「知っている人」だから見える景色
もうこれから先、タクシー乗り場を見ると、変か変じゃないか確認してしまうだろう。
「知っている人」と「知らない人」では見える光景が違う、という記事がデイリーポータルZにはよくある。「タクシー乗り場」もその仲間入りだ。
全国を探すと、もっとエラいことになっているタクシー乗り場があるに違いない。各地元のタクシードライバーさんに話を聞いてみたい。喜んで話してくれそうな気がする。
「このタクシー乗り場、変だな。どこが変?」と書くと、完全に大喜利のお題だろう。
そもそもタクシー乗り場が変だと思ったことがない。1台も来ないけど本当にここに並んで大丈夫か、ぐらいしか感じたことがない。ほぼ「無」の面持ちで並んでいる。
ところが、数々のタクシー乗り場を知るタクシードライバーにとっては、「ここ変だな」と感じるタクシー乗り場があるらしいのだ。
現役のタクシードライバーに「変なタクシー乗り場」を案内してもらった。
我々はどこから来て、どこへ行くのか。
タクシーもまた、どこから来て、どこへ行くのか。その起点こそがタクシー乗り場だ。言わばオリジン(origin)である。
それはさておき、お知り合いの「ぜつ」さんが、『いま訪れたい 変なタクシー乗り場』という同人誌を作った。ぜつさんは現役のタクシー運転手である。
これが面白い。新橋駅やバスタ新宿など、そうそうたるターミナルのタクシー乗り場が「変」だという。
4つもタクシー乗り場があるのに誰もいない国会議事堂前、ボタンを押してタクシーを呼ぶ京成上野、駅とタクシープールが離れている鶯谷……運転手だからこそ知ってる事情が満載である。
タクシー乗り場がこんなことになっていたなんて!早く言ってよ!と拳を握った。これはご本人に直接案内してもらわねばならない。
ぜつさんはこの10月に個人タクシーの運転手になったばかり。ライターとしても活動しており、ジモトぶらぶら散歩マガジン「サンポー」でタクシー運転手なのに街歩きをする記事 などを書いている。「ネットメディアと冗談がわかるタクシー運転手」という貴重な人材である。
今日はぜつさんオススメのタクシー乗り場を3つ案内してもらう。その前に、せっかくなのでぜつさんのタクシーをまじまじと見せてもらった。
今回はぜつさんのご厚意で、貸切営業ではなく「自家使用」として乗せてもらった。わざわざすみません。これって、お客さんを乗せないなら「回送」でもよさそうですが。
「あ、それは法律違反なんです。『回送』を出せるのは休憩、燃料補給、車庫に戻る場合などに限定されていて、道路運送法で条件が定められています。理由のない『回送』は乗車拒否と見なされてしまうので」
そうなのか。ちょっとコンビニ行きたいから、みたいな気軽さで「回送」を出しちゃダメなんだ。
「これは車庫表記ですね。タクシーの車庫があるエリアを明記しないといけないんです。僕は東京23区内と三鷹・武蔵野が営業エリアなので」
他エリアを走ると「よそものだ!」とすぐわかる仕組みである。でも、例えば東京都内から他県までお客さんを乗せることって普通にありますよね。
「出発地点と目的地のどちらかが営業エリアならセーフなんですよ。僕だったら、東京→大宮、大宮→東京はセーフ。大宮→浦和みたいに他エリア内だけで営業すると怒られますね」
出発前からタクシーに対する知識欲が満たされはじめている。あふれる前に先を急ごう。1箇所目は「五反田」だ。
よーく見るとわかる「変」である。タクシーを止めて、お客さんが乗り込む。そのとき開くドアは……。
歩道と自動ドアが反対側にある!間違い探しみたいなタクシー乗り場だ。 「こんなことになってるのは都内でもここぐらい」と、ぜつさんは言う。
「この道、一方通行なんですよね。なるべく右側に寄せて駐めるんですけど、トランクに荷物を入れたいお客様にあたると大変なんですよ。ドアが少ししか開かないんで、外に出るのもギュウギュウになっちゃって(笑)」
タクシー乗り場とバス停が逆だったらいいのでは……と、一瞬思ったが、結局バスが止まっても乗降口が歩道と反対側だ。どっちもダメだ。頭が痛くなってきた。
ただ、バスを反対側から回り込んで乗るようになると、後続車にとっては壁(バス)から人が飛び出してくることになるので、交通安全上よくない。じゃぁタクシーで……という苦渋の決断でこうなってるのかもしれない。
「左側のタクシーが車体半分だけ後ろにいますよね。これは『自分はあとから来たのをわかってますよ』アピールです。順番守ってますよ!と」
ぴったり横に並ぶと「こいつ、割り込む気では?」を警戒されてしまう。ご安心を!と「現在地」で意志を伝えているのだ。高度なコミュニケーションである。
たまに順番がわからなくなり、「俺が先?そっちが先?」と身振り手振りで伝えるのも「タクシーあるある」らしい。お互い密室にいるので、あの手この手で意思疎通を図るしかないのだった。
次の変なタクシー乗り場は「品川駅高輪口」である。ぜつさんのタクシーに乗せてもらって移動した。
そういえば個人タクシーになったら、自腹で新しいタクシーを買うのだろうか。それって大変じゃないですか?
「いえいえ、僕は個人タクシーの権利を譲渡してもらったので、車やメーターなど設備一式を前のオーナーから譲り受けたんですよ」
個人タクシーになるには「新規許可」「権利譲渡」「相続」の3通りの方法がある。しかし、ぜつさんの開業エリアではいま「新規許可」を受け付けていない。個人タクシーを辞める人から権利を譲ってもらうしかないのだそうだ。
さらに、申請には「運転手として10年以上雇用されていたこと」「申請日以前3年間、無違反であること」など条件があり、地理試験にも合格しなければならない。思い立ったらすぐなれるものではない。
「そうだ、井上さんが座ってる助手席、前後にシートが動かないんですよ。前のオーナーは車をいじるのが好きみたいで、いろいろカスタムされてるんですけど、僕全然わからないから直せなくて……」
毎日車を運転しているからといって、車に詳しいとは限らないのだ。わかる。僕も路線図が好きだけど鉄道にそこまで詳しくない。シンパシーを感じる。
さて、到着したのは品川駅の高輪口である。
乗り場にはタクシーがたくさん並び、タクシーを待つ人が行列を作っていた。だいぶ繁盛しているなぁと思ったら、ぜつさんは「やっぱり『回ってない』ですね」と言う。
「タクシーもお客さんもたくさんいるじゃないですか。これは、お客さんを乗せる→次のタクシーが来る→お客さんを乗せる……、というサイクルがちゃんと回っていないんです」
いったいどういうことなのか。近くの歩道橋からタクシー乗り場を見てみよう。
タクシー乗り場から出発しても、目の前の信号が赤だとそこで止まってしまうのだ。
信号が青になっても、右折(東京方面)すると隣の信号待ちをしている車両で詰まってしまう。左折(川崎方面)しようにも、横断歩道を渡る人がメチャクチャ多くて横切るのに時間がかかる。
お客さんを乗せたタクシーが、なかなかこのエリアを離れられない。結果、タクシープールからなかなかタクシーが減らない、という状況が生まれてしまう。
さらに、タクシープールには「降車」のタクシーもやってくる。狭いタクシープールに「乗せる」と「降ろす」が混在し、一般車も入り交じって大パニックになっている。
さらにさらに大変なのが、タクシープールの入口。隣が駅ビルの搬入口になっており、トラックや清掃車両が引っ切りなしに出入りしているのだ。
どうにかしてほしいけど、どうにもならないだろうなぁ……と諦めてしまうタクシー乗り場である。シムシティだったら一回全部壊していると思う。
移動中、メーターを見ていて気になった。この、左右の下端にある、金属がグルグルしたやつ。なんだろう?
「これはメーターを鉛で封印してるんですよ」
鉛で封印!? なにか霊的なものを封じているわけでは……。
「年に1回、メーターの検査があるんですよ。ワンメーターの距離が正しく設定されているかなど確認して、合格したらそれ以上いじれないように針金と鉛で封印するんです」
もう、口頭で「不正はダメ」って注意するレベルじゃないのだな、と、封印に至る経緯に思いを馳せてしまう。
メーター以外にもタクシーは点検が多い。車検が年に1回あり、(通常2年に1回)、整備士による点検が3ヶ月に1回義務づけられている。そんなに。
毎日車を走らせるからこそだが、それゆえ自動車保険料も高くついてしまうそう。タクシー業界には、保険料の負担を軽減するための共済まであるという。知らないことばかりだ。
他にもタクシーでお金がかかること、ないですか?
「燃料代ですね。今までは会社持ちでしたけど、個人タクシーは全部自分持ち。その辺の道をなんとなく流すなんて、ガソリンがもったいなくてできないですよ。道を流すタクシーはブルジョワです」
最終目的地は「三軒茶屋駅」だった。東急田園都市線で渋谷駅から西へ2駅のところ。
この区間、東急田園都市線は地下を走っており、三軒茶屋駅も地下駅だ。目立った駅舎もなく、タクシー乗り場もない。
「三軒茶屋は国道246号線、世田谷通り、茶沢通りと幹線道路が交差していて、車の往来が激しい場所。結構タクシーを利用する人もいるのですが、乗り場がないので……」
ぜつさんによると、それでも夜は客待ちをしているタクシーがいるらしい。それもバラバラに待っているのではなく、「横断歩道のそば」など、人がいる場所になんとなく集まってくるそうだ。まるで誘蛾灯である。
とはいえ、今回の目的はあくまで「変なタクシー乗り場」だ。タクシー乗り場、ないんですよね……?
「ないんです。ないんですけど、『タクシー乗り場じゃないけどタクシー乗り場みたい』なところがあって……」
駐車禁止の場所でも、タクシーの客待ちだけ許されているゾーンがあるのだ。
このゾーンに並んでいるタクシーはルールを守っているタクシーだ。どうか優先的に利用してあげてほしい。
正直者が馬鹿を見ない世界に!
もうこれから先、タクシー乗り場を見ると、変か変じゃないか確認してしまうだろう。
「知っている人」と「知らない人」では見える光景が違う、という記事がデイリーポータルZにはよくある。「タクシー乗り場」もその仲間入りだ。
全国を探すと、もっとエラいことになっているタクシー乗り場があるに違いない。各地元のタクシードライバーさんに話を聞いてみたい。喜んで話してくれそうな気がする。
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