特集 2019年9月2日

昭和のパフェが食べたいんだ!

あの頃、「パフェ」という言葉は今ほど使い古された言葉ではなかった。

その言葉の響きは今よりずっと新鮮でキラキラと輝きを放っていた。

デパートのレストランや、喫茶店。ショーウインドーの最も高貴な場所、左の一番上に鎮座するパフェの食品サンプルはさながらデザートの女王だ。

しかし現在、新しいデザートもどんどん登場しパフェにかつてほどの絶対的な輝きはない。そしてパフェ自身もまた、より嗜好を凝らしたものに変化を遂げている。

でも僕は“あの頃のパフェ”こそ、食べたいんだ!

1984年生まれ岡山のど田舎在住。技術的な事を探求するのが趣味。お皿を作って売っていたりもする。思い付いた事はやってみないと気がすまない性格。(動画インタビュー)

前の記事:江戸初期まであった幻の島「児島」を求めてドローン飛ばす

> 個人サイト オカモトラボ

昭和のパフェはネットで探してもほとんど見つからない

”あの頃のパフェ”を「昭和のパフェ」と呼ぶことにしよう。

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僕の考える昭和のパフェはこうだ。

こういうパフェは最近ではあまり見る事が無くなった。もっと趣向を凝らした、インスタ映えする様なパフェが主流になっている。

あの頃憧れたパフェが食べたい…そう思うと居ても立ってもいられなくなり早速ネットでリサーチを始めた。

まだ昭和のパフェが残っているとすれば、昔ながらの喫茶店や地方のショッピングセンターのレストラン等であろう。

だが、惜しむらくは、そういう昔ながらの喫茶店の情報はネットにほとんど上がっていないのだ。

昭和のパフェ探しはのっけから苦戦を余儀なくされた。

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スイーツ界のエメラルド「アンゼリカ」は絶滅寸前

昭和のパフェの要素のうち、最も厳しい状況にあるのが「アンゼリカ」だ。

あまり馴染みが無い人もいるかもしれない。昭和から平成の初めころまでスイーツにはよく「アンゼリカ」という加工食品が乗っていた。

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これがアンゼリカだ。通常はスライスして使う。

アンゼリカは噛めばシャクシャクっとした歯応え、若干歯の裏にくっつく様でもあるが、なによりもその甘さはまるで食べられる宝石。エメラルドのように貴重で尊い存在だ。僕もこの画像を見るだけでテンションが上がる。

かつてはパフェにもよく添えられていたが、気付けばほとんどお目にかかる事がなくなった。僕がかつて食べていた昭和のパフェにもアンゼリカは乗っていたのに。

断片的でしかないネット上の情報を掻き集めて分かったのは、かつて大人気だったアンゼリカは今や絶滅寸前だという事だ。

事実、上の写真を撮るために近所のスーパーやデパートに足を運んだが取り扱いが無かったし、製菓材料の専門店でさえも置いていなかったのだ。一体、どうしちまったんだ!(結局、楽天で買った)

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「アンゼリカ」を使っているお店が鳥取にある

しかしその様な状況でもまだアンゼリカを使っている喫茶店があると聞きつけ一路、鳥取に向かった。

ただしアンゼリカが使われているメニューがあるというだけで、パフェにアンゼリカが使われているかどうかは分からない。そんな不確かな情報にすがらないといけないほど情報がないのだ。

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やってきました、鳥取。

この日の鳥取は全国で一番気温が高く、最高気温は38度をマーク。

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鳥取駅前の商店街の中にあるのが「チャップリン」。

太陽光線から逃れる様にアーケードのある商店街に入ると、目的の店「チャップリン」が姿を現す。

気を付けて見ないと見落としてしまいそうなシブい佇まいからも”ありそうな”感じがヒシヒシと伝わってくる。

それに「チャップリン」という名前もとても良い。

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階段を降りると店内に入る。

さすがに暑いからか、僕の他にお客さんはいなかった。

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UFOケーキ。

ネット上の情報にアンゼリカが使われているとあったUFOケーキを注文する。そこには探し求めていたアンゼリカが刺さっていた。缶詰のサクランボとウエハースも懐かしのラインナップだ。

アンゼリカが使われている店を探しに来たというと、お店の方も「今はほとんど出している店はないと思う」とのことだった。

ただ目的はパフェを確認しに来たのだ。

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チャップリンさんのフルーツパフェ。

チャップリンさんのパフェは、メロンやパインアップルなどフルーツが盛りだくさんのパフェだった。

美味しくてペロッと平らげてしまったが、残念ながらパフェにはアンゼリカは使われていなかった。豪華で嬉しいのだが昭和のパフェという点ではちょっと違った。

しかしさきほどのUFOケーキは、あの頃の雰囲気が残されていたので満足だ。

チャップリン「UFOケーキ」の昭和のパフェ度
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 ※ただしパフェではない

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岐阜県大垣市で理想の昭和のパフェに出会う

続いてアンゼリカが使われている写真をネットで見つけ、岐阜県へと向かう。

情報源のサイトはすいぶんと更新がされていないようで、今でもその写真の通りのメニューがあるかとても不安だ。

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ちなみに節約のため移動は青春18きっぷ。

青春18きっぷは期間が限られるが、期間中はJRの在来線に何度も、どこまででも乗る事ができる魔法のアイテムだ。 

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約半日かけて大垣市に到着。

昭和のパフェが提供されている可能性があるのは岐阜県の大垣市にある喫茶店だ。

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日差しの降り注ぐ住宅街を歩く。

鳥取の日ほどではないが、この日も熱い。

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15分くらい歩いただろうか、喫茶愛さんが見えてきた。

店のそとからは営業しているか分からなかったが、店に近づくと営業していて安心した。

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店内も良い感じだ。

店内に入ると、近所の常連と思わしき人たちが、テレビを見たり雑誌を読んだりおしゃべりしたりゆっくりとした時間を過ごしている。

僕も早速フルーツパフェを注文する。

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喫茶愛さんのフルーツパフェ。

運ばれてきたパフェを見て、古い友人と再開したかのような興奮と懐かしさを感じた。

彩りが美しく思わずため息がでる。

アンゼリカに缶詰のサクランボとフルーツ、複雑な切り方のリンゴ。そして極め付きはブルーハワイ色のソース。理想の昭和のパフェだ。

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アンゼリカが乗っている。ついに!

まずはアンゼリカを口に放り込み懐かしい味を楽しみつつ、徐々に食べ進んでいく。

黄色のグレープフルーツの苦味がパフェの甘味の中に爽やかなアクセントになっている。

そしてブルーハワイ色のソースは甘い!このガツンと来る甘味は、上のアイスクリーム部分と混ぜて食べれると、脳内に幸福物質が流れ出す。

これこそ僕の探し求めていた昭和のパフェだ。

喫茶愛「フルーツパフェ」の昭和パフェ度
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埼玉県にもアンゼリカを使った昭和のパフェがあった

大垣駅から名古屋駅まで引き続き18きっぷで移動し、名古屋からは新幹線を使って今度は埼玉県北越谷駅へと向かう。

北越谷にも昭和のパフェがあるとはげます会で教えてもらったからだ。

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北越谷駅に着いた頃には陽が傾き始めていた。

昭和のパフェを食べるための移動距離がとんでもないことになっている。

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駅から5分ほど歩くと念願のパーラー鯉さんが見えてきた。

パーラー鯉さんは名前も最高だし、この落ち着いた佇まいはどこか懐かしさを感じさせる。

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そして軒先のガラスケースの最上段にはパフェ。

これだ、間違いない。このために埼玉まで来たのだ。

はやる気持ちを抑えつつ、店内に入る。

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夕方という事もあって僕以外にお客さんはいない。

店内にはお洒落な音楽がかかり大人の雰囲気だ。 

フルーツパフェを注文して待つ。

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僕が描いた冒頭のイラストにほとんどそっくりなパフェが出てきた。

「パフェはかくあるべし」と言わんばかりのイメージ通りのパフェが登場した。

世の中にいかにインスタ映えするパフェが溢れようと、僕たちが心の底で求めるパフェは永久にこういうパフェじゃなかろうか。

グラスの一番底にはグリーンの原色のソースも見える。

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薄いオレンジ色はオレンジ味のシャーベットだった。

写真を撮る短い時間ですらもどかしい。

スプーンで記念すべき一口目をすくいあげる。

オレンジのシャーベットがすっきりとした味わいにさせる。もちろんアイスクリームも入っていて濃厚さと対比となっている。さわやかさと濃厚さを交互に楽しむも良し、一緒にスプーンですくえばさわやかさと濃厚さが同時に口の中でとろけあい絶妙だ。
そしてシャーベットとアイスクリームの雪原にフルーツがキラ星の様にアクセントを加える。アンゼリカと缶詰のサクランボも鮮やかだ。

パーラー鯉「フルーツパフェ」の昭和パフェ度
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有名な上野ギャランでいぶし銀なパフェを食べる

ここまで3つのアンゼリカが使われてパフェ(だたし1つはパフェではないが…)を食べたが、僕はアンゼリカにこだわり過ぎていたきらいがある。

アンゼリカが乗っていなくても美味しい昭和のパフェがきっとあるはずだ。

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という事で翌日は東京の上野駅にやってきた。
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上野駅から徒歩5分ほどの場所にある有名な喫茶店のギャランさん。
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ここまで訪れた喫茶店とは趣が異なるがやはりあの頃の感じさせる喫茶店である。
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店内はオープン直後にもかかわらず繁盛している。
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ギャランさんのフルーツパフェはフルーツたっぷりだ。

缶詰のフルーツがふんだんに盛り付けられた目にも鮮やかなパフェが目の前に置かれる。グラスの中までカラフルだ。

これまでのものと異なり原色のソースはグラスの底に溜まっているのではなく、上からかけられているタイプ。

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フルーツのなかに緑色のソースが鮮やかだ。

よくよく見るとクリームも多めにトッピングされている事が分かる。

スプーンをどう差し込んでもフルーツが楽しめる。どういう角度でスプーンを差し込めば最高の一口を楽しめるかと想像するだけで楽しい。

アイスや缶詰のフルーツの甘味がクリームによって包み込まれてまろやかになる。

早朝にパフェを食べることはなかったが、苦いコーヒーにパフェはよく合う。

ギャラン「フルーツパフェ」の昭和パフェ度
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東京都小岩のパフェはお祭りだ

最後に同じく東京都内のお店へと向かう。

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千葉県との境目の街、小岩へとやってきた。
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駅ビルを出てすぐの駅前広場に隣接しているのが喫茶白鳥だ。
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ショーウインドーには食品サンプルが飾られている。

お昼どきだったので店内はお客さんがたくさんいて店員さんもせわしなく動いていた。

早速、フルーツパフェを注文したが結構時間がかかるだろうと思っていると意外なほど早くパフェが運ばれてきた。

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喫茶白鳥さんのフルーツパフェ。

運ばれてきたフルーツパフェを見ると、机の上が一気にお祭り気分になる。

重力に逆らうかのように「複雑な切り方のリンゴ」が高くそびえている。極限まで薄く加工されたリンゴは職人技だ。 

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カラースプレーが散りばめられている。

ここに来て初めて登場したカラースプレー(色とりどりのチョコレートの粒)。

カラースプレーもまた憧れの存在だった。かつては色々なスイーツにふりかけられ、子供たちを惑わしてきた。

しかし最近ではほとんど見ることがない。お祭り屋台のチョコバナナに使われているのを見るくらいだろう。

昭和のパフェは単なるデザートではなかった。パフェを頼んで食べる事は特別な行事だったのだ。

昭和のパフェがそんな楽しさや憧れを象徴する食べ物であったことを改めて思い出し、これが昭和のパフェの醍醐味だよねと想いながら平らげた。

喫茶白鳥「フルーツパフェ」の昭和パフェ度
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昭和のパフェのある店に外れなし

昭和のパフェがある店は雰囲気が良い。人柄が良いご年配の方がやっていることが多く。パフェがおいしくお腹も満たされ、かつ、お店の方の人柄に心まで満たされてしまう。

そして多くの場合「レシートください」というと手書きの領収書がでてくる。

そんな長年愛されているお店で、あの頃憧れた昭和のパフェを食べるのは最高に贅沢だった。

 

こうして僕の昭和のパフェ欲が満たされた訳だが、最後に僕が思ったのは、

「醤油でも舐めたい」

だった。


「持ってる」の逆の「持っていない」。

強運の持ち主の事を「持ってる」などというが、僕はそれとは逆の「持っていない」人間であることを自覚している。

今回のパフェ食べ歩きもあまりネットに情報が無い店なので既に閉店している可能性も考えられた。もし店が営業していても材料切らしてか、調べたのとは全く違うパフェが出てくるような事態も起こり得る。

しかも今回はそれぞれのお店の距離が遠いので再訪問はなかなか厳しい。絶対に順調にいくはずがないと思っていた。

そんな心配をよそに、今回は訪れた店はほとんど目的のパフェを食べられ、これまでになくスムーズに予定をこなすことができた。

はっきり言ってこんなに予定通り進む事などないのだ。

「なにかおかしい」

撮影したカメラが壊れて写真が消えたり、原稿が消えたりするんじゃないか…と心配になり、データをクラウドにアップして万全の体制を整えていたら、

締切の4日前にパソコンが起動しなくなったのだ。

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