特集 2019年5月14日

iPadの魚屋というとっつきにくさだが夜はバグ的にいい飲み屋に

iPadで注文する魚屋の夜がシステムのバグみたいにできた良い飲み屋に

「あいぱっど魚屋」と書かれた店ができていた。どういうことですかねこれ?と聞きに行ったら店主がムッとしてしまった。

これは変な店ができたぞ、と知人と夜の居酒屋形態にもう一度行ってみた。すると美味しいし安いし、でもこの感じでいい店って逆に変じゃないか!? と衝撃を受けた、そんなねじれたレポートです

動画を作ったり明日のアーというコントの舞台をしたりもします。プープーテレビにも登場。2006年より参加。(動画インタビュー)

前の記事:選挙運動真っ只中、おれも自分のたすきを作って街に出る

> 個人サイト Twitter(@ohkitashigeto) 明日のアー

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「あいぱっど魚屋」? お、なぞの店があるな
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ある日へんな魚屋ができていた

方南町を通りがかると見たことのない店があった。「あいぱっど魚屋」と書いてある。店頭にあったチラシによると小樽の魚屋とつながっていてiPadで注文できるという。へえー、なるほど。

中に入ってみるとモニターが置いてあって魚屋が映っている。おじさんがいた。お客さんもいないし説明もしたくてうずうずしてることだろうと話を聞いてみた。

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小樽の魚屋をiPadのFaceTime(テレビ電話的なの)でつないでいるらしい
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北海道に行って魚屋で買って送るのと同じ

どうやら小樽の鮮魚店にiPodtouchが置いてあって、こちらのiPadとFaceTimeでつながっているらしい。送料がかかるだけで小樽で買うのと同じ値段で買えるそうだ。

ああ、なるほど。北海道に旅行に行ったときには市場で買ってクール便でお土産を送った。それと同じことができるのか、よさそうだ。

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小樽の魚屋にiPod touchが置いてあってこちらのiPadとつながってるらしい
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空気がおかしくなってきたぞ…!!

値段一覧を見てみるとイクラ、数の子などの値段が書いてある。そうか、北海道だしごちそうが多いな。

「このへんはやっぱり日常で食べないですよねー」と話を振ってみると「そりゃ日常で食べるかどうかは人によるでしょう」と言う。ややや! なんか不信感を感じるぞ。

いいところを聞き出さなければ、と「でもあれでしょう? やっぱり築地とかでたくさん魚買えるけどわざわざこうやって繋いでるんだから小樽の魚屋がいいんでしょう?」と話を振ってみた。

もちろん小樽のよさを語ってもらおうと思ってのことだが、おじさんはムスッとして「ならあなたは築地で買えばいい」と言い始めた、えええっ!?

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時空を超えて直に買うそうだ。空はいいけど時はむりだろう
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話題になったビジネスの人だったのか

iPad使ってるけど頑固オヤジのお店…!? いや、もしかしたらおれはずっとこの人の足でも踏んでいたのかもしれないし、口がくさかったのかもしれない……!?

一体どういうことなんだ、ネットに情報がないかと検索すると数年前の記事が出てきた。

吉川仁さんというトラックドライバーの方が、週末に吉祥寺の路面でiPad魚屋を始めたという記事だ。ああ、このアイデアビジネスが数年を経て店舗になったのか。

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イラッとされてもなんか変だったので夜にまた行ってみる
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10席くらいの小さな店になっている。昼もごはんは食べられるらしい
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怒られても再訪する!!

しかしiPad使った変な店で頑固オヤジならそれはそれでおもしろいのではないか。夜はお酒も出していると書いていたのでもう一度行ってみようと酒飲み友達の張江さんに話して二人で行ってきた。

さあ、どんなおもしろ営業になってるんだ…? とあれこれ飲み食いしたあと張江さんがつぶやいた。「大北さん、これってパリッコさん案件(※いい飲み屋)なんじゃないですかね」と。

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北海道の魚屋さんから送られてくるものなので魚がめちゃくちゃうまかった

 夜は北海道の魚を出すいい店になっていた

そうなのだ。変な店だと思っていたら、北海道から買い付けた魚と良心的なお酒の価格でふつうにいい飲み屋になっていたのだ。店主も昼間のことに気づかず、ニコニコとその夜一組だけだった客の我々を温かく迎えてくれた。空いているしこだわりのありそうなスピーカーから流れるJAZZも……ああ、これはいい、しばらく通いたい。

……でもむりだ。酒場ライターたちの情報は早いし、この辺はたしかメシ通の編集も住んでいるはず、いつかだれかがここを紹介して私たちが見つけた穴場はもう繁盛店になり来れなくなるのだ!

どうせ来られなくなるのならいっそのこと自分で書いてしまおう。おれの手でとどめを刺そう。さようならおれたちだけのいい店! と、涙をぬぐってもう一度行ってレポートにすることにした。

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店主の吉川仁さん。2013年の『ガイアの夜明け』はじめ、いろいろ出ている

数年前に世間をにぎわせたアイデアだった

「取材はいいけど、うちはもういっぱい出てるよ!」と吉川さんは言う。そうなのだ。iPad魚屋で検索すると吉川さんの記事はたくさん出てくるのだ。2015年にはダイアモンドの、2017年にはAERAの記事が出てくる。

どうやら吉川さんによるともう『ガイアの夜明け』にも2013年に出てるらしい。しかも「テレビは全局に出ている」とまで言う。老人ホームでおじいさんおばあさんが涙ながらに注文した様子が放映されたそうだ。そりゃ全局使いたくなるだろう。

でも大丈夫です、お店ができてからの記事はないし、ぼくらはビジネス的なものへの関心ゼロですから。ただただ「このお店変わってるな」というまっすぐな思いで来てますから大丈夫です!

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”iPad”をひらがなにしているのは「そりゃ、そのままはまずいでしょうよ!」と言っていた。

iPadで魚屋とつなぐまで、つないだ後

そもそも吉川さんは二十代の頃ジャズ喫茶を始め、その後は弟さんを料理人として飲食店を経営していた。

そしてある日、NTTと小樽の漁業協同組合と縁があってNTTのテレビ電話で北海道の魚を吉祥寺で売るイベントを開催したそうだ。この形でも魚が売れるんだと確信したが、当時フレッツ回線を売り出しているときだったので一段落したら終了となった。

その後Mac派だった吉川さんはiOSのFaceTimeの登場を知り衝撃を受ける。「これでおれ一人でできる!」と思ったそうで、画面の大きなiPadを片手に吉祥寺のストリートに立ち始めた。

その頃には飲食店をやめてトラックに乗っていたそうだ。平日はトラック、週末は吉祥寺の通りでiPadの魚屋。メディアはほっとかないだろう。

翌年2013年の日経MJのお正月のトップに載る。で、それを読んだ『ガイアの夜明け』のプロデューサーが番組で扱って、以降も時々メディアが取り上げる。ロイターも来てイギリスに放映されたり。

吉川さんとしては事業化するつもりはないが、もっとこの商売をみんなにマネしてもらいたい、とこの店を4月にオープンする。そして4月中に筆者が来て怒って今に至る。

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書が飾ってある。元ソフトバンクの書道家、前田鎌利さんのものらしい。iPadの魚屋に興味を持ったソフトバンクアカデミアの人たちが色々よくしてくれるそうで、誰かが吉川さんのことを孫正義にプレゼンしたこともあるそうだ。

第三者がいることが重要

これ結局、ネット通販とかメルカリとかと何がちがうんですかね?と聞いてみると、やはり吉川さんという第三者がいることが大きいらしい。

近かったら魚屋さんに「腐ってるじゃないの」って言えるけど、遠かったら言えない。でもここだと吉川さんに言える。

今までに700件取引してきたがクレームはゼロだという。「売る方買う方の一対一なら腹の探り合いになるから、そこに立ち会ってトラブルの芽を摘んじゃう。"本来のカスタマーサービス"をしてるわけだね」という。

吉川「例えばウニって3日くらいしかダメなんだよね。今だと着いた日に食わないとダメなんだけど、それでもいいって人だけ買うんだよね。そうするとクレーム出ない」

吉川「もちろん離れてても取引はできるよ。でも離れてるからおれがいないとダメなんだって」

こういう恋愛マンガを読んだことがある気がする。おれがいないとこの二人だめだな~と二人をくっつける役割の人だ(そしてマンガだと最終的には吉川さんがどっちかと結びつく!)。

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四台のモニターに囲まれる席。スピーカーはジャズ喫茶時代から残してあるものだそう。友人の張江さんが読んでるのは置いてあったジャズの雑誌。
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店で出す魚は冷凍もの「iPadで注文すると冷蔵が送られてくるからそれより味は落ちるけどね」だそうだ。ロースターで焼くので、市場の魚を炭火で、みたいなとこよりはハンデを背負ってる。それでもおいしいのですごい

今後は魚屋以外も増やしていきたい

iPadだけではなくモニターがある。iPadだけでは売れなくて、お年寄りには「テレビであること」が大事なんだそうだ。

今モニターが4台あるのは今後提携する店を増やしていくため。何店も同時につなくことは可能だし、ここがちょっとした市場みたいになるとおもしろい。リアルな楽天市場になる。

しかしまだ今のところ提携先が増えてはいない。鮮魚店みたいなデジタルのなさそうなところにiPadシステムの説明しに行くのはなかなか大変そうだ。

「川嶋鮮魚店には飛び込みでね。たまたま興味持ってくれて。でも普通の店はなかなか解釈ができないよね。そもそも流通がちがうし。

今の流通だと100ケースくれってバーンと買ったりするよね。そんで二束三文で売る時もある。大きい流通はロスが多いわけだよ。

iPadの魚屋は効率悪いなあと思うかもしれないけどロスはゼロで少なくとも利益が出るわけで。それが一年とか経つとけっこうな額になる」

ロスが少ないと資源にもやさしいし損もしないのでどんどんやればいい、とは思うもののガイアの夜明けに出てから6年経っていて未だ一店だ。外野にはわからない難しさがどこかにあるのだろうか。

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置いてあるものは小樽の魚屋の川島鮮魚店から送られてくるもの。注文は冷蔵で、店で食べるものは冷凍になるがそれでもはっきりおいしい。
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ごはんや定食もある。聞いてみたら昼から酒も飲めるらしい。酒飲みに甘すぎる

とはいいつつも魚がうまい

どこの何を売ってもいいのだが、小樽の魚屋が話に乗ってくれたのは奇跡だ。奈良とか埼玉でなくてよかった。なにしろ魚がおいしい。

iPadでは冷蔵品を注文できるが、お店で出しているのは冷凍品。それでもおいしさは味の描写がめんどくさいくらいはっきりとしてる。北海道の魚と書かれたメニューは他の店にもあるがここは「小樽の川島鮮魚店」だと出どころもはっきりしている。確実にものはいい。

吉川「お客さんが『魚ってこんなにおいしいんだ!』って言ってくれたりね。そしたらまた来るよな。この前もお客さんがお母さん連れてきてくれたり友達連れてきてくれたりね」

お酒も日本酒350円サワー類280円と、北海道の魚を食べられて安いお酒も置いてある。

吉川「やっぱり来てもらいたいからね。魚もおれなんかじゃそんな安く仕入れられるわけではないからね。食べてもらって相乗効果で昼やってることも広がっていってくれればって」

iPadの魚の注文を知ってもらいたい。魚のよさも知ってもらいたいし、そのためにはお酒も安くしたい。ただお店はできたばっかりだし、変わった屋号なので人はまだ来ない。

「ほんとにこれに、おれハマっちゃってるからさ。おれの作ったシステムに」と吉川さんはぽろっと漏らしていた。

そんなiPadで注文する魚屋さんの夜のデモンストレーションが困ったことに「いい飲み屋」の条件と合致しているのである。酒呑みたちがシステムの盲点をついて寄ってくることだろう。

もし寄ってこなかったとしてもそれはそれでうれしい。おれと張江さんだけはこの善意のデモンストレーションにつけ込んで通い続ける。

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この日は宗八ガレイという通常メニューにないものが入荷していた

 

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ほろっとする! 記事としてなんのおもしろさもない! ただただほろっとする!
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どこがおもしろいのどこが!? これの何がいいの!!?
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あー!!!!
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鮭の切り身。鮭を自慢にする店がたまにあるが、あれ級のが出てくる
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どこがおもしろいのかさっぱりわからない。こんな画像見て何がいいんですか何が…
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あー!!!!
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ほっけ! 半身でもナイスボリューム!
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ニシン切り込み。ここにはもう、味しかない!
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のりくらげ。ニシンと同じく瓶詰めのものでも川島鮮魚店が信頼して仕入れてるものだからうまい。
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松前漬け。これは川島鮮魚店のパートのおばちゃんの間で代々受け継がれる製法だそうで、社長が漬けた時に味がちがうとクレーム出たそうだ。もう、これ以上の松前漬けを知らない!(そもそも松前漬けをそんなに知らない!)
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ご飯頼めるんですよ。ご飯を頼むと二回行って二回とも「ああ、それはうまいだろうね~」と吉川さんがもらすという消費者に寄り添った店です
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そして皆様、今日のその時がいよいよやって参ります……
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さあ、いっちょ良い仕事でもするか
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ショーの始まりだ!
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踊れ!
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ダンスを踊れ!
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ねえDJ、止めないで
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私達を踊り続けさせて…!!

取材協力

何処でも、魚屋!iPad 小樽三角市場 川嶋鮮魚店
03-6304-9334
Facebookページ

 

吉川さん、なんで怒ったんですか?

取材を兼ねてとはいえ三度目の来店となり、楽しく飲んだあとと聞いてみた。

──初めて来たとき「小樽の魚屋はやっぱりいいんですか」って聞いたら怒ってましたよね?

吉川「(笑)とにかくね、問い合わせはすごいの。みんなに知られたくて店に立って説明してるんだけどね、もう、ほんっと『何の店?何の店?』ばっかりなんだよね! いや、おれが悪いんだけどね! もう、どっからやればいいんだ!って思うんだよね(笑)

その人の年代もあるし、毎回アドリブ。かといって最初っから話すと大変だしな。それなのに『北海道の魚はいいんですか?』なんて言われたらな! 良いに決まってんだろって!」

──ゲラゲラゲラ(笑)

吉川「食わせるから来いよもう!って思ったよね。でも結果来てくれてよかったよ」

すげえ気が短いおっちゃんいるわ!と思っても今後はひるまずにもう一回行ってみようと思う。

 

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