合うものと合わないものの総当たり戦
といっても、何にでも合うものをどうやって調べよう。私達の中には漠然と「これは合いやすいだろうな」というイメージはある。この感覚にたよろう。
「これは何にでも合うだろうな」と思うものを三人が一人2品ずつ持ち寄った。そして「これは何にも合わないだろうな」と思う食べものも2品ずつ持ち寄った。調味料は範囲外として、果物もありとした。
78種の試食会開催
合いそう合わなさそうなもの合計12種類、それに招待選手としてごはんも加えて13種類を組み合わせて合計78種の食べ合わせ。すべてを5段階で評価して最も点数の低い食材と高い食材を調べた。
何にでも合うものは合わないものにも合うだろうし、何にも合わないものは合うものにも合わないだろう。矛と盾をぶつけまくって最強の矛と盾を決める。
なんと合いやすさ一位は納豆
二時間半の試食のあと、結果が出た。スプーン一杯ずつといえど78種類はさすがに腹がいっぱい。
最も他の食材と合いやすいものはなんと納豆49点。納豆スパゲッティや納豆トーストなど意外と納豆は組み合わされてるなーと思ったらごはんを超えてきた。
古賀:じゃあ我々はごはんに納豆を合わせてたんじゃなくて、納豆にごはんを合わせてたってこと!?
石川:実力の差でいえば(笑)
大北:ごはん納豆だ
三位のチーズも発酵食品だし、発酵食品は主食よりも他のものと「合う」感覚になるようだ。
合わなさ一位はぶどう、食べ慣れてるかどうかが問題
一方の他と合わない食べ物は順当にぶどう24点が一位。ぶどうを選んでくると先に宣言されたため、各々合う側の食べ物にぶどうキラー(生ハムなど)を選んだのだがそれでも合わなかった。
ぶどうと合わせるとことごとくいきすぎたグルメという感じで、今までの人生で食べたことのないものになっていた。
合わなさ二位はごま豆腐。これは一瞬で口から消える食感やスピードも不利だった。三位はもずく。唯一の酢を使ったもの。
古賀:生臭いものが合わないだろうと思ってたらこやはんぺん持ってきたけど意外と健闘してる
大北:ほんとだ、たらこ意外と点数が高い
古賀:ごはんやパンなどの「合う」軍団と強烈に合っちゃった。食べ物としての人気度がさ、たらこは80くらいでしょ、でもごま豆腐2だもん
石川:あと食べ慣れが強いんじゃないですか。ごま豆腐はなじみにつなげられない。食べたことあるなって感じを容易に呼び起こされるのがたらこ
大北:ごま豆腐パン発売しましたとかニュース聞かないものね
古賀:たらこは奇跡だよ。これだけ生臭くてエグくて。でもごはん、スパゲティに合わせてもらえるのって偏差値40からの大学受験で慶應入ったみたいな
大北:ビリギャル(笑)
試食を繰り返して思ったのが「食べたことあるかどうか」が何より大事だった。納豆パンよりも納豆ごはん。とにかく食べたことあるものが「合う」「おいしい」という感覚を与える。
たらこの点数が高かったのも食べ物の人気度が高くてごはん、パン、スパゲッティそれぞれのメニューが確立されてるからではないか。
専門家に聞こう
「合う」とは「食べ慣れてる」ということではないか。そんな手応えを得たのだが、これは合ってるのだろうか?
そこで食品会社の研究部門に勤める知り合いにチャットで話を聞いた。味覚に関するプレゼンテーションもしたことがあるという人だ。
──食べ物の「合う、合わない」ってどういうことなのか知りたくて試食してみたんです
食べ物の合う合わない、ってなんとなくですけど、「バラバラすぎて合わない」と、「嫌なところを強調しあって合わない」というパターンがある気がしますね。
私、今流行りの「う肉(※生肉と生のウニを一緒に食べる料理)」が好きじゃないのですが、あれは「牛肉の血生臭さと、ウニの生臭さが同じタイミングで来るのでより生臭い」と思っていて。嫌なところを強調しあうパターン。
味を時間軸でとらえる
──バラバラは何がバラバラになるんですか?
バラバラは、味、食感、匂い、あるいはその組み合わせがバラバラ。食感の場合、一体感がなさすぎる。匂いや味の場合、つながらない、組み合わせとして違和感がある。あと、食感と味がバラバラ、とか。
──味の「つながらない」というのは?
ちょっと説明難しいんですが、私たちは味をよくワインみたいに時間軸で表すんです。
口に入れた瞬間がトップ。酸味や、香りなどがきます。で、そのあとミドルで「厚み」(だいたい旨味とか甘味とか脂の味)があって、ラストはミドルから残った余韻ですね。ただ、ラストは蓄積で変わる味でもあります。食べているうちにだんだん苦くなる、みたいなものってあるんですよね
例えば「お酢をかけただけのほうれん草」とか、、、トップに来る味が強くて、あとはラストに来る味しかないものは、間に旨味かあぶら、甘味がないと繋がらないんですよね。「すっぱ!」→(空白)→「にが!」みたいな。
ちょっと脱線気味ですが、山形出身の友人が言うに「山菜は茹でてめんつゆかけたら大体いける」と。醤油じゃなくてめんつゆなのは真ん中に甘味と旨味があるからだなぁ、と思って。
──なるほど、山菜はラストが特に苦そうですね。じゃあ「トップ、ミドル、ラストの時間軸がうまくつながってないもの」は合わないということですかね
はい。味がバラバラだと、大体美味しくないです。旨味がないトムヤムクンとか絶望的な液体だと思います(笑)
そもそも美味しさとは
味としてはそういう感じかなぁ、と思っています。あと、文化的バイアス(※先入観や偏見)は結構ありますね。「おかずだと思っていたものが甘くされて出てくる」というのは脳が拒否します。
──あ、まさに! 今回の実験でも「これは食べたことある」というものがとにかく美味しかったです
美味しさの種類の話ですが、本能的な美味しさ、食べ慣れた(文化的な)美味しさ、情報の美味しさ、快楽の美味しさ、という4つで伏木亨先生は分類していて、非常に納得性があります。(※参考記事)
社内に中国人の後輩がいるのですが、梅干しが不思議だっていうんですよね。「中国だと、梅は甘いものだから」と。
で、山形に行った時に、さくらんぼの酢漬けがおにぎりに入っていたんですよ。美味しいんですけれど……あ、これが彼女たちが言っていた不思議さだ!と。私の感覚では、サクランボは甘いもので、ご飯に入れるものではない、という文化的バイアスですね。
欧米系と揉めるのは「あんこ」ですね(笑)あれはおかずだろう!甘く煮るとか意味わからない、と。先入観を覆されると戸惑うし、大体の人は拒絶反応を示しますね。
本能と情報と快楽もおいしさ
──本能的な美味しさというのは足りてない成分補うようなやつもですか? 汗かいた人が塩うまい、みたいな
はい、本能的な美味しさはそういう、「生命維持的に美味しい」やつです。貧しい農村育ちの年上の知り合いが「昔アシナガバチ食ったんだよ、あの頃うまいと思ってさ。でも大人になって食べたら食えたもんじゃなかった」と言っていて。これはたぶん、たんぱく質が足りてなかったから美味しかったんだね、と。
──情報は行列に並んだからうまいやつですか?
そうです。食べログの点数が高いから、とか。
オーガニックだから、とか。先入観的な
──快楽は機能とはまた別なんですか?
はい。快楽は「やめられない止まらない」やつ、判断基準は自分の舌ではない美味しさですね。
──塩が足りてないからかっぱえびせん食べてるんじゃないのか~
ネズミの実験で、ただの水と、旨味を混ぜた水を飲ませる群を分けて、ペダルを踏むと水が出る装置で実験をすると、旨味がある水の方で回数が増えるという実験があります。旨味はある程度は必要(たんぱく質指標)なのですが、それ以上はいらないはずなんですよ。
これは完全に推論なんですが、二郎の味って快楽に振り切った味だと思います。油、旨味、塩味、そして糖質。
──流行ってる食べものは快楽が多そうですね
はい、流行りものは快楽と情報だなーと思います。タピオカは割と情報寄りだなーって思います。並びますしね、甘いし。あとは糖質制限とかで米食べないから糖質に飢えているのでは?という説も出ました。
合わなさ1、2、3位の理由
──合わない2位のごま豆腐で見られたんですが「片方が先に消えるから合わない」というのがあったんですがこれはどう解釈できそうですか?
料亭なんかだと、胡麻豆腐とかだと、出汁じゃなくて、餡にした出汁をかけるのも、味を繋げるため(とろみをつけると味の持続時間が長く、うしろまで伸びる)だと思います
──へー!! 味において時間軸というのはやっぱりあるんですね
ありますね。それこそ「もっと後ろに味をどうやって持っていくか」みたいな話はよく出ます。あと、お酢が立ったものは「トップの味が強い」「あとの味をきる」傾向にあるので、非常に合わせづらいと思います
──合わなさ第3位のもずくが酸っぱいものでした
もずくはなかなか難しそう。酸味全般、立たせすぎるとその傾向ありますが、お酢は特に臭いのきつさがあるので、強いですね。料理用語で「酢角(すかど)」って言葉があるんですよ
──へえ!! ことばが専用に用意されてるくらい立ってるんですね
あの「ツン」とくるあれ、酢角です。匂いと味のアタック。出汁とかと一回煮立たせると、「酢角が取れる」んですよ
ぶどうはいけたはずだが…文化的バイアスか?
──合わなさ1位のぶどうにおいてはそもそも甘いから、文化的バイアスが大きいんでしょうか?
ぶどうは文化バイアス強い気もしますね。どんなぶどう使ったんですか?
──皮ごとたべられる大きめの粒のやつですね、緑色の
それだともっといけそうな気がしますね。赤いぶどうのが香り、渋さがあるのでしんどいと思います。ぶどう、りんごって果汁に特徴がないことでこの世界(どこだ)では有名なんですよ。白いぶどうとりんごの果汁は、別の香りつけると何にでも変身します。「単なる甘酸っぱい汁」なんですよ
──へー!!
安いからりんごが使われること多いですが、果物っぽさがあるものに非常によく使います。りんご関係なくても。で、白い、皮ごと食べられるぶどうってそんなに特徴ないので、味だけで考えるとそこまで色々なものと合わない気がしないです。
食感の合わなさとは
──それでも合わなかったのでよほど甘い物に対する違和感があるってことでしょうか
ただ、味だけじゃなくて、ぬるっとした食感が合わない、みたいなところはあるかもしれません。
──食感ということも実験でいろいろ言及されたんですよ。食感が合わないってなんなんですかねー
何だろうなぁ。確かに。結構文化バイアスが強い気がしますが、「口の中で噛んでも一体感が出ないもの」かなぁ。
──口でまとまらないもの
それはありそう。しかし、生大根と米の組み合わせはいけないけれど、たくあんはいけることをうまく言葉で説明しづらいですね。納豆とか文化的に食べてなかったらやばい食感ですし。一体感も文化的バイアスなのかなぁ。
食べ合わせのよさ1、2、3位の理由
──納豆が食べ合わせのよさ1位だったんですが、存在感ありすぎて1位をとったのかなと
それはありそう。全てを上書きしてしまう感じ。
──チーズも点数高くて3位でした
これは一般論として言われているんですが、発酵食品同士って結構文化の壁を超えて合いますね。しょっぱい発酵食品、割となんとでも合います。例えば、ここに酒盗が来ても割といけそうじゃないですか?
発酵食品がなぜいろんなものに合うのかというのは多分「塩味が強くて、旨味が強い」から、真ん中の要素を持っているんですよね。
──時間軸でいうミドルの部分が強いもの
ミドルがない食べ物、旨味が好きな日本人的には物足りないんですよ。
──へー! たしかに先ほどの山菜の例でミドル強化にめんつゆ出てきましたが、めんつゆ使ったレシピがネット上にあふれてますね
「甘くてしょっぱくてうまい」は、なんでも美味しくしてくれますね。
味を補うために入れるもの
「甘くてしょっぱくてうまい」だとこの資料の「味の相補性の話」あたりは今回の話に繋がると思います。
※見せてもらった味の相補性の資料の要約
人間が(お、この食べ物はカロリーがあるぞ!)と判断するための3つの味「甘み、旨味、脂肪味」は互いに補いあうことができる。
たとえば和食は一般的に脂肪味が少ない。なので甘みや旨味を上げて補う必要がある。そこで塩を加えると旨味が上がる。甘みと旨味と塩が強い和食は甘じょっぱい。
──「甘み、旨味、脂肪味」3つ揃えろってことですか?
揃うと美味しい、ないと他を強くしがち。日本の甘辛さは、脂のなさからきてますね。で、出汁が効いている場合は甘さもあまり入らなくなる。品のいい和食→出汁の味+塩、安い和食→甘辛い というように
──あ、京都だ
そうそう。美味しい肉もそうですね、安い肉は甘辛くしておけば食べられる。牛丼とか、照り焼きソースとか。いい肉は塩胡椒で!ってなりますよね
──わー、腑に落ちすぎる。とんかつは塩で、だ!
そうそう、安いものほど味が濃くなる法則。元々、羊毛が取れなくなったクッサい羊を食べる手段がジンギスカンになるのも腑に落ちますよね。甘くて辛くてニンニクを効かせたタレをがっつり漬け込んでるの、あれは肉が臭いのがまずいからです。
今でもあの味で、でも昔よりはるかに臭みがない羊肉を食べているのは、やっぱりあの味美味しいんですよね。
お米はなぜパンやスパゲッティよりも合うのか
──納豆とチーズはその辺の発酵食のミドルの強いものとして他の味を塗り替えたってこととして。あとは2位に白米が来たことなんです。パンやスパゲッティを差し置いてなぜ米が来たのかというところで…
米は割と文化バイアス強い食べ物だなぁ、とは思っています。日本人にとって、米は主食だし、おはぎにもなるし、
──文化バイアス強い=馴染み深い=おいしくなりやすいってことでしょうか
はい。米にはなんでも合う、という先入観もあるし、そもそも米が好き、という。
いろんなパターンで食べたことがあるもの。ソバメシなんていうメニューまであるわけで、おはぎもあるし、甘いのもイケる。いわゆるおかずはなんでもご飯に合うという先入観がありますよね?
──ああ、おかず、ご飯という構造がそもそもありますね。合わせる前提の食べ物がごはん
そうそう。パンよりご飯の懐の方が日本人にとっては広いと感じますよね。茶漬けにもなるし。
日本人が好きだから味噌汁は何にでも合う
──ちょっと別の話なんですが、テレビで「味噌は何にでも合うから味噌汁には何入れてもいい」と言ってたんです。これはどの辺に効いてるんですか
味噌汁、あれも懐が深いですね。旨味と塩味が強いのと、それ自体の味が強い(しかも日本人が好き味)なので、割とレンジが広そう。味噌の香りがあるので、生臭さも消えますしね
──トマトなんか出汁が出るから最高に合うという話だったんですが、実際にやってみると多少青臭いし酸っぱいからそんな言うほどでもないなーと思ったんです
そうそう、まさしくそれです。味噌の香りがトップにもきます。トマトは昆布と同じ旨味成分を持っているので、合うと言われていますね。酸味が平気ならけっこう合うかなーと思いますが、青臭さがある場合はダメかも。青臭さって最初に来ないんですよ
──あー、時間差で来るから青臭かったんですね
そうそう、人によって味の嗜好はけっこう違いますからね。トマトジュースを少し味噌汁に入れる、はいけます。麺つゆにトマトジュースもいけますし。(素麺なんかに
──疑問点がだいぶ解消されましたし、こんな識者何人も抱えてる食品会社ってそもそもすごい! ありがとうございました~!
味における「おなじみ」のでかさよ!
「合う」とはもちろん「組み合わせることによって美味しくなる」ということだろう。
試食体験だけでいうととにかく違和感のある組み合わせだらけで「食べたことのある」という感覚こそが「合う」と思えた。美味しさにおいての文化的バイアス、先入観の重要さが身にしみた。
しかし専門家の人の話を聞くと、それ以外にも味の仕組みは複雑。体に欲しいと思うもの、時間軸でとらえたときに足りないもの、情報、快楽……色々な要素があって個別に聞いていかないとさっぱりわからない。
これではもはやなんにも言えない。自信のなくした我々だが一つの抵抗が残されている。それが「強がる」ということではないだろうか。
「ぶどうとスパゲッティ? 合いますよね…」と強がることで、ああこの人は大したグルマンだ、いやもしかしたら外国経験が豊富で文化的バイアスが多様なのかも、ぜひうちの美食倶楽部に入ってください、とスカウトされることさえやぶさかではない。
合う! これも合う! 味の度量のでかい男となるべく、なんでもかんでもうまいうまいと食べ合わせマウンティングをとっていこう。バカがばれるその直前まで。
伏木 亨
筑摩書房
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