カエル合戦とはラブバトル
カエル合戦といっても、ヒキガエルの中にイデオロギーを異にする集団が存在して、思想や利害の衝突があったりするわけではない。もしあったらすいません。
ヒキガエルは春が近づき、地温が高まると冬眠から目を覚まし、卵を産むためにいっせいに水場を目指して移動をする。
近所の公園の池にて、今年は2月初頭にはもう出てきていた。
場所によっては100匹以上が集結し、オスはメスの背中に抱きつき、交尾をはじめる。
深夜もオシドリなところをすいません。
お前会社帰りにこんなとこ来てんじゃねーよみたいな目で見られた。
ここで、数少ないメスを奪い合ってオス同士の壮絶な戦いが行なわれる。
カップルが成立し、メスにしがみついたオスを引きずりおろすべく他の武士(もののふ)達が襲いかかるのだ。目覚め早々の、ラブをめぐる戦いである。
数日から1週間足らずでこの饗宴は終わり、細長いゼラチン状の卵を大量に残して、彼らは再び眠りにつく。
都心でもラブバトルが
3月某日、都心に近い自然観察園の池では、さほど広くない池に無数のアズマヒキガエルが集結し、激しい合戦が繰り広げられていた。
「池袋の森」そこら中で”クックッ”という鳴き声が聞こえる。
写真のウデが悪くてわかりにくいが随所でくんずほぐれつしています。
池に連なる水路にもラブがあふれる。
ラブを求め水面をさまよう。
起きてきたばかりでぼーっとしているのもいる。
なんかBLっぽい。
これでも前日のピークにくらべるとカエルの数や活気は減っているという。
観戦には綿密な調査と運がかなりシビアに必要なのだ。
ラブは蹴りで勝ち取れ
ラブの戦いは激しい。すがりつく恋のライバルに、一分も手を抜かない渾身の蹴りを叩き込む。バシリ。
ラブに種族は関係ない(いや、ある)
オスのどん欲さはハンパではない。
彼の目に入って、「ガール!」と認識されたものにはとにかく突進する。
近くで写真を撮らせてもらおうとカメラを近づけた途端…
組み付かれた。
それどころか奪い合いをされている。
「カエルじゃない」の前にこの言葉が口をついて出たのはなんか哀しかったからじゃないだろうか。
私の腕をぐっとつかみ、奪い合い、「これで子孫を残せる」
と安堵の表情を浮かべる。メスにあぶれたカエルのオス、独身のアラフォー男。
この関係が成就する事はない。
種族という壁を越え、こんなに立場を同じくしているのに、こんなに密着しているのに、なんという断絶。
ゲッ ゲッ ゲッ…そんな目で見ないでくれ…
合戦みるなら戦場で
カエル合戦の楽しさと哀しさを体感した私は5月、GWのまっただ中、栃木県の奥日光を訪れていた。
「戦場ヶ原」周囲を男体山や白根山などの山岳に囲まれた広大な湿原である。
男体山と赤城山の神が中禅寺湖を巡って大蛇と大ムカデに姿を変えて 戦ったという伝説が名前の由来。
小学校の修学旅行で東照宮等と共に回った時、その名前に大河的なロマンを抱いてワクワクしながら訪れたが、特にそういったものが感じられなくてがっかりしたおぼえがある。
戦場ヶ原ごめんなさい。おろかでした。無知でした。
ここ戦場ヶ原では東京より遅れる事約2ヶ月、5月の初旬から中旬にかけて、一帯に住むアズマヒキガエルによるカエル合戦が繰り広げられるのだ。
こういう所で。谷地坊主(スゲ類の株)が妖怪の頭の様。 戦地を巡るツアーに参加
戦場という最高のロケーションで勃発するこの戦、私が見分しようではないか。
よけいなお世話だが。
戦場ヶ原の入り口にある「赤沼自然情報センター」では、うってつけの催しが。
そこに注意書きを貼りますか。
その名も、「戦場ヶ原カエルウォーク」
戦場ヶ原を知り尽くした「日光自然博物館」の自然解説員のガイドで湿原を散策しながら、カエル合戦をはじめとした春の訪れを観察するという、今回の目的にストライクすぎるイベントである。
合戦に遅れがでています
「お、望遠レンズですね。鳥ですか」
「いえ、カエル合戦を撮りにきました」
日光自然博物館の仲田さんのガイドでスタート。
「そうですか。実は…」仲田さんの表情が一瞬曇る。
今年は3月、4月に寒い日が続き、桜の開花をはじめ、春の訪れが遅れている。
「あ、もう散ったんじゃなくて?」「まだ咲いてもいないんですよ」 キッズ・リターンのようなやり取り。(写真は中禅寺湖畔)
例年であれば、今頃(取材日は5月3日)は戦場ヶ原に住むヒキガエル達も活動をはじめているが、今年はまだごくわずかしか目撃されていないとの事。
「今日はカエル合戦を見るのは厳しいかもしれないんですよね。」
むむむ…下天は夢か(用法違い)
「でも、ひょっとしたら何匹か出てきているかもしれませんし、戦場ヶ原の魅力はこれだけではありません!」
センター内パネルより。
戦場ヶ原のヒキガエルはヤマヒキガエルとも呼ばれる高地型。
少し小型で、雄の体色は淡く、雌もいわゆる「ガマ色」に比べ赤みがかっているという。
見たい!
湯川を眺めながらウォーキング
戦場ヶ原の輪郭沿いに走る木道を歩いてゆく。左手に流れる川は湯川。上流にある湯の湖の湧き水が流れ込み、ここから竜頭の滝を経て、地獄川と合流し、中禅寺湖へ流入する。
緩やかな流れが印象的。
急な滝に隔てられているために魚が生息していなかったが、明治時代に、貿易商のトーマス・ブレーク・グラバーが英国領事館のパーレットの協力により、カワマスを放流。これが定着し、フライフィッシンングの愛好家が訪れるようになった。
その由来から、奥日光ではパーレットマスとも呼ばれている。
この日も釣り人の投げる蛍光色のハリスが日光に照らされて鮮やかな軌道を描いていた。なんとリバー・ランズ・スルー・イットなリバーであろうか。
晴天とはいえ、この日の最高気温は10℃前後。冷たい風が吹き、まだまだ寒さは残る。周囲は枯れ木色だが、そんな中にも春は確実に訪れている。
木道沿いに生えているカラマツの若木には黄緑色の新芽が。
カラマツの若木はいわゆる松のような“ガサガサした感じ”がない 普通の広葉樹のようだ。
というか針葉樹なのにカラマツって落葉するのか。知らなかった。
ホチキス針を抜き取るように木道を跳ね上げていた。すごい迫力。
4月の大風で倒れた老カラマツ。このまま土に還り、湿原に豊穣を与えるのだ。
「大木の根っこをこの角度で見られる機会ってそうないですからねえ」と 仲田さん。そこセールスポイントですか!
さすがのバードサンクチュアリ
そしてこの時期に動物系で豊富に見られるのはやはり鳥類。
キバシリ。間違えて「牙尻」と検索したら、「ゴルファーが猪の牙に尻などを 刺される」というニュースがヒットした。こわい(キバシリは無罪)
脇の草むらでガサッ、ゴソッと小動物が移動するような音を立て、中から一羽の鳥が飛び出した。
アオジ。カメラがいつのまにか「トイカメラモード」になっていた…
「あれはアオジですね。冬は低地で過ごして春から夏はここのような高地で繁殖します。冬は静かだけどこれからの季節はさんざんさえずります。
夏が来てはじけちゃう、みたいな」
「チューブみたいな鳥ですね」
すかさず前方に一羽。
「あ、あれはわかります。シロハラだ、かわいいですね」
「おしい、シロハラじゃなくてアカハラですね」仲田さんは冷静だ。
うん、赤いよね、腹(シロハラという鳥もいます)
ゴジュウカラ。日本の野鳥で唯一、頭を下にして木を降りる。
無念…しかしレアものをゲット
「いい葉状地衣類ですね」
仲田さんが指差す先には苔のような生命体が樹皮にへばりついている。
苔に似ているが別もので、菌類と藻類の共生からなる「地衣(ちい)類」という
生物である。
空気のきれいな場所で生育するこの生物は戦場ヶ原の木々に多く繁殖しており、どことなく
幻想的な景観を作りだすのに一役買っている。
葉状地衣類(ようじょうちいるい)。言いたくなりますね。
痂状地衣類(かじょうちいるい)言ってて気持ちいいですね。
樹状地衣類(じゅじょうちいるい)JJって略すとおしゃれですね。
「この木だけでも30種類くらいはいるんじゃないですかねえ」
うひゃー、と同時に、結構な割合で種類を同定できそうな知人が頭に浮かんだ。
様々な自然の移ろいを愛でながら、途中の水辺でヒキガエルの姿を探すが、見つからない。
合戦日和なんだけどなあ(なにが)
ついにウォーキングのゴール地点である池にたどり着いたが、やはり
姿を現してはいなかった。
水がだいぶん干上がっている…
「今年の気候の問題もあるのですが、この池も乾燥が進んで水が減り、産卵場所として適さなくなってきているという事情もあります」なるほど、徐々に環境も変化してるんですね。
「ただ、地形の変容は逆にどこかに水場を作る作用もしていますし、またこの戦場ヶ原のどこかが新たな合戦の舞台になってゆくでしょう」
心強いお言葉。カエル合戦に終わりはない。それは戦いではなく、繁殖行動だからだ(当たり前の事を力強く)
残念ながらこの日はカエル合戦はおろかヒキガエルも発見できなかった。
いい年こいて深く落胆する私に、仲田さんが
「あの、両生類つながりでよければ、この先に…」
「まじですか!」
と指定する場所に言ってみると
クロサンショウウオの卵魂!
おお、はじめて見た!なにこれ白い!うっすらと見えるタピオカっぽい卵。
聞きしに勝る不思議物体だ。外側の膜とかも神々しい。これはこれでかなりの眼福であった。
日光自然博物館の自然解説員の皆様(右から仲田さん、村木さん、渡邊さん)ありがとうございました。
ヒキガエルは見つからなかったが、合戦だ合戦だと視野のせまかった私に、解説員の皆さんが巧みにレクチャーしてくれたおかげで戦場ヶ原の魅力を堪能する事ができた。
餃子と見せかけて戦場(えい知)
さて、宇都宮に餃子でも食べにサバサバ引き返そうかと思ったが、そうやって人が踵を返した頃合いを見計らってのそのそ出てきて,「あいつ東京から来てバカだよな」とか言ってるんじゃないだろうかと気が気でなく、翌日、再び戦場ヶ原へと向かった。
餃子を食べに退くと見せかけて、油断したところを一気に衝く。戦国時代を代表する軍師、竹中半兵衛も裸足の知略である。
ミソサザイ。尾羽が誇らしげ。
ニュウナイスズメ。図鑑に大きさは「スズメくらい」と書いてあった。
えらく大きなドラミング音が聞こえてきたと思ったらアカゲラだった。うれしい。
ドラミングがやばいぐらい力強い。
鋭いクチバシで力強く木をつついて穴を開ける。ヒッチコックの「鳥」がこのアカゲラだったらえらく凄惨なことになるのではないかといらぬ想像が頭をよぎる。
アカゲラが出てきてヒキガエルが見つからないわけがない、とよくわからない理屈を唱えながら、湿原を注視すると…
あ、なんかぼさーっとしてるぞ!
やったー!いた!アズマヒキガエル!
冷静に考えると、都内でさんざん見ているヒキガエルを一匹見つけただけの事なのだがその過程が過程だけに感慨も特別である。
今、目が覚めてロフトからおりて来ましたといった感じ。
えーと、合戦は…
一番乗りか…
ちょっと時間つぶしてくるか…
眺めたり写真を撮ったりしていたら、決まり悪そうにのそのそと竹やぶへと歩いて行った。
その哀愁に共感してるんだ私は
わかるぞ。気持ちはすごくわかる。飲み会で幹事でもないのに待ち合わせ場所に一番乗りしてしまった時の気恥ずかしさ。なんだこいつ、すごくはりきってるじゃんという目線をおそれるあまり、その場を去り、あえて「ちょい遅れ」で「あーごめんごめんちょっと仕事がバタバタして」なんて言いながら、「そこ空いてるよ」みたいに程よく絞られたポジションにソフトランディングを試みてしまうあの感じ。
竹やぶのどことなく漫喫っぽいゾーンに落ち着いた。
ましてやそれが繁殖活動だとしたらどうだろう。ライバルのオス達から「ハリキリ君」などとあだ名をつけられ、なんかガツガツしているという印象を婦女子に与え、婚活どころか今後の生涯に影を落とす危険もあるのだ。彼の判断はしごく賢明と言わねばなるまい。
「がんばっていいタイミングで参加しろよ」
奥日光の豊かな自然におよそふさわしくない根暗な妄想を抱きながら、ひとりぼっちのカエル合戦にエールをおくるのだった。
戦場でカエル合戦を、あきらめない。
前述したように、カエル合戦はこの時期に数日、行われるだけなのでタイミングを合わせるのは難しかったが、戦場ヶ原、いい戦場だった。
ぜひまた合戦にチャレンジしたい。
これから夏に向け、動植物が活性化し、春とはまた違った表情で来訪者を楽しませてくれるだろう。
訪れた際は今回のカエルォークの様に、開催しているイベントに参加してみる事をおすすめする。自然解説員の方のガイドで、自分では気づかない見どころが楽しめて、ドヤ顔で人に語りたくなる見識を得られる事うけあいである。
この記事を書いた、私のように。