特集 2020年1月20日

伝説の天国酒場「たぬきや」跡地で飲む

神奈川県川崎市、稲田堤という駅から歩くこと数分。やがてたどり着く広大な多摩川の河川敷にかつて、「たぬきや」という茶屋がありました。

地元民のいこいの場でもありながら、予想外にお酒やつまみのバリエーションが豊富で、かつ美味しい。圧倒的ロケーションと、何よりも女将さんの温かい人柄ゆえ、多くの酒飲みにも愛されたお店。我々「酒の穴」もここが大好きで、よく飲みに行っていたのですが、2018年10月、残念ながらたぬきやは、80年以上にもわたる歴史に幕を閉じてしまいました。

で、実は、今この記事をまとめている僕ことパリッコの家に、当時たぬきやで買った未開封の「とんがりコーン」が、なぜだかずっとあった。それを更地になってしまったたぬきやの跡地へ持っていって飲んだら、一体どんな気持ちになるのだろうか? 大好きだった店の跡地飲み、実際にやってみました。

日常的な生活の中にぽっかりと現れる「今ここで乾杯できたらどんなに幸せだろう」と思うような場を探求するユニット。なんでもない空き地とか、川沿いの原っぱとか、公園の売店だとか、そういったところに極上の酒の場があるのではないかと活動中。

前の記事:酒の穴の「酒さんぽ」~東急沿線 溝の口編~


かつて「たぬきや」という店があった

パリ:念願だった「たぬきや」跡地飲み、ついに行けましたね。

ナオ:たぬきやは自分の中でも思い出の店の筆頭になっています。

パリ:地元民の憩いの場でありながら、実はめちゃくちゃクオリティーの高い飲み屋でもあって、飲み仲間の間では「天国に一番近い酒場」なんて呼んでました。

ナオ:稲田堤から多摩川に向かって歩いていって、土手を登るとパッと風景が広がる瞬間がいいんですよね。そこにたぬきやがポツンと。あとそうだ、行く途中の電車から見える「営業中」の赤いのぼり。たまに予期せず休業の日もあるから、あれを見るといつも胸が高鳴ったものです。僕らが最初に行った頃は看板猫もいてね。

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幻のようにあった
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河川敷の茶屋
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店内の雰囲気
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風の吹き抜けるテラス席
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看板猫のみーちゃん
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電車から「営業中」ののぼりが見えたときの喜び

パリ:「朝起きて天気がいいと『今日はたぬきや日和だなぁ』って思う」と、あの偉大なる酒飲み、ラズウェル細木先生も言ってました。

ナオ:たくさんのファンがいた店ですよね。

パリ:閉店のしらせが出てからというもの、開店前からファンがものすごい行列作ってて、注文まで1時間待ちとかになってましたよ。

ナオ:そうそう。女将さん、大変そうでした。

パリ:なにせ、基本女将さんがひとりでやってるんですよね。

ナオ:とにかくなんというか、象徴的な店でしたね。こういう酒の飲みかたもあるんだと気づかせてくれた。

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初訪問(2012年8月27日撮影)※右は当時のナオさんの同僚
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たぬきやと女将さん(閉店の際にファンが作った記念写真集の表紙)

「とんがりコーン」のいきさつ

パリ:で、僕も閉店まぎわに、どうしてもあの空気をもう一度味わっておきたくて、早起きして家族で行ったんですよ。でも、そういう混雑状況なので、だらだら居座ったり、何度も追加注文するわけにはいかないので、バーっと、「おでんと! 煮込みと! ホッピー! ください!」みたいに頼んだんだけど、よっぽど焦ってたのか、普段は別に頼まない、棚に置いてあったスナック菓子の「とんがりコーン」を合わせて注文したんですね。

ナオ:パッパッと目についたものを。

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かろうじて写っていたとんがりコーン(左下)

パリ:ただ、早く他のお客さんにも席を譲ったほうがいい状況でもあるし、その日はとんがりコーンまで手が回らなくて、未開封のまま持ち帰ったんです。

ナオ:それをずーっと食べずにとっておいたんですね。

パリ:そもそもが、スナック菓子をあまり食べないんですよ。しばらくしたら、よけいに食べるタイミングなくなって。

ナオ:とんがりコーン、美味しいですよ。私だったら翌日食べてましたね。いや、当日の夜中に食べてたかも。

パリ:はは。そんなに! で、しばらく家に置いてて、あるとき、「あれ? これ、たぬきや跡地に持ってって食べたら、それは時空を超えて、もはやたぬきやじゃね?」と思った。

ナオ:うんうん。よくぞとっておいてくれました!

パリ:もしかしたらですよ? この思いつきを実行したら、純粋にたぬきやで購入したおつまみをあの場所で食べた、最後の人物になれるかもしれない。そう気づいたら興奮してしまって。

ナオ:確かに、スナック菓子だからこそできる時間の飛び越え。タイムカプセルを開くような。

パリ:ナオさんや他のファンの方たちともまた、「あそこの跡地はどうなってるんだろうね? 一度行って飲みたいねぇ」なんて話は、普通にしてたじゃないですか。もう、やるしかないだろうと。

ナオ:街なかだと難しいけど、河川敷だからできるし。

パリ:それが「たぬきや跡地飲み」。

ナオ:そう。惜しまれつつの閉店から丸1年後ぐらいですかね。

パリ:まさにたぬきや日和に思える好日。1年ぶりに稲田堤の街に向かいました。

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たぬきやっぽい酒とつまみをコンビニで調達

ナオ:久しぶりの稲田堤駅改札を出て、さてどう飲むか。なんせ目的地にたどりついても店はないから。

パリ:拠り所がとんがりコーンしかない。

ナオ:ははは。なので途中のコンビニでお酒とおつまみを調達しようと。

パリ:なるべく「たぬきやっぽいもの」をね。

ナオ:そうです。「焼きそば」と「おでん」は真っ先に思い浮かぶところ。

パリ:麺の表面がちょっとカリッとするくらい香ばしく焼いてあった焼きそば。

ナオ:特別な何かではないけど、妙にうまい。

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たぬきやの焼きそば

パリ:ただ、コンビニにあるだろうと甘く見てたら、意外となかったですね。シンプル焼きそば。

ナオ:そうそう。寄った店にはなくて、あきらめかけたそのとき、「焼きそばパン」を見つけたパリッコさんが「ここから取り出せばいいじゃない!」と。さすがです。ミスター・アイデア。

パリ:パンには悪いけど。

ナオ:大丈夫。パンはパンで食べるんで。

パリ:実際、パンはパンで同行の古賀さんが食べてくれました。「ちょうどお腹も空いてるし」って。

ナオ:はは。そういう問題なのか。

パリ:きっと味気ないに違いない「焼きそば接触パン」をね。名編集者。

ナオ:パリッコさんも古賀さんもさすがです。それと、おでんね。

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たぬきやのおでん

パリ:おでんは普通にコンビニにある。アイデア不要。あと定番の「ホッピー」。これは運良く駅前の酒屋に業務用の瓶が売っていて、それと妙にかっこいい焼酎を合わせて購入。

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見たことないボトルの宝焼酎

パリ:ファミコンの「ロックマン」に出てくるエネルギー缶みたいなイメージ。初めて見るタイプで、たぬきやとは関係なく興奮しました。

ナオ:キャップがコップがわりになるアイデア。

パリ:宝焼酎側のアイデアですけどね。

ナオ:世の中にはアイデアがあふれています。

パリ:しかしこれ、もっと気軽に買いたいな~。近所で見たことない。

ナオ:確かに。

パリ:空き容器をダンベルがわりにするアイデアにも使えそうです。跡地の砂詰めて持って帰ればよかった。

ナオ:いいですね! 砂がぎっしり詰まった焼酎ボトル。

パリ:こわい。

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これも定番だった

ナオ:あと、よくたぬきやで「トマトサワー」を飲んでた記憶があって、「あ、トマトジュース買って割ればいいんだ!」っていうアイデアね。

パリ:はは。アイデアというほどでもない。

ナオ:ともあれ、これでけっこう役者が揃った感がある。

パリ:いよいよ跡地へ。

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たぬきや跡地に到着~セッティング

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いつもの階段をのぼると
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ただただ広大な河原
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あのへんだったよね……

パリ:いつもの土手をのぼって、パッと下を見ると、わかってはいたんだけど何もない喪失感。

ナオ:やっぱりなかった。「確かにここにあったんだけどなあー」っていう。まるで化かされてたみたいな。

パリ:たぬきにね。

ナオ:「おじいちゃん、こんなところにお店があるわけないじゃないですか」

パリ:「そうかのう……確かに何度も飲みに来たんじゃが」

ナオ:「ほれ、ここにその時のとんがりコーンが」

パリ:はは。でも「おじいちゃん、コンビニで買ったんでしょう」。

ナオ:「そうかのう……」って、それ以上は言い返せない。

パリ:切ないじいさんの話!

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この上ない喪失感

パリ:たぬきやがあったあたりの場所だけ地面がやけに荒れてるのも切なかったな。石がゴロゴロしてて。

ナオ:基礎というかコンクリみたいなのが残っていたりしてね。まさに跡地。あと、「こんなに小さいスペースだったっけ?」って思いました。

パリ:そうそう!

ナオ:あの辺がトイレだとして、とか色々思い返してもなんか、どう考えても小さい。

パリ:計算があわない。

ナオ:ね。大きく見えていたんだな。

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「このへんが厨房でしたよね」
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「端から端まで、たったこれだけ?」
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「ナオさん、たぬきやの雨戸のレールがありましたよ!」※そんなわけありません

パリ:で、その日は僕が、精一杯のたぬきや再現セットを持ちこんだんですよね。小さなたぬきやをリュックにパンパンに詰めて。

ナオ:テーブルも椅子も持ってきてもらっちゃって。

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たぬきやを持ち歩く男
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「ちょっと待っててくださいね~」
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はいたぬきや!

ナオ:これで席が確保できました。

パリ:少々みすぼらしいけど、まぁたぬきやのテラス席とそこまで変わらないはず、と。

ナオ:そうそう。もともと店の外で飲むことも多かったからね。そしてさらにパリッコさんが取り出したのが……

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「いらっしゃいませ」と書いてあるプレート
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実はたぬきやで実際に使われていたもの

パリ:あ、そう! いろいろと縁がありまして、営業当時入り口に立てかけてあったこのプレートを、閉店の記念に女将さんからいただいたんですよ。それも持ってった。「いらっしゃいませ」というからには、もう言い逃れできないでしょう。

ナオ:ね。迎えられてるわけだから。

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こんなじゃなかったけど、はいたぬきや!

ナオ:ちなみに、なんとなく一度川のほうを見にいって、戻ってきた時の私から見えた光景、

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これですよ

パリ:はは、なんだろうこれ。

ナオ:「いやいや、そこ、もう店ないよ!」って。

パリ:当時のたぬきやを知ってる人が電車から見たら、地縛霊だと思ったでしょうね。

ナオ:はは。何度も目をこすってね。「そんなはずない……」。

パリ:つーかさ、古賀さんなんか、たぬきや自体に行ったことがなかったのに、いきなり跡地に付き合わされて、よくよく考えたらたまったもんじゃないですよ。

ナオ:そうか。化かされたおじいちゃんに渋々付き合ってくれてるみたいな。

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ともあれ、準備完了

ついに跡地で飲む

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焼きそばパンから
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焼きそばを取りだす

ナオ:こうして見るとなかなかに焼きそば。

パリ:ちゃんと焼きそばでした。で、いよいよこういうものをつまみに飲み始めた。ただ事前には、すごくのんびり、しんみりする感じを想定してたんですが、

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いかんせん風が強い

ナオ:はは!

パリ:いきなりひっくりかえる焼きそば。おでんの汁につけ麺みたいに浸っちゃって、たぬきや通の裏メニューみたいなことに。

ナオ:自然界の意思が生んだ「コンビニかけ合わせグルメ」。かつては建物の壁が防いでいた風が今はダイレクトに来ますから。

パリ:そこに、風に舞った砂もかけ合わさって。

ナオ:そうなんだよ。黒コショウのようにジャリジャリ。

パリ:ぜんぜんしんみりする余裕ない。「わー! 飛んだ! 早く早く! 食っちゃいましょう!」。

ナオ:てんやわんやでね。

パリ:「うん、はいうまいうまい!」って、たぬきやの味を思いだしてる余裕なし。

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汁気の多いおでん
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こうやって食べて
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こうして戻してた

ナオ:表情の変化一切なし。むしろ元気なくなってる。

パリ:わはは。

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「砂がなぁ…」

ナオ:そうなの。「砂がなきゃなー」です。

パリ:トマト割りすらも砂っぽかったから。

ナオ:でもまあ、「かつてたぬきやだった砂」かもしれないから。それを体に取り込むという。

パリ:ですね。独特の供養。

ナオ:ただ、ふと振りかえる景色は、確かにあのままなんですよね。

パリ:そう! テラス席から見ていた景色は同じだから。

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橋を渡る電車、この場所からよく見たぞ、確かに

パリ:変な感覚だったな~。

ナオ:クラッとくるような。

パリ:てんやわんやなんだけど、たま~にふっとたぬきやにいる感覚になる。

ナオ:落ち着いた瞬間にね。

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何度も見た風景
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とんがりコーン開封の儀

ナオ:そしていよいよあれよ、とんがりコーン開封の儀。

パリ:最大の目的。

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いよいよ開けます

パリ:さすがにおごそかな気持ちになりました。

ナオ:なりました。

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賞味期限は3ヶ月ほど過ぎてるけど

ナオ:過ぎてるなー。でもまあ、“賞味”期限ですから。

パリ:なんの問題もないです。

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ピリ……ピリ……
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ご開帳
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とんがりコーンで献杯 ※乾杯しちゃってるけど

パリ:ただ、おごそかだったのは開けるまでで、おもむろにひとつ食べたら「とんがりコーンうま!」って。

ナオ:美味しいでしょう、とんがりコーン。

パリ:普通に止まらなくなっちゃってね。「こんなに美味しかったっけ?」「なんでこんな形してるんだろうね~」家でやれ!

ナオ:はは。いつでもできる会話。外箱を開ける時「たぬきやの空気が詰まってる!」って言ってた気もするんだけど、よく考えたらハウス食品の工場の空気が詰まってそうですよね。

パリ:まぁそうなる。しかしながら、正真正銘たぬきやで買ったものには間違いないので、その事実が大切ということで。

ナオ:そうそう。

パリ:けじめというかね。

ナオ:時を越えて届いた手紙です。受け取った!

パリ:うん。サクサクしてた!

ナオ:サクサクレター。

パリ:いよいよ前を向いて歩いていける。

ナオ:けじめがついた。

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確かに受け取りました

ナオ:去年の夏の台風で大きな被害が出て、まさに多摩川のこの辺りも氾濫していましたよね。

パリ:ですね。あのままだったら本気で流されてた可能性も。

ナオ:ね。たぬきやはその前年に閉店したわけで「いい時に閉店したのかも」っていう意見もあり、もちろんそれは誰にもわからないけど。

パリ:たぬきや閉店のしらせに女将さんが、理由として「近年の気象変動による温暖化に伴う、※海水温の上昇 ※海水位の上昇 ※スーパー台風 ※集中豪雨 等、対応しきれないため」と書かれてて、この場所で長年お店をやってきたからこそ肌で感じていた感覚なのかなとか。

ナオ:そうそう。ここ数年は気象が変わってきているような気がしますもんね。この場所にあったというその存在自体がありがたいお店だったんだと、あらためて思いました。

パリ:ですね。女将さん、本当に忙しそうだったので、とにかくゆっくり休んでほしいです。

ナオ:うん!


パリ:またとんがりコーン買って、たぬきや跡地行きましょう。これからはただ純粋にうまがれるし。

ナオ:そうですね! 川沿いの風景が気持ちいいのはこれからも変わりないので。

パリ:他にはどんな跡地があるかな。

ナオ:渋谷の立ち飲み「富士屋本店」とか、跡地どうなるんでしたっけ?

パリ:現在は壮大な荒地になってますね。きっと超近代的な商業ビルが建ったりするんじゃないかな?

ナオ:じゃあそのビルの中でもし飲めれば、跡地飲みなのかな。

パリ:ですね。いよいよ実感わかなそうなシチュエーションだけど。

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たぬきやの魂は永遠にこの場所に
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