最初は瓶のキャップ部分を赤くして紅白の落雁を作ろうとしたのだが、境目が折れやすく、さらにキャップの位置と色の切り替えを合わせるのが難しくて断念した。昭和中期にこの木型を使っていた人たちは、そんな作業も当たり前にこなしていたのかもしれない。結果的に私が作ったのは白一色だが、当時は紅白の落雁が配られていた可能性もありそうだ。
食卓塩の瓶のデザインに惹かれて手に入れた木型から、思いがけず落雁作りに挑戦することになった。実際にやってみると、型抜きひとつ取っても想像以上に手間がかかり、これを大量に作っていた人たちの技術と根気に圧倒される。
配られた落雁が仏壇に供えられ、やがて誰かのおやつになっていたかもしれない──そんな情景を思い浮かべると、この小さな型の向こうに当時の暮らしが立ち上がってくる。
食卓塩の瓶から始まって、気づけば昭和の生活に少し触れていたような気がした。
次に、上の木枠を外す。緊張の一瞬だ。
動画などを見ていると、すっと型ばなれするようだ。
しかし実際には、水分が多すぎると、上の型に落雁がベタベタとくっついて、型ばなれをしない。
反対に、水分が少なすぎると、上の木枠を持ち上げた瞬間に、落雁がボロボロと崩れる。
ベタベタとボロボロ、どちらの失敗も経験した。
とにかく、上の木型を外すのに成功すると、下の写真のような感じになる。
これをひっくり返して、型から抜く瞬間が、さらなる緊張の一瞬だ。失敗すると、この瞬間に、落雁が分解して粉に戻ったり、割れてしまったりして、悲しい気持ちになる。
で、4回目の綺麗に型から抜けたときの写真が下だ。
我ながら、美しすぎる出来だ。まあ、ここに至るまで3回も失敗しているので、感動もひと塩だ。塩だけに。
この、なんとかできた食卓塩の落雁を、昭和を再現して配布したいので、包装した。
近所の友達にあらかじめお願いして、受け取り役をやってもらった。
「はい、塩販売組合です。今後とも、ご贔屓に!」
そもそも専売制なのだから「ご贔屓に」は論理的におかしい気もする。
が、とにかく、このように食卓塩の形の落雁を作って、挨拶代わりに近隣の家へ配布していた時代があったのかもしれない。もらった家の人は仏壇に供えていたのかもしれないし、その家の子どもが喜んで食べていたのかもしれない。
私は3個作るだけで、へろへろになったが、食卓塩の形の落雁が50個とか100個とか並んでいる様子を想像すると壮観だ。
それにしても、私が苦戦した型抜きを100個分やっていた時代があるのだと思うとすごすぎないか。
最後に、自分の作った落雁を食べてみようと思う。
しょっぱくはなかった。
この記事は読者投稿でお送りいただいた記事です。
編集部より寸評
探求心みなぎる記事でした。枠を買うくだり、『メルカリで「食卓塩」と検索すると』とサラッと語られてますが、だいぶ思いつめた人の行動ですよね。作るだけでなく人にあげてみたり、いろんなところで行動力を発揮しているのもいいところ。落雁自体も4回作ってますからね。
こうやって謎の情熱にかられた人がたくさん見られるサイトでありたいです。デイリーポータルZ。(編集部・石川)
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