文豪エッセイ 2021年11月23日

容貌

私の顔は、このごろまた、ひとまわり大きくなったようである。

もとから、小さい顔ではなかったが、このごろまた、ひとまわり大きくなった。美男子というものは、顔が小さくきちんとまとまっているものである。

1909年青森県生まれ。1930年上京。



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顔の非常に大きい美男子というのは、あまり実例が無いように思われる。想像する事も、むずかしい。顔の大きい人は、すべてを素直にあきらめて、「立派」あるいは「荘厳」あるいは「盛観」という事を心掛けるより他に仕様がないようである。

濱口雄幸氏は、非常に顔の大きい人であった。やはり美男子ではなかった。けれども、盛観であった。荘厳でさえへあった。容貌に就いては、ひそかに修養した事もあったであろうと思われる。私も、こうなれば、濱口氏になるように修養するより他は無いと思っている。

顔が大きくなると、よっぽど気をつけなければ、人に傲慢と誤解される。大きいつらをしやがって、いったい、なんだと思っているんだ等と、不慮の攻撃を受ける事もあるものである。

先日、私は新宿の或る店へはいって、ひとりでビールを飲んでいたら、女の子が呼びもしないのに傍へ寄って来て、
「あんたは、屋根裏の哲人みたいだね。ばかに偉そうにしているが、女には、もてませんね。きざに、芸術家気取りをしたって、だめだよ。夢を捨てる事だね。歌わざる詩人かね。よう! ようだ! あんたは偉いよ。こんなところへ来るにはね、まず歯医者にひとつき通ってから、おいでなさいだ。」
と、ひどい事を言った。私の歯は、ぼろぼろに欠けているのである。私は返事に窮して、お勘定をたのんだ。さすがに、それから五、六日、外出したくなかった。静かに家で読書した。

鼻が赤くならなければいいが、とも思っている。

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注:

濱口雄幸(はまぐちおさち):
1929年(昭和4年)~1931年(昭和6年)の総理大臣。ニックネームはライオン宰相。

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ビール瓶の写真はFreepik - jp.freepik.com によって作成された party 写真 

この作品は青空文庫収録「容貌」(太宰治)を元に、旧かな遣い・旧漢字を変更しデイリーポータルZのレイアウトで読みやすいように改行を追加しました。
元の青空文庫の情報
底本:「太宰治全集11」筑摩書房
   1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「博浪沙 第六巻第六号」
   1941(昭和16)年6月5日発行
入力:小林繁雄
校正:阿部哲也
2011年10月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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