頼もしきブレインの参加
市川染五郎氏と文筆家君野倫子氏による「妄想歌舞伎」。昨年は、染五郎氏発案の「
五右衛門危機一発」を作らせていただいた。あのマスターピース「黒ひげ危機一発」を、歌舞伎に登場する石川五右衛門に改造するというものだ。
風呂釜に刀ぶっ刺すという斬新さ。
昨年は工作、なら今年は手芸方面で行ってみようか。イベントは女性客が圧倒的に多いし、手芸なら親和性が高いと踏んだ。その上、今年も何かアクションめいたものを付けて…と考え、「しゃべるパペット」作りに挑戦したのである。
だが当方、電子工作は、まったくやらないということはないが、おっかないし、よくわからない。オームの法則って何それ、ああちょっと私を一人にしといてくれ!という腰の引けっぷりなので、頼もしい助っ人にアドバイスを求めることにした。当サイトの記事でも過去に「
電子工作で顔芸をしたい」(さくらいさん記事)でお手伝いいただいた、
メカロボショップ店長、岩崎修さんである。
某カフェにて電子部品の説明(お姿を撮り忘れたため、本人に顔写真を提供いただいてワイプに。卒アル撮影を欠席、みたいになってすみません!)
詳しく聞く、とはいうものの、実はそんなに複雑な工作ではない。要件としては、
・パペット大のものに組み込める大きさ・重さ
・パカッと口をあけるとそのタイミングで音声を発する
・音声はひとまず「高麗屋!」の1種類でよい(染五郎氏の屋号)
・音量は室内で聞こえる程度
これを満たせばよいのだから、たぶん簡単なもののはずだが、Webや書籍を読んでも私に応用できそうな気はしない。初めの一歩がなかなか踏み出せない感じだ。その一歩を、岩崎さんにお手伝いいただきたい。
MicroSD対応の部品もあったが、ちょっと大きい。
こういう音声録再キットがある!
初心者たる私にも非常にわかりやすく、丁寧に教えてくださる。あらゆる疑問がほろほろと解けていき、相談事は進んだ。
結果、右上写真のようなキットが組み込みやすそうだということになった。が、元からキットとして売られているこういうものをそのまま使うのもいいが、「何かを改造する」ほうが愉快だということに落ち着き、後日岩崎さんがなおも探してくださったのがこちらだ。
お祝いなどに使われる、音声付メッセージカードのキット。
中身を簡単に取り出せる。
これもかなり単純な仕組みだ。2つの録音用ボタンを同時に押して声など録音、もうひとつのボタンを押したら再生。録音は15秒までで、何度でも可。これなら、多少の改造くらい自分でできそうだ。もうここまで来たらできたも同然だ(こういう姿勢が、後で毎回地獄を見ることになる)。
ラフを描いても手探り
肝心の「どんな動物を作るか」だが、染五郎氏に打診してみたところ、「自分は丑年なので、牛ではどうですか」とのお返事。牛、はいガッテンです、承知しましたーと資料を探し始めたのはいいが、意外と「歌舞伎に出てくる牛」はおろか、「歌舞伎に出てくる動物」についての画像が少なくて難渋した。主役は人間だ、仕方なし。
同じく出演者の君野さんにも問い合わせ、なんとか牛の全容がおぼろげにわかる画像を揃えた。
傑作という「菅原伝授手習鑑」に、牛の出てくるシーンが。出典「一冊でわかる歌舞伎名作ガイド50選」(成美堂出版)。
これらの資料をもとに、ラフを描く。絵の心得のなさを実感する瞬間である。
最高にひどい。何も捉えてない。
描き直したがまったく参考にならないラフ。
自分でもよくわからない絵のため、電子部品をどう組み込むか見当がつけられない。困ったものだ。
基本的にはこうなるといいな、と描いてみたのがこの図だ。
口をあけると、蝶番部分で接点が触れて、電気が通る(つまり音が鳴る)。
まあとにかく、こんな感じのところにだんだんと向かって作っていこうではないか。漠然とした工作がスタートした。
使える、スタイロ
漠然と、とはいえしっかり作らないと、電気のことだ、大失敗という結果になりかねない。1ミリの違いで「通電するかしないか」の分かれ目ができてしまう。恐ろしいことよのう。
部品を組み込む頭部は、ぬいぐるみではなくスタイロフォームで硬く作ることにした。住宅の断熱材に多く使われる素材である。適度な硬さで、しかも細工がしやすいと来た。
電熱線発泡スチロールカッターも使える。
牛の写真、情けないラフ、それぞれをにらみながら、スタイロフォームにペンでだいたいの形を描いては切っていく。ミケランジェロの言ったように、この塊の中からいつ牛の頭部が彫り出されるんだろう?
もう一生このまま削っていくのではと思い始めた頃。
手の入る部分をくりぬく。
やっと大筋で牛の頭になった。
これだけ彫るのにえらい時間がかかってしまった。彫りの素人は「最初にざっくり形を出す→細部へ」という玄人的段階が踏めず、「最初から恐る恐る細部彫り×無限の積み重ね」となってしまうので、なかなか切ないものがある。
次は、ボタンやマイク、スピーカーなどの部品のたいだいの位置を決めて、それに合わせてコードを延長する作業だ。はい、ハンダごての登場です。
延長につぐ延長。
断線がとても怖いので、ホットボンドで固めちゃう。
少しでも共鳴するようにスピーカー穴の奥を広く彫る。
スピーカーの大きさぴったりに穴を開けてしまったので、落下防止のプラ板を挟み込んだ。余計な仕事を増やした。
ところでこの再生ボタンが少々固く、前ページのように「ちょんと接点が触れて音が鳴る」というわけにいかなそうだ。だが、岩崎さんのアドバイスで、難なく切り抜けられた。
押しにくいボタンは切り取ってしまう!
代わりに、この2つの点を金属(ペンチなど)でつないで触れると…音が鳴る!
「ショート」ってこういうことなんですね。初めて知った。電線を経由せずとも、金属部分をこうやって直接つなげば、電気が通る。教えられればそりゃ当たり前だとわかるが、知らないうちは思いもしない方法だ。ひとつだいぶ利口になりました。
というわけで、この2つの点からまた電線を延ばして、先っちょに何かの金属をつければ、「触れて鳴る」スイッチができそうだ。もうできたも同然だ(繰り替えすがこういう姿勢が危ない)。
酒舟石のような配電面。メカ牛だ。メカ盛りだ。
ちりめん牛皮
牛のガワ制作、途中の図。耳と角のおかげでだいぶ牛に近づいた。
ふさいでしまう前にお見せしよう。鼻の2つのボタンを同時に押して、下のマイクに向かって録音する仕組みである。
ガワの布は縮緬(ちりめん)布とし、和風に迫ってみた。
スタイロフォームに発泡スチロール用ボンドを塗って、布にも塗って、貼り合わせれば完璧、超簡単、と思っていたのだが、そこまで簡単な話ではなかった。ぬいぐるみとどっちがいいかと言われれば、同じくらい細かい仕事が待っている。
乾いてから貼り合わせる。
布の端は、スタイロフォームに溝を切って押し込んでしまえばOK。
うん、これはいい仕上げ。
足は歌舞伎らしく、中に入る黒子の足っぽくした。
あとは接点だ。繊細な部分であり、一番悩むところである。
ガチガチに固定してしまうと、口を開きすぎたときに壊れてしまうかも・・・と考え、電線の先にバネをハンダ付けすることにした。他にいくらでもやり方はあるんだろうが、とりあえずはこれでやってみる。
バネは電池ボックスのを切って借用。
蝶番部分。文書留め用クリップを下あごに付けて、口が開くとバネと触れて通電する仕組み。
パペット歌舞伎への第一歩
なんとか通電テストは大丈夫だったので、お披露目と行こう。
歌舞伎の牛である、名前はまだない。
口元に電源スイッチ。これを入れてから口を開けると・・・
コウライヤ!ワァー。
ダミーで録音した私の「高麗屋!」でまずはお聞きください
まずは成功である。首の紅白紐と足がなかったら普通の黒牛だが、入るといっきに歌舞伎っぽくなる。そこへ「高麗屋!」である、もうこれは立派な妄想歌舞伎工作・・・
いや、私の抜けた「高麗屋!」ではやはり格好がつかない。ここはイベント中、壇上でぜひ染五郎氏に掛け声をやっていただきたいと思い、実行してきました。
これだけ見ると何のイベントかと。
乙幡が鼻の穴を押し込み、染五郎氏の声を録音中。
当日の動画がないので、家での再生ですがよろしいでしょうか。
イベントの熱気そのままを封じ込めたかのような、エコーのかかった壮麗な「高麗屋!」である。牛の鼻押して自分への掛け声を自身で録音という、訳のわからないこんなお願いを聞いていただき、染五郎さんありがとうございました。
今家にある、染五郎ボイスの牛パペット。もう音声消去はできないな。録音側のコードは断線しておこうか。
またこういう声出しパペットは作ってみたいものである。今回スタイロフォームを使ったが、硬めとはいえ、やはり使用しているうちに凹みができたりして、回路の精度が下がってくる。接点部分はもう少し改良したい。
ちなみに、壇上で染五郎氏にこの牛の名前を考えてもらいました。「スガワラくん」(牛の出てくる演目「菅原伝授手習鑑」にちなんで)と決定しました。
電子工作協力:メカロボショップ店長 岩崎氏
http://www.mecharoboshop.com/