特集 2022年4月27日

何も調べず知らないバスに乗る旅

何も調べずに旅行をしたことがほとんどない。

旅行に限らず、どこかへ行くとなると、調べてから出かけがちだ。

調べるのはいいことだ。「先に調べておいたからこそ、できることやわかること」はたくさんある。

けれどもふと、いっさいがっさい何も調べず、どこかに行きたいという衝動にかられることがある。反動というやつなのかもしれない。

旅先で何も調べず、なんとなく、そこに来たバスに乗ってみたいと思う。

1981年群馬県生まれ。ライター兼イラストレーター。飲食物全般がだいたい好きだという、ざっくりとした見解で生きています。とくに好きなのはカレー。(動画インタビュー)

前の記事:「荒川土手」行きの路線バスがすごくいい

> 個人サイト たぶん日記

何も考えないのは難しい

先日、乗ったことのないバスに乗ってみたくなり「荒川土手」行きのバスに乗ってみたらすごく楽しかった。以来、わたしの中では、乗ったことのないバスに乗ることが一大ムーブメントになっている。

今日は香川県高松駅発着のバスにふらっと乗ってみたい。現時点で、わたしが持っている高松に関する知識は2つ、

・うどん屋がたくさんある
・ことちゃん(高松琴平電気鉄道のマスコット)がかわいい

以上である。とても少ない。

image32.jpg
ちなみになぜ急に高松なのかというと、4月のあいだ運転免許の合宿で四国に滞在してて、その帰り道に高松があったからです

あいにくの雨模様だけども、さて出発だ。
何も考えず、感じるままにバスに乗ってみよう。


……と、ここでひとつ気がついたことがある。ぱっと時刻表を見て、どのくらいの頻度で運行しているのかを瞬時に確認している自分がいるのだ。帰れなくなったら困る、という自己防衛心が働いているのだろう。

何も考えず、感じるままは無理だった。

この時刻表を見た瞬間「左なら大丈夫。右はダメではないけど少し不安」って思った

加えて、行き先が「大学」や「病院」「プール」などと書いてあると、過ごし方が限定されそうな気がして、ひゅっと避けてしまう。なのに「健康ランド」という言葉を見ると、途端に「いいかも!」と目を輝かせてしまう。 

高松駅発のバスのラインナップはこんな感じ。イメージしやすい行き先名が多い

ともあれ「庵治温泉行き」のバスがよいタイミングに来ていたので、乗ってみることにした。

バスには、女性3名のグループが乗っていた。彼女らも終点まで行くのだろうか

「庵治温泉行き」ときたら、行く手にあるのは、どう考えても温泉である。わかりやすすぎて、少しずるいかなぁとも思った。でも、温泉の規模は場所ごとにかなり違う。大きな温泉街があるところもあれば、ささやかな温泉もある。

バスのアナウンスによれば、「庵治温泉」は「あじ温泉」と読むらしい。あじといえば、わたしの脳のボキャブラリー的には魚のあじである。どうしよう。さっきからずっと、あじの開きのことばかりが頭に浮かぶ。

そんなわたしをよそにバスはずんずん進んでいき、車窓には山々がのぞき始めた。

山のてっぺんには霧がたちこめていた。霧、目の前にあると困るけど、遠くにあると幻想的に感じてしまう
今度は海も見えてきた。漁港のようだ。周辺を歩いている人はいないけど、暮らしの気配がたしかにある

車窓の風情が爆発し始めたころ、バスは終点に到着した。

これが……庵治温泉なのか……?
庵治温泉だ……!
オリジナルのロゴもあるのか!庵治温泉。あじは特にあしらわれてないのね

 辺りを見回したが、温泉に関連していそうな建物はただひとつだけ。どうやらこの、立派な石垣の頂上にどかっと佇んでいるホテルの温泉が庵治温泉らしい。温泉街的なものはまったく見当たらない。

気持ちいいくらい、ホテルと温泉以外なんにもない。ないぞ! 

少し先に、ゲストハウスらしきものを発見したけど、それ以外は全部民家のようだ

さあどうしようか。 

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とりあえず温泉に入る

ここはまず、温泉に入っとくしかないだろう。

「日帰り入浴」の案内を見て、心の底からほっとした。宿泊客しか受け入れてない施設だったらどうしようと、どきどきしていたのだ
トイレの上にあるお面の存在感が強めだった

温泉は、ちょうどお昼どきだったせいか、わたし以外に誰もおらず、鳥の声が元気よく響いていた。たぶん今なら鼻歌を歌っても誰にも聞こえない。とんでもない規模の開放感である。

しかし、ここは何処なんだろう。庵治温泉という名前は認識しているが、具体的に地図上のどのあたりに位置するのかは、わかっていないままなのである。他者がこの温泉をどう評価しているのかも、さっぱり知らない。

今、確かに地面を踏んでいるのに、妙に気持ちがふわふわする。どうやら自分は、自分が思っていた以上に「今自分が感じていることがすべて」という状況に不慣れらしい。

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地図がないと、わりと簡単に道を間違う

せっかくの機会なので、ぎりぎりまで地図に頼らずに散策してみるのはどうだろう。

お風呂を出たあと、ロビーで「この近所にお店はありませんか?」と聞いてみたところ、一軒だけ、道を下った先にうどん屋さんがあると教えてもらえた。

しかしホテルから出て数分後、はっとしたのである。下れそうな道が2本もある。どっちの道を下った先にうどん屋はあるのだ。

時間はある。ここは思い切って運試ししてみてはどうだろう。

……と息を巻いて地図を見ず、右の道を歩くこと10分、うどん屋は見当たらない
そこにはただ海が広がるばかり
店はない。自販機しかない

すごい。地図を見ていないだけで、どっぷり途方にくれることができてしまった。 

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あの映画のロケ地だった

慌てて来た道を戻り、反対側へと進む。

閉まっているけどお店だ……!

すると、まったく予想をしてなかった方角から新たな情報がやってきた。どうやらこの周辺は映画のロケ地として使われた場所らしい。 

知っている人はこれを目的に来ることもあるのだろう。だが、何も知らないと、そこそこびっくりする情報だ

わたしはまだこの映画を見たことがない。もし今鑑賞したら、「ああ、あの時うどん屋を探し歩いて、途方にくれていた時に見た景色が、スクリーンに、収められている……!」という感動を覚える可能性がありそうだ。 

ロケ地関連の施設は休館中だった。「純愛の聖地」って言葉の強度がすごい

そんな純愛の聖地にて、ついにうどん屋が見つかった。 

念願のうどん屋。店構えが素敵だ。いっこくも早くうどんをすすりたい

壁に貼られたメニューを眺めていたら、側にいた常連客らしき人たちが、「天ぷら!」「コーン!」と口々におすすめのメニューを教えてくれた。

「鍋焼きうどん」という言葉がいちばん耳に残ったので、鍋焼きうどんを頼んでみることにした。雨のなかを長時間歩いているうちに、温かいものが食べたくなっていたのかもしれない。

コーンがのっている……!コーンがのっている鍋焼きうどん、おそらく初めてだ

お肉は牛肉。ねぎは青ねぎ。スープがほんのり甘くてすき焼きのような味がするのも新鮮だった。少しずつ、少しずつだけど、わたしの知っている鍋焼きうどんと違っている。 

ちょうど食べきったあたりのところで、「きれいに食べたね〜。これ、インスタントだけど」と言いながら、マスターがコーヒーを出してくれた。まさかコーヒーまでもらえるとは思わなんだ

さらに、常連客らしき人のひとりが、「これ、あげるよ!何の歯だと思う?」と……

いのししの歯のキーホルダーをくれた。狩猟をしてるのだという。「これ持ってるとお金が貯まるよ」とのことなのだが、本当だろうか。ぜひ本当であってほしい

せっかくなので狩猟の話を聞いてみたいなぁと思った。が、そろそろバスの時間が迫っていると思い、慌ててお店を出る。だけど、バスの時間を間違って把握していたことに、お店を出てから気づいた。

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石の街だという主張を感じとる

次のバスまではそこそこ時間が空くので、少し歩くことにした。

途中、倉庫のような場所に「営業中」ののぼりが立っていることに気づく。営業……しているのか?
ちりめんが売っていた。豆腐にかけたり、チャーハンに入れたりするといいそうだ
それにしても、さっきから石が
たくさん置かれている気がするのは気のせいだろうか。いや気のせいじゃない。この石はちょっとオオサンショウウオに似ている
これ、もしかして、地元の子ども達の絵を石に彫っているのでは
墓石もあるのか

石への思いが尋常じゃない。前情報を何も持たずに訪れた者でも「この土地、石に対する思いが相当強い。何かある」と肌で感じとることができるレベルだ。

あとでちゃんと調べたところ、庵治は石の一大産地だとわかり、心の底から納得した。

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思い通りにはいかない。でもそれがいい

帰りは高松駅までは行かず、ことでん八栗駅の停留所で降りてみることにした。

急に降りたくなったのだ
その理由はこの「コインスナック」と書かれた建物が目についたから

「スナック」という響きから、何か食べ物の自販機が置いてあるのではと期待したのだ。だけど…… 

タバコと飲み物しかないな

食べ物はどこにもなかった。もしかして「SNACK」というのは、スナックバー的な意味での「SNACK」なのだろうか。後日Googleマップのレビューを読んだら「ヤンキーの溜まり場」との記載があった。どこまで真実なのかはわからないけど、妙な腹落ち感があった。

とりあえずなんか買おうと思い、普段はなるべく進んで押さないようにしていた「?」マークの飲み物を買ってみたところ……
何かに似ているような、でも初めて見るサンガリアの飲み物が出てきた

もともと予想なんぞ立ててはいなかったけど、仮に予想していたとしても、大幅に外れていたに違いない。

そんなことばかりが起こる1日だ。 

サンガリアのジュース、曇ってる海の色に似合う気がする。いや、ただ単にカメラの機能が良くて、そう見えているだけなのだろうか
帰り際に食べたラーメンも、ものすごくおいしいとか、まずいとか、そういう明確な感想があるわけじゃなくて、だけど、胃にもたれない優しい味わいだった

なんだろう。
思い通りにいかないことが一周まわって楽しいのである。


贅沢な時間の過ごし方だ

何にも調べないで知らない場所に行くと、効率的に過ごすことはまずできない。いとも簡単に道に迷うし、食べたい時に飯屋は近くにない。飯屋があったとしても、おいしいかどうか、自分好みかどうかは未知である。とにもかくにも、わからないことだらけだ。

だけど、たまにはそういうところに自分を放り込んで、ささやかにあたふたする時間を作ってみたい。何も調べずに出かけてみた結果、その思いがより強まった。生活のなかに、行き当たりばったりが少なくなった今、行き当たりばったりを楽しむ時間を求めているのだ。

もらったいのししの歯のキーホルダー、かっこよくて気に入っている
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