イカ、宇宙から来た説
一日目にトンカツを食べて天気の回復を待つ間、安藤さんに、イカは隕石にくっついて地球にやってきた説、というものを聞いた。性質とか体の構造が、地球の他の生き物とは違いすぎるかららしい。
さらにその話を受けて、そんな宇宙から来たかもしれない生き物を、生のまま刺身で食べさせてくれる醤油ってなんかすごいんじゃないか、という話をした。
その時の風景や雰囲気を、なぜか鮮明に覚えている。話題が瑣末なのに対してすごく鮮明なのだ。これが走馬燈というやつか、と思った。
引きこもりがちで寒さが苦手な人間でも、冬のアクティビティを楽しめるだろうか。さらにそのアクティビティが「雪山でパラグライダー」だったとしても楽しめるのだろうか。ちょっとハードすぎやしないか。大丈夫だろうか。本当に楽しめるのだろうか。
我が家の家訓の第1条にこうある。なぜなら外に出てもいいことがないからだ。寒さは全ての生き物にとって天敵であり、全力で回避するべきリスクである。「防寒」「暖をとる」などと言う以前に、家から、そして布団から出ず、一切の寒さを感じることなく、春の到来を待つのだ。
私は布団の中でうつ伏せになり、掛け布団を耳までかぶってこう主張してきた。
このスタイルの良いところは寒くないところだ。しかし悪いところは家の外まで主張が伝わらないことである。
嫌な予感がした。嫌な予感はしたが自分ができることはアピールしたい。スキーは小さい頃、父に連れて行ってもらっていた。経験はある。
我が家の家訓の第2条に『自分に正直になろうよ』とある。虚栄心が勝って「できますよ!」と返信すると、「ならばパラグライダーで飛んでもらいます」と来た。
飛躍がすごい。パラグライダーだけに。テンポよくやり取りをしていたのだがこのメッセージが来た途端、何も考えられなくなってひたすら空中の埃を眺めていた。よく見るとけっこう埃って漂っている。
いくら考えても今から体良く断る方法がない。返事も催促されてるし。
というわけで行くことになった。冬のアクティビティとしてのパラグライダーである。意味がわからない僕を置いたまま、世界は動いている。
約束した日、新宿のレンタカー屋さんに行くとオレンジ色の大きな車があった。安藤さんにこうなった経緯を聞くと「冬だからって家に閉じこもってるのはよくないよ。かといってスキーとかスノボをするのも普通でしょう?だから雪山でパラグライダーやるんだよ。」ということだった。
高所恐怖症ではないが高いところは人並みに怖い。しかも経緯にいまいち納得がいっていないので心の準備もできていない。何でパラグライダーなんだ。わざわざ寒いところに行ってその上高いところまで飛ぶってどういう物好きなんだ。そもそもスキー場でパラグライダーしてる人、見たことありますか?
納得はいかないまま、あっという間に準備が整い出発となった。
車は安心安全でも人の安全や心の準備はどうするのだ!と言いたかったが、出発してしまうとひとまずはドライブなので楽しくドラマや小説の話をした。安藤さんいわく、金八先生はシーズン5がおすすめらしい。
5時間ほど走って白馬のゲレンデに着いた。
寒いけど一回飛べば終わる、一回飛べば終わる、と唱えながら心の準備をするが、横で電話をする安藤さんの声のトーンが暗い。
電話はパラグライダーのインストラクターさんで、天候が悪くて今は飛べないと言うのだ。そうか、そうですよね、吹雪いてますもんね。
飛べれば終わるぞ!という気持ちが強すぎて気がつかなかったのだが、天気がすごく悪い。そうかそうか、そうですよね、と一度決めた覚悟を胸の奥に押し戻し、複雑な気持ちで天候の回復を待つことになった。
トンカツも食べ終えてぼんやり外を眺めるが天気が回復する様子がない。
安藤さんとする話が「今日飛べなかったらどうしよう」という話題ばかりになってきた。
「温泉に行く」「日本海を見に行く」「恐竜公園(近くにあった)に行く」という案が出たがどれも解決にならない。現実逃避だ。
二人で長いこと外の様子を気にしていた。それにしても半ば無理やりゲレンデに連れて来られたら天気が悪くて、連れてきた人が困っているのだ。この状況は何だろう。
ジャイアンがリサイタルをするというので嫌々来たら、声が出ないと言ってジャイアンが困っているのだ。こういう時、のび太ならどうするのだろう。心の中で「ラッキー」と呟いてこっそり帰るだろうとこの日までは思っていた。しかし実際に体験してみると「万事予定通り行って丸くおさまってほしい」「こうなったらいっそジャイアンの歌を聞きたい」「いや、聞かせてください」という気持ちになってきた。のど飴があったら渡していただろう。
我々はもう「パラグライダーで雪山を飛びたいなー」こう思うようになっていたのだ。
一日目の夕方に白馬をあとにして夜に帰宅、また早朝に出発して5時間かけて白馬まで戻ってきた。(泊まる案もあったのですが諸々事情があって一度帰りました。)過酷すぎやしないか、冬のパラグライダー!普通にスキーしたらいいじゃないか!
安藤さんは朝の3時からエクストレイルを走らせてまた白馬まで来た。昨日帰ったのは22時すぎだったはずである。なんて健気なジャイアンなんだ。出発の時間を聞いた時は目頭が熱くなった。
一度飛ばせてくださいとまで思ったパラグライダーだが、いざ説明を受けて指示された場所で待っているとなんか不安になってきた。不安というか、もうはっきりと飛びたくないと言える。昨日から、恋する乙女並みに気持ちの変化が激しい。
ここでちゃぶ台をひっくり返す根性なんかない。へらへらしているとどんどん準備が進んで行った。
1本のひもと、僕の体がハーネスで固定されている。
斜面の上にこのひもを巻き取る機械があって、それに引っ張られて斜面を上がり、風を受けてパラグライダーで飛ぶのだそうだ。
そう、最初の話と違う。スキーを履いて斜面を滑り降りながら、というプランは天候の影響でなしになり(山のさらに上の方は天気が悪かった)、低高度でも飛べるようなプランで今回は飛ぶのだ。だからスキーも履いていない。天気のことだ。仕方がない。仕方がないのだが釈然としない。
スキーの経験があるので僕が誘われたが、この方法なら僕でなくてもよかったのではないか。
二日間やってきてまだそういう発想ができてしまう僕も僕だが、僕の中の飛びたくない気持ちが、ここ二日間で最高に強くなった。ドラゴンボールだったらスーパーサイヤ人に変身するシーンである。
あのつながれたひもに強烈な力を感じて引きずられるように2、3歩走ったらもう浮いていた。それからは景色がどんどん高くなって、強い風を顔に受けていた。興奮しているからか、不思議と寒くない。
現実味がなさすぎるせいか、高くて怖い、とは全然思わなかった。とにかく空中をいい速度で移動している気持ち良さがずっとあった。飛んでいたのは2分くらいらしい。あっという間だった。
そう、楽しかった。楽しかったのだ。あんなに文句ばかり言っておいてちゃっかり態度を変えすぎだと自分でも思うが、楽しかった。またやってもいいと思った。
二人とも飛び終わった。着陸した安藤さんと「…ね!」「はい…!」みたいなポジティブな語気で少しやり取りをした。こういう、ハードなアクティビティが終わった後の解放感はすごい。もし天候が安定して山の上から飛ぶことができたら、標高1,000m以上のところを20分ほど飛べるらしい。「いいなー」と口をついて出た。
そういうわけで、2分ほどの飛行で怒涛の二日間が終わった。あとでインストラクターの人に聞いたら、雪山でパラグライダーができるのは日本でここだけらしい。すごく貴重な体験ができたのだ。さらに冬は飛べるような気候になかなかならないので、1月2月に限ると飛べる可能性は1、2割しかないということだった。ますます貴重だ。二日でその1、2割が実現したのだから大成功である。
意気揚々とエクストレイルで帰路に着いた。
安藤さんは朝3時から動いているけど、プロパイロットという運転支援機能があるから安心感があるらしい。長時間運転させてしまって申し訳ありませんでした!
家に帰ったらすぐに布団に入った。その柔らかさと暖かさを感じていると、やはりその安心感、手軽さ、親密さには代え難いものを感じた。確かにパラグライダーは楽しかったが布団は布団でやはり最高である。
一日目にトンカツを食べて天気の回復を待つ間、安藤さんに、イカは隕石にくっついて地球にやってきた説、というものを聞いた。性質とか体の構造が、地球の他の生き物とは違いすぎるかららしい。
さらにその話を受けて、そんな宇宙から来たかもしれない生き物を、生のまま刺身で食べさせてくれる醤油ってなんかすごいんじゃないか、という話をした。
その時の風景や雰囲気を、なぜか鮮明に覚えている。話題が瑣末なのに対してすごく鮮明なのだ。これが走馬燈というやつか、と思った。
X-TRAILと共に行く、一泊二日の「BEYOND WINTER TOUR」の参加者を募集いたします。
参加希望者は、Twitterで日産公式アカウントをフォローの上、行きたいツアーのハッシュタグをつけてご応募ください。
白銀グライダーにご応募する方は #冬パラグライダー をつけて投稿!詳細は下記のリンクへ!
https://www2.nissan.co.jp/SP/X-TRAIL/WINTER-TOUR
募集期間:2019年2月15日(金)10:00 〜 2019年2月25日(月)12:00
旅行体験期間:2019年3月16日(土)〜2019年3月17日(日)
※こちらの募集は終了しました
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