだし。
というわけで100円ショップにて購入した麻ロープでアシを数本束ね、葉っぱに釣りバリを仕込んで川面に浮かべておいた。すると前回と同じく開始数時間でソウギョが現れ、アシの束を食べ始めた。
嗚呼、前回に輪を掛けてバカっぽい。
嗚呼、前回に輪を掛けてバカっぽい。
もしソウギョがうまい具合にハリを口に含んでくれたらロープが水中に引き込まれるはずだ。だが前回のように葉の先だけかじって逃げられるかもしれない。そこは運に任せることにした。
息を殺して待つこと数十秒、突然手元ロープが沖へ向かって走り出した。反射的にロープをつかむと確かな手ごたえ!

確かに都内にいました。確かに葉っぱで釣れました。1メートルの巨大魚。
確かに都内にいました。確かに葉っぱで釣れました。1メートルの巨大魚。
ロープを手繰ると意外とあっさり岸に寄ってきたので、「まだ小さいヤツを釣っちゃったみたいだなあ…」と若干がっかりした。が、足元を照らすと巨大な頭が水面から出ている。でかっ。でもなんでそんなにやる気ないの?
1メートル、10キロといったところかな。ソウギョにしてはまだまだ小さい方。
1メートル、10キロといったところかな。ソウギョにしてはまだまだ小さい方。
陸に引き上げてその理由がわかった。長らくまともなエサにありつけていなかったのか、ソウギョにしてはやたら痩せている。これじゃあ元気出ないよなあ。かわいそうに。そしてやっと御馳走の山を見つけたと思ったらそれが罠だったんだもんなあ。かわいそうに。
草食系らしい穏やかな顔つき。ちょっと食べるのがかわいそうにもなる。
草食系らしい穏やかな顔つき。ちょっと食べるのがかわいそうにもなる。
まあ何はともあれ、念願のソウギョを釣り上げたのだ。つぶさに観察していきたい。
一見するとコイに似ているようだが、よく見るとヒレがずいぶん大きく発達していたり、体型がより流線形に近かったりとハッキリ区別が付く。そして何より、最大の違いは顔つきだ。
水の抵抗の少なそうな頭が印象的。骨格もしっかりしている印象。そういえばコイと違ってヒゲも生えてない。
水の抵抗の少なそうな頭が印象的。骨格もしっかりしている印象。そういえばコイと違ってヒゲも生えてない。
あまり僕が言えた立場じゃないが、なかなか面白い顔をしている。特に口元が印象的だ。コイ科の魚全般に共通する特徴だが、ソウギョには歯が無い。ただし唇が分厚く固く、顎の力が強いので葦の葉も難なくちぎることができるのだ。

迫力の唇。これでアシの葉を強引にちぎっていたのだ。人間で言うと歯茎だけでスルメを食べるようなものか。
迫力の唇。これでアシの葉を強引にちぎっていたのだ。人間で言うと歯茎だけでスルメを食べるようなものか。
さて、せっかく釣り上げたのだ。持って帰って食べたいところだが、釣りに来るのに釣り竿も自宅に置いてくる不精者である。こんなに大きな魚が入るクーラーボックスなんて当然持ってきていない。解体するための包丁やまな板も無い。ではどうするか。

急いでシメて吊るし、カッターナイフで捌く。
急いでシメて吊るし、カッターナイフで捌く。
急いで最寄りのコンビニへ走り、大量のミネラルウォーターと氷、ゴミ袋と洗顔ペーパー、そしてカッターナイフを買ってきた。これだけあればなんとか解体して持ち帰れる。街中が舞台だとこういうときに便利。
だが、カッターナイフでは身は切れても、硬貨より大きくな鱗はとても落とせない。そういう時は…。
貫き手!
貫き手!
仕方がないので鱗と皮の間に直接手を突っ込み、靴下を脱がすようにベロッと一気に引っぺがす。この方法は非常に手っ取り早いが、指先からひじの辺りまで川魚のニオイが染みつく。作業後はミネラルウォーターでよく洗い、念入りに洗顔ペーパーで拭かなければならない。
鱗は100円玉よりずっと大きい。
鱗は100円玉よりずっと大きい。
三枚におろしたらゴミ袋を8重くらいにし、身と生ごみを分別して持ち帰る。ただでさえ重い魚だが、さらに身はしっかりと氷で保冷しなければならないので。駅まで歩くのが苦痛である。

鱗の下の皮は真っ白。身は一見マダイにも似た白身
鱗の下の皮は真っ白。身は一見マダイにも似た白身
駅に着いても、肉塊でパッツンパッツンのバックパックと得体の知れないゴミ袋を持って電車に乗るのは気が引ける。ニオイも気になるので、ガラガラの車両が来るのを待たなくてはならない。この記事の取材で体力的にも精神的にも一番大変だったのは間違いなくソウギョを釣ってから帰宅するまでの時間であった。

ソウギョの甘酢あんかけ
ソウギョの甘酢あんかけ
持ち帰ったソウギョは皮を剥ぎ、原産地の調理法に倣って中華風あんかけなどにして食べた。泥吐きもさせないまま調理したので、泥臭かったり青臭かったりするのではと不安だったが、川魚にしては臭みもクセも少なくおいしかった。まだまだ冷凍庫にストックがあるので、今後しばらくおかずには困らなそうだ。

ソウギョ、実は日本中にいます。

この記事を読むと、ソウギョは関東に行かないと見られない魚だと思われるかもしれないが、実はそんなことは無い。繁殖こそしていないが、そのベジタリアンぶりを買われて除草目的で各地へ放流されている。公園の池やお城のお堀に異様にデカい魚がいたら、たぶんそいつがソウギョだ。顔つきやエサの食べ方をよく観察してみよう。
次は四大家魚のひとつである「アオウオ」を見たい。これは草ではなく貝を偏食する魚。
次は四大家魚のひとつである「アオウオ」を見たい。これは草ではなく貝を偏食する魚。
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