一軒目、かめや食堂
最初に訪れたのは、馬肉ラーメンとしては一番有名なお店だという、かめや食堂。創業が昭和28年の老舗で、初代から伝わる味にこだわっているらしい。
豚でも牛でも鳥でもない、馬のラーメン。馬肉のダシがどういう味なのかがまったくイメージできない。クセがあるような、ないような。
創業は古いのですが、新しく建て直したらしく、きれいで大きなお店です。
店の外観からは馬肉ラーメンを連想させるものはまったくなく、予備知識がなければ蕎麦屋かなにかかと思うかもしれない。いっそナボナが売られていてもおかしくない。かめやだけにだ。
メニューには中華そばの文字
店内の様子も、やっぱりラーメン屋というよりは、蕎麦屋っぽい雰囲気。そしてメニューは中華そばのサイズ違いのみとストイック。
おいしい板蕎麦が食べられそうなお店だが、馬肉ラーメンのみのお店です。
メニューに馬の文字が一つもない。もしかして、馬肉を使っているのは内緒なのだろうか。
私の勝手な予想では、入口あたりに「馬」と書かれたでかい将棋の駒(天童将棋)が飾られていて、壁には先代の三遊亭円楽師匠の肖像画が描かれているような、全面的に馬押しかと思ったのだが、店内に馬の要素は皆無。
「そんなのいわなくても長井のラーメンは馬肉に決まっているべ」ということか。それだけ地元に根付いているラーメンなのだろう。
一応注文するときに、メニューにある中華そばが馬肉ラーメンなのかを聞いてみたら、「んだよ」と返事が返ってきた。んだか。
馬肉ラーメンを教えてくれた山形の友人に同行をお願いしたら、「山形の夏は暑いんだよ!ラーメン食べ歩きなんて無理!」といわれたので、千葉県民のH君に同行してもらった。
これが馬肉ラーメンだ
これから食べ歩くのだから小盛りを頼むべきだという保守的な思いと、ここの普通を知りたいので普通盛りを頼むべきだという思いを天秤に掛け、30円しか変わらないのだったら普通盛りの方が得だろうという間違ったもったいない精神で普通盛りを注文。あ、この一文、どうでもいいですね。
出てきたラーメンは、醤油ベースのスープに、太めの縮れ気味ストレート麺。具は馬肉のチャーシュがたっぷりと、メンマにネギ、そしてなぜか魚肉ソーセージ。
奥さん、これが馬肉ラーメンだそうですよ。
魚肉ソーセージが乗っている謎を除けば、見た目は普通の醤油ラーメン。
一口スープをすすってみると、ご飯に合いそうな醤油の濃さの奥に、なるほど馬のダシがはっきりと効いている。カツオブシなどの魚介のダシも入っているのかな。初めて食べるが、確かにこれは馬肉ラーメンだ。
馬肉のチャーシューは、ビーフジャーキーのように噛みごたえタップリ。そういえば昔のチャーシューって固かったよね。
魚肉ソーセージの意味はよくわからないが、きっと昔から乗せられていたのだろう。メロンソーダのチェリーみたいなものか。
醤油濃い目の馬ダシスープに、ツナピコ(親戚の家でおつまみとして出てくる銀紙に包まれたマグロの四角いやつ)くらい味が染みた馬肉チャーシューの組み合わせ。
確かに今まで食べたラーメンとは違うのだが、まだ自分の中でこの味を消化できておらず、これがおいしいのか、おいしくないのか、まるっきり判断がつかない。メンマがおいしいのはよくわかるのだが。
中華そばという食べなれたメニューを注文して、これだけ頭の中にハテナマークが浮かぶとは思わなかった。
左が普通盛り、右が小盛り。小盛りで普通サイズくらいある。食べ歩くなら迷わず小盛りが正解だが、両方頼んだからこそわかる違いなので、後悔はしていない。
ロードサイドにある普通のラーメン屋っぽい外観。
店内は国道沿いなどによくある、いわゆるラーメン屋風で(ラーメン屋に対してラーメン屋風っていう感想もおかしいですが)、馬肉という文字が目立つ以外は、わりと普通のお店のようである。
めんつゆのヤマキとは、たぶん関係ない。馬肉醤油って、馬肉で作った醤油みたいだね。
店内にもドーンと馬肉醤油らーめんの文字。
座った席にあった雑誌がすごかった。ユダの言葉ってなんだろう。
デコトラに対する「実用性を徹底追及」というコピーに一同驚愕。
メニューを見ると、馬肉と付いたラーメンが馬肉醤油ラーメンの一種類だけだったが、店の人に聞いてみたら、わざわざ書いていないだけで、ベースは全部馬肉のスープなのだそうだ。
馬肉が鳥肉に見えて、一瞬混乱した。
ここで特筆すべきなのが、冷しラーメンの存在だ。冷やしラーメンというのは、冷し中華ではなく、山形には普通にある冷たいラーメンのこと。
例の山形在住の友人を誘ったときに、「暑いなら冷しラーメンを食べればいいじゃない」といったら、「馬肉ラーメンで冷やしだって!これだから関東の人間は…」と鼻で笑われたのに、あるじゃないか、馬肉冷やしラーメン。
ちなみに彼は山形県民のフリをしているが、元々千葉の人間だ。
馬肉ラーメンが少しわかってきた気がする
注文したのは馬肉醤油ラーメンと冷しラーメンを一つずつ。
山形の冷しラーメンを食べるのが久しぶりで、馬肉ラーメン関係なしに興奮している自分がいる。
小津安二郎映画みたいなラーメンの登場シーン。とかいって、一本も見たことないけど。
まず温かい方の馬肉醤油ラーメンだが、基本的な構成は先ほどのかめや食堂の中華そばと変わらない。この形が馬肉ラーメンのスタンダードなのだろう。
魚肉ソーセージの代わりに海苔とナルトが乗っていて、より普通に感じられる。
麺は少し細め、浮いた油がちょっと多めかな。そして馬肉チャーシューはしっかりと固い。
食べてみると、一軒目よりも馬肉の主張はちょっと控えめ。醤油の濃さは同じくらいか。思いきって店主に聞いてみたところ、ここのスープは馬肉と鶏ガラがブレンドされているそうだ。
食べなれてなくても違和感なく食べられる味なのだが、個人的には二軒目なので、ちょっと馬力が足りない感じもする。でもこれくらいが、地元の人達が普通に食べるのには正解のような気も。
これが冷しラーメン。氷が浮いているでしょ。たぶん同じ味付けなんだけど、ぜんぜん別物に感じる不思議。麺が締まっていておいしいよ。
二軒食べてみて感じたのは、髪型を全く変えないお父さん的なイメージ。大橋巨泉みたいな。
昔からこのあたりのラーメンはこういうもので、今もこうで、今後もこうなのだという、よそ者がどうこういえない存在感を味わえた気がする。
右がヒエヒエで左がアツアツ。冷しラーメンの氷抜きをこっそり頼んで、誰かをびっくりさせてみたい。
見た目はほぼ一緒なのに全然違う温度なので、交互に食べると混乱する。どんぶりを触った指すらビックリ。
サービスでついてきた茹で卵もついつい食べてしまってお腹いっぱい。
ラーメンくらいなら何杯でも食べられそうなイメージがあったのだけれど、イメージほど胃袋は若くないようだ。
ところでここの茹で卵はサービスだが、ベトナムのカフェでコーヒーを頼んだら出てきたお菓子を食べたら別料金で驚いたことがある。
長井あやめ温泉桜湯で一休み
パンパンになったお腹をさすりながらやってきたのは、長井あやめ温泉桜湯。
別にここの食堂に馬肉ラーメンがあるという話ではなく、お腹がいっぱいですぐに次のラーメン屋へと行く気にならなかったので、腹ごなしとして温泉に入りに来ただけだ。
でも馬肉って桜肉っていうから、桜湯ならストライクゾーンかなって。
山形は全市町村に温泉があって楽しいよ。
おじいさんに聞いた馬肉ラーメン発祥の秘密
湯船に一人だけいた先客の地元っぽいおじいさんに、軽い気持ちで馬肉ラーメンのことを聞いてみたところ、 やはりこのあたりだと、昔はラーメンといえば馬肉ラーメンだったらしい。
このあたりは置賜(おきたま)地方といいます。僕は玉置(たまおき)といいます。
おじいさんの話しっぷりが、「お、その話を聞いてくれたか」という感じだったので、せっかくだから詳しく聞いてみた。
元々このあたりには馬肉を食べる文化があったのに加えて、生産していた軍馬の需要が終戦でなくなり、豚肉の三分の一の値段で手に入った馬肉がラーメンにも使われるようになったそうだ。
当時としては、馬肉ラーメンは安くてお腹いっぱいになるし、肉まで入って贅沢感もあるという食べ物。
今でもたまに食べるそうだが、おじいさんにいわせると、かめやなども昔とはだいぶ味は変わっているとか。馬肉のほうが豚肉より高い時代だしね。
夏の山形はいいよー。
この話を聞いたら、急に馬肉ラーメンの味が懐かしいもののように感じられ、ありもしない子供の頃の記憶が蘇ってきた。
父親の給料日に連れてこられ、「ほら、たまには肉も食わないとな!」と、食べさせてもらった馬肉ラーメン。あの固いチャーシューを、いつまでも噛んでいたかったなあ。
俺、本当は何歳だ。
三軒目、新来軒
最後にやってきたのは、温泉で出会ったおじいさんが、「一番古くからやっていて、懐かしい味の店」として勧めてくれた新来軒。創業は何と昭和5年!
いってみると、そこらじゅうにババーンと支那そばの文字だ。そうきたか。
あなたは何屋?
まったく馬肉ラーメンを出す店っぽくないが、さっきおじいさんから話を聞いているので、「馬肉を使った昔ながらの支那そばを出す店」ということが読み取れる。
支那そばというのがなんなのか、イマイチわかっていないけれど。
映画のセットみたいな古き良きラーメン屋。
メニューが全体的に不思議
ここは今までの店と違って、街の大衆食堂という役割も果たしているようで、ラーメン以外にもメニューが豊富。
ただ、そのメニューが私のような一見さんには、よくわからないものばかりだったりする。
レインボーラーメンが気になる。
右から気になるところを列記させてください。
- チャーシューメンと馬肉チャーシューメンが別っていうのはどういうことだろう。
- レインボーラーメンってなんだ。
- 冷やどんも初耳。
- 冷しラーメンのみそっていうのも初めてかも。
- ざるそばならぬ、ざる支那そばっていうのは、つけ麺だろうか。
- いなりそばっていうのはキツネそばとは違うのかな。いなりにそばが入ったやつ?
- 冷麦丼って、まさかご飯の上に冷麦だろうか。
なんだか突っ込み疲れた。全部確認するのも大変なので、なにも聞かずに支那そばを注文したら、チャーシューを馬肉にするか豚にするかと聞かれた。なにその宗教の確認みたいな質問。せっかくなので馬肉でお願いします。
同行のHくんは、もうラーメンはいらないと、おしんこをつまみにビールだそうです。お通しのチャーシューは豚と馬のハーフ&ハーフ!
また馬肉ラーメンのスタンダードがわからなくなった
創業が昭和5年の馬肉ラーメン、さぞや真っ黒な濃いスープだろうと覚悟をしたのだが、やってきたのは関西風うどんみたいな淡い色だった。
快楽亭ブラックという外国人の落語家がいるのだが、黒人だと思ったら白人だったみたいな肩透かし。
色が薄い!
そういえば支那そばって、こういうのだったような気がする。ここにきて、また馬肉ラーメンがどういうものなのか、わからなくなってきてしまった。
この店はチャーシューに馬と豚があることからわかるように、馬と豚からとったスープを使っている。醤油の風味は薄めのあっさり塩味で、遠くからヒヒン、ブヒブヒと馬と豚の鳴き声が聞こえてくるような味。確かにこれも馬肉ラーメンに違いない。
麺は太めの冷麦というか、細めのうどんというか、腰のないストレート麺。ちくわぶっぽくもある。馬肉云々以前の問題として、初めて食べるタイプのラーメンだ。
馬肉ラーメンというか、もはやUMA(未確認生物)ラーメンといえよう。
馬肉ラーメンってなんだろうね。
馬肉ラーメン、なんだか自分が体験してきていない昔の時代にタイムスリップできる、不思議なラーメンだった。
また全部食べたい。
馬肉ラーメンは馬肉ラーメン
馬肉ラーメンは狭いエリアに数件だけ残った食べ物なので、どこも似たような感じに落ち着いていると思ったら、意外にもそれぞれが個性的だった。最近のB級グルメみたいに、誰かが名物としてまとめようとする感じもない。
最初は無理矢理にでも、「馬肉ラーメンの定義」みたいなものを見つけようと張り切っていたのだが、そんなのはよそ者が探すようなものではないですね。
カツが乗ったカレーは全部カツカレーと呼ぶように、馬肉チャーシューが乗ったラーメンは、全部馬肉ラーメンでいいと思います。
夕飯は例の友人が用意してくれた馬刺しをたくさん食べました。