これgoogle?
Googleのホームページのロゴが記念日バージョンに変わっていることがある。歴史上の出来事にちなんだ画像が、よく見るとGoogleという文字列になっているのだ。
かなり強引なものもあるあのロゴ、身の回りにもGoogleになりそうな場面ってあるんじゃないだろうか。
たまに読めないやつがある
Googleのホームページのロゴの記念日バージョンは
こちらにまとめてあるのでぜひ見てもらいたい。どれも個性的で、よくその日を表していて、しかもちゃんとGoogleって読めるのがすごい。
と思っていた。
しかし先日のこのロゴを見て少し首をかしげた。
問題のロゴ。
いよいよGoogleと読めないのだ。ちょっと前にギターになっていて実際に弾いて音が出せるものがあって(
2011年6月9日)、楽しくてその日はずっと弾いて遊んでいたのだけれど、そういえばあれも読めなかった。
いいのかそれで。
まったく部外者の僕が心配する話でもないのだが、読めないロゴっていうのはいったいアリなのかと不安になる。ではどのあたりまでGoogleに見えるものなのか、日常の場面を例に探ってみたい。
たとえばこちら。ごく一般家庭の玄関である。
まあこんな風に並んでることはないと思うけど。
このくらいだとロゴになっていてもGoogleって認識できるんじゃないかと思うのだ。つまりこういうことだ。
玄関誕生500年。
野菜室が発明された日。
写真だけ見ると単なる食事の準備だが、Googleのトップページのあの位置にあればきっとこれだってGoogleと読めると思うのだ。
つまりこういうことである。
読める。
積み木が発明されて100年。
わかりやすい。
ボイスレコーダーと各種メモリ、それにリップスティックが発明された日の公倍数。
ポイントは最初の「G」と右から二番目の「l」にあることがわかる。「g」がちょっと下にずれているとなおいい。
こういうことである。
ほとんどコツはつかんだ気がする。次のページではもうちょっと難易度を上げて表現の幅を広げていきたい。
どこまでGoogleなのか
Googleロゴの柔軟性というか、支配力というか、見方によってどんなものでもGoogleのロゴに見えてくる擬態みたいな能力は本当にものすごいと思う。
これはどうだ。
いきなりこれを見たらたぶん石にしか見えないけれど、ここまで読んでもらってからだとGoogleに見えてくるだろう。それはすでにスイッチが入っている証拠だ。
石の日。
もはや6つくらい物が並んでいればなんでもいい気すらしてくる。
並んだコップだって。
きっとあの場所にあればこう読めるぞ。
これまではGoogleに読ませようとわざと並べた物だったのだが、目が慣れてくると自然のなかにも見つけられるようになる。
裏庭発見300年。
こういうことである。
このくらいまでくるとGoogleが世界を掌握しようとしているんじゃないかと思えてくる。見るものがすべてロゴではないかと疑えてしまうからだ。
ふと見上げた信号だって例外ではない。
どこがロゴだかわかるだろうか。
ここ。信号開発100年。
何もないところに何かを見出す目。
石積みがコンクリに変わって700年。
町の中でも森でも、目を凝らすとGoogleのロゴが見えてくる。あのロゴはGoogleが世界を征服するために日々新作を送り続けているのかもしれない。ちなみにこの記事はGoogleとはいっさい関係ないところで書いています。
ふとした日常にも潜むgoogle。
助けてほしい。
これはわかるだろう。
問題は「l」が下に伸びていること。
半ばノイローゼみたいになってきたところに次のページでとどめをさす。
「見えてくる」瞬間がある
さらに高度にGoogleのロゴを見出していきたい。ある日の海辺の風景より。
かなり高度である。
「l」と「e」がえらいことになってる。
見えるか見えないか、それは目の前に一枚透明の板を重ねた感じでもある。見えていたはずなのに、気づいていなかったのだ。
ミニトマトって軒先に植えるとものすごい木みたいになるから注意したほうがいいよ。
このくらいになってくると見える方がどうかしてる。
いやそれはさすがに。
そういうことですか。
見えそうで見えないものもある
「○」がいくつか並んでいるものを見つけると、どうにかしてGoogleに結びつけようとしてみるのだけれど、なかなかそうもいかない場合もある。
見えるんじゃないかと思ってしゃがんで見ていたら家の人が出てきた。
配置も色もGoogleっぽいんだけど、いまいちロゴになりきれていない風景。
COFFEEと書かれた喫茶店の看板すらGoogleに見えてきたところで(こうしてGoogleはおれたちを支配しようとしているのでは)と思ったが、僕が勝手にそうやって見ているだけである。ネットやりすぎなだけかもしれない。
とにかく自由度が高いということですね
あのサイトのあの場所にあればなんとかしてGoogleと読もうとしてしまっていた自分がくやしかったのだけれど、外の物までそう見えはじめてしまうと逆におもしろくなってきた。Googleロゴ、これからも注目しております。