鳥嵐の島、天売
今回はウミネコとウトウという2種類の鳥の群れを見たわけだが、どちらも観察としたというよりも巻き込まれたという感じだった。動物の群れはほとんど天変地異だということを実感できた、濃密な2日間だったのである。
いったん宿に戻って夕飯を食べてから、ウトウが巣穴に帰還するところを見に行くことに。宿から観察ツアーのバスが出るというので乗せていってもらう。
日が傾くまでにまだ時間があったので、先ほどの運転手が解説員に早変わりしていろいろ教えてくれた。
天売島はウトウの繁殖地としては世界最大で、ピーク時には島の南端に推定80万羽が生息するという。
80万羽......。多すぎてちょっと想像できない数である。ちなみに、うなぎパイで有名な浜松市の人口がだいたい80万人だ。この土の下に浜松の全住民と同じ数のウトウが収容されるのかと思うと、背筋がゾワッとした。
そんな想像をしているうちに、空が暗くなり始めた。
この日は霧が出ていた。
霧の向こうからドゥルルルルという羽ばたきの音が聞こえて黒い影が飛び出してきた。
誰かが
「あ、いた!」
と叫んだ。
飛び出してくる影は2つになり3つになり、すぐに嵐になった。
ものすごい数のウトウが猛烈に羽ばたきながら(魚めがけて水中にダイブすることに特化したウトウの体は重たい上に翼が小さいので、羽ばたきを止めるとすぐに落ちてしまうのだ)縦横無尽に空を飛び交っている。渦中の我々は地上でそれを見守るばかり。まさにウトウ嵐だ!
「霧の日はとくに自分の巣穴を見つけるのに時間がかかるから、あちこち飛び回るんですよ!」
解説員が羽ばたきの音に負けないように声を張り上げる。
無事に巣穴を見つけたウトウは、さして減速するでもなくズドーン!という感じで巣穴近くの地面にダイブする。着地というより墜落である。
あっちでズドーン!、こっちでズドーン!という音がする。
不器用な飛び方しかできないウトウはこうしてたまに物にぶつかるのだ。その代わり体は重く頑丈にできているから平気らしい。事故を起こすことを前提に作った車みたいな乱暴なコンセプトである。
本人はそれでよくても、ぶつけられる方からすればたまったものではない。低空飛行するウトウがすぐ近くを飛びぬけていったせいで、ヒヤリとさせられることが何度もあった。
このウトウは運よく魚を手に入れることができたようだが、何十万羽もいるウトウの中には当然、手ぶらで帰宅する者もいる。そういうやつらはどうするか?
魚を持った仲間から横取りしようとするのである。ついでに、無関係のウミネコやセグロカモメも横取りを狙って飛来する。
たちまちそこらじゅうで魚の奪い合いが始まる。茂みのせいでよく見えないが、帰宅ラッシュが始まるとすぐにあちこちから乱闘の音や叫び声が聞こえてきた。
世紀末状態である。地獄絵図である。でも、ここではこれが日常だ。
はじめこそお祭り騒ぎを見ているようで面白がっていた私もだんだんいたたまれなくなってきた。生きようともがく姿はこんなに不条理で、愚かしく、はたから見るとアホらしいのか。こいつらはこんなことを毎日やっているのだという事実が見る者の憐れみと脱力を加速させる。ラッシュアワーの山手線をわざわざ見にくる外国人観光客もこんな気持ちになっているに違いない。
一方、鳥たちはそんな我々のことなどまるで眼中になく、元気に暴れ回っていた。
脇役の人間たちを置き去りにして、天売島の夜は更けていくのだった。
今回はウミネコとウトウという2種類の鳥の群れを見たわけだが、どちらも観察としたというよりも巻き込まれたという感じだった。動物の群れはほとんど天変地異だということを実感できた、濃密な2日間だったのである。
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