小っ恥ずかしさ
おにぎりを食べてもらうのがとにかく小っ恥ずかしかった。「もう1回作れたら、もっと上手にできるのになー」と思いながら二人を眺めていた。
マヨネーズは簡単に自作できて、しかもすごくおいしいらしい。子どもと一緒に見たEテレの料理番組でやっていた。
普段市販のものを使うのが当たり前になっている調味料や食材、作ってみると意外と簡単だしおいしいのだ。そういえばツナも手作りするとすごくおいしいらしい。
ということは、手作りのマヨネーズと手作りのツナのツナマヨのおにぎりってとんでもなくおいしいんじゃないか。
そう、手作りのものはおいしい。市販の味が当たり前になっているものだったらなおさらである。
こんなにハードルを上げて大丈夫なのか。手作りはおいしいと連呼しているが、ノルウェーの料理上手なおばさんの手作りではない。料理が面倒臭くて納豆ご飯ばかり食べている僕の手作りである。大丈夫なのか。
しかし、僕が作らないと僕が考えたおにぎりが食べられない。不安だけど作ってみよう。スーパーに行ってマグロや卵を買ってくる。
卵黄にお酢や塩を加えて泡立て器で混ぜる。なお、この記事では詳しいレシピは紹介できない。僕もインターネットのレシピを見て初めて作るからだ。
ここで紹介するのは、料理に失敗した時の初心者の心の動きである。そういう記事なのだ。
この工程で、とろみが出て白っぽくなっていくらしい。
混ぜ方が足りないのかなーと思って30分ほど混ぜていたが、黄色いシャバシャバした液体がシャバシャバ音を立てて踊るばかりであった。
あ、これなんか難しいやつだな、そう思った。
【マヨネーズができないとこうなる】
胸がざわざわする
黄色いシャバシャバした液体ができた。舐めるとマヨネーズらしき味がするけど、水っぽくておいしくない。
インターネットで調べると、これはよくある失敗らしい。成功したマヨネーズは「乳化」という、水と油(マヨネーズの場合は酢と油)が混ざる現象が起きていて液体にとろみがつく。
乳化が起きない原因としては下の2つがあるらしい。
どっちも心当たりがあった。冷蔵庫から出してすぐ使った卵に、油をジャーっと入れて混ぜていた。清々しい。納得の0点である。
この失敗した液体はもったいないなー思っていたら、なんとこれを復活させるレシピがインターネットに載っていた。すごい。
インターネットのレシピを見て料理する、という話をインターネットに堂々と載せてどうするのだ、と少し思ったけど成功させたい気持ちが勝るのであまり迷いはなかった。
今度は卵を常温にした。そしてしっかり混ぜられるようにハンドミキサーを用意した。
常温にした卵黄を混ぜ、それに少しずつシャバシャバの液体を加えて、最初よりちょっと多いシャバシャバの液体ができた。シンプルな世界。
誰もいない家で「ダメだ!」と大きな独り言が出た。混んでいる居酒屋で店員さんを呼ぶときぐらいの声量である。少し上を向いて目をつぶり「ダメだ!」と言った。
なんでマヨネーズの写真を撮ったんだろう。あまりに失敗しているので、一度本物が見たくなったのかもしれない。
【マヨネーズができないとこうなる】
少しうとうとするぐらいソファーで横になっていた。気分を変えるためにツナを作ることにする。
ツナには乳化とやらが必要ないので安心感がすごい。あの全然起きない乳化という現象が必要ない料理が楽しい。乳化しなくても認められる喜び。
【マヨネーズができないとこうなる】
乳化のない料理が楽しい
オムレツみたいになったらおいしいかもしれない。
見た目は悪いけど味はおいしかった。
マグロを煮る間、失敗した液体を工夫して食べようとしたり、手作りマヨネーズの解説動画を見たりしながら過ごした。
弱火でコポコポ煮立つオリーブオイルの音が優しくて、マヨネーズが作れない僕を励ましているようだった。
【マヨネーズができないとこうなる】
すごくいいマグロの煮物だ。言われなければ、あの缶詰のツナと同じものと分からないと思う。しっかりした魚の味と柔らかい食感でとてもおいしい。手作りの出来立てのツナ、すごく贅沢な食べ物です。ご飯に乗せて醤油をかけたらそれだけでずっと食べられる。
元気が出た。あとはマヨネーズである。
いよいよ他にやることもないのでマヨネーズ作りを再開する。ツナを作りながら考えていた最後の作戦はこうだ。
色々なサイトを見て得た情報である。最初の作り方とだいぶ違う。
今までぬるま湯につけて手早く常温の卵を作っていたのだけど、中までしっかり温まっていなかったかもしれない。あと、こうやると卵に気持ちがこもるので成功しそうな気がする。
あまりに成功させたくて非科学的なことを言い出している。
【マヨネーズができないとこうなる】
材料に気持ちを込めだす
卵黄だけ混ぜているので、当然液にはとろみがある。このとろみが乳化によるものなのか、卵黄そのもののとろみなのか分からなくて怖い。怖い怖いと思いながらも、数滴ずつ油を入れてしつこく混ぜる。
うまく行っていないかもしれない作業を根気強く続ける怖さったらない。もう落ちてるかもしれない橋をそろりそろり渡っているのだ。橋がないと自覚した瞬間谷底に落ちる。
白っぽくなってとろみがついてきた。マヨネーズだ!
マヨネーズを作るコツが分かった。卵をちゃんと常温にして、これでもかというくらい慎重にしつこく混ぜる。
ねるねるねるねみたいにはできないのだ。ねるねるねるねみたいにマヨネーズができると思っている方はこれだけしっかり覚えていただきたい。マヨネーズは、ねるねるねるねみたいにはできない。
「ツナマヨ」とは呼びたくないな、と思った。いいお魚の煮物にいいソースがかかったやつだ。コース料理に出てきそうなものがおにぎりに入っている。どちらも出来立てだし大変だったことを知っているのでなおおいしい。
これは泣ける。泣けるおにぎりである。
いいものができたので人に食べてもらいたい。
無人島から生還した人の最初のまともな食事、みたいな勢いで食べた。嬉しかったので「イスに座って食べなさい」と言えなかった。服や床が米だらけになった。
妻もおいしいおいしいと言って食べてくれた。
ちゃんと魚の存在感がある、マヨネーズの味しかしないツナマヨと違う、味が優しい、などの感想をもらった。嬉しい。
家族の時は気がつかなかったのだが、手作りのおにぎりを食べてもらうのって恥ずかしい。ご飯が柔かい、人んちのおにぎりだ、と言ってもらって初めて気が付いた。
このおにぎりにはマヨネーズができなくてソファーに横になったことや、ツナを煮る油の音が優しかったこと、そんな個人的な経験が詰まって、ご飯に包まれて握られている。それを手で持って食べられているというのは、なんだかすごく小っ恥ずかしいことなのだ。小学校の頃の卒業文集を読まれてるみたいだった。
いや、おにぎりを食べてもらうこと自体はそんなに恥ずかしいことではないのかもしれない。徹底的に手間をかけてしまい、気持ちが乗りすぎたおにぎりだからこういうことが起きたのだ。
【マヨネーズができないとこうなる】
人に食べてもらう時、なんだか恥ずかしくなる
手間をかけて一瞬一瞬を愛おしむ丁寧な生活、これはすごくいいものであると同時に小っ恥ずかしいものだった。
おにぎりを食べてもらうのがとにかく小っ恥ずかしかった。「もう1回作れたら、もっと上手にできるのになー」と思いながら二人を眺めていた。
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