まとめ
今まで、真剣に考える機会が皆無だったおしんこ。しかし、その幅広さと奥深さに驚きの連続であった。また、酒飲みの繊細な思考回路に触れられたのも面白かった。
四万十川氏が帰った後、彼が用意していたおしんこメモがテーブルに忘れられていた。
「おしんこ」として出されたものがおしんこであり、おしんこユニバースは拡張を続ける
もっとおしんことちゃんと向き合って、我々の意識もおしんこと共に拡張し続けよう。そしていつの日か、それぞれのおしんこ写真をIMAXで見せあおうではありませんか!
先日、友人が飲み屋で何故かおしんこの写真を撮っていた。
「結構撮ってるんですよ。専用のフォルダもあって」
こんなの、ちゃんと話が聞きたいに決まってる。
後日、おしんこ活動を詳しく聞く場をあらためて設けたのだが、不安が一つ。友人は酒飲みだから、話は酒や酒場についても及ぶはず。下戸の私には理解が及ばないかもしれないので、「唯一の趣味が晩酌」という私の妻にも同席してもらった。
おしんこフォルダの作者は、食べ物や飲み屋についての考察も多いサイト、「Web冷え汁」を2002年から運営している四万十川氏。飲み屋や飲食店で「おしんこ」「お新香」「お新香盛り合わせ」というメニューがあるとなるべく注文し、撮影し続けている。
コロナで中断しつつも、既に100軒分くらいのおしんこ写真が溜まっている。ちなみに「漬物」などの表記はカウントしていないそうだ。
プロジェクターで大写しにされたおしんこ写真を見ながら、彼の話をじっくり聞いてみた。二人にはお酒も用意したがツマミはおしんこ写真のみだ。
―― なぜおしんこを撮り始めたんですか?
四万十川「ある日、中華料理屋で飲んでておしんこを頼んだんです」
妻「中華料理屋に“おしんこ”っていうメニューがあったんですか?」
四万十川「そうなんです。キュウリが凄く酸っぱくなってたし、多分あまり注文入らないのかも。で、そのキュウリの横に紅ショウガが乗ってて」
妻「紅ショウガ?」
四万十川「そう。おしんこで紅ショウガか、ってなんとなく撮ったんです。それで後日、今度は古い居酒屋でおしんこ頼んだら、ザーサイが出てきた」
四万十川「この紅ショウガとザーサイでおしんこの自由さに気づきました。どれもこれもおしんこだよな、と納得させられたというか。以降、居酒屋に行くと必ず注文して撮るようになりました」
―― ザーサイもおしんこか~。
四万十川「高菜にキムチだってありますよ」
―― 辞書的な意味ではおしんこって「お新香」、つまり浅漬け的なものですよね?糠漬けとかですら逸脱してる可能性ありますけど。
四万十川「でも、全部“おしんこ”とか“おしんこ盛り合わせ”として店に出されていたものです」
―― 「盛り合わせ」って言葉は重要かも。
四万十川「おしんこ単品でラッキョウ出てきたら、ラッキョウ?ってなるけど、盛り合わせの中の一品だと全然あり」
妻「むしろ変わったの入ってると、テンション上がります」
四万十川「おしんこの多様性はバンドに例えると理解しやすいと思ってて。白菜だけならアカペラ。そこにギターのキュウリが加わりアンプラグド。さらにリズム隊としてドラムの大根とベースのナスが入れば、骨太なロックですよ。
アカペラもバンドもそれぞれの良さがあります。柴漬けはハイハットですね。いや、カウベルか!」
―― 基準が分からないからどっちでも良いですよ!バンドで例えるなら組み合わせが良くないのもあります?
四万十川「意外とないですね。お皿というステージに立ちさえすれば1つのおしんこを奏でるバンドです!」
―― おしんこの幅はかなり広いことが分かってきました。
四万十川「だから何が出てくるか楽しみですよ。同じ飲み屋でも日によって変わることがあるから、それはそれでルーレットのような面白さがあるし」
妻「とはいえ、やっぱり塩味と食感はどれも共通してますよね?」
四万十川「“人間カリカリ問題”ってのがあって。人間はカリッとしたものに抗えない魅力を感じちゃう。生命維持には関係ないのに、食感への欲求がある。おしんこはそれを満たしてくれる」
―― ほかにおしんこの役割ってあります?
四万十川「酒飲みにとっておしんこは、調整弁ですね」
―― 調整弁?
四万十川「しょっぱいから少しずつしか食べられない。だから長時間飲んでられる。もちが良いんです」
妻「居酒屋で食べ物が全部なくなっても、おしんこさえあれば形になりますし」
四万十川「逆に言うと、おしんこが終われば酒もおしまい、っていう役割」
―― 昔、居酒屋で「もう一品頼もう!」って時、あなたよくおしんこ頼んでたじゃない?下戸としては「アジフライとかいこうぜ!」ってガッカリしちゃうんだよね。結婚前だったから言えなかったけど。
妻「そんなこと今言わないでよ」
―― おしんこ頼むタイミングってあるんですか?
四万十川「やっぱり一巡した後のリセット的な感じかな」
妻「一通り飲んで食べて、まだ飲みたい時におしんこ。あてがないと口がさみしいから」
―― その口がさみしい、ってのが分からないんだけど、飲み会の終盤になると野菜についてくるマヨネーズとか味噌とか舐めてる人いますよね。
妻「やっぱりお酒だけじゃなくて、何かが欲しいの。そういう時におしんこはピッタリ」
四万十川「私は乾きものがそんなに好きじゃなくて、もう一品というときに湿りものを求めちゃいます。そこにピタッとハマるんです。でも、盲点もあって。一人飲みしてて終盤におしんこ頼むと、量が多くて絶望的な気持ちになることがあります」
四万十川「あと、お通しがおしんこ、ってパターンもあって。例えばこれは別に集めている“お通しコレクション”なんですが…」
―― お通しコレクションもあるんですか!それはそれで気になるな!
四万十川「お通しは店にいる人全員が同じものを食べてるのがおかしくて。お通しでソーセージ出てきた店があるんですが、コの字カウンターで全員それをくわえてて…話を戻しましょう!」
―― 印象深いおしんこってあります?
四万十川「まずはこれ。ソロで出てきた白菜に味の素が大量にかかっている。デヴィッド・ボウイですよ。白菜のシャクシャク、味の素のジャリジャリした食感、わざとらし過ぎる旨味。そのコンビネーションが生み出す背徳的な美味さを肯定的に捉えましたね」
―― 祖母もおしんこに必ず味の素振ってた。祖母は「おこうこ」って言ってたな。
四万十川「これは、白い!って思いました。潔さが良かった」
妻「綺麗!」
―― 今のところアカペラばかりですけど、バンドもあります?
四万十川「これはさっきのデヴィッド・ボウイの店」
―― 変わった!この店にはボウイを求めてるんじゃないんですか?
四万十川「さっき言ったルーレットの楽しみですよ。味・彩り・食感のバランスが素晴らしい。完成度が高すぎて食べずに眺め続けてたい」
最後に三人それぞれが実際におしんこ盛り合わせを作ってみることにした。
①石井のおしんこ盛り合わせ
妻「え?白菜だけ?」
―― 下戸なんでおしんこはやっぱりご飯のお供ですね。ご飯、味噌汁、おかずとある中で、おしんこまでどれを食べるか悩みたくないんです。
四万十川「あ、七味だ」
―― おしんこが担ってる食卓の彩りを、七味で小粋に表現してみました。
②妻のおしんこ盛り合わせ
―― ク~、この欲張り!
妻「ずっと飲んでられるセレクトです。最初からこれだけでもいける、っていうのと彩りも意識して。柴漬けと、シソの実とかキュウリを刻んだこの緑のやつが好きなんですよ」
③四万十川氏のおしんこ盛り合わせ
四万十川「まずはバランス感。ボーカルたる白菜、ドラムの大根、ギターのキュウリ。インパクトとしてカウベルたる柴漬け。これで完成はしてますが、そこにキーボードたるにんじんを加えました」
―― やっぱり味の素も!
四万十川「白菜とキュウリには、味の素の”粒”の存在感が出るくらいかけてます。ただし柴漬けと大根には不要。大根はそれだけで完成してるし、柴漬けはカウベルなんでカウベルに味の素は不要です!味の素がかかってる店を何件かストックしてるくらい、個人的には重要ですね」
妻「にんじんは一切れなんですね」
四万十川「でもこれ、あるとないとでは大違いですよ」
二人にはずっと写真だけで飲んでもらってましたが、ようやくここから本当のおしんこ飲みが始まったのでした。
今まで、真剣に考える機会が皆無だったおしんこ。しかし、その幅広さと奥深さに驚きの連続であった。また、酒飲みの繊細な思考回路に触れられたのも面白かった。
四万十川氏が帰った後、彼が用意していたおしんこメモがテーブルに忘れられていた。
「おしんこ」として出されたものがおしんこであり、おしんこユニバースは拡張を続ける
もっとおしんことちゃんと向き合って、我々の意識もおしんこと共に拡張し続けよう。そしていつの日か、それぞれのおしんこ写真をIMAXで見せあおうではありませんか!
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