優しい味というものに予想以上の幅があることがわかった。もっともっと研究すれば、どんな食べ物を優しいと感じるかで、その人の考えていることや、普段の生活までもわかってくるのではないか。
そこまで行かずとも、今回みたいに何人かで集まって「俺の思う優しいメシはこれだ!」と、優しさをぶつけ合うバトルをしてみると、とても愉快で優しい一日になるのでおすすめです!
ご当地の美味しいものが紹介される旅番組などで、出演者が何か食べて「うわー!優しいですねー」とコメントすることがある。
自分もたまに食べ物の味を表現しようとして「優しさを感じる味だ」などと書いている。友達と食事していてそういう言葉を使うこともある。
しかし優しい味ってなんなんだ。「しょっぱい」「酸っぱい」「甘い」に比べた時の「優しい」のぼんやり加減よ。今回、人それぞれが思う「優しい味」を検証してみることで、その味の正体に迫ってみることにした。
優しい味がどんなものなのかを知るためには、誰かが優しい味だと評した食べ物を食べてみるのが一番手っ取り早いはずだ。
そこで友人に協力を仰いだ。大阪を舞台にした人情グルメ漫画『ナニワめし暮らし』の作者である、マンガ家のはたのさとしさん。
デイリーポータルZの取材では何度もお世話になっている大阪のミニコミ専門書店「シカク」の店長・たけしげみゆきさん。
私の飲み仲間であり、酒に関する情報収集力には他人を呆れさせるほどのものがある山琴ヤマコさん。
この三人にそれぞれが思う「優しい味のメシ」を提案してもらった。そしてそれを事前に私が食べに行き、その上で、みんなで居酒屋に集まって語り合い、優しい味とはなんなのかを考えていこうという計画だ。
まずは私を含め4人が集まって乾杯したところで、各自が提案してくれた優しい味のグルメを紹介していきたい。
まずは、はたのさとしさんが提案してくれた「梅田の阪神デパートのイカ焼き」だ。正式には「阪神名物 いか焼き」という商品名で、大阪駅に直結する阪神梅田本店の地下1階、スナックパーク内の店舗で販売されている。
スナックパークは、デパ地下のフードコートみたいな空間で、たこ焼き、ラーメン、寿司、天丼と、その他にも様々な軽食を提供する店舗が立ち並び、敷地内のテーブルで立ったまま飲み食いできるようになっている。
その一角に「阪神名物 いか焼き」がある。昭和32年からこの阪神地下で愛されている味だという。今も大人気。列に並んで買ってみる。
ものすごいスピードで商品が提供されていくので列の進みは早い。お客さんにはこの場で食べていく人もいれば、「いか焼き10枚!」みたいな感じで複数購入して持ち帰る人もいた。
これがいか焼きである。
これが一番オーソドックスなメニューで、このいか焼きに玉子が加わった「デラバン」や、そこにさらにネギを加えて醤油ダレで仕上げた「和風デラ」などがある。見ての通り、上にこってりソースが塗られているでもなく、なんというか、あっさりした見た目だ。
なるほど、これは優しいと言えるかもしれない。私の思う優しい味とはまた違うのだが、とにかく強烈な味わいという感じではなく、食べ終えた後、もう1枚買ってもよかったなと思わせるような。
いか焼きを推した理由についてはたのさんに聞いてみよう。
――はたのさんはいか焼きのどんなところに優しさを感じるんでしょうか?
はたのさん「マンガの中でも取り上げていて、最初は取材で食べたんですけど、粉ものっていうとたこ焼きとかお好み焼きとか、ソースのがっつり効いたものが多いイメージがあったんです。それが、いか焼きはソースの感じも弱いし、一口目がふにゃふにゃして頼りないんです(笑)でも噛めば噛むほどダシの味わいが出てくる」
――たしかに、ふにゃっとした中にイカの歯ごたえがあるような感じですよね。すごく自分にとっては意外なタイプの優しい味でした。
はたのさん「最初に食べた時は『なにこれ!やさしっ!』と思ってびっくりしました。パンチ力は弱めだけど、深い美味しさがあるんですよ。でも美味しさの説明はしづらい」
――本当ですね。クリーミー!とかスパイシー!とかと違ってどんな言葉を使えばあの味を伝えられるかと考えると難しい。だから「優しい」っていう表現になるのかな。
はたのさん「たこ焼きよりもうちょっとライトなおやつみたいな感覚なのかなと思うんですよね。店の横のテーブルで上品な格好をしたマダムもあれをパクパク食べていて印象深かったです。日常の中で食べている」
さて次だ。たけしげみゆきさんが推薦してくれたのは、ドムドムハンバーガーの「厚焼きたまごバーガー」である。
日本初のハンバーガーチェーンとして、1970年の誕生以来、根強いファンを持ち続けているドムドムハンバーガー。「厚焼きたまごバーガー」は、2017年12月から販売されている比較的新しいメニューだ。
ドムドムハンバーガー 湊川店にやって来た。
外の広告でもデカデカと紹介されているぐらいなので、ドムドムハンバーガーとしても力を入れているメニューみたいだ。
店内に入り、注文して待つことしばし、店員さんがテーブルまで運んできてくれた。
早速その優しさにかぶりつきたいところだが、これがなかなかにアツアツなのだ。注文が入る度に厨房で焼いて提供しているそうで、それゆえのホットさ。食べられるまでちょっと待つ必要があるぐらいである。
パンに玉子焼きを挟んだバーガーがまさか優しい味だとは思わなかったが、なるほどこれも優しいものである気がする。ダシだ。ダシがかなり効いている。甘みがあってほどよい塩加減で、それに食感がすごい、玉子がプルプル揺れるほどに柔らかい。どうやってこんな状態に作っているんだろうかと不思議になってくるぐらいだ。
これを薦めてくれたたけしげさんに話を聞こう。
――せっかくハンバーガー屋さんに行くのに、肉が挟まってないものを食べるっていうのはちょっと損じゃないかっていう気持ちだったんですが、あれ、すごく美味しいですね!
たけしげさん「でしょう!あの玉子の柔らかさ、ヤバくないですか?ダシを含み過ぎてて、半分液体みたいになってるんですよ」
――初めて食べたのはいつだったんでしょうか?
たけしげさん「ドムドムハンバーガーマニアの友達が、みんなで集まるパーティーに色々なメニューを買って持ってきてくれたんです。珍しいものもあったのでちょっとずつもらって食べていたら、『厚焼き玉子バーガー」が一番美味しかったんです」
――あれはどんな優しさなんでしょうね?
たけしげさん「ギャップもあると思うんですよ。ハンバーガーって濃いめの味付けのものが多いじゃないですか。その中であの味っていうので、優しさが際立つのかも。ちょっと地味だし。色んな人に『マジで美味しいから食べて!』って言ってるんですけど、みんな反応が薄いんですよ(笑)他に似たものがない味だと思うんですけどね」
山琴ヤマコさんが推薦してくれたのは神戸の歓楽街・新開地にある「赤ひげ」という居酒屋の「穴子天」である。ただ、そのまま注文するのではなく、「穴子天をダシでお願いします」ということで、おでんダシをかけてもらうことができるのだとか。
雰囲気のある居酒屋である。昼下がりから大賑わいだ。
店員さんに「穴子天をダシでー」と伝える時、めちゃくちゃ緊張した。裏メニューをいきなり頼むやつ、みたいな感じになってないだろうかと。しかし、オーダーは無事通り、しばらくしてダシの中に穴子天が入ったものが運ばれてきた。
甘みを感じる上品なダシ。衣がそのダシを吸ってふわふわしている上に穴子がまた柔らかい。これは完全に優しい。事前に私がイメージしていた優しさに一番近い気がする。添えられたレモンを絞ると、また一段とダシの旨みが際立って感じられる。
山琴ヤマコさんに、この優しさについて説明してもらった。
――穴子天にダシ、最高の組み合わせでした。
山琴さん「僕が思ったのは、パッとそれだけを食べて感じる優しさというよりも、新開地の色んな店でハシゴ酒をして、締めに何か食べたいと思った時にちょうどいい優しさなんですよね」
――なるほど最後にたどり着くからこそ、より強く感じられる優しさなんですね。
山琴さん「ラーメンやうどんでは重い、かといって茶漬けじゃ物足りない、という時ありますよね。そこにピッタリくるというか。穴子はふわふわで、苦味もないし、それを衣が包んでクッション化されている。あのレモンは季節によって柚子になったりもします。アジやイワシの天ぷらでは苦味がちょっと強くて、ちくわも違う。優しさという点では穴子天がベストじゃないかと」
三人が思う「優しい味」を味わってみて、どれも確かに優しさを感じるものだったけど、それぞれ方向性が違うようにも思えた。改めてみんなで優しい味について話し合ってみる。
――味覚に対して使う「優しい」っていう表現はかなりアバウトというか、意味が広いですよね。はたのさんはマンガの中で味について「優しい」という表現を使うことはありますか?
はたのさん「使ってますね。でも今回、優しいメシを教えて欲しいと言われてすごく悩みました。表現としてよく使うのに、いざどれが?と言われると難しい。僕としては、辛くも甘くもないとか、オンとオフの中間という感じとか、口当たりが優しいっていう感じでとらえているのかなと思いました」
山琴さん「僕は最初に『優しい』を辞書で調べてみたんですけど、穏やかで好感がもてる、親切、上品、心があたたかい、とか調べれば調べるほどそれがどんな味なのかわからなくなるんですよ(笑)」
たけしげさん「優しい味の反対ってなんだろうって思うとわからなくて。厳しい味じゃないですよね?」
――ジャンクな味とかチープな味わいとかなのかな。
たけしげさん「あー。でもそういうものが優しく思える時もありそう」
山琴さん「自分の状態にもよりませんか?胃腸が弱ってる時、気持ちが弱ってる時だと優しく感じるとか」
はたのさん「山琴さんの穴子天なんかまさにそうですけど、飲んだ後の締めの一品って全般的に優しくないですか?」
――あ、でも、私の友人で、しこたま飲んだ帰りに24時間やってるマクドナルドでビッグマックをどうしても食べてしまうっていう人がいます。
たけしげさん「飲んだ末に優しさにたどりつくんじゃなくて、最後にバーンとビンタされて終わりたいっていう人もいるんでしょうね」
――辛い物が食べたいとかギトギトしたラーメンを食べて終わりたい人もいますもんね。みんなが優しさにたどり着きたいわけでもないのかな。
山琴さん「薄味な方向性で優しいという捉え方もあれば、ばあちゃんが作ってくれた思い出の味、っていう優しさもあるんじゃないでしょうか」
――なるほど、お母さんの作るケチャップたっぷりのナポリタンが優しい味に感じられるとか。色々あるなー。
たけしげさん「最近、飲んだ後とか二日酔い気味の時にポカリスエットを飲むんですけど、ポカリスエットも優しいんですよ。五臓六腑にしみわたる。二日酔いの時は、水よりも優しいです」
山琴さん「それでいうと、白湯って優しくないですか?」
はたのさん「ははは、もう味ないじゃないですか!」
――優しさを突き詰めていくと白湯まで行くのかー!
たけしげさん「お茶っ葉を急須に入れて、何回か使った後の出がらしの薄いの、あれは優しいですね」
――お茶の名がつくものでいうと昆布茶とかダシ茶みたいなのも優しいですねー。
山琴さん「うんうん。ダシはやっぱり一つポイントでしょうね。後からじわっと感じる旨みっていうのが重要な部分なんですかね」
はたのさん「あとはやわやわな食感と、温度とか」
たけしげさん「『いきなり顔にぶつけられてもあんまり嫌じゃないもの』っていうことになってくるんじゃないですか?」
――ははは。穴子天とかぶつけられたら嫌だけどなー!
はたのさん「いや、白湯やったらありですもんね」
たけしげさん「そうです。私たち毎日シャワー浴びてるじゃないですか」
――シャワーって白湯なんだ!?
はたのさん「つい先日、鳥取に取材に行ったんです。取材とは別件で、案内役をしてくれた方がすごいラーメン屋があると教えてくれて。『ホットエアー』っていう、もともと中古車の販売業会社なんですけど、店主がラーメンが好きで自分で作って、ミシュランにも載ったっていうお店なんです」
――すごい!そんな店があるんですか。
はたのさん「化学調味料は一切使ってなくて、常に研究途中だから味も変わっていくっていう。ものすごいこだわりなんです。それを食べさせてもらったんですけど、一口目が物凄くあっさりなんですよ!」
はたのさん「具材と麺が別々に来て、ダシの味だけを本当に味わってもらうには具材をよける必要があると。そこまでしてるんですが、優しいというだけでなく、深みがあるというか。最初はわからなかったダシの味が後からすごくくるんですよ。食べ終わると物足りなさは全然ない。その店主がよくお客さんに『味が薄い』って言われるらしいんですけど、『うちほど濃いラーメンはない』って言っていて、深みのある優しさというのがあるんだなって感動したんですけど」
たけしげさん「えー食べてみたい」
――優しさを研ぎ澄ますと濃くなっていくっていうことなんですかね。でも逆にというか、夜中に食べる袋麺も優しいんだよな……。
はたのさん「チキンラーメンも優しいですもんね(笑)麺やわやわの」
――「優しい味」って言葉の意味が広すぎますね。「美味しい」ぐらい広い。もうだめだ、わからなくなってきました
たけしげさん「優しさは相対的なものなんじゃないでしょうか。ジャンクなものが優しく感じる時もあるし、例えば減塩の食べ物って体にとっては優しいはずだけど、物足りなかったりしますもんね」
はたのさん「うちで子どもの離乳食を工夫して作っていたときに、それをベースにして大人のご飯も作ってたんですけど、味がめっちゃ薄くて(笑)」
――優しさとは相対的なものか……名言っぽい。これが優しい!って決まってるものじゃなく、もっとぬるぬるして捉えどころのないものなのだということですね。
山琴さん「白湯を優しく感じない時もある」
たけしげさん「コーラの方が優しい時もある」
はたのさん「ということは、『ベストオブ優しい味』を決めるって難しいことというか、無理なんですね」
山琴さん「強いて言えば白湯……」
たけしげさん「あと、さっきのはたのさんの離乳食もそうだけど、赤ちゃんが食べられるものって優しいですよね」
はたのさん「たまごボーロとか。確かにあれはぶつけられても嫌じゃないかも(笑)」
――優しい豆まきみたいな感じですね。
たけしげさん「あとは母乳とか……」
――ははは。これだけがんばって話し合って作ったランキングが「1位 白湯、2位 母乳、3位 たまごボーロ」っていうのは、どうなんでしょうか。
とにかく、優しさは相対的なものであり、その時々の状況、健康状態などによって繊細に変化するらしいことだけは確実にわかった。
楽しい宴の後、私が思う優しいメシの筆頭である「揚子江ラーメン」をみんなで締めに食べに行くことにした。
「揚子江ラーメン」は大阪発祥の創業50年以上になるラーメン店で、透明度の高いあっさりしたスープが特徴。梅田に総本店があり、のれん分け店が近隣エリアに点在している。
今回は「揚子江ラーメン 名門」にやってきた。
全員カウンターに並んで700円のラーメンを注文。
丼の底まで見える透き通ったスープよ。「揚子江飯店」という中華料理店が前進で、そこで出されていた中華スープがベースになっているという。一口飲むと、なんだろう、薄味だが、奥にダシの旨みの層があって、やっぱりどうしても「優しい」と表現したくなる。
麺は細めで柔らかく、菊菜とチャーシューともやしとネギと、具材はシンプル。店舗によっては「菊菜」のかわりに「水菜」が使われていたりする。卓上のフライドオニオンを少し加えると、スープのシンプルな旨みがより強く感じられる。
たけしげさん「香りまで優しいですもんね」
山琴さん「雑味がない。また菊菜が絶妙な存在感で」
はたのさん「少なくとも今夜はこれが一位ですね……」
優しい味というものに予想以上の幅があることがわかった。もっともっと研究すれば、どんな食べ物を優しいと感じるかで、その人の考えていることや、普段の生活までもわかってくるのではないか。
そこまで行かずとも、今回みたいに何人かで集まって「俺の思う優しいメシはこれだ!」と、優しさをぶつけ合うバトルをしてみると、とても愉快で優しい一日になるのでおすすめです!
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |