千葉県で空中ブランコができる
きっかけは友人から来た1通のLINEだった。
「空中ブランコ」って書いてあるけど、なんかヤバいものの暗喩なんじゃないか。トイレに行くのを「お花を摘みに行く」って言い換えるみたいなやつだろう。そうだろう。警察24時で見たんだ。
しかし聞けば、千葉県柏市に一般人でも空中ブランコができる施設があるという。首都圏では唯一ここだけ。その名も「Trapeze Heroes(トラピーズヒーローズ)」 さん。YouTubeにアップされている動画を見て驚いた。
「これができるの!?」である。
思いのほか本物の空中ブランコだ。空中ブランコなんて、サーカスに入るとか、タレントになって体を張った企画をやるとか、そんなことがないと限りできないと思っていた。こんなに「空中ブランコ」って単語を短い時間にたくさん使うこともなかった。
レッスンは完全予約制で、初心者でも1時間半のレッスン中にキャッチ(逆さにぶらさがる→向かい側の相手に飛び移る)までできるという。スゴい。これはやるしかない。
6歳からOKということもあり、うちの小2息子と小6娘もノリノリでエントリー。家族+友人を乗せ、横浜から車を走らせること約2時間。住宅街にほど近い敷地にTrapeze Heroesさんが姿を現した。
動画で一度見たものの、近くまでくるとポールとネットの巨大さに圧倒される。人の大きさと比べるとその高さがわかるだろう。
「グレイテストショーマンで見たやつ!」と娘が言う。パパは「新春かくし芸大会でシブがき隊がやっていたやつ!」って思った。まさか自分が空中ブランコをやる日が来るなんて。
小さなブランコで練習する
Trapeze Heroesさんが空中ブランコスクールを始めたのは3年半ほど前だそう。代表の大西さん(通称ヒロさん)は元プロの空中ブランコアーティストで、欧米では空中ブランコは趣味のひとつでもあるという。
日本ではここ以外にも名古屋に空中ブランコの屋内施設があり、リゾートホテルのアクティビティに空中ブランコを設けているところもあるのだとか。
レッスンは我々以外にも常連の方が3人ほどおり、すでにブンブンとブランコをこいでいた。初心者の我々は小さな練習用ブランコからスタート。まずはテイクオフ(離陸)のやり方をレクチャーしてもらう。
アンさんの「誰からやりますか~?」の声に、家族や友人が「どうぞどうぞ」と僕を差し出した。ダチョウ倶楽部のお約束をやる余裕もない。家庭内のパワーバランスがわかる一コマであった。
本番の足場の高さは7メートル。建物だと3階くらいだ。命綱はあるものの、転落防止のために必ずどこかを握っておかねばならない。恐る恐る鉄パイプをつたいながら動く。
両手でバーを握ったら、僕のベルトを後ろからアンさんが支えてくれる。その力と反するように、お腹をグッと前に出し、体重を前へ傾けてスタンバイ。
「Ready(レディ)」の合図でヒザを少しまげ、「Hep !(ヘップ!)」の合図でテイクオフ。
勢いをつけて前に飛ぶイメージがあったけど、それだとバーを支えるロープがグニャリとたわんでしまう。下に落ちれば、ロープをピンと張ったままブラーンとブランコが揺れるのだ。なるほど。
「はい、じゃぁ本番で~す」
あっちに行ってくださいとアンさんが後ろを指さす。人間ドックで血圧から視力検査へ誘導するような気軽さだ。練習終わり? え、もう!? もう飛ぶの!?!?
いざ飛ぶ
最初このハシゴがまぁ怖かった。7メートルの高さにふんわりハシゴがかけられているので、当然のごとく揺れる。そしてこの日は秋晴れだけど風が強い。一段上るたびに「ヒィ……」と、すきま風のような声が出た。
上からの写真が無くて恐縮だが、当然のごとく高い。足場+自分の身長で、目線は地上8メートルを越える。
遠くの景色がよく見えたような気もするが、近くのパイプを掴むのが精一杯でよく覚えていない。
撮影:Trapeze Heroes
……気持ちいい。
動画ではヒロさんに「はい叫んでいいですよ~」と言われて棒読みの「ギャー」が出ているが、内心は「ウヒォ~!」と興奮していた。
やってることはぶらさがって揺れているだけなのに、「空中ブランコやってる……!」「俺すげぇ……!」という高揚感がある。揺れている間は全然怖くない。
次のステップ「バーにひざをかける」
このレッスンの最終目標は「キャッチ」である。というわけで次のステップは「バーにひざをかける」だ。インストラクターさんは「Knee Hang(ニーハン)」と呼んでいた。では再び練習用ブランコでニーハンの練習をしましょう、と誘導される。
僕が飛んだあと、子どもたちが次々テイクオフする。その様子をカメラに収めていたカミさんが、そういえば夫は?と練習用ブランコを振り返って撮った写真がこれだ。
いじめっ子をやっつけるための秘密特訓みたいになっているが、バーにぶらさがる→ひざをかける→足でぶらさがる、という一連の動作の場面である。特に攻撃力は無い。安心してほしい。
僕はどちらかというと運動神経がないほうで、速く走れないしボールを遠くに投げられない。でも鉄棒や跳び箱は得意な方だった。一人で誰とも競わない状態なら能力を発揮できるのだろうか。会社を辞めてフリーライターで生計を立てている現状をみると「なるほど」と腑に落ちる部分もある。
で、バーにぶらさがれたらまた「やってみましょう」である。さっきよりもハシゴが怖くない。なぜなら上に登ると楽しいからだ。
撮影:Trapeze Heroes
ヒロさんの合図の通りに体を動かしたら、ビックリするくらいスムーズにできた。一発で成功した驚きで、友人の「えぇぇぇぇ!?」という声が入っている。僕もそう思う。
ヒロさん曰く、「ブランコが振り切った頂点で足を畳む」のがポイントなのだそうだ。
ブランコが動いている最中は、体に遠心力がかかっている。外向きに引っ張る力が働いているので、足を動かすのはとても力がいる。
一方、ブランコが登り切って、体が「ふわっ」となっているとき、遠心力は弱まっている。このタイミングで足を動かすとスムーズにいくのだ。
あれだ、運動エネルギーと位置エネルギーだ。振り子が振りきった地点は位置エネルギーがMAXになるかわりに、運動エネルギーが最小になる。高校物理でやった。
「物理なんて何の役に立つの」という若者よ。空中ブランコで役に立つぞ。
いよいよキャッチしてもらう
ニーハンがうまくいったものの、キャッチまではもう少しステップがある。受け手とタイミングを合わせるため、一連の動作を素早くやらないといけないのだ。
ブランコが行って→帰って→また行く、その3スイングで、ヒザをかける→手を離す→手を伸ばす、をやらないといけない。これが焦る。
バーから手を離すとき、後ろにある足場に手がぶつかりそうで怖いのだ。あとで動画を見ると全然そんな距離ではないのだが、やっている最中は見えないのでよくわからない。
他にも、足を揃えてピンと伸ばす、など意識していると、今度はヒザをかけるタイミングが早まったりする。同時に考えることが多いし、タイミング限られているので焦る。
いよいよレッスンの時間もクライマックス。最後はインストラクターのマサさんが、キャッチ役として向かい側のブランコにスタンバイする。
ここに到着してから「あの高さのブランコ、どうやって登るんだ」と思っていた。マサさんは横に垂れ下がっているロープをするすると登ってブランコに座っていた。ヒロさんが「あれがブランコ乗りの出勤風景です」と業界ジョークを飛ばす。
今度はマサさんが自分のタイミングで「レディ」「ヘップ」のかけ声をかける。「ヘップ」に合わせて飛び出さないと、2人のタイミングがズレて失敗する。緊張。
マサさんが激しくブランコをこぎ出した。足をかけなおし、逆さまにぶらさがるマサさん。「レディ」。バーを握る手に力をこめる。マサさんが帰ってくる。「ヘップ!」 来た……!
撮影:Trapeze Heroes
伸ばした両手をマサさんががっちりキャッチしてくれたときの興奮よ……!
正直な話、この原稿を書くために何度も写真や動画を見直しているが、「これを自分が……」とホクホクして見てしまう。こんなこと、一生のうちにできると思っていなかったもの。
すごいぞ空中ブランコ
なんだか夢みたいな時間だった。子どもたちも興奮冷めやらず、家に帰ってからも「すごかったねぇ」と繰り返していた。「3週くらい連続で行きたい」とまで言っていた。
そしてお察しの通り、翌日、翌々日と筋肉痛が続いた。腕の付け根の重さといったらなかった。ただ、日が経つにつれ痛みが和らぐと、あの日も記憶も薄れそうでちょっと寂しい。
この週末、小2息子は学校の宿題に絵日記があり、空中ブランコのことを書いたら教室でヒーローになったらしい。そりゃなるよなぁ。
千葉県柏市高柳1141-1
https://www.trapezeheroes.com/
※レッスンは完全予約制です。