野菜の祖先シリーズ・その2
僕らが食べている野菜は、そのほとんどが野生植物では無く、何百年もかけて雑草から選別されてきたものだ。
例えばキャベツの祖先は、ヤセイカンランという雑草。
カラスムギはびっくりするぐらい麦だった。
5月、僕はオート麦の原種として、そのへんに生えているカラスムギをむしり取り、お粥にしてみたが、これが想像以上に食べ物だったので大いに感動した。
(参照:
雑草の実で作ったお粥がうまかった)
そして今回はトウモロコシの原種といわれる雑草「テオシント」を狙って筑波大学の実験農場にやってきた。
ここが実験農場、農林技術センター。ライターの平坂くんと来ました。
テオシントの案内人・林教授
今回、僕ら取材班を案内して下さったのは、筑波大学・生物資源学類の教授、林久喜先生だ。
林先生。専門は作物生産システム。農学博士。
林先生は、雑穀の普及に関わる活動もされており、農場内の作物見本園ではさまざまな雑穀や有用な作物が育てられている。
今年見本園で育てられた作物の一覧。超たくさん!
雑穀の代表、アワ(8月撮影)
今回の目的、テオシントもそのひとつだ。
さっそく見せてもらうことにした。
林先生「あんまり良く実ってはいないんだけどねー」
これがトウモロコシの祖先!
これがテオシント!! 小さい!!
なんだこれ!
僕らが知っているトウモロコシに比べて、格段に小さいし、粒の数も10粒ぐらいしかない。
というかそもそも、中央に芯が無い!
その上、全然黄色くない!
似ているところといえば、皮に包まれて、ヒゲが生えていることぐらいだろうか。
目を細めて見れば、確かにヒゲと皮はトウモロコシっぽい。
いったい、これがどうトウモロコシになるのか?
昔の農家は、こんな貧相なものを一生懸命育てていたのだろうか?
色々気になってしょうがなかったので、とにかく林先生にお話を聞いてみた。
テオシントはいつごろトウモロコシになったのか。
―そもそもテオシントはどこで、いつ頃トウモロコシになったんですか。
というか、テオシントが確実に祖先と断定できているわけではないんですよ。
トウモロコシの起源には2つの説があって、一つはテオシントからできたという説、もう一つはポッドコーンという原始的なトウモロコシとテオシント、またその他の近縁な植物からできたという説ですね。
8月に撮影したテオシント。トウモロコシの雄花っぽい物出てる!
なるほど。
どっちの説にしろ、テオシントがトウモロコシの成立に関わった有力候補、ということは言えそうである。
―テオシントがトウモロコシの祖先なら、二つを受粉させると雑種ができるんですか?
できますよ。この写真見て下さい。真中が両者をかけ合わせて作った雑種です。
おおお! 雑種が生まれてる! (引用元: Wikipedia English “Zea (genus)”)
トウモロコシとは染色体数が同じで、雑種を作ることができます。
すごい、やっぱり近縁なんだということが実感される。
ていうことはやっぱりいけるのか……?ということで、一番気になるあの質問をしてみた。
―で、このテオシントの実って食べられるんですか!?
えっ!?ははは(笑)
面白いこと考えるね。
先生も苦笑。取材ではよくこういう顔をされるサイトです。
少なくとも僕は食べようと思ったことは無いですね。熟した実は、はっきり言って堅くて小石みたいですよ。
そうだ、たしかに僕もそう思った。
さっき、テオシントを見せてもらったときに、熟した実も見つけることができた。
これがテオシントの完熟状態。茶色い。
農場の職員さんが収穫してくれていた。
僕らが来るというので、農場の方でテオシントの実をまとめて収穫しておいてくれたらしく、それも見せて頂けた。
それが下の写真だ。
茶色い……っていうかどう見ても堅そう!
収穫された状態も全くトウモロコシに似ていない。はっきり言って枯草色、大きく食欲を減退させる色である。
最初に緑色の実を見たときは、熟せば黄色くなるのかと思っていたが、そういうことは無く、こんな地味―な色になるのである。
「これは……。堅そうですね……。」
―これ、種が食えないんだったら、テオシントを栽培するメリットは無いんですか。
テオシントは種を収穫するためではなく、牧草として用いられていますね。刈り取ってもどんどん生えてくるので。
ちなみに実を収穫するためには、日の長さをこの装置で人工的に調節してやる必要があるんで、大変なんですよ。
日長調節装置。タイマー駆動でこの小屋がレール上を動くらしい。
テオシントも雑草とはいえメキシコの植物なので、日本の環境で栽培するのはそう簡単ではないようである。
さて、先生に食べる実験をしてみたい旨を相談したら、農場には試食実験をするほどの在庫が無いので、種を購入できる販売元を教えて下さった。
そして1週間後、僕の自宅にテオシントの種・1kg入りが到着した。
販売元はなんと雪印。
とりあえず水に浸そう
小石のように堅いテオシントの種。
とりあえずは煮てみようと思ったのだが、煮る前に一晩水に浸してみた。
大豆でも何でも、堅い穀物は煮る前に水に浸す。鉄則。
こうすると穀物は、翌日には水を吸って、驚くほど膨らんでいるものだ。
さあテオシント、おまえは穀物なのか。
穀物ならその力(吸水力)を僕に見せてくれ。
翌日のテオシント
全く吸水していない。
何だこれ。
いくら何でも変わらな過ぎである。
小学生の頃のアサガオの種ですら、もうちょっと頑張って膨らんでいた。
それに対するテオシントのこの有様。
空気の読めないやつである。
まあ、とりあえず煮てみることにしよう。
土鍋でコトコト。
なかなか煮え切らない男、テオシント
煮立つまでヒマだったので、テオシントの堅い殻の中を解剖してみることにした。
殻をかじって割ってみる。
割れた殻と、その中身。
その中身は意外と穀物っぽい。いけるか?
殻は堅い。
到底食えたもんじゃないくらい堅い。
ガリッとかじって割ってみると、中には薄皮に包まれたものが入っていた。
いわゆる種の中身っぽいやつだ。
さらにそれをかじると、白い内容物がぽろぽろと崩れてきた。生米ぽい。
この白いのをそのまま食べてみると、予想通りマズイかった。
しかし、穀物っぽいかと言われれば、たしかにそれっぽくもある。挽きつぶしたらいい粉になりそうだ。
もしかしたら、煮ればふっくらと炊きあがって、栗みたいに美味しくなるかもしれない。
気長に煮込んでみよう。
炊き上がりを待つ。
「まだ堅そうだな……」
待つ。
1時間煮込みました。
鍋の水もいい加減無くなってきたので、火を止めた。
でき……た?
水は雑草色に濁り、かなり煮込まれたことをうかがわせる。しかし残念なことに、膨らんでほどよくなったりはしていない。
多少殻が柔らかくなり、実が外れやすくなっているものの、相変わらずマイペースの堅さである。
割らなくても実が取れるぐらいには緩んだけど。
とりあえず中の実を食べてみよう。
1時間煮込んだし、さっきみたいに生米かじってるみたいなことにはならないだろう。
意を決して食べてみる。
これは……。微妙……。
微妙、まさに微妙である。
味としては、シイの実に似ている。
ヒマワリの種も近いかも知れない。
甘くもないし、苦くも渋くも無い。特に愛想の無いデンプン質のかたまり。
「微妙」という単語はこのためにあるのではないかというぐらい微妙な味だ。
問題のトウモロコシとの類似性に関してだが、はっきり言ってほとんど無い。
匂いの中のはるか遠くに、メキシカンタコスの存在を感じたかも?程度であった。
つまり全然トウモロコシじゃなかったということです。
煮てもダメなら焼いてみよう。
次はフライパンで炒めてポップコーンになるのか試してみた。
飾りトウモロコシはポップコーンになる?
ここでひとつ、興味深い実験をしてみようと思う。
林先生からトウモロコシの話をうかがっているときに面白い話を聞いた。
装飾用の飾りトウモロコシは、小さいポップコーンなのだという。
なんと!これがポップコーンになる!?
芯から種を取り外す。
この赤紫の種がポップコーンになる?
飾りトウモロコシとは、フラワーアレンジメントやインテリアに使う小さいトウモロコシだ。
ポップコーンはトウモロコシなら何でもなるのではなく、爆裂種という専用の品種があるのだが、飾りトウモロコシは、実はその品種の仲間なのだという。
飾りトウモロコシ、今回の記事用に食べてみようかと思い、知り合いから貰って手元にあったのだが、これもポップコーンになるのだろうか。
油を引いてセット。さあ熱しよう。
POP! POP! POP!
火にかけて30秒ほど、フライパンからポッ!ポッ!と音がし始めた!
「POP」の書体も、創英角ポップ体でお届けしております!
できてる!
これは聞きなれたポップコーンができてる音である。
音が収まった頃合いを見計らい、ふたを開けてみた。
ふおおおおおおーーーー!! ポップコーンできてるーーー!!
ポップコーンできてる!
あの西洋風の異物としてしか見ていなかった装飾品から、こんなにも素敵なポップコーンができたのだ。
できた!できたんだよ! あの装飾品からポップコーン!!
しかも白くて美しい。
どうやら赤かったのは皮の部分だけらしく、出来上がったポップコーンには、見るも美しい深紅の皮が付いていた。
実物はもっと赤くて、コントラストがきれいだった。
これはすごい。
やはり生活の中のどこに驚きが潜んでいるか、分からないものである。
まだまだライターとして探すべき余地はありそうだ。
続いてテオシントをポップコーンに
さて、僕たちの本題はテオシントだ。
テオシントの殻は固い。
ポップコーンがポップコーンになる理由は、その殻の堅さによると聞くので、もしかしたらポップコーンになるかもしれない。
やってみよう。
飾りトウモロコシの成功でかなりハードル上がったが、大丈夫か。
ふたをして、火にかける。
はっきり言おう。僕は全く期待していなかった。
油の量も適当、火加減も適当でやっていたし、「やっぱりテオシントは食べられませんでした」で記事を締めよう、とか考えていた。
そしたらフライパンから、小さいながら、ポ!ポ!と、音が聞こえてきたのである!
え? 何この音??
テオシントもポップコーンになる!
ええ!? でで、できてるーーー!? ポップコーンできてるーーーー!
できてる!
そこには明らかにポップコーンとしか言いようの無いものができていたのである!
爆発率(?)は低いものの、種の一部はしっかりと爆発し、見事なまでにポップコーン(ポップテオシント)になっていた。
これはどういうことだ!
誰がどう見てもポップコーンだ。(ポップテオシントだけど)
出来上がったポップテオシントは、食べてもおいしかった。香ばしさはやや劣るものの、味も歯ごたえもまさにポップコーンだったのだ。
すごい!テオシントはポップコーンにして食べられるのだ!
僕なりの起源予想
つまりこれは、こういうことじゃないだろうか。
1万年前に、テオシントの種を炒めたらポン!ポン!と膨らむのを見て、インディオたちが感動。
「テオシント、スゴイー!! 育テテモット美味シイノ作ルヨ!!」
と熱意が高まり、栽培が始まって作物化に至った、ということじゃないだろうか。
トウモロコシ、ポップコーン起源説を提唱します!
だからテオシントも熱して弾けるし、堅い殻があったテオシントでも、何とか食べてみようと古代人に思わせたのだ。
間違いない。
もし僕が古代人で、こんな面白くて美味しい植物を発見したら、体毛抜けるほど感動して栽培を始め、一気に中世ぐらいまで進化する。
面白い、作物の起源面白い!
テオシントは、ここ1年ぐらいずっと追っていた植物だったので、想定以上の成果を得ることができて感動した。
僕の仮説が正しければ、トウモロコシは煮て食べるより先にポップコーンとして普及したということになる!
(と思ったら、その説はもう提唱されてたらしい。残念……)
さて、林先生からはテオシント以外にも雑穀の話をあれこれうかがい、最後に雑穀の種子の保管庫まで見せてもらえた。
こちらの経験も、今後の野菜の原種シリーズ記事に大いに生かすことができそうである。
続編に期待ください!