いよいよ食べます
結局、初回の味見のあと水を継ぎ足したりなどしながら1時間以上煮込んだのだった。味付けは料理酒と胡椒のみ。レシピには塩や醤油を足すと書かれていたけれど、料理酒の塩分だけでじゅうぶん塩味がついているようだったのでやめにした。
基本的な味は味見のときとそれほど変わっていない。
濃厚な旨味、コクのある脂、そしてカメの香りだ。陸のジビエにも言えることだが、この香りを個性と捉えるか臭みと捉えるかで評価が分かれるようで、一口食べて早々に苦手宣言を出している人もいた。
私は美味いと感じたが、たしかにクセのある味ではある。脂っこいこともあって、冷めた状態で出されたら別の感じ方をしたかもしれない。
ムチムチした皮やらプニプニした脂肪やらコリコリした軟骨やらとにかくいろいろな部位が混ざっていて口の中でオノマトペの大バーゲンセールが開催されたみたいだった。
パクチーの香りを絶賛する人もいればカメムシと感じる人もいるように、ウミガメのスープは評価が分かれる味だった。
逆に満場一致で絶賛されたのが胸肉の刺身とローストだ。
カツオの刺身と鶏肉の中間のような、もちもちとした食感にあっさりとした味で噛むほどに美味しさが溢れてくる。味付けは醤油だけでもじゅうぶんだが、わさびや生姜やニンニクを薬味に添えると最高だ。
しかしクセがないからといって油断してはならない。たくさん食べていると、ふっと、スープで感じたカメっぽさを100倍くらいに薄めたものが鼻孔を通り過ぎる瞬間があるのだ。それは「カツオだ鶏肉だ」とはしゃいでいる頭をウミガメのヒレではたかれたような、「ウミガメだっつってるだろ!」とツッコミを入れられたようなものだ。それを受けて一同は「やはり野生の肉はこうでなくては」と妙な納得をするのだった。
まったく味の予想がつかなかった手羽。ピータンみたいな色がすこし不気味で、みんな互いの反応を探りながらおそるおそる口に運んでいるようだ。
気になる味は、軟骨のようなコリコリとした食感を予想していたが、そんなことはなく、ネチっとした皮とぱさぱさした肉の二段構え。
味も食感もさっぱりとした豚足のようで、スダチ醤油によく合っていた。誰かが「泳ぐゼリー寄せ」と言っていたのが印象的だった。
皮のゼラチン質が溶けだして全体がねっとりとした食感に。「肉が美味い。肉の周りにゼラチンの皮がない方が食べやすい」という人と「ゼラチンがあった方がプルプルした食感で美味い」と言う人がいて、意外に評価が分かれた一品。
8人もいるとそれなりに評価が分かれるのがおもしろい。
脂っ気がなくさっぱりとした味の手羽と打って変わって、卵管はとてもこってりとしていた。味そのものはクセがないので、酸味とか辛味を足してみたもいいかもしれない。
さて、ここまで食べ進めてきて、多少個人差はあったもののおおむね「ウミガメは美味い」という評価に落ち着きつつあった。が、最後にとんでもない刺客が待ち受けていることを我々は知る由もなかった。
誰かが一口食べるなり「う」という声を上げたので、そちらの方にいっせいに視線が集まった。
そう一方的にけなされると口に入れたくなさが高まってくるのだが、ここまできて食べないと何年も先まで「あのとき、ウミガメの卵があったのに食べなかったんだよなあ」という後悔を引きずるはめになるのだ。
思い切って食べてみた。
瞬く間に口の中に嫌な臭いが広がった。ものに例えるのははばかられるが、生臭いというかカルキ臭いというか。一座に気まずい雰囲気が下りてきた。食感も、鶏の卵のような滑らかさがなくざらざらとしていて不快だった。
たいてい珍味というものは「不味くはないけど、まあ好んで食べることはないかな」くらいの評価に落ち着くことが多いものなのだが、このウミガメ卵はまさしく「煮ても焼いても食えない」味なのだった。
ウミガメの肉は美味しい。卵は食べるものではない。
という極端な評価になった。卵は美味しいだろうと思っていたのでとても意外だった。
もし海で遭難した状態で運よくウミガメを捕まえたとしたら、何も知らなければまっさきに卵を食べようとするだろう。卵は安全で美味しくて栄養もあるという思い込みがあるからである。
極限状況で口にしたものがこれだったら、そんな絶望を味わわされたら、きっと最後の希望が砕けてそのまま海に沈んでしまうに違いない。
そんな酷い味の卵だが、余った分は爬虫類好きの友達が「エタノールに漬けて標本にする」と言って持って帰った。引き取り手がすんなり決まって安堵したのだった。