たたき始めるとなにも聞こえなくなる
甲野製作所はかつては大阪の中心部、難波にあった。しかし銅を打つ工程があまりにうるさいため、市街地を離れ、4代目の時代に現在の場所に引っ越してきた。
「でかい鍋をたたくっていうのはドラを叩いてるみたいなもんだからね、工場の中で呼んでもてもまったく聞き取れないんだよ。」
それにしてもすべての工程をほとんど機械に頼らずに人の手でこなしてしまうところがすごい。そして従業員は純粋に2人だけだ。この体勢で年間500~600枚のたこ焼き器を生産しているという。もちろんそれ以外に大鍋や特注品の制作も次々とこなす。
「本当は鍋とか大物を作ってる方が割りがいいんだけどね、小物だと仕上げに時間かかっちゃうから。」
以前は業務用のみだったのだが、ネットでの販売を始めてから個人のお客さんからの注文も増えたのだとか。
銅製品の製作業務に加え、4代目は自ら甲野製作所のホームページを立ち上げ、個人向けに販売もしている。しかも1998年というかなり早い時期からホームページを作っていたのだとか。
「若い頃はゲームやプログラムを書いてはコンピューター雑誌に投稿してたもんだよ。今は有名になっちゃったゲームプロデューサーとかと同じ時期に張り合ってたね。」
現代を生き抜く職人というのはやはり技だけでなく、情報も操る必要があるのかもしれない。そういう点でここ甲野製作所が銅製品の加工部門で圧倒的なシェアを誇るワケが理解できる。
話を伺うとこの銅製たこ焼き器がいかにすごい物なのかがわかるだろう。なにせたこ焼きのほとんどはここの型で作られているのだから。
店頭(とういか工場)での販売も可能と聞いたので家庭用のものを一つお願いすると、奥から一枚たこ焼き器を出してきてくれた。直径38ミリ20穴、5300円だ。そのまま袋にでも入れてくれるのかと思ったら「では磨きますね」と手際よく酸に付け、削り粉で表面を磨きだしてくれた。
銅製品は放っておくとどうしても表面が酸化して黒ずんでしまうのだとか。もちろん黒ずんでもなんら問題はない。業務用の卸ならば相手もプロなのでこのあたりをわかってくれるのだろう。しかし家庭用となると黒ずんだまま売るわけにはいかない。
今磨いたばかりのたこ焼き器を箱に詰めて渡してくれた。単なる銅板以上のずっしりとした重みを感じる。家宝にしよう。
甲野製作所ではかつては戦闘機の部品や銅鑼なんかも作っていたのだという。最近では某社のIH器の天板の試作品をたたき出したりあの有名なまんじゅうの型を作ったりもしたのだとか。
「図面さえくれたらなんでも作れますよ。いや、図面っていってもたいしたもんじゃない。厚さとか深さとか、必要なところがわかればそれでいいんです。」
銅製品でできないものはないと言い切ってくれた。この自信がたくさんの業者さん、ユーザーたちに支持されるところなのだろう。