今回の観光はたまたま私の嗜好と合っただけで、他の人が同じ体験をして同じように興奮するかは知らないけど、 九十九湾はとても楽しいところだった。
やっぱり実際に足を運んでみないと、その土地の魅力はわからない。そんな当たり前のことを再確認することができてよかった。
石川県の能登半島先端を訪れる機会があり、ちょっと時間があったので能登町の九十九湾を訪れたのだが、これがすごくよかった。
湾内を巡る観光船に乗ったら池のコイのようにタイの餌付けができたり、アオリイカの捕食シーンがみられたり、売店でスルメを買ったら店先でクルクル回っているイカを焼いてくれたり、道の駅かと思ったらイカの駅だったり、私の心に響く唐突な展開だらけだったのだ。
石川県の能登半島にコノミタケというキノコを探しに来た(こちら)一月後、また別件で訪れることになった。こんな頻繁に能登へ来る人生が待っているとは。
今回は日程にちょっと余裕があったので、現地で案内をしてくれた友人と一緒に、能登町の九十九湾を観光することにした。能登半島の東側にあり、複雑に入り組んだリアス式海岸のため、入り江が多数あることから九十九湾と呼ばれているそうだ。
九十九湾には野営場とやらがあるので、夏場だったら釣りやキャンプを楽しむところだが、今はもう晩秋。いや冬かな(11月後半)。友人のお勧めは観光船だという。
船に乗って海上から紅葉(こうよう)する能登を眺めるのも悪くないなと行くことにしたのだが、駐車場にあった看板の文字がちょっとおかしい。「魚観光船」と書かれているのだ。魚ってなんだ。しかも魚が赤で強調されている。景色よりも魚押しなのか。
その観光船から上がってきたと思われる人とすれ違ったのだが、「魚がたくさんいたねー」「イカがすごかった!」と嬉しそうに感想を語り合っている。きっと船の底に透明な窓があり、水中の魚が見えるということだろう。それはちょっと楽しそうだ。
能登半島の先端にある珠洲市から海岸線を車で移動してきたのだが、この日はちょっと風が強くて、海は少し荒れていた。
この天気で出船は大丈夫なのかと不安だったが、観光船のある港は風がほとんどなく、海は穏やかに凪いでいた。これは外海から奥まった場所にある九十九湾だからこそなのだろう。
桟橋に係留された「コーラル」と書かれた船に乗り込む。この地上から海上へと移る瞬間、日常から非日常へと世界は切り替わり、小さな冒険の旅が始まるのだ。なんて観光船でも釣り船でも毎回思う訳である。船っていいよね。
ちょうど船が出るタイミングだったらしく、我々を載せたコーラル号はすぐに離岸した。
残念ながらコーラル号に、私が勝手に期待した水中が見える窓はなかった。魚の文字はなんだったんだとちょっとがっかり。
しかし穏やかな海の上から眺める九十九湾の景色は、樹木が鮮やかに色づく時期ということもあって、とても美しかった。むき出しの岩肌もスーパークール。きっと風光明媚とはこういう場所のことなのだろう。
ここに移り住んで小さな船を持って、のんびりと釣りでもしながら生活する妄想に浸りつつ景色を楽しむ。宝くじ、当たらないかな。買ってないけど。
陸の周りがブロックみたいなもので覆われていることに気が付いた。波による浸食から防ぐための石だろうかと同乗した友人に聞くと、あれは遊歩道なのだという。
え、あそこを歩けるの!
私になんらかのコスプレ趣味があったならば、喜び勇んでフル装備で訪れたね。とりあえず下船したらいってみなくては。
こうしてほのぼのと観光船を楽しんでいたのだが、ここからまったく予想をしていなかった怒涛の展開が待っていた。
コーラル号は海上に浮かんだ生け簀に立ち寄ると、そこで乗客全員が下ろされた。そして刻んだカボチャと青いトマトを渡され、タイにあげてくださいと勧められたのだ。
池のコイにパンくずを与えるように、生け簀のタイに生野菜を投げ込めと。いやいやいや。
そんなバカなと躊躇していると、同じ船に乗っていた子供たちが迷いなくカボチャやトマトを海に撒き、それに立派なタイがバッシャンバッシャン群がってきた。マジかー。
ならば俺もとやってみると、すごく違和感があっておもしろい。これぞ異世界、俺の竜宮城はここにあった。
これがニシキゴイに麩だったら田中角栄、ピラニアに生肉だったら川口浩の気分だろうが、九十九湾ではタイに生野菜である。よくわからないけど海賊王気分といったところか。海賊王に俺はなった。
やっぱりこの船は「魚」観光船だったのだと嬉しくなる展開だ。
せっかくなので動画でどうぞ。
驚愕のアトラクションはなんとまだ続く。船長さんは「たこ」と書かれた生け簀に向かうと、そこからアジを遠投して隣の生け簀に投げ込んだ。
すると海の底からクラーケン、いや多数のアオリイカがフワッと浮いてきたのだ!
すごい、すごい、すごい。まさかアオリイカの捕食シーンが生で見られるとは。真っ青な海中からエサを求めて浮かび上がり、触腕を伸ばして襲いくるイカのカッコよさ。
このアオリイカ餌付けショーは、この観光船に何度も乗っている友人ですら初めて観たそうで、おそらくアオリイカが大きくなる秋から初冬にかけての限定公開なのだろう。
いやー、大変良いものを見せてもらった。
こちらも動画でどうぞ。
なんとイカだけでなく、さらにはタコの餌付けもあった。
こちらは手渡しでアジを与えるという大変地味なショーだったが、これはこれで味わい深いものがあった。水族館では体験できないタイプの生態観察タイムである。
他にもブリなどの大物が入った生け簀にアジを投げ込む捕食ショーもあったのだが、こちらは撮影失敗。すべてが淡々と進んでいくので、余韻に浸っている間に次のドラマが始まってしまうのだ。
これだけでもう乗船料分の興奮は十二分に味わえたのだが、夢の時間はまだ続く。生け簀の脇に設置された「海底のぞき窓」がまたすごかったのだ。
この窓は生け簀の外側を向いているので天然の魚がみられる訳だが、その魚影の濃さが笑えるのである。もしかしたら生け簀の中よりも魚が多いかもしれない。いや本当に。
船長さんの話によると、この生け簀を支える柱やロープが魚にとって格好の住処とあり、エサのおこぼれ(別に生野菜ばかりあげているのではない)にもありつけるので、これだけ集まるらしい。
さすが「魚」観光船と看板に書くだけのことはある。期待以上、ここまで魚が見られるとは思わなかった。
こうして想像以上、いやまったく想像していなかった感動を胸に、ふたたび船上の人となり、九十九湾をぐるっと回って桟橋へと戻ってきた。
時間にして40分の短い船旅。このおもしろさを何割の人が共感してもらえるかは謎なのだが、個人的には最高のアドベンチャーだった。
九十九湾観光はもうちょっと続く。観光船を降りて、遊歩道をたっぷりと散歩して、のと海洋ふれあいセンターを見学したところで、ちょっと小腹が空いたので売店に立ち寄った。
ランチタイムを過ぎていたので店内では食べられなかったが、のぼりにある「うちの父ちゃん手作り自慢 半干しスルメ」を焼いてもらえるようだ。
半干しスルメは、あのクルクルと回る機械で干しているイカのことだろうか。観光地になっている魚市場にいくと、最近よく見かける機械だ。でもさすがに客寄せ用で、売り物のスルメは別で作っているか。
半干しスルメ、イカ焼き、イカ足、イカだんごと、せっかくなので注文可能なイカ系を全部網羅してのイカざんまい。するとお店の母ちゃん(勝手に親しみを込めて)が例のイカ回転マシーンを止めて、そこから一杯のイカを取って炙り出したのだ。
あくまで客寄せの道具だと思ったら、実際に回っているイカを食べさせてくれるなんて!まさかの実演販売スタイル!父ちゃん、母ちゃん、ありがとう!
って感動していたら、同行者から「さっきから興奮するポイントがよくわからない」と言われた。
香ばしく焼かれた半干しスルメはしっかりと塩味が染みていて、生を焼いたのよりも柔らかいんじゃないかという優しい歯ごたえ。これにマヨ七味醤油が抜群に合う。
半干しというかちょい干しくらいの加減で、余計な水分を回転運動によって飛ばしつつ、歯が喜ぶ絶妙の弾力を保っている。そしてしっかりとした歯ごたえのゲソをかみしめると、また違う滋味があるのだ。
旅情込みでの採点となるが、これは人生で一番うまいイカ干しだ。さすが、父ちゃんが自慢するだけはある。九十九湾、来てよかった。
せっかくなので観光船からも見えた「イカの駅つくモール」にも寄った。2020年6月にオープンしたばかりの情報発信施設で、近くにある小木漁港は、函館、八戸と並ぶイカの三大漁港とも言われており、生きたまま船の上で急速冷凍する「船凍イカ」が有名なのだ。
もちろん道の駅的な売店も充実しているが、イカ漁の歴史パネルやイカ漁船の模型といったお好きな人には堪らない展示こそが肝だろう。イカだけに。きっとまた来ると思う。
九十九湾、堪能させていただきました。
今回の観光はたまたま私の嗜好と合っただけで、他の人が同じ体験をして同じように興奮するかは知らないけど、 九十九湾はとても楽しいところだった。
やっぱり実際に足を運んでみないと、その土地の魅力はわからない。そんな当たり前のことを再確認することができてよかった。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |