特集 2020年6月30日

市街地に囲まれた田んぼはどこから水を引いているのか

市街地に囲まれた田んぼの水は、いったいどこから引いているのだろう

 田植えの季節である。乾き切っていた田んぼに水が引かれ、美しい水鏡が次々と蘇っている。

 初夏の風物詩というべきその風景を眺めているうちにふと思った。この田んぼの水は、いったいどこから引いているのだろう。

1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー)

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住宅街に囲まれた谷間の水田

私が住んでいる綾瀬市を含む神奈川県の中央部には、地下水位が低く水の便が悪い相模野台地が広がっている。なので低地が多い地域ほど水田は多くないものの、それでも幾筋かの川が作り出した谷筋に沿って田んぼが存在する。

近年はベッドタウンとしての開発が進み、また米の需要減少にともない果樹園や貸し農園などへの転作も多く、水田の面積はかなり減っている。それでも今もなお、地元の農家によって稲作が続けられている。

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田起こしした水田に、水が入れ始められていた
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水路を土嚢で堰き止めて水を引き込んでおり、なかなかワイルドだ

私は日本中に散らばっている古いモノ巡りをライフワークとしている。その守備範囲には昔ながらの風情を残す棚田や荘園も含まれており、これまでいろいろな水田を目にしてきた。そのうちのいくつかは水源までたどっている。

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東日本を代表する棚田のひとつ、長野県の「姨捨(おばすて)の棚田」では――
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背後の千曲高原から湧き出る水を溜めて利用している
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西日本を代表する棚田のひとつ、佐賀県「蕨野(わらびの)の棚田」もまた――
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八幡岳の中腹に複数の溜池を築いて水を引いている
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飛鳥時代の中心地であった奈良県の明日香村に連なる「稲渕の棚田」は――
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飛鳥川の上流に堰を設け、手掘りの水路で棚田に導水している

――とまぁ、これまで私が見てきた昔ながらの水田は、山の上に溜池を築いて水を引くか、あるいは川に設けた堰から水を引くかの二種類に分けられた。

しかしながら、私の身近にある水田には溜池を築けるような場所はないし、川に堰のような取水施設があったような記憶もない。果たして、この田んぼはどこから水を引いているのだろう。

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フツーに考えれば、側を流れる川からなのだろうが……堰なんてあっただろうか

ケース1:比留川(ひるかわ)沿いの水田

というワケで私の家の近く、神奈川県綾瀬市を流れる比留川の流域に連なる田んぼの取水地を探してみることにした。

私は2013年に書いた記事「近所のドブ川を源流まで遡る」において、この比留川を水源までたどっている。しかしその時には堰の類など見かけなかった気がするし、どこから水を引き込んでいるのか、まったくもって想像がつかない。

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とにもかくにも、水路をたどってみよう。行けば分かるさ
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水路から田んぼへ流れる水の音が心地良い
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直進してきた水路は、道路にぶつかると90度曲がり――
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より幅の広い水路にたどり着いた
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ここで水を堰き止め、一帯に張り巡らされた支線へと水を送っているのだ

なるほど、水田の中央部に大動脈のごとき幹線水路を通し、その所々に設けた水門から毛細血管のような支線を伸ばし、それぞれの田んぼへと水を供給する。それがこの地区における水利システムの基本のようだ。すなわちこの幹線水路を遡っていけば、いずれは水源にたどり着くはずである。

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なのでこの幹線路に沿って進むのだが……

水路を遡っていくとそれまで存在した水田は見られなくなり、辺りは畑ばかりとなった。かつてはこの一帯にも水田が広がっていたのだろうが、現在は土を盛って畑にしているのだ。

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この区画は家庭菜園用の貸し農園として利用されている
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神奈川県は気候が温暖であり、最近はオリーブ栽培がトレンドらしい
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畑は水路から水を引く必要がなく、水門の扉も撤去されている

私は水田が広がる風景が好きなので、雑多な印象の畑が増えるのは少々複雑な気持ちである。だが農家としては、米しか作ることができない水田よりも、需要の変動に応じて作物を変えられる畑の方が都合が良いのだろう。

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経年劣化で鉄筋が見える部分がある一方、最近補修された部分もある

そう遠くないうちにすべての水田が畑になり、この水路も使われなくなるのかなと思ったが、よくよく見ると補修の手が加わっている部分もある。まだ水路を使い続けていこうという意思が感じられ、少しばかり安心した。

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ほどなくして、水路は二手に分岐した

水量を見るに現在は右の水路がメインのようで、左はサブ的な位置付けのようだ。ここでは便宜的に右の水路を東幹線、左を西幹線と呼ぶことにする。

田んぼの面積が減った現在は東幹線だけでも十分に水を賄えそうな感じであるが、かつてはこの2本の水路を最大限に活用して水をやりくりしていたのであろう。

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水量の多い東幹線をたどっていくと、水路は地下へ――
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ここからは暗渠となり、車道の下を通っていく
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暗渠のところどころには格子蓋が設けられており――
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中を覗いてみると、ちゃんと水が流れており水路が続いていることが確認できた

以降、東幹線は完全に暗渠と化し、水路が地表に現れることはなくなる。道路の道筋と一致しているのでルートを追うことは簡単なのだが、いささか景観の変化に乏しいことは否めない。

ひとまず東幹線は置いといて、現在も開渠のままである西幹線を見てみよう。

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先ほどの分岐点から西幹線をたどっていくと、その先には土塁のようなものが
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近年築かれた広大な遊水地が行く手を阻んでいた

数年前まではこの一帯にも水田が広がっていたのだが、耕作放棄地が増えてきたためか、最近になって巨大な遊水地が整備された。

本来、田んぼは水を溜め込むダムのような機能を持っているが、稲作が行われなくなり荒れ地となっていたらその役目もままならない。

この比留川は水源から河口までの距離が短く、なおかつ住宅街が多くて森林が少ないため雨が降ったら急激に増水してしまう。水害対策のため貯水に特化した遊水地として整備せざるを得なかったのだろう。

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遊水地を迂回するように付け替えられた西幹線は、道路下の東幹線と接近する
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遊水地エリアを越えると、再び水田が見られるようになった

この水田では東幹線から取水し、余った水を西幹線へと排出している。道路の下の暗渠からどうやって水を引くのかと思ったが、これがなかなかに不思議な光景であった。

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道路の下から突き出たパイプから水が出ているのだ
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水田一枚一枚に設けられているこのポールのようなものは――
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水路のバルブを開閉するためのハンドルである

道路の下に水路が通っているという事実を知っていないと、まるで周囲の住宅から出てきた排水のように見えてしまうことだろう。宅地開発や道路整備とのせめぎ合いの中、かろうじて生き長らえている灌漑用水ならではの光景である。

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西幹線はいまだ地上に出ているが、かなり細くなってきた印象だ
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周囲に水田がなくなり、徐々に水路をたどるのが困難になっていく
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その先に回り込むと……あれ、水、なくなっちゃった

この西幹線、少し手前までは結構な量の水を湛えていたにも関わらず、ここにきていきなり水がなくなってしまった。この先は新興の住宅街に埋没しており、完全に途絶えている。

どうやら西幹線をたどることができるのはここまでのようで、取水地に直接繋がっているのは東幹線らしい。

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西幹線が途絶えた付近の東幹線、格子蓋があったので覗き込んでみると……
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いちおう水はあるが流れておらず、私の姿が反射して見える

これはいったいどういうことだろう。西幹線から水がなくなり、東幹線もまたしかり。先ほどまで水路を満たしていた水は、いったいどこから来ているというのか。私が見落としていただけで、別の水路が合流していたりするのだろうか。

しばらく水路をうろうろしてみたのだが、他の水路が流入しているような箇所はどこにもない。すっかり水の流れをたどれなくなってしまい、私は完全にお手上げ状態となった。

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困ったなぁと思っていると、田植えをしているおじいさんがいた

実際に水路を利用している農家の方なら知っているだろう。私は作業の合間を見計らっておじいさんに「こんにちは」と声を掛け、「この田んぼで使ってる水は、どこから引いているんですか?」と聞いてみた。するとおじいさんは「川からだよ」と簡潔に教えてくれた。

えっ、東幹線も西幹線も比留川に繋がっているようには見えなかったのだけど……。不思議に思った私は「どの辺りで水を取っているんですか?」と尋ねると、「この少し先にポンプがあるんだ」とのお答えである。

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その場所に行ってみると、確かにポンプ場らしき施設があった

これが農業用水の取水施設なのか? 私が写真を撮っていると、別のおじさんが原付バイクでブロロロとやってきて、ポンプ下の様子を覗き込んでいた。

私はそのおじさんに「ここから田んぼの水を引いているんですか?」と聞くと、「そうそう、このポンプで水を汲み上げて水路に流してるんだよ」という。

さらに話をうかがうと、今年は水が少なくてなかなか田植えができず、1日に何度も様子を見に来ているらしい。本当は2基のポンプを動かさなければならないのだけど、川の水が少なくて1基しか動かせないとのこと。

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確かに2本のホースのうち、水を吸い上げているのは1本だけのようだ

いやはや、まさかこれが田んぼの取水口だったとは。実を言うと、前述の比留川を遡った記事の中で、私はこのポンプ施設を目にしていた。しかしその時は近くにある工場で使う水を汲んでると思い込んでおり、農業用のポンプだとは考えもしなかった。

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ポンプで吸い上げた川の水は、パイプを通して暗渠の東幹線に流している
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なかなかにややこしいが、水の流れを図解するとこんな感じである

それにしても、農業用水の取水施設にしてはあまりに簡易的すぎやしないだろうか。なんせ堰すら存在せず、ただ川底からポンプで水を汲み上げているだけである。

どうやらこれは水田が減少した現代に築かれたもののようで、昔は違う場所から水を引いていたようである。かつての取水口を知るべく、東幹線の暗渠をさらにたどってみよう。

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完全に住宅街となった中、東幹線が通る道路を進んでいくと――
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その先で比留川の支流に出た。昔はここが取水口だったようだ

というワケで、比留川沿いに連なる田んぼの水は、昔は支流の小川を堰き止めて取水していたが、現在は比留川からポンプで吸い上げている、という結論が出た。

なんていうか、あまりに妥当というか、まぁそうだよなという結果である。しかし水田よりも低い位置を流れる川から水を取っているとは思っていなかったので、個人的には結構意外であった。

とはいえ、これはほんの一例に過ぎない。近隣地域を流れている他の川沿いに存在する田んぼはどこから水を引いているのか、もう少し調べてみることにしよう。

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ケース2:引地川(ひきじがわ)沿いの水田

お次は綾瀬市に隣接する大和市と藤沢市を流れる引地川である。こちらもまた相模野台地を流れる川が作り出した谷間という地形であるが、綾瀬市よりもさらに市街地化が進んでいる地域なだけに、どこを水源とするのか気になるところだ。

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川沿いの低地に水田が存在するが耕作放棄地もあり、周囲は開発が進んでいる
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田んぼに水を供給しているのはこの水路だ。さぁ、たどろう!
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谷間の端、斜面の裾に沿って水路が続いている
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水路は耕作地と住宅地の境でもあるのだと、たどってみて初めて分かった

この辺りもまた土盛りして畑に転用している箇所が多く、特に栗やブドウ、梨といった果樹園が多い印象だ。

とはいえ水田の作付け面積はそれなりにあり、水路が暗渠と化している区間も少ない。所々に情緒ある景色を目にすることもでき、思っていたよりも良い感じの田園地帯である。

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水路はもちろん、畝もコンクリートで整備されており、カチッとした印象だ
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ここもまた、あちらこちらからせせらぎが聞こえてきて癒される
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水路のバルブを開閉するハンドル、手作りだが完成度は高い

 

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水の勢いを殺す板とか、なかなかにグッとくる

身近な場所にある田んぼとはいえ、改めて散策してみると結構な発見があるものだ。風景を満喫しながら水路をたどっていると、ふと横から突き出たコンクリート管から結構な量の水が出ていることに気が付いた。

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コンクリート管から出た水が水路へと流れ込んでいる
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排水の類ではなく、かなりキレイな水である

よくよく見ると、側には水を汲むためと思わしき首を切ったペットボトルや、何かを洗うためのブラシなども置かれている。さらには軽トラに乗ったおじさんがやってきて、荷台に乗せたタンクにこの水を汲み始めたではないか。

私は驚き、思わずおじさんに「これキレイな水なんですか?」と聞いてみた。おじさんは何食わぬ顔で「うん、これは湧き水なんだよ」という。さすがに飲用はできないようだが、顔を洗うくらいなら問題なさそうな感じである。

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水が流れてくる元をたどってみると、木々が生い茂る斜面があった
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ちょっと気になったのでその上に行ってみると、神社が鎮座していた

なるほど、どうやら谷の斜面から湧き出しているようである。ハッキリとした水源は特定できなかったものの、神社が祀られていることからも、昔から水源地として大切にされてきたのだろう。

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再び田んぼに戻り、水路を遡る。辺りはますます宅地化が進んできた

斜面をコンクリートで固めて家を建てており、しかもベランダがせり出している。まるで要塞みたいでなかなかの迫力だ。市街地の中にある水田ならではの光景である。

水路はそのままコンクリの壁に沿って続いているのかと思いきや、その途中で突然左に折れ、引地川の方へと進みだした。

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水路は斜面に沿って進むのかと思いきや、ここで突然左に曲がる
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そのまま川へ向かって一直線に進んでいった
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その先に建つ、あの施設は――
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ポンプ場だ! すごい勢いで水がドバドバ出ているぞ
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引地川をゴム布のチューブで堰き止め、ポンプで汲み上げているのだ

まぎれもなく、ここが取水口である。引地川沿いの水田もまた、川から水を汲み上げているのだ。

ただ、ここは水田が広がる平地の中央付近と、取水口としては少し違和感がある立地である。ポンプで汲み上げた水を一旦上流方向へと流し、それから下流へ続く水路へ流しているのだ。あまりスムーズとはいえない、やや不自然な導線である。

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水の流れを図解するとこんな感じ。取水した水を一度上流へ送っている
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特にポンプ場近くは水路が複雑に入り組み迷路のようだ
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ちなみに、水の流れはこうである

  ポンプ場も水路もそれほど古いもののようには見えず、おそらく、この取水口は後から築かれたものだろう。比留川と同様、水田が拓かれた当初は別の場所から取水していたのではないだろうか。

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かつては、この斜面に沿って水路が続いていたに違いない
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その先は住宅街になっているが、水路の跡と思わしき排水溝が続いていた

この幅といい、斜面沿いの道筋といい、まさに水路の跡という感じである。しかしながら、この先は完全に住宅地に飲み込まれていて道筋が追うことが困難となり、結局、昔の取水口の位置はちょっと分からなかった。

――とまぁ、引地川沿いの水田もまた川から水を汲み上げているという結果であった。しかも比留川のように簡易的な施設ではなく、ちゃんとした堰を伴う取水口である。

うーむ、やはりこの辺りの田んぼは、どこも川の水を使っているものなのだろうか。

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ケース3:目久尻川(めくじりがわ)沿いの水田

お次に調べるのは、藤沢市や綾瀬市などを流れる目久尻川である。比留川が準用河川、引地川が二級河川であるのに対し、この目久尻川は神奈川県の大部分の水道水を取水している相模川の支流であり、堂々たる一級河川だ。

だからかというワケでもないのだろうが、その周囲に広がる水田はこれまで以上に広大なものである。

 

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目久尻川の田んぼってこんなに広かったのか
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転作地や耕作放棄地も少なく、かなりの規模の稲作が続けられている

目久尻川沿いに広がる水田はその広さにも驚かされたが、それ以上にビックリしたのが田んぼの間を通る水路である。なんと、コンクリート等で整備されておらず、土を掘っただけのものなのだ。

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鍬で溝を切っただけのような、昔ながらの水路である
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土がむき出しなので、ザリガニなどの生き物もたくさんいる

いやはや、まるでビオトープのようではないか。河川や水路をカッチリ護岸して水害を防ぐのが常識となっている現代において、このような自然に近い水辺環境は希少だろう。

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大きな水路はさすがに護岸されているが、アジサイなどの植生で景観を整えている
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他にも水路の下を潜って水を引くサイフォンや――
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水草が渦を巻く排水パイプなど、いちいち目を引くモノが多い

思いのほか素晴らしい水田の風景に、ついつい足を止めて魅入ってしまった。いかんいかん、本題はこの田んぼの水がどこからきているのかということである。早く水路をたどらねば。

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ここでも取水用の水路は斜面の縁に沿って続いている
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このような風景を見ると、やはり日本は水の国だと実感できるものだ
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水路は木々が生い茂る斜面へと向かうのだが……
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そこでは斜面から溢れた水が水路へと注いでいた
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なんと、ここは水が湧き出る水源地なのである

この湧き水は完全に不意打ちであった。木々が茂る斜面から水が出ているのを見て、思わず「うぉ」と声を上げてしまったほどだ。比較的近いところに住んでいたにも関わらず、このような場所に湧き水があったとは、全くもって知らなかった。だって、フツーに住宅街の近くですよ、ここ。

この辺りは相模野台地の南端付近であることから(だから比較的開けており、水田も広い)水脈が地表に近くなっており、目久尻川によって浸食された地層の隙間から水が溢れているのだろう。

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その近くには水路の護岸がない箇所もあり、まさに水郷という趣きだ
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まぁ、その先では普通のよくある水路に戻るのだけれど
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かつては水田だったゴミ処理場の敷地を暗渠で突っ切り――
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新幹線の高架橋を潜る(東海道新幹線に乗った人はもれなくこの水路の上を通るのだ)
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そのまま栗畑の縁に沿って進んで行き――
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フェンスに囲まれた直線的な水路になったかと思いきや――
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ポンプ場に行き着いた
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ここで堰き止め、水を汲み上げているのだ

うーむ、やはりこの地域でも川から水を引いていた。しかしながら、よく見るとその取水施設はかなり年季が入っている。

比留川や引地川のポンプ施設は宅地化によってかつての取水口が使えなくなり、代替として割と近年に築かれたのものであるのに対し、この堰はかなり古いもののようだ。戦後まもなくの地図を見ても、この辺りから水路が伸びている様子を見て取れる(もっとも、施設の更新などはあったのだろうが)。

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取水口の周りも、鉄のサビやコンクリの劣化が進んでいる
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対岸にも一回り小さなポンプ施設があり、田んぼに使う水を汲み上げていた

やはり川から水を汲み上げているという点ではこれまでと変わらないが、古い取水施設が現役であるという点がちょっと違った。

取水口から末端に至るまで、水田が拓かれた当初からの水利システムが大きく変化しておらず、より昔ながらの田園風景を維持している地域だと言えるだろう。

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ケース4:目久尻川沿いの水田 その2

これまでに紹介した3箇所の水田はいずれも川から取水していたが、それ以外の水源を持つ田んぼはないだろうか。

そう考え近場をあちこち周ってみたのだが、やはり川を堰き止めてはポンプで汲み上げている所ばかりである。そろそろ諦めて切り上げようかと思ったその矢先、ついに川の水を使っていない水田を発見した。それは、先ほどの目久尻川の上流域に広がる田んぼである。

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先ほどの取水口から少し上流に位置する綾瀬市吉岡地区の水田
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ここもどうせ目久尻川から水を取ってるんだろうと期待せず水路をたどっていた
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とその時、横のパイプから水が流れ落ちる光景が目に留まった

この取材をした時はまだ梅雨に入る前で、しばらく雨が降っていなかった。にも関わらず、絶え間なく水が出続けているということは……湧き水か!

同じような湧き水は引地川にも存在したが、しかしこちらは一箇所のみならず、いくつかのパイプから水が出ている。これはひょっとすると……沸き起こる期待を胸に進んでいくと、やがて住宅街が途切れて景色が一変した。

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コンクリで護岸されていた水路が、天然の小川に変化したのだ
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そのまま進んでいくと、パイプで組まれた小屋らしきものが現れた
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……あ、これ、ひょっとして、ワサビ田か?!

私が小学生の頃は、綾瀬市にワサビ田が存在するということは聞いていた。しかしそれから30年近く経った今もなお残っていたとは。しかも田んぼの水路をたどってきたその先にあるとは、いや、ホント、想像だにしていたなかった。

ワサビの栽培にはキレイな水が不可欠だ。故にワサビ田は水源地に拓かれるものであり、要するにここから水が湧き出しているのである。

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小川は左側から流れているが、右奥からも別の流れがある
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その流れをたどっていくと、斜面から水が湧いていた
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この柵の奥もワサビ田だったようだが、今はホタルの生育地らしい

もう疑いの余地はないだろう。この辺りの斜面一帯から水が湧いており、それが水路を通じて田んぼへと引かれているのである。吉岡地区の水田は、川の水ではなく湧き水を水源としているのだ。

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これはさらに上流に位置する早川地区。ちょっとした棚田になっている

ちなみにこの写真だけだととんでもない山の中のように見えるかもしれないが、それは目久尻川の谷間だからであり、少し坂を上ると家屋が密集する住宅街が広がっている。

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田植えをしていたおじさんに、水源についての話をうかがった

この早川地区にもかつてワサビ田があり(私が小学生の頃に聞いていたのはこちらのワサビ田だ)、ここもまた現在はホタルの育成地となっている。田んぼの水はそこから引いているそうだ。

その水源は自然に湧いているものだけでなく、人工的に掘った横穴から出ている水も使っているという。それは先ほどの吉岡地区も同じだそうだが(小川の水源を厳密に突き詰めれば横穴にたどり着くのだろう)、いずれにせよ目久尻川の水は使っていないという。

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かつてワサビ田が存在した早川地区の水源地(立ち入れないので外から撮影)
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斜面に横穴を掘って、そこから出ている水を田んぼに引いている

湧き水は川の水よりも温度が低く、稲の生育はあまり良くないという。それでも川の水ではなく、ワサビ田が作られるくらいに清らかな湧き水を利用している水田というのは貴重な存在だ。

周囲の宅地化が進むこの地域において、水田を維持していくのは大変なご苦労がおありだと思うが、個人的にはこれからも湧き水を使った稲作を続けて頂きたいと思う。


水を張った田んぼは美しい

この記事の主題は身近にある水田の取水地を探そうというものであるが、裏テーマとして市街地に囲まれた水田の現状を記録したいという目的もあった。

耕作放棄地や転作地が増える中、遊水地としての整備が進む地区も多く、神奈川県中央部の水田はいつ消滅するか分からない、実にあやふやな状況だろう。そのようなご時世において、現在の水田の実像を確かめてみたかったのだ。

何より水を張った田んぼはとても美しいものなので、今の時期は身近にある水田を愛でるのが良いと思います。

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今回訪れた田んぼのすぐ近くでも、大規模な遊水地の整備が進められていた

 

 

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2020年7月4日(土)に東京都人形町の綿商会館5~6Fで開催される旅行&地理オンリーの同人誌即売会「旅チケット」に「閑古鳥旅行社」として参加します。

フランスのサンティアゴ巡礼路「ル・ピュイの道」の解説本など、これまで私が作成した本を一通り持っていきますので、足を運んでいただければ幸いです。世界や国内の各地を旅行しているサークルが集結しますので、旅行が好きな方は楽しめるイベントだと思います。

なお、参加される際には感染症対策の注意事項がありますので、「旅チケット公式サイト」の開催概要をご覧の上お越しください。どうぞよろしくお願いいたします。
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