特集 2019年10月2日

近所にあるかも?戦前の街頭ラジオの痕跡「ラジオ塔」

これがラジオ塔というものらしい、見たことある?

いつも歩いている近所にも、よく見ると色々なモノがある。

多くは目に入っても気にも留めないし、調べる気力もない。

戦前から戦中にかけて作られ、今なお日本各地に点在しながらもほとんど知られていないものがある。街頭ラジオの痕跡「ラジオ塔」だ。その魅力を聞いてきた。

1984年生まれ岡山のど田舎在住。技術的な事を探求するのが趣味。お皿を作って売っていたりもする。思い付いた事はやってみないと気がすまない性格。(動画インタビュー)

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ラジオ塔=電波を出す塔ではなく、街頭ラジオ

以前、岡山の街歩きの会に参加させてもらった時のことだ。「ラジオ塔」を研究されている方にお会いした。

ラジオ塔…って何?ラジオの電波を出す塔の事?と思ったが違った。

「街頭ラジオ」の事だそうだ。

街頭テレビなら知っているが、街頭ラジオ?…そしてその痕跡はまだ日本各地に残っているらしい。全然知らないぞ。知らない事を知るのは楽しいので、ラジオ塔についてお話をうかがう事にした。

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住宅街の中にあるごく普通の公園、岡山市の上伊福西公園。

待ち合わせしたのは、岡山県岡山市の中心部から15分ほど歩いたところにある上伊福西公園だ。

…この日は真夏が戻ってきたかのように暑い。暑さのせいか周辺に人影はない。

それは置いといて、この公園はラジオ塔がいまだ残っている場所のひとつだという。

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ラジオ塔とは

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公園の隅にあるひときわ大きな構造物がラジオ塔。

これがラジオ塔らしい。なんか…思ってたんと違う。

ご覧の通り「塔」というより「どでかい灯篭」と表現するほうが近い。

隣のブランコと比較すると大きさがわかると思う。 

なるほど。僕はこうしてラジオ塔を目当てに来たので注意が向いたが、灯篭っぽいので「なんだただの灯篭か」となってほとんどの人は気にしないだろう。「くせもの!」→「にゃー」→「なんだ猫か」と同様のメソッドである。

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ラジオ塔について教えてくださる一幡(いちまん)さん。

「そもそもラジオ塔という塔にラジオを置くという形は街頭ラジオの一種です。」

やわらかな語り口でそう話してくれたのは一幡公平(いちまんこうへい)さんだ。お名前がめちゃくちゃ珍しい。

一幡さんは日本各地を訪れラジオ塔の研究をされていて、その成果はラジオ塔の同人誌や学会などで発表している。いわばラジオ塔のマニアだ。

そもそも一幡さんがラジオ塔を調べ始めたのは、ラジオ塔という存在があると知った翌日、この公園の前を通りかかり、これもラジオ塔なのではないかと気づいて調べ始めた事がきっかけだそうだ。

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野球狂時代とラジオ塔の誕生

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暑い中すみません!
今日はよろしくお願いします。
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よろしくお願いします。ところで岡本さん、これ何だか分かりますか?
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なんですかこれは??
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古い写真。たくさんの人たちが野球盤を見ている?
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プレヨグラフと呼ばれる野球速報板です。
これは昭和初め頃の写真でこの頃、野球狂時代と呼ばれるほどものすごく野球が人気でした。関西では主に甲子園大会や、関東では六大学野球ですね。
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そんな時代があったんですね。
プロ野球は出来る前か出来たばかりくらいですかね…今と違って甲子園や六大学野球のほうが人気だったのか。
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もちろん球場には人が殺到していましたが、球場から離れた場所では電話で試合の状況が伝えられ、この様に係の人が試合状況を反映しています。
僕にはこれが面白いものに思えません。それでも物凄い人が集まっている。ちょっとありえないですね。

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たしかに…。今の感覚だとつまらなそうです…。それに係の人も大変そう。
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こちらも古い写真。ラジオ塔の周りに人がたくさん。
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日本放送協会(NHK)がそういう野球人気を鑑みて昭和5年に大阪の天王寺公園に「塔の上にラジオを置く」街頭ラジオを作ったのがラジオ塔の始まりです。
つまりラジオ塔の始まりは野球とつながりがあるようです。

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なるほど!野球盤を見る方式からラジオで聴けるようになったら画期的です。そういう流れでラジオ塔が作られ始めて、一部がこれ(↑)の様に現代まで町の中に残っているっていう事ですね。
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戦争に突入すると役割が変容するラジオ塔

このように当初は娯楽を目的として作られ始めたラジオ塔だが、日本が戦争へ向かいはじめると、国民へ情報を発信する重要性が増し、ラジオ塔もどんどん増加していく。

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一幡さんのまとめた資料から、ラジオ塔建設数の推移。昭和14年以降急増している。

一幡さんによると全国で少なくとも465か所ものラジオ塔が建てられたのだとか。

そしてこの上伊福西公園のラジオ塔も、建造年は不明ながら戦争が拡大した昭和17年(1942年)頃のものらしい。

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残暑というには余りに暑い真昼の公園でラジオ塔の魅力を熱く語る一幡さん。
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全国のラジオ塔を見て回ると全てデザインが違うんです。
本来は音を出すためだけの物であるにもかかわらず、戦争で厳しい状況でも凝ったデザインにしたのは戦争とのかかわりも非常に強いと思います。
当時はラジオを用いて戦意高揚させようとしていたので、もっともらしい事が発せられるラジオ塔が適当なものであってはならない、そういう思いがあったんじゃないかと。

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そしてこのコンクリートの柱は国旗掲揚台だそうだ。

この様にラジオ塔と国旗掲揚台はセットになっている事が多いらしい。これも戦争中におけるラジオとラジオ塔の役割を示しているのだとか。

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資料がなく自分で作った同人誌

こうした研究成果はラジオ塔の同人誌という形で発表している。

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他に類をみない、ラジオ塔だけを取り扱った同人誌。「ラヂオ塔大百科 2017 日本各地にひっそりと残る街頭ラジオ
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ラジオ塔の同人誌もだされていますよね。
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もともとラジオ塔を調べ始めたときに、まとまった資料はありませんでしたし、もちろん専門書もありません。ラジオ塔の本が欲しいなと思って自分で作ろうかと。

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行動力がすごすぎます。
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アニメで見つけたラジオ塔

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各地に現存するラジオ塔の写真と解説が掲載されている。
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同人誌にはラジオ塔の現存状況の写真が載っていますが、現地調査はなにか手がかりがあるのでしょうか?
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日本放送協会(NHK)が戦前に発行したラジオ年鑑にラジオ塔の設置場所一覧が記載されています。
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(設置場所一覧を見ながら)○○公園とかならまだ分かりやすいですが、〇〇町とかかなり雑なものも多いですね。
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誤植も多いです。設置場所一覧から現在地を割り出して現地へ赴いて現存を確認します。基本的にはその流れですが、他にもドラマチックに発見したラジオ塔もあります。このアニメは知っていますか?
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テレビアニメ「おおきく振りかぶって」
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おおきく振りかぶって!見たことあります。
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球場のシーン。
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実在する埼玉県川越市の初雁公園野球場が舞台になっています。
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いわゆるアニメの聖地っていうやつですね!
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これを見ても普通の人は何も思わないと思うんですが、僕は「おお!これは!」と思いまして。
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背景をズームすると…あ!!でも普通の人はこんなところ気にしない。
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感動しました。感動が伝わってきました。
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ラジオ年鑑には「川越市グラウンド」だけしか書かれていなかったので場所が特定できていませんでした。
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初雁公園野球場(埼玉県)。もちろん一幡さんは実際に現地に足を運んだ。

このラジオ塔も灯篭っぽい。これもただの灯篭だと思われているんじゃないか。

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ラジオ塔を証明するものは現地にはありませんでしたが、川越市立博物館のかたがラジオ塔だとおっしゃっていました。
僕の中で確信を持ったのはこの国旗掲揚台です。
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ラジオ塔からフェンスを隔てて国旗掲揚台がある。
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そうか。ラジオ塔と国旗掲揚台はセットになっていることが多いからですね。
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そうです。
ここから余談ですが、この国旗掲揚台は5色に塗り分けられていますが、なぜだか分かりますか?

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まったく分かりません。
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5色というのはオリンピックの五輪を表しています。これは昭和13年に作られた国旗掲揚台なんですが、実は昭和15年に東京オリンピックの予定があったんです。
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あ!ちょうど今、NHK大河ドラマの「いだてん」でやっていますよね。
昭和15年(1940年)の東京オリンピックが中止になるやつだ!うぉー、おもしろい!

現存する戦前のラジオ塔

このように一幡さんは全国のラジオ塔を訪れて現存するか調査して回っている。

一幡さんが現存を確認した戦前のラジオ塔はこの42か所だそう。

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すごい!かなりたくさん残っていますね。
でも北海道や東北にはないですね、撤去されたという事ですか?
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そうかもしれません。しかし記録にある465か所の全てのラジオ塔を確認した訳ではないので、まだ未発見のラジオ塔が残っている可能性もあります。
台湾以外にも、樺太や最近調べた資料だとミャンマーやインドネシアにもラジオ塔があったみたいです。
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うわ。取材が大変そう…。
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聖蹟公園(東京都)
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東京にはいっぱいありそうな気がしていましたが聖蹟公園の1か所しか残ってないですね。
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東京は元々作られた数が少ないんです。
ラジオ店の店頭で流す街頭ラジオもあって、東京はそういうのが多かったか、家庭への普及率などの影響で必要なかったのかも知れません。
東京都千代田区の佐久間公園にもラジオ塔は残っていましたが、2011年ごろに撤去されています。
九州も長崎以外は見つかっていません。
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旧崎戸小学校(長崎県)
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逆に大阪とか京都にはたくさん残っていますね。
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成田山大阪別院明王院ラジオ塔(大阪府)
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円山公園ラジオ塔(京都府)
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大阪はラジオ塔の発祥の地だからかも知れません。京都は空襲が少なかったからなのかな。でも空襲があった街に残っている例もありますんで…その辺はまだよく分かっていないのです。
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台中公園ラジオ塔(台中市)
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わざわざ台湾にも足を運んだんですね。それもすごいな。

見直されつつあるラジオ塔

このようにかつては各地で活躍したラジオ塔だが、やがて時代がラジオからテレビへと移り変わると、ラジオ塔の存在も徐々に忘れられていった。

冒頭の岡山市の上伊福西公園のラジオ塔も長らく放置されていたが、地元の町内会の方々の手によって復活を遂げている。

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ラジオ塔のすぐそばに新しく設置された看板。一幡さんが手配したイラストが使われている。
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ここのラジオ塔には解説の看板もついていて驚きました。
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僕がラジオ塔の同人誌を出版した時に、ラジオの雑誌に記事とこのラジオ塔の写真が載ったんですね。
この近所に住むご主人がたまたまその記事を見て、町内の方々が「これはラジオ塔だったのか」と知る事になりました。
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じゃあ、それまで町内の方々も知らなかったんですか?
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あることは知っていたんですが、これが何かという事まではご存じではなかったようです。
ラジオ塔の復活を推し進めた方によると「こんなお宝があったのなら活用していこう」と。
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ラジオ塔、ふたたび注目されてますね!

こうして一幡さんの活動がきっかけとなり、解説の看板もついて、このラジオ塔でのラジオ体操が行われたりもしているらしい。

身近な構造物でもただ通り過ぎるだけでなく歴史を調べてみると、思わぬところで別の歴史とリンクしたり、地域にとって重要な財産になることもあるのだ。


もしかするとあなたの近所にもラジオ塔があるかもしれない!…ということで、一幡さんがこれまでに現存を確認した戦前のラジオ塔の写真を全部掲載しておく。

まとめ枠が長くなってしまうがラジオ塔の魅力を全力で語る一幡さんを見ていて、それぞれのラジオ塔の魅力を僕が紹介しても伝えきれるか分からないし、ちょっとおこがましいなと思ったからだ。

気になった方は同人誌を買おう。

関東地方のラジオ塔

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聖蹟公園ラジオ塔(東京都)
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調公園ラジオ塔(埼玉県)
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初雁公園野球場ラジオ塔(埼玉県)
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野毛山公園ラジオ塔(神奈川県)
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前橋公園ラジオ塔(群馬県)

中部地方のラジオ塔

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清水山公園ラジオ塔(静岡県)
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志賀公園ラジオ塔(愛知県)
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中村公園ラジオ塔(愛知県)
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松葉公園ラジオ塔(愛知県)
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道徳公園ラジオ塔(愛知県)
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白山公園ラジオ塔(新潟県)
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兼六園ラジオ塔(石川県)
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芦城公園ラジオ塔(石川県)

近畿地方のラジオ塔

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大阪城公園ラジオ塔(大阪府)
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中之島公園ラジオ塔(大阪府)
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大和公園ラジオ塔(大阪府)
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箕面公園瀧安寺ラジオ塔(大阪府)
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成田山大阪別院明王院ラジオ塔(大阪府)
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大曽公園ラジオ塔(大阪府)
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大浜公園ラジオ塔(大阪府)
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円山公園ラジオ塔(京都府)
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紫野柳公園ラジオ塔(京都府)
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船岡山公園ラジオ塔(京都府)
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御射山公園ラジオ塔(京都府)
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橘公園ラジオ塔(京都府)
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八瀬ラジオ塔(京都府)
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小松原公園ラジオ塔(京都府)
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萩児童公園ラジオ塔(京都府)
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中崎遊園地ラジオ塔(兵庫県)
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諏訪山公園ラジオ塔(兵庫県)

中国地方のラジオ塔

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上伊福西公園ラジオ塔(岡山県)
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最上稲荷ラジオ塔(岡山県)
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桑田公園ラジオ塔(岡山県)
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NHK松江放送局ラジオ塔(島根県)

四国地方のラジオ塔

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徳島中央公園ラジオ塔(徳島県)
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塩釜神社ラジオ塔(香川県)
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長尾寺ラジオ塔(香川県)

九州地方のラジオ塔

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長崎公園ラジオ塔(長崎県)
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旧崎戸小学校ラジオ塔(長崎県)

台湾のラジオ塔

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二二八平和公園ラジオ塔(台北市)
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台中公園ラジオ塔(台中市)
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屏東公園ラジオ塔(屏東県)
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