皆さんは、街を歩いていて、民家の玄関先などで、不思議な絵柄のおふだ(護符)を見て、興味をひかれたことはないでしょうか。
私はめちゃくちゃある。だから、現在進行形で少しづつ追ってみています。これは、私のおふだの自由研究です。
どうですか? 見たことがあったでしょうか。
なお、おふだというのは紙片や板片に授与元の自社の名称や神仏の姿、願掛けの趣旨を記した文、種子(注)、呪術的な記号などを記したもので、こちらの記事では紙製のものを便宜上おふだと呼びます。
注:種子(しゅじ):仏教用語で仏や菩薩、あるいは真理そのものを一文字で象徴的に表したもの
角大師ってなんだ?
この悪魔みたいなやつ、角大師だけど、この護符に描かれている角大師の正体は、良源という比叡山中興の祖と崇められる天台宗のお坊さんです。角大師のおふだも、主に天台宗の一部のお寺で授与されているものになります。
良源は元月(1月)3日に亡くなられたことから、「元三大師(がんざんだいし)」という別名があります。そしておみくじの始祖ともいわれています。
そう、「角大師」の正体は悪魔でも鬼でもなく、僧侶なのです。
ではなぜお坊さんが、悪魔のような、ちょっとこわい姿で描かれているのでしょうか?
生前人並外れた霊力を持ち、様々な姿に変化して人々を救ったと伝えられている良源。ある時平安京で蔓延する疫病から、都と人々を救うために大きな鏡の前で祈念していたところ、鏡の中のお姿が、みるみるうちに夜叉のような怖ろしい姿へと変わりました。
周囲の弟子たちは恐れおののきましたが、ただ一人の弟子だけはとっさにその姿を書き写しました。
令和7年の深大寺特別大開帳期間に授与していた御朱印の付属クリアファイルに……
良源は「魔物はこの姿を恐れて寄り付かないだろう」とその姿をおふだにして家の戸口に貼ることを伝えます。すると、都の疫病は消え失せたのです――。
怖い姿をしているのは、その怖い姿に、悪いものも逃げていくって感じだったんですね。なお、良源自体は御所に山内する際、女官たちが争ってお目にかかろうとするほどのイケメンだったという話もあります。
そうして角大師は、江戸時代には「門松に かくれ顔なり 角大師 」という川柳が詠まれるほどに広まったそうです。
そして、角大師のおふだ以外にも、良源の御姿のおふだ、より鬼のような鬼大師(これも角大師同様変化した姿と考えられています)、33の小さなお大師様が描かれた豆大師と、数々の伝説にちなんで描かれた御姿のおふだが存在します。
角大師と豆大師があわさったおふだもあったり。このバリエーションの多さも気になるポイントなのです。

ちなみに角大師に限らず、玄関先に貼られているおふだ(護符)はだいたい「魔除け」の意味で貼られることが多いです。
悪いものは玄関から入ってくると考えられているからなんだけど、悪いものが玄関開けてこんにちわ~って入ってくるところ想像するとちょっとおかしいよね。
角大師のおもしろいところ
これは角大師に限らず、おふだ(護符)全般にいえることなんだけど、授与しているお寺ごとに絵柄が少しづつ違っておもしろいのです。
この角大師はちょっとずんぐりむっくりしてるな……とか、ここの角大師はガイコツっぽいな……ここのは虫歯菌ぽいなとか……眺めているだけで楽しいです。
最近では、そんな怖くもかわいくもある角大師の魅力が広まっているような気がしています。
以前新潟の旧小澤家住宅の見学をした際、中で自作のおふだを作ることができました(2025年7月見学)。
そのとき用意されていたハンコの中に角大師があり、角大師は災厄を祓う存在としてアイコンになっているのだなと思いました。
また、東京調布の深大寺では角大師のアクリル製のお守りが授与されていました。
アクリル製のお守り、オタク文化に慣れ親しんでいる身からすると、妙に馴染みがありますね……!
神社や寺院で頒布されるおふだは、基本的に1年毎に新しいものに取り替えるという性質から、以前はあまり研究対象になってこなかったそうです。
けれど近年になって、おふだの調査事例や報告などが蓄積されつつあることから博物館での展示や、民俗学などの分野で研究が進むようになっているのだとか。
おふだに興味を持つようになった身としては、こうした動きそのものが嬉しいですね。
みんなも街で見かけるヤツ、角大師を愛でよう。
おふだはおもしろい
これまで意識したことがなかったのに、気になり始めた途端、急に身近な存在として感じられるようになったおふだ。
そんな私ですが、それまではホラー映画や怖い話の影響からでしょうか、怖いものなんじゃないかというイメージすら持っていました。でもどういうものか知ったら怖いものじゃないとわかったし、興味深いし、知るっていいことですね本当に。
おふだは、授与品が新しい技術や素材を取り入れて変化していく一方で、ずーっと昔の版木を使い続けていることもあります。時代が変わっても形を変えずに残ってきている、その素朴さも魅力だと思っています。
また、前述のように角大師に限らず、俗においぬさまと呼ばれるオオカミや大口真神を祀るおふだや、牛王宝印など、それぞれの由来や意図を込めた神符があり、見た目は似ていても社寺ごとに絵柄や形が異なることが多くあります。
その違いを知るほど、おふだの世界は思っていた以上に奥深く、恐ろしく深い沼だなぁと思っています。

