コラボ企画 2013年4月15日

世界一美味しいココアを飲む方法

最高の一杯(ココア)は滝で生まれる
最高の一杯(ココア)は滝で生まれる
我々は生活の中でストレスを感じることが多い。あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず、ストレスから逃れることなどできなのである。
そんなストレス社会に「ココア」である。ココアを飲むとホッとする。ストレス社会のオアシスのような存在なのだ。では、ストレスを感じれば感じるほど、よりホッとしてより美味しいココアを飲めたりしないだろうか。ということで、率先してよりストレスを感じてココアを飲んでみようと思う。
1985年福岡生まれ。思い立ったが吉日で行動しています。地味なファッションと言われることが多いので、派手なメガネを買おうと思っています。(動画インタビュー)

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ストレス社会である

現代社会を言い換えれば「ストレス社会」となるのではないだろうか。ストレスを感じずに生活することはできないのだ。常に我々はストレスと戦っている。もはや問題はストレスを感じない生活を送る方法ではなく、ストレスをどう解消するかになってくる。
ストレス社会のイメージ
ストレス社会のイメージ
しかしネガティブなことばかり言っていてはダメだ。このストレスさえも利用することが人生の勝者となるのではないだろうか。ストレスはなにも悪いことだらけではないのだ。サウナ後のビール、砂漠で遭難後の水、のようにストレスを感じてからの方が素晴らしく思えるものもある。

そこでココアである。ココアを飲むのホッとする。つまりストレスを感じてからココアを飲めば、普段よりもホッとして、いつものココアより美味しいココアをいただくことができるのだ。
ストレスにはココアです!
ストレスにはココアです!
という話を当サイトの編集部・安藤さんから聞いた。話を聞いた限りでは「なるほど」と思う。

そこで地主さん、と安藤さんは笑顔で続ける。今からストレスを感じてココアを飲んでください、と。直前の「なるほど」は撤回した。むしろそれはどうだろうと思う。自然に感じるストレスならまだしも、率先してストレスを感じるというのは違う気がする。この状況が早くもストレスだ。

そのMacBook Airを壊しますか、と僕が昨年末に買ったものを壊す提案までしてくる。どうやら彼はココアを過信している。
ココアを過信する安藤さん
ココアを過信する安藤さん

大切な物を預かるストレス

上記のようなやり取りの結果、ストレスを感じてココアを飲むことになった。言われるがままである。まずは大切なものを預かるというストレス。自分のものなら百歩譲って壊れてしまっても仕方が無いが、誰かから預かったものは壊すわけにはいかない。しかも、それが高価なものだとさらにストレス。それを感じる。
高価な腕時計を預かることになりました(箱がデカい!)
高価な腕時計を預かることになりました(箱がデカい!)
預かるのはニフティの営業担当の小幡さんの高級腕時計。心配である。自慢でないが丈夫が売りのGショックを父から誕生日プレゼントでもらい、その日に傷つける特技がある私だ。そんな私が未だかつてない値段の腕時計を借りる。小幡さんは「高いですが、腕時計としては特別高いわけではないです」と言うが、それもまたストレスである。
腕につけると今までにない重みを感じた
腕につけると今までにない重みを感じた
というのも、特別高いわけではない腕時計が、去年の僕の年収のほぼ半分なのだ。その事実に時計とは関係ないストレスを感じる。僕の半年が腕に収まるのだ。そう思うと悲しみと同時に自分の稼ぎに対するストレスを感じた。狙っていないストレスも発生して、ちょっとしたストレスの見本市みたいになっている。
こんな小さな時計が僕の半年か、と思っています
こんな小さな時計が僕の半年か、と思っています
万が一が起きるともちろん弁償できない。となると、この時計の持ち主である小幡さんもストレスを感じる。しかも小幡さんはこの時計を記念に買ったそうだ。値段にプラス記念という弁償では解決しない付加価値が付く。ストレスである。なんなら僕のMacBook Airを壊された方がいい。この腕時計で何台のMacBook Airが買えることか。多く見積もったら10台は買える。
小幡さんもかなりストレスを感じている(常に僕のピッタリ横を歩いていた)
小幡さんもかなりストレスを感じている(常に僕のピッタリ横を歩いていた)

ココアの出番です

想像していたよりストレスがあった。待ち合わせ相手がもう2時間も遅れているようなストレスだ。時計を貸す前まであった小幡さんの笑顔は一切見られない。僕も撮影だから本当は少しふざけりしたい。でも、そんな余裕はない。僕の半年なのだ。種を植えた朝顔が芽を出し、花を咲かせ、枯れる以上の時間が僕の腕に卷かれているのだ。
ココアを飲む
ココアを飲む
小幡さんと僕とでココアを飲んだ。これがココアを過信する安藤さんの狙い通りの効果だった。ホッとするのだ。そして美味しいのだ。張りつめていた緊張に少しだけの緩和が見られる。男ばかりの空間に一人の美女、みたいな生きる希望を感じることができる。もっとも「もう傷ついても仕方ないよね」とはならないけれど、普通にココアを飲んだ時よりその甘さが体にしみた気がした。
ココア後に、壊れても仕方ないですよね、と言ったら、笑顔でダメです、と言われた。でも笑顔が出て現場の空気はよくなった
ココア後に、壊れても仕方ないですよね、と言ったら、笑顔でダメです、と言われた。でも笑顔が出て現場の空気はよくなった
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辛い物にココア

辛い物というのもストレスではないだろうか。美味しい辛さというものもあるけれど、それを越える辛さはストレスでしかない。しかし、それも美味しいココアを飲むため、ということで辛いカレーを食べることになった。ちなみに僕は辛い物が苦手である。辛い物を食べると耳から黄色い液体が出てきそうになるのだ。
通常の12倍の辛さのカレーを注文!
通常の12倍の辛さのカレーを注文!
「今日、絶対お腹痛くなるよ」という辛さだった!
「今日、絶対お腹痛くなるよ」という辛さだった!
辛かった。辛さのお手本と言えるような辛さだった。安藤さん、小幡さん、僕の三人ともが通常の12倍の辛さに悶える。男三人が悶えるその光景はどこにも需要がなさそうな光景だった。胃も燃えるように痛い。美味しいとか不味いとかではない。感想は辛いの一点。ストレスである。お手本のようなストレスだ。三人ともがフルマラソン後みたいな疲れた顔をしている。
やられている
やられている
やっぱりやられている
やっぱりやられている
三人一緒というのはストレスが若干だけれど軽減される気がする。僕だけではないのだ。僕の心の中の小悪魔がほくそ笑んでいる。

ただし経費で食べていいですよ、と言われたので、店員さんも「オススメしないですね」と言う、12倍の辛さでメニューに書いてある最大の量の大盛りを頼んだことが、その緩和をなかったことにしてしまった。食い意地が張った自分が憎い。

なぜならずっと辛いのだ。食べても食べてもお皿から辛い物がなくならない。こんなにいらないのだ。でも、それは自分が原因。自ら買ったストレスは与えられたストレスより強くストレスを感じる。
ストレスを感じている顔
ストレスを感じている顔
辛いカレーを食べて、ストレスは加算されるのではなく、上書きされるということが分かった。実はまだ小幡さんの高級腕時計を僕は着けているのだけれど、完全に辛さのストレスで時計の存在そのものを忘れている。傷ついていても気づかないと思う。辛い物の前では僕の半年分の収入はもはやないに等しい。そう書いているいまストレスを感じた。
そんな辛さのストレスが、
そんな辛さのストレスが、
ココアで解消!
ココアで解消!
こんなにココアを美味しいと思ったことはないかもしれない。耳の聞こえが悪くなるほどの辛さにココア。不味いはずがない。三人一致でこれは素晴らしいとなった。美味いココアのためには辛いカレーだ。甘みが緊張した頬と眉間を緩めてくれる。辛さというストレスの先にココアという女神は微笑むのだ。
安藤さんもいい笑顔!
安藤さんもいい笑顔!

怖い時にココア

怖いというストレスでのココアはどうだろうか。お化けが出るかもしれない、呪われるかもしれない、というストレスでのココアだ。このストレスを感じる方法は比較的楽である。夜のお墓に行けばいい。ちなみに行くのは僕のMacBook Airを壊そうと言った安藤さんである。安藤さんはこういうのがダメらしい。
お墓に向かう電車で怖いDVDを見る安藤さん
お墓に向かう電車で怖いDVDを見る安藤さん
「最低だ」と電車の中で安藤さんがつぶやいていた。怖いのがダメなのだ。僕はそういうのが全く苦手ではないので今回はストレスゼロ。写真は僕が撮っているのだけれど、シャッターを押す手が弾むほどだ。

でも、安藤さんは「この企画はいらないかな」と言っている。ちなみにこの企画は安藤さんが発案して、安藤さんが怖いDVDを選び、安藤さんが実行している。自分に腹が立つのお手本。ストレスである。僕は楽しい。心の小悪魔が笑いすぎてアゴが外れている。
お墓に来ました
お墓に来ました
「僕に取り憑いても何もしてあげられません」と安藤さんは何度もつぶやき、「地主君さ、こういうところではふざけたらダメだから」とぶつけどころのないストレスを僕にぶつけていた。僕は一切怖くないのだけれど、人気のない暗いお墓が怖いという理由は分かる。そこで怖いDVDを見るわけだから、ある意味鬼に金棒である。そして、僕は高見の見物である。こういう状況でのココアも美味しいのではないかと思う。
中の人に失礼にならないよう、静かに縮こまりながらDVDを見る安藤さん
中の人に失礼にならないよう、静かに縮こまりながらDVDを見る安藤さん
たまに後ろの方でガサと音がする。小さな音だけれどここでは怖く感じる。そんなストレスの時こそココアの出番である。安藤さんが過信していたココアがここで輝くのだ。時計のストレスも、辛さのストレスもココアは綺麗に解消してくれた。それだけでなく、いつもより美味しくココアを味わえた。ここでもその力が発揮されるのだ。
ココアを飲む
ココアを飲む
ダメだ、とのこと
ダメだ、とのこと
ココアより後ろが気になる
ココアより後ろが気になる
あんなに僕らを助けてくれたココアだったけれど、ここでは「味がしない」と安藤さんは言っていた。全然ダメだよ、とのことだった。何でもココアで解消されるわけではないんだよ、と僕が最初の安藤さんの説明で思ったことを自分で言っていた。心霊の前ではココアは無力のようだ。
お墓から走るように帰って行った
お墓から走るように帰って行った
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滝に打たれてココアを飲む

次は滝に打たれた直後にココアを飲むのはどうだろう、ということになった。憑いたものも滝に打たれれば落ちると思うんだよね、と安藤さんは言う。お墓で霊的なものが憑いたことを前提に話は進んでいる。そういうのを信じない僕としては滝に打たれるなんてストレスでしかない。それにまだ春である。寒い。絶対に寒い。
とは言いつつ白作務衣を買いにカッパ橋に
とは言いつつ白作務衣を買いにカッパ橋に
もっと「サンセットクルージングで飲むココアは美味いのか?」とか「フルコースで飲むココアは美味いのか?」でいいと僕は思うのだけれど、「滝に打たれてから飲むココアは美味いのか?」という企画。僕の思う企画の真逆にある企画だ。

さらに滝に打たれる時は白い作務衣、ということでそれを買う係も僕がまかされた。分かりやすくストレス。もう滝に打たれなくてもこの状況でココアを飲めばいいのではないだろうか。
買ったけど笑顔はない
買ったけど笑顔はない
この白い作務衣は本当は日本料理屋さんとかで着るもので、それを扱うお店に行ったら僕の風貌が料理屋さんには見えなかったらしく、「何に使うの?」と聞かれた。滝に打たれようと思って、と答えると「はぁ?」と聞き返された。僕も一緒に気持ちである。「はぁ?」である。でも、社会の流れは厳しいもので白作務衣を購入し、気づいたら山の中にいる。ストレス社会は怖い。
足柄にやってきました(安藤さんは笑っていた)
足柄にやってきました(安藤さんは笑っていた)

滝に打たれたくなる春の里山

金太郎の舞台である足柄にある滝に打たれることになった。だんだんと流れる景色がのどかになる電車に乗り、峠を攻めるバスに乗り、さらに歩いたのどかな場所にある滝だ。この辺りは標高が高くまだ桜も咲いていない。滝行をしたいなら素晴らしい環境だ。僕は滝行をしたくないので素晴らしくない環境だ。立場によって環境にたいする考えは変わるのだ。
のどか
のどか
ただし不思議なもので、のどかな場所を歩いていると滝に打たれるのも悪くなく思えてくる。春の息吹を感じる季節の里山はストレスをなくし、今から起きることにたいしてトキメキを与えてくれるのだ。春の里山はそんな不思議な力を持っている。

考えてみれば僕は滝に打たれた経験がない。まだ知らない体験に胸が弾む。これは実はいい企画だったのではないかと思う。足取りも軽くなり、美人が揃うと聞いている合コンに向かうような楽しい気分で滝に到着した。
滝に到着
滝に到着
いい企画じゃなかったね
いい企画じゃなかったね
顔を見合わせた。予想していた滝よりも滝だった。しかも上流なので水がとにかく冷たい。金太郎はこの水を産湯に使ったそうだが、きっと温めてからだろう。じゃないとマサカリを担げるまでに育たない。

滝の落差は23メートル。その高さからMacBook Airを落とせば壊れるだろう。もうそっちの方がいいように思える。大切な僕のMacBook Airより滝の方が断然嫌なのだ。ストレスを通り越して帰りたいと強く思う。
23メートルの落差の滝
23メートルの落差の滝
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滝に打たれる

白い作務衣に着替える。本当は打たれずに帰りたいけれど、帰りのバスは二時間は来ない。近くに時間をつぶせるようなものもない。しいて言えば滝である。もう打たれるしかないのだ。
打たれます!
打たれます!
落差23メートルから落ちてくる水はしぶきとなり、そんなに近づかなくても作務衣を濡らす。そして確信に変わる、辛いぞ、である。水は冷たいというより痛いと感じる。滝には癒しの効果があると聞いたことがあるが嘘だ。全く癒されない。心臓がバクバクとフル稼働し、夏休み最終日のような気持ちになる。
打たれに向かう安藤さん
打たれに向かう安藤さん
打たれる
打たれる
寒さに震え上がる
寒さに震え上がる
ココアを飲む
ココアを飲む
美味しい!
美味しい!
美味しい、心からの声だと分かる感想が飛び出した。冷たい水の滝に打たれてから飲むココア。頬が自然と緩む。他の感想はない。ただただ心の声を正直に表現すると美味しいなのだ。辛いものの時よりも断然ココアが美味いと言う。
滝に打たれに向かう僕
滝に打たれに向かう僕
打たれる
打たれる
死んじゃう!(打たれる前より顔が若干老けている)
死んじゃう!(打たれる前より顔が若干老けている)
ココアを飲む
ココアを飲む
美味い!
美味い!
落ちてくる水の勢いに呼吸ができなくなる。もちろん寒い。安藤さんは毛が全部抜けそうと言っていたが、その通りだった。そんな状況後のココア。断言できる。人生で一番美味しいココアだったと。

美味しいココアには滝だ。滝がココアを美味しくしてくれるのだ。また大きなことを成し遂げたような達成感がある。実際はただ滝に打たれてココアを飲んだだけだけれど、実家に電話して東京で元気にやっているよ、と両親に伝えたくなった。
この状況がココアを美味しくする
この状況がココアを美味しくする
不思議なもので滝に打たれココアを飲んだら、かつてない清らかな気持ちになった。今までストレスを感じてからココアを飲む、「はぁ?」と悪態をついてきた僕だったけれど、それを申し訳なく感じる。ものすごい高揚感と達成感で、最高のココアを飲むために僕らは一緒に頑張って来たのだ、と思えるのだ。

滝とココアのおかげだ。その結果、安藤さんと固い絆で結ばれた気がする。喧嘩しているカップルにも滝でココアはオススメだ。仲良くなれる。ココアは素晴らしい、滝も素晴らしい。そんな素敵なストレスとココアだった。
ココアでできた固い絆!
ココアでできた固い絆!

ココアは滝で!

同じ飲むなら美味しい物を飲みたいと思うのは普通のことである。そのためにどうすればいいかを考えたのがこの記事だ。そして、綺麗に答えが出た。滝に打たれればいいのだ。滝に打たれれば美味しいココアが飲めるのだ。でも、これはあくまでホットココアの話で、もしアイスココアが出たら一悶着あったと思う。滝でホットココア。今後もストレスを感じることは多々あると思うが、この時のストレスを思い出し、あれに比べれば大したことない、と自分に言い聞かせ生きて行こうと思う。
滝でカップル撮り!
滝でカップル撮り!
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