和歌山のニホンオオカミ
そんなニホンオオカミの本剥製の一体を見るために私は和歌山を訪れた。和歌山県立自然博物館には和歌山大学教育学部から預かったものが保管されている。例年、湿度の低い冬の1カ月間のみ展示される。2026年は1月20日から2月19日までだった。
和歌山県立自然博物館
和歌山県立自然博物館のニホンオオカミは1904年から1905年の間に奈良県南部(十津川村周辺)で捕獲された個体と考えられている。長らくイヌ科動物の剥製として保管されていたけれど、1981年に剥製の改作のために頭骨を取り出した際に、形態的特長からニホンオオカミと確認された。
それがこちらです!
どこかひょうきんな印象を受けるニホンオオカミだった。耳は小さく、毛はふさふさ。毛色は長い年月で変わっているのもしれないけれど、現在では白っぽい印象を受ける。サイズはやはり特別大きくはない。犬と思うかもしれない。
怖い感じもするかな
私はこのニホンオオカミを見るのは初めてだった。公開されているのは知っていたけれど、1月、2月はバタバタするタイミングなので行けないでいたのだ。でも、思い切って行くことにした。正しい判断だった。今では見ることができなくなったニホンオオカミが目の前にいるのだ。喜びがあった。ドキドキがあった。
ずっと見ていた
1905年が最後の確実なニホンオオカミの生存情報だけれど、それ以降も継続的に目撃情報が実はある。柳田國男の『孤猿随筆』には、1926年の大阪朝日新聞三重版に、宇治山田市警察署が調査した狩猟鳥獣種別数が載っていて、オオカミが一頭いたと書いてある。ただその切り抜きを失くして確認できないと続く。
「孤猿随筆 (岩波文庫)」柳田國男 岩波書店 2011
また、能登鹿島郡余喜村(現在の羽咋市)で、1929年にオオカミらしい獣を捕獲した記事も載っていたと記している。どちらも未確認な情報で他の本を当たってもそのような記録を目にしたことがないから勘違いかもしれない。その頃はすでにニホンオオカミは絶滅していた。
「原野農芸博物館図録第5集 日本狼のゆくえ-いまやまぼろしの動物-」原野喜一郎 原野農芸博物館 1970
1970年に出版された『原野農芸博物館図録・第5集』を読むと、「大台ケ原山中で狼の研究をしたい」と津田松苗教授が、高島春雄博士に相談する。高島博士は「民俗学的にやるのならともかく、動物学的研究は無理だ」と答える。つまり完全に絶滅していると言っているわけだ。
足も立派ですな!
実はニホンオオカミは生きている、というロマンはないのだ。たとえば「鳥獣害」が増加している。ニホンオオカミは山のシカなどの生息数を調整する役割も果たしていた。それがなくなったので鳥獣害が増えているのだ。ニホンオオカミはもういないのだ。
ニホンオオカミの頭骨(レプリカ)
しばらくニホンオオカミを眺めていた。やはりカッコよく感じる。だから私はニホンオオカミが好きなのだろう。今はもう山を駆け回るニホンオオカミを見ることはできない。いつか残っている剥製をこの目で全て見ることができればと思う。
貴重な時間でした!
今はもういない
ニホンオオカミが好きで以前からその姿を追っていた。和歌山を訪れたのもその一つ。見ることができて本当によかったと思う。もちろんどうすればオオカミは絶滅せずに済んだだろうとも考える。そこには答えはないように思える。私にできるのは「かつてニホンオオカミが生息しており絶滅した」という事実を覚えておくことだと思っている。
足だけを見ると、しば犬みたいにも見る!
参考文献
・「遠野物語―付・遠野物語拾遺」柳田国男 角川学芸出版 2004
・「口語訳 遠野物語」柳田国男,小田富英,佐藤 誠輔 河出書房新社 2014
・「病院坂の首縊りの家(上) 金田一耕助ファイル20」横溝正史 KADOKAWA 1978
・「大英自然史博物館の《至宝》250」国立科学博物館,大英自然史博物館,武井 摩利 創元社 2017
・「〈標本〉の発見 科博コレクションから」国立科学博物館 国書刊行会 2023
・「レッドデータブック2014 1 哺乳類」環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進 ぎょうせい 2014
・「オオカミの護符」小倉美惠子 新潮社 2011
・「ニホンオオカミの最後 狼酒・狼狩り・狼祭りの発見」遠藤公男 山と溪谷社 2018
・「孤猿随筆 (岩波文庫)」柳田國男 岩波書店 2011
・「原野農芸博物館図録第5集 日本狼のゆくえ-いまやまぼろしの動物-」原野喜一郎 原野農芸博物館 1970
・「解説シート15調布の講」調布市郷土博物館 2012
・「江戸参府紀行」フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト,斎藤信 平凡社 1989
・「絶滅した日本のオオカミ―その歴史と生態学」ブレット・ウォーカー,浜健二,浜健二 北海道大学出版会 2009
・「日本野生動物記(自然選書)」小原秀雄 中央公論新社 1972
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編集部からのみどころ
ニホンオオカミについてかなりいろんな情報が盛り込まれてるのですが、どれも地主さんの体験談に紐づいてるんですよね。単に調べた情報が載っているだけではないという。
成城学園はもちろん、ロンドンの話まで体験談として入ってるのは地主さんならではだと思いました。そういう過程があっての最後の和歌山の剥製、しっかりありがたみを感じます。(石川)
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