特集 2019年4月3日

養蚕農家がデカくてユニークでカッコ良い

デカくてユニークでカッコ良い、日本各地の養蚕農家を紹介します


明治時代から昭和初期にかけて、日本の主要輸出品目は絹であった。国策によって養蚕が盛んに行われ、蚕の飼育に特化した養蚕農家が全国に数多く建てられた。

戦後に化学繊維が普及したことによって養蚕はみるみるうちに廃れたものの、日本の各地には今もなお昔ながらの養蚕農家が存在する。

その様式は地域によって様々ではあるものの、総じてデカく、ユニークで、カッコ良いのだ。 

1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー)

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三階建て養蚕農家が超密集!兵庫県の大屋町大杉集落

まずは兵庫県北部の養父(やぶ)市南西部に広がる大屋町地区の養蚕農家だ。大屋町は四方を山々に囲まれていて平地が少なく、冬は雪が多いことから、古くより養蚕が営まれてきた但馬屈指の養蚕地帯である。

そんな大屋町の中心部から少し西に行ったところにある大杉集落には、現在も数多くの養蚕農家が残っているという。

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というワケでやってきました大杉集落。遠目だとごく普通の集落のようだが……
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近付いてみると、三階建ての巨大な養蚕農家がどーん!
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いやはや、コレはシブくてカッコ良いぞ!


蚕を飼育して生糸を生産するための養蚕農家は、できるだけ広い蚕室を確保すべく大型化&多層化する傾向にある。ここのものは三階建てと殊のほか立派であり、しかも一棟や二棟のみならず群として密集して残る貴重な集落だ。

現在大杉集落に存在する27棟の主屋のうち、一棟を除くほぼすべてが築50年以上の古民家だというから凄いものだ。元は江戸時代に建てられた平屋の茅葺家屋を、明治後期に二階・三階部分を増設したものや、その形式を模して新たに新築されたものが大半を占めるという。

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黄色い土壁、縦長の窓、屋根の上に腰屋根が乗るなど、どの家も同じ形式


一階部分は生活のための居住スペースで天井が低く作られているのに対し、蚕室である二階・三階は背が高く、蚕棚の規格に合わせて築かれているのでどの家も同じ規模になっているのが特徴だ。

縦長の窓は「掃出し窓」と呼ばれており、窓枠を床にまで下げることでゴミを簡単に外へ掃き出すことができるようになっている、蚕室を常に清潔に保つための工夫とのこと。なるほどなぁ。

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二階以上はすべての面に窓や通風孔が設けられている

蚕室は四方の壁に換気口が設けられており、屋根の上に乗る腰屋根と共に蚕室の通気性を高め、蚕が過ごしやすい環境を整えている。これらの換気システムを地元では「抜気(ばっき)」と呼んでおり、この地方の養蚕農家ならではの特徴となっている。

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土壁は維持が大変なので、現在は鉄板を張っている家もある
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土蔵は主屋に接続し、室内から出入りするタイプものが多い
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高台から眺めると、建物の密集具合が良く分かるというものだ


大杉集落は谷川が作り出した扇状地に立地しており、集落は谷間の奥にまで及んでいる。傾斜地には昔ながらの石積が築かれていて、山村集落としても凄く良い風情を醸している。

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石積の上に聳える養蚕農家のたたずまいが素晴らしい
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谷間の奥には棚田も築かれているが、現在は使われていないようだ
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軒先で唐辛子を干す光景を眺めたり、のんびりとした時間を過ごすことができた


とまぁ、巨大な三階建ての養蚕農家が建ち並ぶ大杉集落は、普通の集落にはない独特な風情と迫力があるものだ。とても小さな集落ではあるものの、他にはない町並みを見ることができて散策がとても楽しかった。

この大杉集落は但馬地方における養蚕集落の好例であるが、冒頭で述べた通り、養蚕集落は日本の各地に存在する。さてはて、他の地域にはどのような養蚕農家が残っているのだろう。

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絹産業を発展させた群馬県に残る六合赤岩集落

お次は群馬県の養蚕集落を訪ねてみたい。群馬県といえば明治初頭に富岡製糸場が築かれ、日本の絹産業を牽引してきた地域である。期待は大だ。

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日本初の本格的な器械製糸場として全国の模範となった富岡製糸場


今や世界遺産になった富岡製糸場を擁する群馬県の北西部、中之条町の六合(くに)地区に赤岩という養蚕集落が存在する。先ほどの大杉集落と同様、周囲を山によって囲まれた川沿いの山村である。ここまた、昔から養蚕が盛んであった。

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山の麓に家々が建ち並び、その下に畑が広がる赤岩集落。実に良いロケーションだ
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遠目からみるとやはり普通の集落……と思いきや、左下の家が存在感を放っている
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このような二階建ての主屋が赤岩集落における養蚕農家の典型のようだ


大杉集落の養蚕農家と比べて見た目がだいぶ違うものの、一階部分が居住スペースで二階部分が蚕室という点は共通だ。一見すると普通の古民家っぽい感じではあるが、よくよく見ると養蚕農家ならではの特徴が表れている。

印象的なのは二階の外側に備えられているベランダであるが、これは部屋いっぱいに蚕棚を並べるので室内には身動きするスペースが少なく、人が行き来する通り道として設けられているという。また天井の梁が外にせり出しているのだが、これは軒先を広げることで床面積を増やすための工夫だそうだ。

蚕室を少しでも広く利用するため、あれやこれやと考えるものですなぁ。

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通りに沿って、同じタイプの養蚕農家が並んでいる


これはこれで上品かつ機能的にまとまっていて良い感じではあるのだが、さすがに大杉集落の養蚕農家のようなインパクトは薄い感じだ。もっと、直感的にビビッとくるような養蚕農家はないだろうか。

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より迫力ある養蚕農家を求めて、良い感じの火の見櫓を横目に集落内を進む
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……ん? 生垣越しになにやら大きな建物が
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おぉ、この集落にも三階建ての養蚕農家があるではないか! カッコ良いぞ!


通りから奥まったところにあるので少々見え辛いのだが、まさしく三階建ての養蚕農家である。大杉集落のものとは入口の向きやベランダの有無などの違いはあるが、黄色い土壁といい、縦長の窓といい、共通点はかなりある。

この立派な湯本家住宅は江戸時代後期の文化3年(1806年)頃に二階建ての主屋として築かれ、明治30年(1897年)に三階部分を増築して現在の姿になったという。

湯本家は江戸時代から医者を務めており、幕末には蘭学者であった高野長英をかくまっていたそうだ。見た目がカッコ良いだけじゃなく、非常に歴史ある養蚕農家である。

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通りからは見にくいけど、この家もよくよく見ると……
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やっぱり! 三階建ての養蚕農家だ! デカいぞ!

先ほどの大杉集落は各家の敷地がそれほど広くなく、なおかつ生垣など敷地を仕切るものがなかったので主屋の姿が良く見えた。

一方でこちらの赤岩集落は敷地の奥行きが深く、通りからでは主屋が見えにくいのが珠に傷である。それでも注意深く目を凝らして見ると、シブカッコ良い養蚕農家が鎮座しているのだから、まったくもって侮れない。

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通りを歩いていると、主屋よりも土蔵の方が手前にあって良く目立つ
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ここも山村集落としての雰囲気が良く、未舗装の里道は情緒たっぷりだ
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集落の外れには茅葺屋根の仏堂もたたずんでいる

赤岩集落の養蚕農家は大杉集落ほどパッと見の分かりやすさは少ないものの、抑えるべきポイントを知っていれば発見と驚きがある。やや玄人向けではあることは否めないが、だからこそ垣間見れるシブさがキラりと光る、実に良い養蚕集落である。

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「突き上げ屋根」が連なる山梨県の小田原上条集落

三箇所目は山梨県甲州市の塩山地区にある小田原上条集落である。ここもまた昔から養蚕が行われてきた山村であるが、これまで見てきたものとは一味も二味も違った養蚕農家が密集しているという。さてはて、どんなものだろう。

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集落入口の駐車場から里道をテクテク歩いていくと、上条集落がその姿を現した
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……って、な、なんだ?! この集落の家々は!
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屋根の真ん中が持ち上がってるぞ! こんなの初めて見た!


この上条集落の養蚕農家は、屋根の中央をせり上げた、その名もズバリ「突き上げ屋根」であるのが特徴だ。蚕室である二階部分の日当たりと風通しを良くするためこのような形状になっているとのことで、江戸時代中期から昭和初期にかけて築かれた古民家が11棟現存している。

かつて塩山周辺にはこのような突き上げ屋根の養蚕農家が数多く存在したというが、今や群として残っているのはこの上条集落のみだそうだ。

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ほとんどの屋根が鉄板で覆われている中、茅葺のままの家もある
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集落で唯一、一般に公開されている家だ
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居室であった一階内部はこんな感じにキレイに整備されている
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蚕室だった二階内部。中央の突き上げ窓に加えて窓も開いているので屋根裏にも関わらず明るく風通しが良い
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いやはや、実に攻めた感じの屋根である


なんというか、見れば見るほど不思議な屋根だ。これまでの養蚕農家は窓や通風孔をたくさん開けたり、屋根の上に小さな腰屋根を設けていたりして、蚕室の換気を確保していた。

しかしながら上条集落を含む塩山地域ではそんなまどろっこしい小細工などせず、屋根の中央部分をガバッと持ち上げることで風の通りを良くしたのだ。物凄い力技ではあるものの、その突き抜けた豪快さは類を見ないタイプのカッコ良さである。

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比較的新しいと思われる主屋では腰屋根に変化している。こちらも悪くはないが、やはり突き上げ屋根のインパクトが強すぎる
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集落上段の突き当りには、数個の丸い石が祀られていた


塩山地域周辺では、このような丸い石を道祖神(集落の境界などに祀られる守り神)として祀るらしい。突き上げ屋根といい丸石信仰といい、ことごとく独創的な発想と感性に溢れた地域ではないか。素敵ですなぁ。

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この集落にも茅葺の仏堂がある。昔は集会所としても使われていたそうだ

 

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石川県の白峰集落に見る豪雪地帯の養蚕農家

最後は北陸、石川県の白山市にある白峰集落を見てみよう。古くより霊山として信仰を集めてきた白山の麓に位置する山村で、豊富な山林資源を活かした製炭業や焼き畑農業と共に、養蚕も古くから盛んに行われてきた。

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やってきた白峰集落。とても立派な町並みである
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集落の中心部には立派な家や寺社が建ち並んでいる


この白峰集落は標高約500m。白山への登山道の経路上に位置していることから、昔から大勢の参詣者で賑わっていたという。その目抜き通りには現在も旅館が多く、山村集落というよりは山間の町場といった雰囲気だ。

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比較的緩やかな勾配の屋根を持つ家が多い
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そして、屋根にはもれなくハシゴが掛かっている
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この民宿のハシゴが一番ワイルドで立派だった

北陸の豪雪地帯にある山村なだけあって、雪に対する備えがバッチリだ。屋根は雪が落ちやすい傾斜になっており、また雪下ろしのためのハシゴが常備されている。内部は積雪の加重に耐えられるように柱が密に立てられているので、必然的に窓の幅が細くなっているのも特徴的だ。

冬には積雪が2メートル以上にもなるとのことで、二階部分には「セド」と呼ばれる薪の搬入口も設けられている。一階部分が雪に埋もれることを前提とした設計なのである。いやはや、凄まじいものである。

白峰集落でもやはり一階が居住スペースであり、二階が蚕室として使われていたという。……が、その主屋は雪国ならではの特徴こそ目立つものの、肝心の養蚕農家ならではの特徴がやや薄い気がしないでもない。……と思っていたら、ここにもあった。

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三階建て養蚕農家である。土壁と板張のコントラストが素晴らしい!


これまで見てきた養蚕農家は換気のための窓が多かったが、こちらは開口部が少なくやや閉鎖的な印象だ。まぁ、標高の高い寒冷な土地にあるだけに、通気性よりも保温性の方が重要なのでしょう。

一見同じような建築に見えても、気候や環境によって色々な変化があるものだ。うーん、養蚕農家って奥が深い。

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こちらは三階建て養蚕農家を改装したカフェ。手前の下屋や庇を取り除けば、先ほどのものと似た形状になることがお分かりになるだろうか?
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白峰集落で印象的だったのが、この行勧寺の庫裏。イマドキ珍しい板葺の石置屋根で、しかも物見の望楼まで付いていてたまらなくカッコ良い!
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中心部から外れると家の規模はやや小さくなったが、土壁や板張は健在だ
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家屋を板で覆う雪囲いなど、ほとばしる雪国らしさにグッとくる
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なんか良いなぁ、という風景が多くて楽しい町並み歩きであった

多種多様に進化してきた養蚕農家

蚕というデリケートな生き物を飼う場所なだけあって、養蚕農家には実に多種多様な工夫が施されているものだ。蚕の基本的な飼育法に適合させつつも、地域の気候に合わせてカスタマイズされ、独自の形式に進化していった。

今回見た養蚕農家はいずれも規模が大きく、クオリティも高いモノばかりだ。家屋を取り囲む集落環境も良いところばかりで、古い町並みとしてもオススメである。

養蚕が廃れた現在、無駄に大きな家屋を維持していくのはとても大変なことだとは思うが、集落の歴史を物語る養蚕農家がいつまでも残っていってほしいものである。

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今やすっかり有名になった白川郷や五箇山の合掌造も、実は養蚕業で発展した建築だったりする。巨大養蚕農家の極みだ

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