次は『サキシマヒラタ』だ!!
というわけで今回は日本最大クワガタの一角としてツシマヒラタクワガタを紹介した。しかし、石垣島や西表島など八重山諸島にはそれに迫る、あるいは見方次第では上回ることもあるデカクワガタ『サキシマヒラタクワガタ』というものが分布している。こっちも捕まえに行ってきたので、いずれ本サイトでレポートしたい。
デカい昆虫といえば、なんと言ってもクワガタである。
その中でもとりわけ大きくなり、日本最大の称号を誇るのが長崎県対馬に生息するツシマヒラタクワガタである。
日本に生まれた虫好きとしては、一度は見ておかなければなるまいと対馬へ行ってきた。
いきなり個人的な話で恐縮だが、僕のツシマヒラタクワガタへの愛憎あるいは確執とも言うべき想いの始まりは今から30年以上前、4歳児の頃にさかのぼる。
いわゆる昆虫少年であった僕は、発売されたばかりのクワガタ図鑑を読み耽っていた。
わが実家は古本屋なので、基本的にそういった図鑑の類は店が仕入れたブツから拝借していたのだが、これだけは新刊で買ってもらったのだ。よほどしぶとくねだりまくったのだろう。
この図鑑がまた子供心をくすぐりまくる作りで、当時知られていた日本産クワガタの全種全亜種がずらりと写真付きで掲載されていた。
するとその中に、ひときわ大きなクワガタがいるではないか。
細身でちょっと華奢な印象ではあるものの、体とアゴがシュッと長く伸び、なんと体長8cmにもなるという。これは自然下で見られる個体としてはあのオオクワガタをもしのぐものである。その圧倒的なクワガタこそがツシマヒラタクワガタであった。
両親に「このツシマヒラタなるクワガタは、いったい我が国の何処に生息しているのか」と問うたところ「その名の通り、対馬である。」「対馬とは長崎県の一部である。」との答えが返ってきた。
驚き、奮い立った。
なぜなら長崎県とはまさに今、自身が居住している地なのだから。
クワガタはこの世でもっとも価値ある存在である。クワガタで天下を取るということは、あらゆる面で他都道府県にアドバンテージを得ていると言っていい。我が地元をここまで誇らしく思ったことはなかったろう。
さっそくその対馬へ連れて行ってほしいと懇願したが、みなさまご存知のとおり対馬は離島。なんなら距離的には福岡の方が近い。
まもなくして「飛行機に乗る必要があるので無理だ。虫捕りごときが目的なら長崎市内の山か、せいぜい祖父母宅のある隣県佐賀で我慢しろ。」とのお達しに絶望するに至った。
失意は嫉妬を通り越し、対馬に対する憎しみへと変わった。
おのれ対馬。同じ長崎でありながらツシマヒラタクワガタを独占するとはなんと強欲で卑怯なことか。許すまじ対馬。
とまぁ前置きが長くなってしまったが、ツシマヒラタクワガタへの個人的な憧れはわかってくれたと思う。
そんなわけで30歳をすぎてから、ついに昆虫採集のため憧れの対馬への初上陸を果たすことになった。
憧れと言いつつ30年間、海外や南西諸島各所には行っていたのに対馬とツシマヒラタを後回しにしていたのは自分でも意外である。
「行こうと思えばいつでも帰省のついでに行けるし」
という手頃さがかえっていけなかったのかもしれない。
さて、30年という時を経ても一途にツシマヒラタのことを思っていたつもりであったが、長い年月は浮気相手も生み出していた。「ツシマカブリモドキ」というやはり対馬にしかいない美しいオサムシの存在を知り、一泊二日のわずかな旅程のうちにこちらも併せて狙うこととなった。
季節は6月。
クワガタとカブリモドキのどちらを採るにもベストシーズンである。
クワガタの採り方にはいろいろな方法があるが、やはり樹液に集まっているところを探すのが一番エキサイティングで、なおかつ手ぶらで挑めるので気安い。
一方でツシマカブリモドキは確実に捕まえたいならコップを地面に埋めまくる「ピットホールトラップ」なる落とし穴を仕掛ける必要がある。とりあえずこちらを優先し、終わったあとでじっくりクワガタを探そう。
…と思っていたのだが、これが想像以上に手間である。
コップを埋めるポイントを探し、何十個ものコップをいい感じに埋めてはエサを仕込み、さらにそれら全てを回収するとたいへんな時間を要した。
その甲斐あって、なんとか2匹のツシマカブリモドキをゲットすることには成功したものの、ツシマヒラタを探す時間を捻出することはできなかった。初遠征は失敗に終わった。
さらに二度目の訪島はその2年後の9月下旬。
対馬市から講演会の依頼を受けて馳せ参じたのだが…。
仕事のついでに虫探そう…というせこい欲望を神様的な存在に見抜かれたのか、まさかの台風直撃。50年に一度という記録的な大雨に見舞われる。
一応、嵐が過ぎ去ったあとに雑木林へ行ってはみた。だが豪雨で洗い流されたか、あるいは夏の虫であるクワガタにとって9月末ではさすがに遅かったのか、コクワガタとカナブンがちらほら見られただけであった。
かくして二度にわたる挑戦(と呼べる次元のものですらない気もするが)は失敗に終わった。
だがその翌年!またしても対馬から講演依頼が来た!しかも今度は7月!!
これもう僕に講演してほしいっていうよりツシマヒラタ捕まえてほしいっていう島全体の意志発露だろ!と勝手な妄想を膨らませて三度目の上陸を果たした。
天候に恵まれた真夏の対馬は虫たちの活気に満ちあふれていた。
単に数が多いだけではない。対馬は大陸に近いだけあって、ツシマヒラタクワガタやツシマカブリモドキ意外にも日本本土では他に見られない珍しい虫たちがたくさんいるのである。
これは……。ツシマヒラタも期待できるばい!
夜。レンタカーを借り、グーグルマップで目星をつけた里山へ向かう。
遠目にクヌギの木がポツポツと生えているのが見えた。妙に酸っぱいような匂いも漂っている。虫たちが好む、発酵した樹液の香りだ。
匂いの先にライトを向けると…。
…いきなり遭遇!!
条件が合えば、真面目に探せばこんなに簡単に会えちゃうものだったのか、ツシマヒラタクワガタ!
しかも一本の木にベタベタと何匹もくっついている。
そして…なんといってもやはりデカい!!
恐る恐る手伸ばしてつまみあげると、巨体に似合わず案外おとなしい。本土のヒラタクワガタに比べ、あまり威嚇もしてこない。
そして槍のように長く伸びたアゴが、太短くマッシブな印象が強い本土のヒラタクワガタとは一線を画している。実にかっこいい。
定規で大きさを測ると、アゴの先っぽからお尻までの長さが64mm。
十分大きく感じられ、個人的には満足なのだが、昼間に虫に詳しい観光案内所(対馬市観光物産センター)の職員さんに聞いた言葉が頭をよぎる。
「ツシマヒラタは70mmを超えるなんて当たり前(半笑い)。60mm台なんてツシマヒラタとしては小さい方ですよ(半笑い)。その程度じゃツシマヒラタとは呼べないまでありますね(鼻で笑い)。」
…なるほど。
たしかに6cmそこそこのヒラタクワガタなら本土でもたま〜に見かける(珍しいけど)。僕は対馬へ「日本最大のクワガタ」を見に来たのであるから、その風格を存分に備えた個体を探すまで満足してはいけないはずだ。
なら意地でも見つけんばね!!
…過去三度の苦戦はなんだったのか。
探し出すと人里だろうが山だろうが、どこへ行ってもホイホイ見つかる。対馬、ツシマヒラタクワガタだらけだな!
しかし、三晩を費やすも7cm超えのものは一向に姿を見せない。
このままでは観光物産センターの人たちに「あっ、じゃあ『ツシマヒラタ』は見られなかったんですね。また来年お越しくださいね(嘲笑)。」と言われるに違いない(※嘘です。本当はみなさん超いい人たちです)。
しかし!諦めかけたというか完全に諦めてヘビ探しにシフトしていた最終夜の帰り道!
林道に黒い物体が落ちているのがフロントガラス越しに見えた。
「ツシマカブリモドキかな?」と車を降りてびっくり。73mmのビッグなツシマヒラタクワガタだったのだ。
ツシマヒラタクワガタは体が重いせいか、あまり飛翔したり高い木の上に登ったりせず、むしろ地面を歩いて移動すると聞いたことはあった。
しかし、この現場は周りに樹液の出ている木も落ちた果物も見当たらない路上である。彼は一体何をしていたのだろうか。
素直に嬉しいが、どこか釈然としない部分もある、ある意味ドラマチックな出会いであった。
…何はともあれ、この出会いによって僕はこれから対馬を目指す日本中の昆虫少年たちにこう言う資格を得たのだ。
「やっぱ70mm超えてこそのツシマヒラタクワガタだよね(笑)」
というわけで今回は日本最大クワガタの一角としてツシマヒラタクワガタを紹介した。しかし、石垣島や西表島など八重山諸島にはそれに迫る、あるいは見方次第では上回ることもあるデカクワガタ『サキシマヒラタクワガタ』というものが分布している。こっちも捕まえに行ってきたので、いずれ本サイトでレポートしたい。
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