野菜なのか、雑草なのか、ノラニンジン
ノラニンジン。日本全域に見られる植物だ。
名前的には野菜感があるが、「野良」とついているので雑草のようでもある。こいつは野菜なのか雑草なのか。
本編に入る前に野菜とは何かを少し考えてみたい。
じつは野菜と雑草には明確な区分は無く、違いを表すと下の図のようになる。
左の雑草たちを、人間が保護しつつ右側へと変化させて生まれたのが「野菜」である。
野菜には敵から身を守るための要素が少ない。だから食べておいしいが、野生では生きていけない。
雑草界の尾崎豊こと「逸脱種」
さてそんな野菜の中に、人間による保護をいやがって、野生の世界に逃げ出したものがいる。逸脱種だ。
野菜が逸脱種になると、雑草的な要素を取り戻してどんどんまずくなっていく。野生で生きるために身を守るのだ。
丸々と太った可食部がやせ細り、筋ばって苦くなったさまは、生き延びるために悪事に手を染め、眼光鋭くなった不良少年のごとしである。
逸脱種として有名なハマダイコン。その根は細く堅く、凶悪なまでに辛い。
盗んだバイクで走り出したニンジン「ノラニンジン」
というわけで、畑のニンジンが「もう学校や家には帰りたくない!」と逃げ出したのがノラニンジンである。まあ正しい由来は不明なのだが、逃げ出したと考えると愛おしく思えるので、そうしよう。
ニンジンは家を出て、長い野生生活の果てに、どのような有様になったのか。それを確かめに江戸川の河原までやってきた。
この河原に流れ着いて、生きているという噂。
家出の果てに流れ着いた先が河原だなんて、まるで転落人生のようであるなぁと思いながら歩いていると、橋の下に洗濯物が干してあり、リアルに流れ着いた感じの人がいたので笑えなかった。
野生生活は厳しい。
はたしてノラニンジンは河原で生き伸びているのだろうか。というか、この河原に生えているという噂は本当なのだろうか。
失踪した息子を探す母のような気持ちで探索は続く。
む。あの白い花はもしかして……
発見!ノラニンジン!
白い半球状の花が目印!
発見である。噂の通りノラニンジンは、江戸川の河原に流れ着いていた。思ったよりも元気そうである。
半球状の花が目立ち、わりとすぐに発見できた。この花はドライフラワーとして観賞用にもなるらしい。たしかにキレイだ。
実際に花として普通に栽培してもいいレベル。
ギザギザで、ちりちりで、ギザギザ。
これはニンジンの葉だ。間違いない。
台所に放りっぱなしにしたニンジンから、こういうのが生えているのをよく見る。
この葉っぱ、やっぱりニンジンの匂いがするのだろうか。ちょっとちぎって揉んで嗅いでみた。
くんくんくん。
ニンジンだ。ニンジンの匂いがする。
甘ったるくて、ちょっと青臭いような、まさにあのニンジンの匂いだ。これは期待できる。
みんな知らないが、河原にニンジンが生えている。いつも食べてるあのニンジンである。いよいよ引っこ抜いてみよう。
せーの!!! (ずぼっっ!!!)
あれ……。
うむ。
読者全員が感じていると思うが、かなりニンジンとは違う。
写真が全てを物語っている気もするが、それでも改めて箇条書きにすると、
・赤くない。
・小さすぎる。
・ひげ根多すぎ。
・というか、ただの根っこでは。
あたりだろうか。
しかし雑草の割には根が太いようにも見えないだろうか。
庭の雑草を抜いて、このレベルの根がついていたら、「おお、この雑草は根が太いなあ。ニンジンのようだなあ」と思うだろう。(思って下さい)
これなんか、かなりいけてる太さ。(と自分を説得)
このようにして心を強く保ち、開花前の収穫しごろのノラニンジンをごっそりと収穫してきた。
ざっと8本ほど。
さあ、持って帰って炒め物にでもしてみようと思います。
わっさー。ニンジンわっさー。
ノラニンジン、シャレにならない固さ
ノラニンジン、洗って泥を落としてみるとこのような風体である。
ニンジンにはほど遠い。食えるのか……。
百歩譲って、間引きされたゴボウというところだろうか。
どう見ても野菜のルックスをしていないが、それでもあきらめるわけにはいかない。
まずは刻んでキンピラゴボウでも、と包丁を手にしたところ、想定外の困難にぶち当たった。
包丁で切れない!
想定以上である。河原で抜くときに一本折れて、その時の感触と見た目から、固いんだろうなという気はしていたが、もはや野菜の域を凌駕した固さだった。
折れた時、「木」としか言えない固さが手に走った。
中心はまさに木材で、いくら押しても全く切れる気配がない。なのに傷ついた表面からニンジンの匂いはするのが、また切ない。
しょうがないから大ハサミで切断。剪定か。
この根っこの細いところを選んで、小さく刻んでみた。
これを油で炒めてみようと思う。
どう見てもゴボウですが、ニンジンです。
木の棒になった。
ニンジンのごま油炒め(ただしノラ)
出来上がったノラニンジンの油炒め。
さっそく食べてみる。
むぎーーー。
ふんぎーーーーーー。
木の棒を口にくわえた感触しかしない。
端的に言えばつまようじだ。つまようじを噛みしめている感覚だ。ノラニンジンは油で炒めると、つまようじになることが分かった。
というわけで圧力鍋の登場となる。
圧力鍋、つまようじに勝てるのか。
圧力鍋で、無言の圧力をかける
根の断面。オレンジの点線の内側が固いところ。
この中心部は、はっきり言って、何をどうしようと食べられる兆しが無いぐらい固い。しかし、その周囲は包丁でも切り込むことができる。まだ可能性があるように思えた。
この部分なら食えるかもしれない。
最後の切り札・圧力鍋で、不良ニンジンことノラニンジンに無言の圧力をかけることにした。
食えなくはないね。
ノラニンジン、むしろ甘い。
かじったノラニンジンの柔らかい部分は、たいへん食物繊維に富んでいて、甘く、ニンジンの香りがした。
ちょっとえぐくてアクもあり、ワイルドだけど、ハンバーグの横にくっついているあのニンジンの味だった。
分離させた芯と周囲の可食部。
もっと細かくたとえると、焼き芋のいちばん端の筋ばっている部分の味である。
もってりとした甘さ、舌触りの悪い食感、甘ったるい匂い、かなりのところまで焼き芋の端に似ている。
食えなくはないけど、あまり食いたくないこの味。全然誰にも勧められないが、ギリギリのところで「食べられた」と言えるのではないか。
うむ、食える、これは食える。
というわけでノラニンジン、なんとか食えた!と判定して、今回の挑戦を終わりとしたい。