こんなサスペンスはどうだろう。
「あるSAで殺しがあった。被害者は不倫旅行の真っ最中の男。当初相手の女が疑われたが、女には完璧なアリバイがある。そこで疑われたのが自宅で待っていたはずの妻だ。しかし、妻は免許を持っておらず運転は不可能。どうやってSAに?!」
風呂もホテルもあるからサービスシーンも無理なく可能! SAグルメでだめ押しすれば、やばい、2時間ドラマとしてかなりいい線いきそうだ。
探偵役はわたくしがぜひ引き受けたいと思います。なお、撮影の際は車で行きます。
お腹すいてなくても食べたくなるし、お土産いらないのに買いたくなるし、貯まってないのにトイレいきたくなる。高速道路のサービスエリアのワクワク感ときたらなんだろう。
近頃は車に縁がなくすっかりご無沙汰だったのだが、車でなくても徒歩でサービスエリア内に入れるという噂を聞いた。マジか?!
しかも、足柄サービスエリアにはホテルがあって泊まれるらしい。そんな夢みたいな話があるとは。
夢をおいかけ、現地へ向かった。もちろん車を持っていないので電車&徒歩で、だ。
※2006年2月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。内容は当時のものです。記事最後に足柄サービスエリアの現在について加筆しました。
今回、徒歩で上陸するターゲットとなるサービスエリア(以下SA)は足柄SAの上り線。名神高速道路の多賀SA・下り線とともに全国で2カ所しかない宿泊施設のあるSAだ。むやみにSAにあこがれる私にとっての夢の場所である。
車がないけど、行ってみたい。入れておくれよ徒歩ですが。率直にSAのインフォメーションに電話で頼んでみた。
「従業員の入り口から入っていただいて結構ですよ」
むちゃくちゃあっさり入場可能とのお答えが出たのである。聞けば一般道に面して従業員用の駐車場と入り口があるらしい。あ、なるほど。
改めてSAの場所を確認すると、電車だとJR東海の御殿場線 足柄駅と御殿場駅の丁度真ん中あたりにあるようだ。
徒歩で行くといっても、もちろん近くまでは電車である。下車駅は足柄駅はよりもにぎやかと聞いて、御殿場駅に決定。地図を見ると道のり的には4kmぐらいだろうか。歩くのは大好きだし問題はない。
当日、スタートは東京の大森駅だ。車じゃなくて電車で高速道路に向かうという不思議よ! ラララ~!
そうして、東京の大森駅を出、御殿場駅に向かったたわけだが、ひとつ気になることがあった。
どうも、足柄SA付近は山らしい。
出発当日になって知人にそういう話を聞いたのだ。この日は宿泊することもあって、夜の8時ごろSAに到着すればいいいか、ぐらいの気持ちで動いている。御殿場駅に着いた時点で夜だった。当たり前だが、真っ暗である。
SAまでの道のりの詳細地図は用意してきたが、そこがどんな道か標高はどれくらいかなどの情報は全くない。
「あの辺りは完全に山道だよ」
知人の言葉がよみがえる。もしかして今回、何か危険なことをやろうとしているんじゃないのか私は。
そう強くもないが、雨が降っていた。SAまで4キロ(推定)……。ど、どうしよう。
闇を前に完全に及び腰である。「徒歩いくぜ!」なんて息巻いていた過去の私がうらめしい。
弱気も最高潮に達し、御殿場駅から急遽バスを投入することにした。持ってきた地図に、SAの近くにいくつかバス停があることは知っていたのだ。
が、バスターミナルで運転手さんに聞くと、SAの近くまで行く乗り合いバスは今日はもう出ないため、タクシーしかないという。タクシーかあ……。せっかくここまで車にたよらず来たのに、まさかここにきてタクシーに乗るのはロマンが許さない。いや、バスだって車ですが。
私がタクシーに乗るのを渋っていると、バスの運転手さんはSAの隣と言っていいぐらい近い「御殿場アウトレットモール」にシャトルバスが出ているからそれに乗ったらどうかとすすめてくれた。1時間に3本ぐらいで買い物客を送迎しているという。
アウトレットに用のない私が乗るのははばかれるが、ちょっとだけアウトレットに寄って何か買えばいいじゃんか! そう思ってバスを待った。
さて、待ち始めてから約20分が経過。
このあと、私は「飯野さん」という方の車に乗せていただくことになる。
いきなり状況が飛んでおりますが、説明させてください。
------以下、回想シーン------
シャトルバスは時間通りに来たが、アウトレット自体がすでに閉店しており、バスは従業員専用の運行になっていた。
それでも何とか乗せてくれませんかと必死で食らいついた私に、シャトルバスの運転手さんが、ちょうど帰るところだった従業員の方の自家用車に私を乗せるよう頼んでくれたのだった。
それが飯野さんだ。
------回想シーンおわり------
今思えばなんて迷惑な話だろう。
いきなりとばっちりを食った飯野さんは「SAに駅から行こうなんて、面白いことするねえ」と笑い「このあと用があるから近くまでしか行ってあげられないけど」とSAのかなり近くまで送ってくれた。
急展開であった。もともと気がちいさく、ヒッチハイクの経験は全くない。まさかの親切に感謝するばかりだった。
本当に本当にありがとうございました……!
SAまでの残りの道を歩いたのだが付近はもう、とにかく闇であった。山だ。どこに出しても恥ずかしくない、ここは山だ。近くまで送ってもらって本当によかった。
遠くからときどき、どーん! どーん! という大きな音がして、雷かと思ったのだがあれは何だったんだろう(翌朝もずっと音は鳴っていた。車が高速道路を通行する音だろうか)。怖くてほとんど走るぐらいのスピードで歩いていた。
と、書いたところ読者の方から何通かのご連絡をいただきました。どーん! という音は自衛隊御殿場演習場の演習の音ではないか、ということです。そうだったのか……(2006.02.27 14:00追記)
教えてもらった道を歩き始めて10分ぐらいでガソリンスタンド、シェルの明かりが見えた。SAだ!
近づくと、闇の中に駐車場と、入り口らしきトンネルが見える。
ここでいいのか? どうなんだろうと思いながら、入っていった。
すぐだった。トンネルを抜けてすぐ、驚くほど突然に目の前にSAの景色は広がったのだった。
見渡す限りのトラック、トラック、トラック、あと、こうこうと光るガソリンスタンドの明かり、ヒューヒュー向こうの高速道路をゆく車の音が聞こえた。
歩いて入れたよ……SA!
私が入った入り口は、大型車の駐車場の目の前だった。大きなトラックに気をつけて、走って建物の中へ。
いつか見慣れた光景ではあるが、何を見てもいちいち「お、SA!」と思う。車でしか来たことのない場所に歩いてたどりついたからか、新鮮なのだ。なんで私ここにいるんだろうという、テレポーテーションして突然たどり着いたという感覚だ。
周りにいる人たちはみんな薄着で、雨が降っているのに傘を持っていなかった。スウェット姿の気楽な人もいる。そりゃそうだ、みんな今まで車にいたんだもんな。
そんななかで私はびしょびしょの傘を持って、ニット帽をかぶり、厚手のブルゾンを着、そのうえマフラーをぐるぐる巻きにしている。ズボンのすそもだいぶぬれている。
普通にそこにいる人たちに対して、頑張ってここへたどりついた自分は明らかに異色だった。なるほど、徒歩でSAに来るってこういうことか。
さて、だんだん落ち着いてくると、SAの様子がいつもと違うことに気づいた。
子供の頃、大型連休のときなどよく寄ったSAというと、フランクフルトだのポテトだのこんにゃくの田楽だのの串刺しフードや、ソフトクリームなどが売られるぎやかなイメージが強い。そう、縁日の感じだ。
今回、平日の夜にSAに来てみてそれはあくまで混雑時のはなしだということが分かった。
全体的に空いてて、一般のお客さんよりも、運転手さんのようなプロの方が多い。いきおい、お祭り的な屋台は休業、お土産屋は開いていたが、人はまばらであった。
考えてみれば当たり前の事実だが、知らない世界をかいま見たようだった。
ただ、私にとっては祭りでなくてもやっぱり楽しいSAだ。仕事で来ている方が多そうなため、おおっぴらにははしゃげず、冷静を装いながら小さくはしゃいだ。
いやはや、そんなわけでひとりきり盛り上がりましたが、今日わたしはなんとここに泊まるのだ。
宿泊施設であるレストイン足柄はお土産売り場の隣に平然とあった。富士山の伏流水で沸かすという大浴場もあって宿泊者でなくても入れるらしく、入り口は割とにぎわっている。
入ってしまうと普通のビジネスホテルだった。外にあふれるSA感がここにはあまりない。部屋も防音がしっかりされているのか、車が通る音がしないのだ。
部屋に入ってくつろいで、最初は「おお、私いまSAでごろ寝してるんだあ!」とか「SAでテレビのザッピングしてるよ!」とか感動していたのだが、早い段階でその驚きもなくなった。
あまりに普通になりすぎて、お風呂上がりにフロントに「ビールの自販機ないですかね」と聞き、「ここは高速道路ですから……」と当たり前のことを言わせてしまったほどだ。おお、そうでしたな!
ん? あ、そうか、忘れていたが今SAにいるということは、明日起きたらまた山道を歩いて帰らないといけないんだよな。しかも明日は送ってくれるあてもない。
……。
と、とりあえず寝ます。おやすみなさい!
朝起きて、顔を洗って歯を磨いて、服を着替えて外に出たら、あたりはSAだった。日常あり得ない光景に朝っぱらから息をのむ。
朝になって、昨日見えなかったSA内の全体も見えてきた。うろうろすると、建物の裏の芝生の広場では、犬の散歩をさせている人がいた。どこだ、ここは。常々不思議な場所である。
朝8時。フードコートの隣にパン屋があったのだが開店前だったので、SA内でも高級なイメージで子供のころ入れなかった感のあるレストランに入ってシャケ定食のモーニングを食べた。
SAのレストランで、食べているのは牛丼屋の朝定食みたいなメニュー。そして今日はこのまま会社に出勤だ。もう何がなにやらだ。
さて、問題の帰り方であるが、昨晩寝ながら、徒歩で駅まで帰ろうと開き直っていた。明るければ大丈夫だよね! ね!
さて、十分高速道路感も味わったし、そろそろ出勤しましょうか。
行きは教えてもらった道を辿ったので地図は見ていなかったのだが、帰りは事前に準備していたルートマップをたよりに帰った。本当は真っ暗ななか通るつもりだった道だ。
普通、地図に出ているぐらいの道ならアスファルトで舗装されている道だと思うだろう。甘かった。
私が地図上で「この道を行こう」とセレクトしていた道が図2である。この先に行くと空き家らしき一軒家も建っていた。明るい朝でも十分に怖い。地図通り歩いて行こうとしたら遭難するところだった。
結局、びびりつつも山道は10分ほどで普通の道につながった。普通の住宅街を歩いて駅には1時間ぐらいで到着でき、始業から2時間遅刻して出社した。
その日は1日「今日SAで起きたんだよなあ」と思って不思議だった。妙な達成感でいっぱいです。
こんなサスペンスはどうだろう。
「あるSAで殺しがあった。被害者は不倫旅行の真っ最中の男。当初相手の女が疑われたが、女には完璧なアリバイがある。そこで疑われたのが自宅で待っていたはずの妻だ。しかし、妻は免許を持っておらず運転は不可能。どうやってSAに?!」
風呂もホテルもあるからサービスシーンも無理なく可能! SAグルメでだめ押しすれば、やばい、2時間ドラマとしてかなりいい線いきそうだ。
探偵役はわたくしがぜひ引き受けたいと思います。なお、撮影の際は車で行きます。
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