豊ヶ丘へ

またまた橋が現れて、つぎは豊ヶ丘という住区だ。地図で現在地と経路を確認するとこう。

赤い丸が現在地だ。諏訪、永山、貝取と西に進みながら時代も新しくなってきた。豊ヶ丘では時代がさらに進んだ景色が広がっている。
コスモフォーラム多摩
装飾がいろいろと華美になっていて、見た感じがいままでと明らかに違う。

中央の階段室の壁は三角に尖っていて、ベランダは丸い。専有面積は約80から180平米というかなり広い分譲住宅なのだそうだ。
再掲:建て替え前の諏訪団地
初期の諏訪団地とはもう全然違う。

団地の中央には周りよりも一段沈んだ公園があり、

公園の高くなっているところの一階部分は自転車置き場になっていた。
初めて車道に出る

ここまで歩いてきた道はずっとこんな感じの歩行者専用道だった。車は見えず、車道と交差する場合でも橋の上を歩いたりトンネルをくぐるようになっていた。

しかしここで初めて車道に出た。多摩ニュータウンではいかに歩行者と車両の分離が徹底されているかがわかる。
ニュータウンだからこその名前の橋

車道に出たのは、この橋を紹介したかったからのようだ。名前が興味深いので、ぜひ当ててほしいという。
ヒントは付近のこの景色だ。

ぼくも考えたが、いっこうに分からなかった。正解はこちら。

医者村橋だ。
永山団地の入口で、当時は無医村だったので医者に住んでもらおうとなったという話があった。
「医者がいくつか集まってる、計画的に医者を集めたところを医者村っていう風に呼称する場合があります。今だとクリニックセンターと言ったりします」と山口さん。
新しく作った街だからこそ、そういうことがある。想像できなかった。
落合へ

きょう何度見たかわからないこの景色で橋を渡り、次の住区の落合に移る。
赤い丸が現在地
これで5つ目。目的地の多摩センター駅につながる最後の住区だ。
商店街の雰囲気がすこし違う

落合にも近隣センターとしての商店街があったが、アーケードの雰囲気がこれまでと少し違っていた。
こう言うのは変だが、 だいたいのお店がちゃんとやっているし、新しいお店もある。
このあたりの整備は、これまでと違って東京都住宅供給公社(JKK)というところがやっているそうだ。なのでいろいろと雰囲気がすこし違うのかもしれない。
回転遊具の残る公園

回転遊具の設置された公園があった。グローブジャングルという名前のやつだ。
危険ということで撤去されがちな中、貴重である。

貴重なので回っておく参加者たち。 案の定スピードが出過ぎていた。
プラスワン住宅
ここまでは1980年代の住宅だったが、ここからは1990年代の住宅になるという。
プロムナード多摩中央のプラスワン住宅
この住宅では、矢印で書いた、独立した部屋のようなものが特徴的だ。プラスワン住宅と呼ばれているとのこと。
「一部屋まるまる地域に出して、生け花教室とかに使ってください。部屋を飾って街に彩りを与えてください、という趣旨の部屋と言われています。」
すごいことを考えるものだ。じっさい、写真の部屋は教会として使われていた。

ここもそう。ここはカーテンが閉じていて、もしかしたら何にも使われてないのかもしれない。
多摩センターに到着

そして多摩センター駅の周辺に到着した。もうすぐ夜で、雨も振り出してる。
巡検は、ここから電車で移動して南大沢に続く。そこではさらに進化した景色が広がっているわけだが、もうずいぶん長くなったので、記事としてはここまでにしたい。
永山駅から多摩センター駅までの道のり
まとめ
思ったことがたくさんある。まず巡検は楽しい。知るのも見るのも楽しいが、両方はもっと楽しい。
そして主催者の方はむちゃくちゃ詳しい。実際のお話はここに書いた10倍くらいだった。そして参加者の方も詳しい。みんなで知識を補完したりしていた。
入居当初はまだ電車が来ていなくて、諏訪から聖蹟桜ヶ丘駅まで歩いたり有志でバスを買って運行したりしていたらしい。図書館がないから自分の部屋の一室を図書室にして開放したりもしたと。生活を切り開く感じがすごい。多摩ニュータウンについて全然知らなかったことがよくわかった。
取材協力:
みんなで地理プラーザ!
山口健太さん
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編集部からのみどころ
個人的には縁もゆかりもない場所の話でしたが、めちゃめちゃ面白かったです。東から西に行くと時代を追っていけるっていう、それだけでもう巡検のためにあるような街ですよね。そこを説明付きで歩けるとは、ぜいたくすぎるイベントです。
印象的だったのは、お店が閉まってるけど離農のための商店だから失敗とも言い切れないという話。まさに歴史を知ると見方が変わる話だなと思いました。(石川)