特集 2025年10月31日

『手紙文国語辞典』のひみつ

慣習を問い合わせる 

さて、この国語辞典というか、手紙文例集。ほれたはれたの手紙ばかりが載っているわけではない。問い合わせの手紙なんてのも載っている。 

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 小生の懇意にしているお宅で、近くイヌのお産がある予定で、生まれた子犬の一匹を小生がもらう約束です。
(中略)
母イヌに牛肉のようなものを持参する慣習があるとか聞いたことがありますが、そうなんですか

そうなんですか?

そんな慣習があるんでしょうか? こっちも聞きたいのだが、実はこの問い合わせの例文の横に、それに対する返事の例文も載っている。

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 冠省 小生は親類のものからもらったので、特別なお礼はしませんでした。牛肉を持参する慣習はあるそうです。

あるんだ。 

……というか、この書籍の性格上、牛肉の話がマジの話か架空の話なのかわからない。

夢みたいな現実なのか、現実みたいな夢なのか。これが、マジックリアリズムというやつかもしれない……。

あと、食べログ以外でまともに使われている「小生」をはじめてみた。

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信用を問い合わせる 

「山林を買いたい」と申し出てきた人物についての信用を問い合わせる手紙の例文がなかなかおもしろいので、ちょっと長めだけれど読んで欲しい。 

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さて誠に唐突ながら以下の件について貴台のご来示がいただけますなら幸せです。
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一、貴市東町八五番地に坂井隆三という人物が居住しているかどうか。

二、右の人物が実在していたとして、その本業および資産の程度―資産は土地・建物など不動産のだいたいの評価額でよし。

三、 右の人物の対する近隣の信用の有無

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右の坂井隆三と名乗る人物が小生所有の山林を買って宅地を造成したいと申し込まれてきました

坂井隆三……どんな人物で、いったい何が目的なのか。気になるところだが、これに対する返事の手紙もちゃんと載っている。 

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坂井隆三なる人物は本市東町八五番地に居住しておらず、右の番地には明治時代から現在まで、常楽院という浄土宗の寺院のあることを確認しました
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当人の資産及び信用状態等については調べようがなく、戸籍謄本も、本籍地が不明……

うわ〜めちゃくちゃあやしい〜。こういうの、架空の話だとわかっててもちょっとワクワクしてしまう。まさに『地面師たち』みたいな話だ。

坂井隆三なる人物は一体なんの目的で、身分を偽ってまで山林を買おうとしていたのか……。ここから先は皆さんご自由に想像していただきたい。

おもしろい話を思いついた方は、ぜひ一筆したためて、なろうとかカクヨムあたりに投稿して欲しい。僕が読みます。


人の生きざまを垣間見る(気になれる)

以上『手紙文国語辞典』の、気になる手紙例文をかいつまんで紹介した。

井上ひさしや三島由紀夫の著作にもあるが、手紙文の面白さというものはある。

ほんらい手紙は、人の営みのあらゆるシーンが切り取られて記録されている、生活史の貴重な資料といえるかもしれない。

とはいえ、無名の個人の手紙は表に出てくるものではない(たまに古本屋で見かけることはあるが)のだけど、こういった手紙文例集は、それが架空のものだとしても、その時代の人々の生活の息遣いを多少なりとも感じ取ることができるのではないか。

と、もっともらしい話をしたけれど、普通におもしろいのでぜひ読んでみて欲しい。

編集部からのみどころを読む

編集部からのみどころ
混み入った話からかわいい話まで幅広くあって大充実でした。オウムの話や犬に牛肉持っていく話、かわいいですね。ずっとこんな例文だけ見ていたい。見ていたいけど限定的なシチュエーションすぎて辞典としてはどうなんだ、と突っ込みたくなるところを西村さんが全部スパスパ突っ込んでくれて爽快でした。お礼にこんど西村さんに牛肉のようなものを持っていくべきでしょうか。(石川)

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