千葉で繁殖している!
さて、僕は外国から日本へやって来て野生化した生き物、いわゆる外来種を捕まえることを趣味というかライフワークとしている。
そんな僕が前々からぜひとも捕まえてみたかったのがそのカミツキガメである。
やってきたのは千葉県佐倉市を流れる川。緑が多くて確かにカメが暮らすにはちょうど良い環境に見えるが…。
北米原産の大型淡水カメであるカミツキガメは日本ではなんと千葉の印旛沼水系で繁殖してしまっているらしい。
普段は水中にいてなかなか姿を見せないが、毎年この時期になると産卵のため陸に上がってくる。そこで子供がちょっかいを出して噛み付かれでもしたら大変ということで毎年駆除も行われているそうだ。
意外なほど街中を流れててびっくり
ネットで検索したところ、カミツキガメは高崎川と南部川、それから鹿島川に数多く生息しているようだとわかった。
ところが現地に赴いて驚いた。いずれの河川も街中や田園地帯を普通に流れているのだ。秘境めいた雰囲気は全くない。
とりあえずやみくもに探しまわっても仕方あるまい。地元の方に聞き込みを行うことにした。
徹夜で挑む!
田んぼで作業中のおとうさんたちにお話を伺うことに。
お仕事中の農家の方曰く、「田んぼの畦をたまに歩いている」という情報を得ることができた。しかし見かける頻度は2年に一度程度とそう多くないそうだ。うーん、これはむやみに歩き回っても出会うのは難しそうだ。
一瞬カメの足跡かっ!?と思ったが残念。こりゃネズミの足跡だ。
とりあえず田んぼ周辺を歩き回ってみるが成果は得られない。そんなとき釣竿を持った男性が自転車に乗ってこちらへ向かってきた。
チャンス!!水辺の生き物のことを知りたかったら最良の手段はその地域の漁師さんに話を聞くこと、次点で釣り人に話を聞くことだ。彼らは水辺のことに関してはプロ、あるいはセミプロ級の知識を持っている。
さっそく呼び止めて話を聞くと、「ヘラブナ釣ってるとたまに掛かって困るんだよねえ。」との答え!釣れるんかい!!
というわけで竿を出してみることに。
釣り人にお礼を言い、さっそく川に向けて釣竿を伸ばす。エサはサンマの切り身だ。
その後も道往くヘラブナ釣り師数名に話を聞いたが、なんと皆さんカミツキガメを釣ったことがあるという。針を外そうとすると噛みついてくるので厄介な存在らしい。ただ、ここ数年は大規模な駆除の成果かあまり見かけなくなったそうだ。
うーん、駆除がうまくいっているというのは素晴らしいことなのだが、なんだか悔しいぞ。
竿先には鈴。
竿の先には鈴をつけて待機。カメがエサをくわえたら鈴の音がそれを知らせてくれるという仕掛けだ。
待つこと数十分、静かな川辺に鈴の音が鳴り響いた!急いで糸を巻き取る!
なにやら雑巾でも引っ掛けたようなかったるい感触が竿先を通じて手元に伝わる。魚じゃない。カミツキガメか!?
うーん、カメだけど…。
カミツキガメじゃない。これはクサガメというカメだ。漢字で書くと臭亀。釣りあげられて文字通り嫌な匂いを放ち始めた。まあ後にこんなもの何でもないと思えるほどの悪臭を嗅ぐことになるのだが…。
結局明るいうちにはカミツキガメを捕まえることはできなかった。実はカミツキガメは夜行性なのだ。もちろんそれを考慮して野営の道具は持ってきている。今日は徹夜で粘ろう。
続いて夜になってから釣れたのはスッポン。
しかし徹夜の甲斐もむなしく、スッポンやクサガメなど、狙っていないカメばかりが釣れるだけで終わってしまった。
ひょっとするとこの辺りのカミツキガメは駆除し尽くされてしまったのだろうか。
ついに捕獲!!
後日、当サイトのクラブ活動、「
毒部」でおなじみの伊藤健史さんを助っ人に呼び、改めて佐倉市を訪れた。なんでも伊藤さんは以前にこの辺りでカミツキガメの死体を見かけたことがあるというのだ。というわけで伊藤さんにポイントを案内してもらい、釣りをすることに。
さっそく伊藤さんの竿がしなる!
釣りはじめて早々に伊藤さんの竿に何かが掛かった!抵抗の仕方を見るにどうやらカメっぽい。こんどこそカミツキガメ捕獲なるか!?
残念。やっぱりカミツキガメじゃない。
釣れたのはミシシッピーアカミミガメ。いわゆるミドリガメである。これもカミツキガメと同じく北米出身の外来種。地元の釣り人の話では「カミツキガメが減ってから今度はこいつが増えた」とのこと。
カメが次々釣れる。本当にカメにとって暮らしやすい川らしい。
その後もクサガメとアカミミガメは釣れるものの、肝心のカミツキガメは姿を現さない。本当にいるのか?と疑念が各自の頭に渦巻きはじめる。
そしていよいよ夕暮れを迎えたその時!!
…どうせカミツキガメじゃないんだろうな。と思いながらリールを巻く。
僕の竿に取り付けていた鈴が小さく鳴った。十分にエサをくわえこませてから竿を立てる。何かの重みを感じる。魚のようには暴れない。ああ、掛かっているのはカメだ。
でもどうせアカミミガメかクサガメなんでしょ?と思っていると見慣れぬカメが水面を割った。
ああああ、カミツキだーーーー!!
カミツキガメだーーーー!!!
うおおおおおおおおおおおおお!!!夕暮れの川岸に大の大人二人の歓声が響く。
ついに獲ったぜカミツキガメ!体重2.5キロの大物だ!すげえ、本当にいたんだ!いや、いちゃいけないんだけどさ。
かわいい!そしてかっこいい!
後ほどじっくり紹介するが、このカメは本当に造形がすばらしい。いつまで観察していても飽きない!
伊藤さんのいたずら。タバコ吸ってるみたいでかわいい。でもこんなことは絶対しちゃいけなかった…。
危険生物であることを忘れてべたべた触ったり観察していると、やはり危ない場面に遭遇した。ちょっかいを出した伊藤さんが噛みつかれかけたのだ。
バネ仕掛けのように一瞬で首を伸ばし、伊藤さんめがけてクチバシ(カメに歯は無い)を鳴らすカミツキガメ。その音はカスタネットのように大きく乾いていた。
「……。」辺りが静まり返る。はしゃぎまくっていた僕も伊藤さんも黙り込んでしまった。
幼い頃、冗談のつもりでからかっていた友達が急に本気で怒りだしたときのあの空気だ。
反省。
左カミツキガメ、右ミシシッピーアカミミガメ。裏返すとその体のつくりの差は歴然だ。
ところで彼を裏返してそのお腹を見てほしい。甲羅の形が普通のカメと大きく異なっていることに気付くはずだ。
ガードが甘いというかずいぶんと露出が多い。エロいっ!
首も尻尾もマッチョな脚も、甲羅の中にはあまり引っ込まない。
これは原産地の環境における外敵の少なさ故の形態だろうか。
「へっ、他のカメみたいにガチガチにガードしなくても俺を食えるやつなんていねえよ!」という自信の表れのように見える。
そしてもうひとつ、目には見えない特徴がある。
くさっ!!
このカメ、危険が迫ると体からくっさい匂いを出すのだ。といっても先ほど紹介したクサガメの比ではない。もう顔がゆがむほどの悪臭である。獣臭というかなんというか、動物質の強烈な匂い。これは困ったぞ…。
食べようと思うのですが…
何が困るのかと言うと、今回僕はこのカメをスッポンのように食べてしまうつもりなのだ。ペットとして飼いたい気持ちもあったけど(カミツキガメは『特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)』により、飼育および生かしたままの移動が禁止されています)。
中米のある地域ではこのカメを食べる文化もあると聞いたことがある。そんなわけできっとおいしいに違いないと思っていたのだが、この匂いだ。はたして大丈夫だろうか。
ブラッシング。ほほえましく見えるかもしれませんが、下ごしらえの一環です。
とりあえずその場で甲羅や体表の汚れをブラシで落としてから首をはねて〆る。その後木に吊って血を抜いた後に匂いを嗅いでみたが、捕まえた直後のような悪臭は感じなかった。どうやらあの匂いは緊急時のみ発することができるスカンクやカメムシのオナラのようなものらしい。ひとまずは安心である。
作る料理はとりあえず二品、鍋とから揚げを考えているのだが、こいつ一匹では肉の量が足りないかもしれない。
…もう一匹欲しいな。できればもっと大きいのが。
さらなる大物を求めて
野宿でも歯磨きと髭の手入れは欠かさない(セルフタイマーで一人で撮ってます)。
欲張りな僕はもう一日野営して粘ることにした。
朝、昼はやはりクサガメとアカミミガメしか釣れなかったが、日が暮れはじめたころに何やら大物が掛かった。やたら重い。流木だろうか。
でっかいカミツキガメでしたああああー!!
ついに大物が釣れた!首を伸ばした状態で頭から尻尾の先まで71センチ、体重はなんと4.5キロ!これはもはや猛獣だ。いや怪獣だ。ガメラだ。
もう脳内はアドレナリンドバドバ。ひきつった笑いが止まらない。
この凶暴な顔、そして爪!
怖いけどかっこいい!
見て!この尻尾見て!ワニかゴジラか。いいえ、カメです。
やった!これで食材の量は十分だ。さっそく〆て持ち帰り、調理に取り掛かろう。
背中側からでは手のつけようがないので、腹側から包丁を入れて内臓を掻き出し、肉を外す。
それでも時間はかかったものの、なんとか肉を取ることができた。
一匹から大体これくらいの量の肉が取れる。左の二つは茹でてしまったもの。
脂肪少なめのきれいな赤身!
大きくておいしそうな肝も取れた。
気に掛かっていた肉の匂いも気にならない。ただ、分厚い皮がひどく臭う。獣臭いのだ。爬虫類のくせに。みなさんもカミツキガメを調理する際は皮をきちんと取り除くよう心がけるようにしましょう。
めちゃくちゃ美味い!!
さて、そんなこんなで料理が出来上がった。から揚げとスッポン鍋ならぬカミツキ鍋である。
から揚げ。ぱっと見フライドチキンだが、大きな爪が生々しい。
カミツキ鍋。手持ちの土鍋では収まりきらず、近所から大鍋を借りてきた。
ふはははー。今この瞬間、おまえはカミツカレガメに成り下がったのだー。
いったッ!この僕が印旛沼水系の食物連鎖の頂点に立った瞬間である。
それはいいとして気になるお味の方は…?
おいしいっ!!ちり紙放り出してのサムズアップ。
すっごくおいしい。いや、本当に。冗談でも誇張でもなく本当に美味いのだ。
肉質は硬すぎず柔らかすぎず。
肉の味は豚のスペアリブと鶏のもも肉の中間といったところ。かなり長時間煮込んだのに肉が硬くないし、味もしっかり濃厚だ。
恐れていたくさみもクセも全くない。スッポンよりも食べやすく、個人的にはこちらの方が好みなくらいだった。
肝も甘みが乗っていておいしい。
肝も甘く濃厚な味わいでおいしい。
そして特筆すべきはカミツキ鍋のスープである。素材の味を知るべく、とりあえず調味料を一切使わずに仕上げたのだが、それでもいくらでも飲めるほど濃い出汁が出ていた。
カミツキ出汁で作ったおじやも当然おいしい。
その出汁で作ったシメのおじやがまた美味いっ!
いやー、捕獲から試食まで刺激がたっぷりで、実に満足のいく取材となった。
何度も繰り返しているようにカミツキガメは危険な生き物なので、決して僕の真似をして
捕まえようとは思わないでいただきたいが、とてもとてもおいしい生き物でもあるので、もしもお隣さんが「実家からたくさんカミツキガメのお肉もらったんですけど~」とやってきたらぜひおすそ分けにあずかってみよう。
印旛沼以外にもいる!?
さて、この度お送りした噛付亀捕物帳はいかがだっただろうか。あまり堅い話はしたくないが、読者の方にはぜひ、「楽しそう!おいしそう!」という感想以外にも、こんな生き物まで日本に定着してしまっているという事実、外来種問題について少しだけ考えていただけたらと思う。千葉県の印旛沼水系が最も有名だが、カミツキガメは日本各地で見つかっている。実際、この取材中にも関東の某県に住み着いているらしいという情報をキャッチした。注意喚起が盛んな千葉ならまだしも、そんな場所で何も知らない人がうっかり噛みつかれたら大変だ。なので、今度僕が現地へ赴いて捕まえに行ってきます。おいしかったし。
伊藤さんが釣り場で「カバキコマチグモ」という毒グモを見つけて興奮していた。危険な生き物はカミツキガメだけではないのだなと思った。