特集 2012年5月12日

イワシの糠漬けはアンチョビとチーズの味

イワシやサバなどの生魚を、糠漬けにする食文化に触れてきました。
イワシやサバなどの生魚を、糠漬けにする食文化に触れてきました。
糠漬けといえば、キュウリやダイコンなどの野菜が一般的だが、北陸地方などの海に近い場所では、魚を糠に漬けて食べる文化がある。しかも、イワシやサバなどの腐りやすい生魚をだ。

私も自前の糠床にいろいろな食材を付けてきたが、さすがに生の青魚を漬ける度胸はない。

魚の糠漬けとは一体どんな作り方なのか、そしてどんな味なのだろうか。
趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。(動画インタビュー)

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富山県氷見市の柿太水産で工場見学

魚の糠漬けを求めてやってきたのは、寒ブリ漁で有名な富山県氷見市。日付はまだ雪も降る3月26日のことである。

富山湾から水揚げされた新鮮な魚を加工販売している柿太水産さんで、イワシの糠漬け作りを見学させていただいた。
煮干しのオブジェ、ボッシーニがお出迎え。
煮干しのオブジェ、ボッシーニがお出迎え。
さっそく工場の中に案内していただくと、まさに糠いわし作りの真っ最中。室内は糠と魚の混ざった匂いなのだが、なんだか気持ちを落ち着かせてくれる、決して不快ではない匂い。

後から知ったのだが、糠いわし作りは年に何回もやるものではないそうで、これを見られた私は相当ラッキーだったようだ。こういうことに自分の運が使えてうれしい。
写真だけみると、揚げ物作っているみたいですね。
写真だけみると、揚げ物作っているみたいですね。
ここの地方では昔から保存食として魚の糠漬けが食べられていて、各家庭で作っていた時代もあったとか。野菜を漬ける糠床が私の家もにあったのと同じような感じだろうか。味噌や梅酒作りのほうが近いかな。

糠に漬けられる魚は、マイワシ、カタクチイワシ、サバといった大衆魚が一般的で、ここでは去年からブリにも挑戦している。

冬場の身が締まっておいしい時期に作り、梅雨頃まで漬けこんだら出来上がり。その後は二年でも三年でも保存ができるそうだ。

糠いわしの作り方

イワシの糠漬けのことを、このあたりだと「糠いわし」、あるいは「こんかいわし」というそうだ。糠漬けというくらいなので、糠味噌に魚を漬けるのかと思ったら、教えてもらった作り方は全然違った。

まず材料となる魚をたっぷりの塩で数日漬けて脱水し、それを富山湾の深海から汲み上げられた海洋深層水でやさしく洗う。
この日はカタクチイワシが材料。イワシから出た水分に沈んでいる。この汁を味見させてもらえばよかった。
この日はカタクチイワシが材料。イワシから出た水分に沈んでいる。この汁を味見させてもらえばよかった。
よく洗った塩漬けイワシ。これをオリーブオイルに漬ければアンチョビになるのかな。
よく洗った塩漬けイワシ。これをオリーブオイルに漬ければアンチョビになるのかな。
続いては、氷見産の米糠をたっぷりとイワシにまぶす。アジフライのパン粉のようにだ。この米糠は糠床用とは違って、塩も水分も入っていない。イワシが塩辛いから、糠は無塩でいいらしい。

これでイワシに糠がまぶさったわけだが、まだまだ出来上がりではなくて、ここから先が長かった。
糠床に漬けるのではなく、乾いたー糠をー絡ませー(ここはモノマネで)るんですね。
糠床に漬けるのではなく、乾いたー糠をー絡ませー(ここはモノマネで)るんですね。
もう完成っぽい見た目だが、食べられるようになるまで、あと三カ月以上掛かる。
もう完成っぽい見た目だが、食べられるようになるまで、あと三カ月以上掛かる。

糠と麹と樽の力で発酵させる

糠をまぶしたイワシを、地元のおばちゃんが木の樽にギュウギュウと隙間なく詰めていく。子供を産んだお母さんの手からでる「なにか」が、糠いわしをおいしくさせるそうで、これは昔から女性のお仕事。

理屈はよく分からないけれど、確かに私がこれをやったら、詰めたイワシが3日で腐りだすような気もする。
一樽に千匹以上のイワシを詰め込んでいく。おばちゃんがちゃんと匹数を数えていたのに驚いた。
一樽に千匹以上のイワシを詰め込んでいく。おばちゃんがちゃんと匹数を数えていたのに驚いた。
並べたイワシの上に、米麹と唐辛子と糠を振りかけて何層にも重ねていく。
並べたイワシの上に、米麹と唐辛子と糠を振りかけて何層にも重ねていく。
ここで使用する樽は、地元の醤油屋さんから譲り受けた年代物。

この樽に住みついている菌のおかげか、プラスチックの樽で作ったのとは違う味わいになるらしく、この樽が壊れるまでは使い続けるそうですよ。
土俵っぽい。
土俵っぽい。
しっかりと重石をするのだが、発酵の力で石がごろんと落ちたりするらしい。地味な賽ノ河原状態。
しっかりと重石をするのだが、発酵の力で石がごろんと落ちたりするらしい。地味な賽ノ河原状態。
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水浸しにされた糠漬け

重石を乗せた樽をこのまま寝かせるだけかと思ったのだが、先に漬けられていた樽を覗いておどろいた。

糠漬けのはずなのに、水がたっぷり入っているじゃないですか。
魚醤の樽かと思った。
魚醤の樽かと思った。
楽しみにしていたレディボーデンが全部溶けていたような驚きだ。でも、これでいいらしい。もしかしたらここだけの製法なのかも。

この樽に張られた水は、魚を最初に塩漬けした時に出てきた汁を、海洋深層水(塩分は抜いてある)で割ったもので、あまり塩辛くないのに腐らないのが不思議。
汁の味の確認をする社長。私も味見させてもらったが、あまり塩辛くなく、糠と木の味がした。
汁の味の確認をする社長。私も味見させてもらったが、あまり塩辛くなく、糠と木の味がした。
このまま様子を見守りつつ、梅雨頃まで常温保存したら出来上がり。これを昔は各家庭でやっていたのか。

いくら塩漬け&糠まぶしのイワシでも、こんな水浸しの状態ではすぐ腐りそうなものだが、糠やら麹やら樽やらこの倉庫やらに住む善良な菌のおかげで、悪行を働く菌が繁殖できないらしい。

菌世界のユートピアみたい樽の中で、じっくりと糠いわしが育っていく。
糠に少しずつ水分が染み込んでいくので、乾かないように漬け汁の海洋深層水割りを足していくそうです。
糠に少しずつ水分が染み込んでいくので、乾かないように漬け汁の海洋深層水割りを足していくそうです。
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糠いわしは生で食べられる

今日仕込んだ糠いわしは、梅雨まで待たないと食べられないので、去年の今頃に漬けた糠いわしを試食させていただいた。

旨みの染み込んだ糠を付けたまま焼いて食べるのが一般的らしいが、社長のおすすめは生のまま三倍酢を掛ける食べ方だった。生?
一年間常温保存されたイワシが、生で食べられるのか。
一年間常温保存されたイワシが、生で食べられるのか。
生というところにビビりつつ、アンチョビだって生だったよなと自分を納得させて食べてみると、まず口内炎があったら泣いているであろう塩辛さに驚いた。昔ながらの酒盗(カツオの塩辛)くらいの塩分だろうか。

だがこの塩味は数秒で慣れ、すぐに三倍酢の酸味と合わさった糠の風味を感じられるようになり、最後はじわっと広がる旨みだけが長く残る。食べてから3秒後に理解できるおいしさだ。

ここでキュっと冷酒を流し込みたい。

ところでお土産に買った糠いわしのパッケージに「氷見のアンチョビ」と書かれていて、なるほど確かにそんな感じだったと納得したあと、「海のチーズ」とも書かれているのに気付いた。そういわれると確かに。
どっちだよっていう突っ込みはダメよ。
どっちだよっていう突っ込みはダメよ。
確かにアンチョビっぽい食べ物だし、チーズっぽい風味もあるなと思いつつ、だからといってアンチョビとチーズの両方書いてしまうってどうなのよ。でもそんな懐の深さが好きなんだ。

私はさかなクンに似ているといわれるし(眉毛が)、高島兄に似ている(眉毛が)ともいわれる。そういうことだ。

ついでに「こんかさば」もいただきました

糠いわしの奥深さに驚いていたら、せっかくなのでと糠漬けのサバ、「こんかこさば」も出していただいた。能登の方では「へしこさば」というらしい。

切り口が生のサバなのに、鰹節やビーフジャーキーのような色になっている。でもその実体は糠漬けという謎だらけの食品だ。
漬け汁に使っていたはずなのに、水分が程良く抜けている不思議。
漬け汁に使っていたはずなのに、水分が程良く抜けている不思議。
こんかさばも焼いて食べるのが一般的らしいが、せっかくなので生で試させていただく。ちなみに焼いた方が塩辛く感じるらしい。

これには三倍酢ではなく、氷見の酒蔵、高澤酒造場の酒粕を乗っけていただいた。
こんかさばと酒粕、発酵食品同士だけに相性抜群。
こんかさばと酒粕、発酵食品同士だけに相性抜群。
カラスミに近い身の詰まり具合とねっとり感。舌触りはどこか生ハムのようでもある。酒のつまみやご飯のお供としてのパワーがすごい。一切れあれば酒でも米でも軽く一合いけそうだ。

薄味に慣れた舌にはちょっと驚く塩辛さだが、氷見の人達は、辛い物を食べて、しっかりと汗を出して、暑い夏を乗り切ったのだという。
社長は昭和12年生まれの75歳。大きな病気は一度もしたことないそうだ。お肌がスベスベ。
社長は昭和12年生まれの75歳。大きな病気は一度もしたことないそうだ。お肌がスベスベ。
お土産に買っていった糠漬けは、料理に使ってもおいしかったです。
糠いわしをアンチョビ気分でパスタにしてみた。ものすごく癖があってうまい。
糠いわしをアンチョビ気分でパスタにしてみた。ものすごく癖があってうまい。
こんかさばチャーハンというのも、いくらでも食べられる幸せの味。
こんかさばチャーハンというのも、いくらでも食べられる幸せの味。
飲んで帰った後のお茶漬けにも最高。
飲んで帰った後のお茶漬けにも最高。
でも一番好きなのはシンプルな白ご飯かも。
でも一番好きなのはシンプルな白ご飯かも。

人に自慢したくなる味です

魚の糠漬け、最初の一切れはその塩辛さにビックリしたけれど、食べれば食べるほど口に馴染んでいくのがおもしろかった。

もちろんダメな人には絶対ダメな味なのだろうけれど、自分で作ったものでもないのに、なんだか自慢したくなる味なのである。
ライター高瀬さんに自慢したら、「はいはいはい!すごいすごいすごい旨み!これは呑まないとやっていられない!」との感想でした。すごいでしょう。
ライター高瀬さんに自慢したら、「はいはいはい!すごいすごいすごい旨み!これは呑まないとやっていられない!」との感想でした。すごいでしょう。
取材協力:柿太水産
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