森に住まう友人が言った。「春だからって地面から食べものがどんどん生えてくるの面白すぎる」と。
田舎で育った筆者にはわかる。だって、そろそろ祖母の家の裏山にタケノコを狩りに行かないと、タケノコが軒下から畳を突き破ってくる頃だ。タケノコは採るものではない。狩るもの。
勝手に生えてくるのに、人間がおいしく食べられる草を野草と呼ぶ。デイリーポータルZでは多くのライターが野草を食べてきたが、筆者と編集部の石川さんの2人で調べたところ、意外な食べ物がまだ作られていなかった。
ヨモギを練り込んだ、草餅である。
ヨモギ。言葉の響きだけだと風流だが、実はそこらへんに生えている。渋谷の歩道にも、品川の駅前にも。コンクリートブロックの隙間からでも逞しく生えてくるヨモギは、検索しようとするとサジェストに「駆除」と出てくるほど繁殖力が強い。
つまり、いまだコンクリートが大流行中の都会に済む筆者にも、摘んできたヨモギで草餅をDIYするチャンスがあるということだ。
とはいえ都内の路上に生えている草を食べるのは憚られる。
どうせなら美味そうなヨモギを摘みに行きたいものだと思い、春の陽気のある日、野草が青々と繁る河原に向かった。
担当の河川管理事務所に、ヨモギなどの野草を摘んでもいいでしょうかと尋ねたところ、「ハゲにしなければいいですよ」とのことであった。河川管理事務所の方ってやたら朗らかな方が多い気がするが、なぜだろう。
春の河原は食べ物でいっぱい
茎に赤い斑点と節があるのが特徴。葉をちぎるとねばねばする。
スギナがあるということは、あいつもいるはずだ。
食べられる草が所狭しと生えている。いつか死ぬほどお金に困っても、河原に来れば死なないんじゃないかというくらいに生えている。
河原のほとんどをスギナに占領されたらしく、肝心のヨモギの姿が見つからない。春の河原は野草の戦国時代だ。
ヨモギって、猛毒のトリカブトにそっくりなんでしょう?間違って獲っちゃわないか怖いわ〜とよく言われるが、ヨモギは裏側が白い毛で覆われているためすぐわかる。シルバニアファミリーと同じテクスチャ。
この日の気温は27℃。薄手のシャツでも汗をかく暑さだが、草むらの中はひんやりと涼しい。川を撫でるように風が吹き、草のいい匂いがする。
これは記事の趣旨とまったく関係のない発見だが、iPhoneのカメラを広角にして、背伸びしてなるべく高いところから撮ってもらうと、「戦闘で敗けて森に倒れる巨人」みたいな写真が撮れる。
脱線のかぎりを尽くしてしまったが、野草は豊作であった。
さっそく持ち帰って調理しよう。
ヨモギ餅の前に、ちょっと道草をくいます
スーパーで売っている野菜とちがい、野草には下処理に時間がかかるものがある。
ノビルはエシャロットのように生でも食べられる。筆者は生のネギがあまり得意ではないため、さっと湯掻いて酢味噌でいただいた。
ふつうに売られているネギと遜色なくおいしい。酒のアテにぴったりだ。
これが無料で大量に生えているのは、冷静に考えてちょっとおかしい。
ホタルイカは近所のスーパーで山積みに売られていて、こんなに獲ったら滅びてしまうのではと心配になりながら買ったもの。
イタドリの天ぷらは、揚げたては甘くて非常に美味しいが、冷めると独特の風味と渋みが出てくる。
ここで筆者おすすめのイタドリの食べ方をご紹介しよう。これなら野草が苦手な方でも、おいしく食べられるはずだ。
やや鈍い緑色になったところで、たっぷりの冷水にとり、そのまま一晩放置。時間はかかるが、そのまま食べるとエグ味と酸味が強いため、辛抱強く待とう。
単体だと食べづらい野草は、市販の野菜と組み合わせることで突然「口に入れやすく」なる。口の中で知っている味のヒントが与えられ続けるため、野趣溢れる味の野草が入っていても、違和感なく食べられるようになるという寸法だ。
さらにミョウガ、大葉などを好きなだけ入れて、出汁醤油を回しかけておく。
翌朝、水にさらしておいたイタドリを刻んで加えたら…
冷奴などに載せておいしいアレだ。キュウリの代わりにイタドリを、小ネギの代わりにノビルを入れたアレンジ品。
ネギのような香りのノビルも、出汁醤油に漬けられたナスもいい味を出している。
冷蔵庫に常駐させておきたいおいしさだ。野草の食べ方に困ったら、「だし」にしてしまうのがおすすめである。
暗黒ヨモギペーストにならないための、たった一つの方法
さて、肝心の草餅である。
野生のヨモギを捏ねてうどんを作ったことのある人に、どうやって生地に混ぜ込んだのか尋ねたことろ、「パリパリに乾燥させて、ミルで粉にした」とのことであった。
細かくはなるが、粉にはならない。
収穫して間もないため、ヨモギの水分が抜けていないことが原因であろう。
少し水を入れたらペースト状になるだろうか?
魔女の呪いみたいな見た目になってしまった。
どうやら手順が間違っている。
ヨモギは生のままかぐと菊のようだが、熱を加えた途端に、誰もがしる「あの香り」になる。
河原で無料でつんできた草が、こんなに美味しいお菓子になるなんて。大流行していないのは何故なんだ。人に配りたいくらい美味しい。
ちなみに…
春の河原はおいしい
最近、友人たちが一人また一人と野草食にハマっていく。以前は「webライターさんたちって、なんでみんなその辺の草食べてんだろ」と思っていたが、今ならその気持ちもわかる。歩き回って発見する楽しさと、ちょっとした冒険気分と、調理して味わうまでの面白さ。釣った魚を捌いて食べるのに近い。
このまま深みに入り込んだら、野草めあてに山に移住する日が来るかもしれない。そしていつかキノコを間違えて死ぬのだ。田舎の食中毒のニュースとはそういうふうに出来ているのだな、と心で理解した。
野草食に興味がある方、まだ虫の少ないこの季節がチャンスだ。Youtubeやネット記事に、野草の同定のしかたや調理方法は山ほど乗っているし、ツクシやイタドリなどの特徴的な野草はすぐに見つかる。もちろん慎重に情報収集した上で採集し、中毒や法律には注意する必要があるが、「その辺に生えているものを食べるなんて」という固定観念はすぐに吹き飛ぶはずだ。
春の河原は、そのくらいにおいしいもので満ちている。