気がついたら無人島
あるとき目を覚ましたら無人島にいたとしよう。
かなりいきなりな前提だけれど、ないとは言えない世の中である。その証拠に先日、僕の知り合いが都内で酒を飲んでいたはずなのに、電車に乗って目が覚めたら静岡にいたと言っていた(その人は横浜在住なのに、だ)。あるのだ、そういうこと。皆さんの身にもいつ降りかかるかわからない。
話を戻すが、急に無人島で一人になってしまったとき、どうしたら生き延びることができるのだろうか。
その鍵を握るのが火ではないかと思うのだ。
火を起こすことさえできたら、あとはどうにでもなる気がしないか(鳥とか捕まえたらいいんでしょう?)。逆に火がなければいくら魚を捕ったとしても生で食べておなか壊すことになる。だから火なのだ、大切なのは。
今回はあえて素の自分の実力を知るため、まっさらの状態のまま実際に無人島に身をおいてみることにした。
無人島へは普通にフェリーで行きます。
目指す無人島はこれ。横須賀沖にある猿島。
神奈川県横須賀市にある猿島は、フェリーで往復することができる無人島である。
手軽ではあるが、東京湾に浮かぶ天然のリアル無人島はここだけなのだとか。火を起こすだけならその辺のバーベキュー場でもいいだろう、とか言わないでほしい。気分である。
気軽ではあるが、そこはさすが無人島、上陸してみるとなかなかハードな景色が広がる。
この島、夏には海水浴客でにぎわうそうなのだが、冬場のこの時期、訪れる客は釣り人か、カップルかにほぼ限定される。正直ちょっと寂しい。
しかしこれも今回の企画にはむしろ適していると言えよう。無人島に一人、そのとき人はどうするか。
目が覚めたらこの景色だったらどうする。
今はまだ明るいが5時6時になれば真っ暗である。それまでに火を起こせるか否か、それが生きるか死ぬかの境目になるわけだ。
そうなるとうかうかしている余裕はない。火を起こすため、まずは木を探したいと思う。
とはいえ目の前はこの状況である。
まずは材料探しから
普段ものをむかずに食べていたりするものの、ぼくかて現代人のはしくれである。正直無人島で一人火を起こすことについては経験はおろか、ほとんどなんの知識もない。昔の人は木の枝をキリみたいに手でしごいて着火するイメージがあるが、あの方法くらいしか知らないので今回はそれをまねしてみたい。
まずは道具となる木の枝を確保だ。
これでいいんだろうか。
森に入るとそれなりに木の枝は落ちているのだけれど、それが着火に向いているのかどうか、まったくわからないのだ。
材質はどうか、長さは、まっすぐじゃなきゃだめか、細すぎると回しにくそうだし太すぎると手が痛そうだな、などなど。枝とひとことで言っても、同じ枝など一つもないのだ。枝の数だけ悩みが増える。
これはちょっと長すぎか。
言い忘れたがこの島、かつては旧日本軍が使っていたということもあり、至る所に戦争の記憶が残っているのだ。それがまた危機感を強める。
茂みの中に不意に人工物を見つけるとハッとする。正直ちょっと怖い。
棒の他にも回転させる枝を受け止めて火を着ける土台が必要だ。これは森に入ってすぐ、偶然にもちょうどいいのを見つけたので確保しておいた。
ナイス木の皮。
それにしても静かである。
この日は
ライター榎並さんの撮影の同行をかねて無人島に来たのだが、榎並さんは自分の仕事に忙しく、僕一人で山に入って棒を探すことになった。
真昼の屋外、鳥の鳴き声や風の音がうるさいくらいに聞こえるのだけれど、そこに人口の音がないだけでこんなに不安になるものなのか。
孤独である。帰りのフェリーが僕をおいて行っちゃったらどうしよう、そんなことばかり考えていた。
これは一刻もはやく火をおこさないと大変なことになる。
あと、すこしにょろっとしたものが全部へびに見える。心が負けそうな証拠である。
火起こし開始
集めた材料を持って山を降りる。
無人島とはいえちゃんと管理された島である。火を起こしていいのはバーベキューエリアに限られる。バーベキューエリアというとかなり文化的な香りがするが、ようは浜辺だ。さっき僕が目を覚ました場所だ。
山で見つけてきた道具を紹介しよう。
まずは土台となる木の皮。しっかり乾いていて期待できる。
そして各種木の棒。長さも材質も違うので、このうちどれが火起こしにむいているのか、確かめたい。
着くのか、火
それではぼんやりとした記憶をたどって火を起こしてみたいと思う。たぶんこうして木の枝を下に押し付けながら思いっきり回転させたらいいのだろう。
ほ!
しゅるしゅるしゅる…。
現代人、すごい手が痛い
…。
木の枝の上から下まで、何度か連続で高速回転させるべくしごいてみたのだが、火が着くか着かないか、そんなことよりまず手が痛い。
すげえ痛い。
現代人の弱さがもろに出ているようで恥ずかしい限りだが、これでは火が着く前に手を怪我する。
申し訳ないが手袋をさせてもらった。本番のときに手袋が運よく落ちているとも思わないが、まずは火を起こすことが急務である。
火起こしを続けよう。
しゅるしゅるしゅる…。
手は痛くない、しかし火も起きない。
と、その前に何か気になる部分がなかったか。
そう
ススキの綿毛である。
着火剤としてのススキ
以前、どこかの博物館で火起こし体験を見学させてもらったことがある。そのときには確か麻縄をほぐして火種にしていた。やはり効率よく熱を火に換えるには燃えやすいものが必要なのだ。
これは使えそう、と思って取っておいた。サバイバルの知恵である。
同様に落ち葉でも試してみたのだが、硬い葉が棒と土台との接点にうまく入ってくれなかった。ススキの綿くらいの柔らかさがちょうどいいようだ。
設備は整った。どうだろう、火は起きるのだろうか。
全力でこする。
力を入れてこすると、木のいい匂いがしてくる。しかし肝心の火らしき現象にはまったくつながらない。どうなっているのか、接点あたりを触ってみる。
触るとちゃんと熱い。摩擦熱は発生しているようだ。
確実に熱は発生していた。
しかしこの熱を持続させ、さらに温度を高めて着火させるにはどうしたらいいのだろう。
よく見ると下の木がちょっとだけ焦げてはいる。
木と木をこすり合わせると少しだけ燻されたような匂いが出てくる。これを続けたらいつか火が起きるんじゃないかという予感はする。なにせちゃんと摩擦熱は起きているのだ。
しかし、どれだけ続けてもいっこうに火が出ない。いや、火はおろか煙すら出てこない。
やがて絶望に変わる
しばらく続けてみて、これはダメだと思った。手ごたえがなさ過ぎるのだ。ある一定のところまでは到達する、しかしそこから上を目指すには、なにか決定的な壁を超えなければいけない気がするのだ。そしてそのスキルは、今の僕にはない。つまりこのまま続けてもきっと夜まで火は出ない。
これが本番だったら僕はどうしていただろう。あてもないまま木をこすり続けるか、それとも別の方法を試すか。泣くか。
石を打ち合わせる方法も試してみたが、こっちもまるで手ごたえがなかった。
無人島で火を起こして生き延びる。そこにはおそらくとてつもない努力と絶望感とのせめぎあいがあるのだろう。それに勝ったものだけが火を手にすることができるのだ。
木は長ければ長いほど上から下までこすってこられるので効率がいいことがわかった。
ただ、火は起きなかった。
おまけの急展開
木と木をこすりあわせて火を起こすことは、残念ながら今回はできなかった。
ところで、たまたま浜辺に虫眼鏡が落ちていたとしたらどうか。試しにススキの綿毛に光を集めてみる。
一瞬で火が着いた。
無人島には虫眼鏡
木をこすりあわせて火をつけることは残念ながらできなかった。
よく無人島に持っていくなら、という質問があるが、あの答えに本とか携帯とか答えている間はまだ現実を知らない。僕なら虫眼鏡を持っていく。これが今回、唯一得られた結論である。