特集 2013年9月3日

自宅にハチを呼ぶ方法

自宅に居ながらハチを愛でるという男のロマンが実現!
自宅に居ながらハチを愛でるという男のロマンが実現!
一番シルエットがかっこいい昆虫はハチだと思う。クワガタやカブトムシなどの重量級たちとはまた違ったシャープでスタイリッシュなかっこよさがある。また、ミツバチみたいにかわいい種類も多い。
飼って間近で観察してみたいが、カブトムシなどと違って素人が気安く手を出せるものでもない。
では飼うことはできなくても、彼らを自宅に招く方法はないだろうか。実はあるのだ。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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その方法は「竹筒トラップ」!

ミツバチを飼うのはなかなか手間である。それこそ養蜂になってしまう。もはや業務だ。
作物の授粉用に販売されているクロマルハナバチという種を巣箱で飼う方法もあるが、これも結構お金がかかる。いずれにせよ気軽に飼えそうにはない。
だが飼えずともハチを自宅へ呼び寄せ、生態観察を行える方法がある。「竹筒トラップ」というものを使うのだ。
これくらいのまだ若い竹がいい
これくらいのまだ若い竹がいい
まずは竹筒を用意する。と言ってもかぐや姫が入っていそうな立派なものではいけない。ハチの種類にもよるだろうが、だいたい空洞の直径が10~15ミリ程度のものが無難だと思う。今回は祖父母宅に繁った若竹を草刈りついで切ってきたので選び放題だった。
片方の端は節を残して切るのがポイント。
片方の端は節を残して切るのがポイント。
それを針金で数本ずつ束にすれば完成。ちょうどいい太さの竹さえ手に入れば何も難しいことはない。これをどうするのかというと…
今回はベランダに設置。
今回はベランダに設置。
ベランダや軒先など、雨風を防げる場所に吊るしておく。それだけ。別に竹の中にエサを詰めたりとかはしない。ちなみに実験開始は6月中旬、梅雨入りとほぼ同時期だった。
すっかり夏になってしまったが…
すっかり夏になってしまったが…
その後、設置から約一か月が経った。トラップはクモが網を張ったりセミやトンボが羽を休めたりしているのは見かけるが、肝心のハチが訪れている様子はない。もうすぐ竹筒トラップのシーズンは終わってしまうのだが。

なんかカッコイイのが来た!!

うおっ、なんか竹からはみ出てる!
うおっ、なんか竹からはみ出てる!
今年のチャレンジは失敗だった。また来年あらためて挑戦しようとあきらめかけていた矢先のある昼下がり、トラップの異変に気付いた。竹から何かが飛び出しているのだ。
これは…藁?
これは…藁?
藁のように細い枯れ草の束だ。昨日まではこんな物無かったのに。
枯れ草の束をじろじろ観察しているとウゥーンという羽音と共に黒い虫が飛んできた。
枯れ草の束をじろじろ観察しているとウゥーンという羽音と共に黒い虫が飛んできた。
おお、本当に来てくれたのか…!
おお、本当に来てくれたのか…!
ハチだ。しかも細身でとびきりかっこいいやつ。図鑑で調べると、どうやらコクロアナバチという種類らしい。
次々と枯れ草を運んでくる
次々と枯れ草を運んでくる
ハチはせっせと巣と草むらを往復して枯れ草を運んできては竹筒に詰め込んでいく。
これは何をしているのかというと、子供のために家を作っているのだ。この竹の中には卵と食料が入っているはずである。
頭を突っ込んで枯れ草を詰めるのがかわいい
頭を突っ込んで枯れ草を詰めるのがかわいい
さて、屋外とはいえハチなんて家に呼んで平気なのかという疑問が湧くが、竹筒トラップに集まるハチは基本的におとなしい種類ばかりなので安心していいようだ。もちろんちょっかいを出さないなど最低限の注意は必要だが。
調子に乗って近づいたら向かってきた!
調子に乗って近づいたら向かってきた!
ちなみにどこまで近づいたら怒られるか実験してみたところ、トラップから1メートルを切ったあたりで羽音をブンブン鳴らして威嚇された。すごく怖い。すぐ離れたので事なきを得たが、あれ以上近付いたら刺されていたかもしれない。
ハチにしてみれば子どもの寝室に不審者が近付いてきたのだからまあ当然だろう。
枯れ草を運ぶ合間に他の竹筒も物色するようなそぶりも見せた。
枯れ草を運ぶ合間に他の竹筒も物色するようなそぶりも見せた。
一時間ほど観察していると、保育所の設営は終ったらしく母バチは姿を消した。そもそも気づいたのがかなり事の進んだ段階だったので、あっという間にお別れとなってしまった。しかし、期待通りにハチがトラップを訪れてくれたのはとても嬉しかった。

竹筒の中を覗いてみよう

ハチの巣作りを観察した数日後、再び様子を見てみるとすごいことになっていた。
増えてる!
増えてる!
新たに二本の竹にも枯れ草が詰められているではないか。あの時の母バチがよっぽど気に入って増築したのだろうか?それともまた別のハチか。今となっては確認もできないが。

ところで竹の中には卵の他に生まれてくる幼虫のためのエサが入っていると書いた。それが何か確認してみたくはないか。
開封には仕方なく耳かきを使用
開封には仕方なく耳かきを使用
新しく枯れ草が詰められた竹筒の一つを耳かきでそっと開けてみる。ピンセットがあればその方が良かったのだが。
中身を傷つけてはいけないので、これがなかなか神経を使う。しかし作業を進めていくと面白いことに気付く。詰め物にされる枯れ草の材質が筒の位置によって異なるのだ。
入口付近の枯れ草は太くて粗いが…
入口付近の枯れ草は太くて粗いが…
奥の方は細かい
奥の方は細かい
入口付近には太く長い枯れ草がざっくりと、もう少し奥、エサの手前には細かい枯れ草が密に詰め込まれていた。わざわざ使い分けるということは何か理由があるのだろう。
さて、枯れ草の奥にはいよいよエサが詰まっているはずだ。
キリギリス!?
キリギリス!?
枯れ草の向こうには鮮やかな緑色の虫が見えた。キリギリスの一種のようだ。しかも複数匹押し込まれている。
今回竹筒を利用してくれたハチは「狩人バチ」と呼ばれるタイプのハチで、クモやキリギリスなどの獲物を麻酔で眠らせて巣に詰め、幼虫のエサにしてしまう習性を持つ。狩る獲物はハチの種類によって決まっており、例えばコクロアナバチはキリギリス類専門のハンターである。麻酔はお尻の針で注射するが、これは毒針としても機能するので人間でも刺されるとやっぱり痛い。
観察を終えたらエサと卵を傷つけないように、そっと元通りに枯れ草を詰め直す。
観察を終えたらエサと卵を傷つけないように、そっと元通りに枯れ草を詰め直す。
ちなみに、この手のハチは一本の竹筒を枯れ草で仕切って小部屋に分け、複数の幼虫を住まわせるらしい。ということは先ほど見たキリギリスのさらに奥にはまた枯れ草とキリギリス、そしてハチの卵が安置されていることになる。

幼虫には脚が無い

エサの正体も確認できたので再び枯れ草で元の通りに蓋をしてやろう。卵は見えなかったが、死角に産みつけられていたのだろう。あとは成虫になって飛び出してくるまでそっとしておこう。
ちなみに成長した狩人バチの幼虫はこんな感じ。こんなに大きく育ってもエサのキリギリスは腐らない。だってまだ生きてるから。
ちなみに成長した狩人バチの幼虫はこんな感じ。こんなに大きく育ってもエサのキリギリスは腐らない。だってまだ生きてるから。
「幼虫が見たい!イモムシ大好き!」という奇特な方のために以前とある機会に撮影した写真を載せておく。種類は定かでないが、これもおそらくアナバチの一種であると思われる。
脚がない。
脚がない。
イモムシといえども基本的には歩かなければならないのだから、短いなりに脚はちゃんと生えているものだ。しかしこのハチの幼虫には脚が一本も無い。大人になるまで竹筒の中でエサに囲まれて育つので、そもそも移動する必要がないからだ。そんなぐうたらな幼少期を送っておきながらあんなに機敏で働き物な大人になるのだからすごい。

狩人バチの次は寄生バチ!

せっかく我が家のベランダを子育て場所に選んでくれたのだ。どうか無事に成虫となり、また来年もこの竹筒に巣を作ってほしいものだ。
まあエサには苦労しないし鳥にも見つからないだろうし、何の心配も無い。安心して秋口の羽化を待つのみだ。…そう思っていた。
おっ、また何か来たぞ。
おっ、また何か来たぞ。
7月も下旬に差し掛かろうというある日、コクロアナバチが卵を産んだ竹筒に1匹の小さな虫がまとわりついているのに気づいた。
この精悍な顔立ちは間違いなくハチのそれ。
この精悍な顔立ちは間違いなくハチのそれ。
よくよく観察してみると、かなり小さいがハチの一種であるようだ。何かを探すようにしきりに竹筒の表面を歩き回っている。ははーん、キミも子育て部屋としてこの竹筒が気に入ったんだね!
なんかすごい体型…。
なんかすごい体型…。
結論から言うとその推察はストライクではあった。かなりの変化球で。

嫌な予感を察したのは奇妙な外見に気付いてからだった。なんだかお尻にある産卵管周りの構造がやけに特殊である。これは普通ではない方法で卵を産みつけるタイプのハチだということだろう。直接竹筒に入ってプリッと気軽に産卵するようには見えない。
何をしているんだ。なんかシルエットがさらにすごいことになっているが…。
何をしているんだ。なんかシルエットがさらにすごいことになっているが…。
竹筒の上で時々立ち止まり、お尻を高く持ち上げるようなポーズをとっている。何をしているのか、この時点ではよく分からなかった。
調べてみるとこのハチはシリアゲコバチというハチで、他のハチの幼虫に卵を産みつけて幼虫に食べさせる「寄生バチ」というタイプのハチであることがわかった。しかも竹筒を産卵管で貫き、内部に卵を送り込むことができるという。刺されると痛いスズメバチの毒針も産卵管が変化したものだというが、さすがに竹筒は貫通できまい。いくらなんでも強力すぎるだろう。
シリアゲコバチの産卵。つま先立ちでぶら下がってるわ、おしりから内臓みたいな部分が露出してるわで、間近で見るとかなり鬼気迫る光景。
シリアゲコバチの産卵。つま先立ちでぶら下がってるわ、おしりから内臓みたいな部分が露出してるわで、間近で見るとかなり鬼気迫る光景。
あの変なポーズは産卵の姿勢だったのだ。
上の拡大した写真ならば糸のような産卵管が竹の表面に突き立てられているのが確認できると思う。ではお尻にある針みたいなものは何なのか。これは平時に産卵管を収納しておくための「鞘」なのだそうだ。やっぱり身体構造すごい!

シリアゲコバチの産卵が本当に成功したか否かは僕には分からなかった。だがいずれのハチにせよ、そろそろ成虫へと育ちきる頃だ。竹筒から飛び出してきたのがコクロアナバチでもシリアゲコバチでも、僕は祝福したいと思う。

竹筒トラップで楽しいハチ観察を!

今回紹介した竹筒トラップはあのファーブル先生も使用したほどクラシックかつメジャーな装置としてその道では知られている。簡単に作れるので自然学習に活用されることも少なくないようだ。竹筒を利用するハチの多くは夏に産卵するので今年はもう遅いが、興味のある方は来年試してみよう。ただし、基本的に無害とはいえハチはハチなので、お隣さんの迷惑にならぬよう気をつけたい。
ご近所さんのお宅にはアシナガバチが巣を作っていた。このハチもかっこいいけど自宅には来てほしくないなあ…。
ご近所さんのお宅にはアシナガバチが巣を作っていた。このハチもかっこいいけど自宅には来てほしくないなあ…。
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