いざ、空から百舌鳥古墳群へ
セスナはぐんぐん高度を上げ、地上の建物はあっという間に小さくなっていった。打ち合わせの際に聞いた話では、どうやら200mくらいまで上昇するらしい。
200mという高さは、東京で言えば西新宿に並ぶビル群、大阪で言えば北浜タワーと同じぐらい。ビルと同じくらいの高さと聞かされただけではさほど高いように思えないが、実際上がってみるとかなり高く感じるから不思議なものだ。
普段なかなか見られない光景なだけに、何もかもが面白く見える。もの凄く、楽しい。後でカメラのメモリを確認したら、繋げれば動画になるんじゃないかというくらいの枚数を撮っていた。飛行機マジック、恐るべし。
さて、そうこうしているうちに、堺市へと到着した。古墳のこんもりとした緑の山が、水平線から近づいてくる。
いやぁ、凄い。しっかり前方後円墳だ。緑の木々と周濠によって縁取られた墳丘は、まさに堺の町に開いた鍵穴のよう。
この田出井山古墳、全長約148メートルと百舌鳥古墳群の前方後円墳にしてはやや小さめの方ではあるが、それでも全国規模で見たら十分大きい部類の古墳である。
しかしながら、それでもこの古墳だけで満足するワケにはいかない。この先には今回の本命、あの古墳が待ち構えているのだから――。そしてそれは、ついに姿を現した。
それを見たとき、思わずうぉと呻いてしまった。まだ少し距離があるが、それでも見間違うことなどないだろう、世界一の面積を持つ墳墓、大仙陵古墳の威容なり。ダメだ。先ほど見た田出井山古墳があっという間に霞んでしまう。
全長、堂々の約486m。三重の濠に囲まれており、その外周は約2718m。いやいや、そんなスペックをいくら並べたって、一見するには敵わない。とりあえず、見なければ。この古墳を上から見なければ。
あぁ、もう辛抱たまらん。昇天しそうだ。古墳の側までもう少し。あと少し……。そしてついに、その巨躯が眼下へと広がる。
いやはや、どうよこの景色。思わず、はぁ~んと変な声が出てしまう。そのくらいに素晴らしい。そして改めて思う。こんな巨大なものを、よくもまぁ1500年も昔に作れたものだ。それも、ここまで美しい形に狂い無く。
さて、少々熱しすぎた頭を冷やすとしよう。これまで私は散々大仙陵古墳のことばかりを褒め称えてきたが、百舌鳥古墳群にある他の前方後円墳もまた捨てがたいものである。
全国3番目の大きさを持つミンザイ古墳、8番目のニサンザイ古墳など、大仙陵古墳のすぐ側には巨大前方後円墳の雄たちが控えている。そう、傑物の側には傑物が集まるものだ。
まさに古墳パラダイス。あぁ素敵なシャングリラ。様々な大きさ、形の古墳たちが、踊り狂う桃源郷。いつまでも、そういつまでも、この古墳群の周りを旋回していたい。
だが時とは無常なものなり。我々の乗るセスナは二回ほど大仙陵古墳を周った後、次なる目的地である古市古墳群に向けて進路を変えた。
東へ飛んで、古市古墳群
次に訪れる古市古墳群は、百舌鳥古墳群から見て東。故にセスナは八尾飛行場に戻るついでに古市古墳群に寄る形となるのだが、その両古墳群の間には、どちらの古墳群にも属していない大塚山古墳がある。この大塚山古墳は全長が335mで、全国5番目の大きさを持つ。
先ほどから全国何番目などとばかり言っているが、大きさこそがこの付近の古墳における最も際立った特徴なのだからしょうがない。何せ、日本古墳大きさランキングの10位中、6基をこの周辺の古墳が占めているのだから。
さて、百舌鳥古墳群を発ってから数分。次なる古市古墳群の古墳が見え始めるまでにそう時間はかからなかった。まず最初に視界に入ってきたのは岡ミンザイ古墳。全長約238mの前方後円墳だ。
再びあいまみえた巨大前方後円墳に血流が早くなる。時々、がくんがくんとセスナの機体が揺れ、落ちるという感覚に襲われることもあるが、それよりも古墳を見たいという欲求の方が勝る。隣の友人は少々青い顔をしていたが。
百舌鳥古墳群と言えば大仙陵古墳。では古市古墳群と言うと、やはり誉田御廟山古墳になるのだろう。全長約420m。大仙陵古墳に次ぐ巨大さであり、体積では大仙陵古墳を越えるという説もある。
だがしかし、誉田御廟山古墳に大仙陵古墳のような完璧なる美しさを求めてはいけない。その墳丘や濠には、ご覧の通り歪みがある。その印象は、朴訥かつやぼったい。
セスナで周囲を巡ってみると、誉田御廟山古墳のみならず、古市古墳群の古墳たちはどうもそのような傾向が強いらしい。
いかがだろう。造形美は百舌鳥古墳群のそれより弱いかもしれないが、こちらも粒ぞろいであることは確か。また、この古墳群は古墳の分布具合が美しい。一見、テキトウに散在しているように見えて、なかなか美しくまとまっているように思える(だからこそ、最初に全景写真を載せてみた)。
そうだ、こちらの古墳群は集団の強みである。古墳一基一基で勝負するのではなく、全軍一体となってこそ、真価が発揮される類の古墳群なのだ。たぶん。
前方後円墳は最高だ
古市古墳群を見た後、セスナは八尾空港に引き返し、我々は無事地上に帰ることができた。ただ友人だけは、酔ってふらふらになっていた。無理も無い、古墳を見るためセスナは何度も旋回し、その度に妙な方向へと重力がかかったりしていたのだから。私は全く酔わなかったが、どうやら古墳に夢中になっていたことが幸いしたらしい。
陸上からではその全容があまりつかめず、ぱっとしない印象の巨大前方後円墳であったが、空から見たそれは小学校のころ教科書で見たものと同じ、あの鍵穴であった。それをこの眼で確かめることができたのは、私にとって今年一番の幸せだったのではないかと思う。
ただ一つ、残念なことがあるとすれば……いやはや、今月の酒代をどうやって工面しよう。25000円はやはり、痛かった。