特集 2020年8月11日

街路樹界の異端児、ソメイヨシノの"のたうち回り具合"を愛でる

毎年見てるはずなのに、花しか目に入ってなかった。

それも春のほんの一瞬だけである。

桜は花が咲く前から面白かったのだ。

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「街路樹界の異端児、ソメイヨシノの"のたうち回り具合"を愛でる」(受賞者:山田窓さん)

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3月初めの早朝のことだ。家の近くを散歩していると、向こうに1本だけ妙に行儀の悪いやつがいるな、と思った。

近づいてみると枝に小さな蕾が見える。ああ、桜か。

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2本のヤンキーに絡まれる若木

桜=ソメイヨシノ。可憐な薄ピンクの花を咲かせる、押すに押されぬ春の大スターである。2週間足らずで散るという毎年恒例の儚さで、出会いと別れの季節に彩りを添えてくれるソメイヨシノ。日本一ベタな存在と言っても過言ではない。

だが、こうして花の咲かない時期にまじまじと見ると、可憐さとはかけ離れた柄の悪さを感じる。

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見てるだけで身体が凝りそうだ。何故こんなによじれているんだろう。人間に切られてしまった枝は別としても、まっすぐ育った方が楽ではないのだろうか。

当たり前だが木に反抗期はないので、何か理由があるはずだ。その"のたうち回り具合"に興味が湧いてきた。

調布市野川の桜並木へ

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そういえば、と思って家の近くの川沿いの桜並木へ行ってみた。満開の春にはライトアップも行われる地元民自慢の桜並木。

これは見応えがありそうだ。

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今度は街灯が絡まれている

こういうおじさん知ってる。居酒屋で酔っぱらって隣の兄ちゃんに人生を説くおじさん。

あらためて幹や枝に注目して見ると、ソメイヨシノはちょっと尋常でないのたうち回り方をしてる。

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試しに辿ってみた。その予定調和でない枝ぶりに見飽きない。

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クセの強い中国拳法の使い手
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枝はもちろん、幹自体がよじれまくっている

何でもアートに例えれば良いってわけじゃないけど、この木なんてギリシャ彫刻・ラオコーン像を思わせる。ダイナミックな表現で「芸術の奇跡」と呼ばれたあれだ。ちょっと言い過ぎかもしれないが、ダイナミックさだけならこのソメイヨシノもいい線いってると思う。

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小学生に人気の虫といえばダントツでカブトムシだが、ソメイヨシノのゴツゴツした厳つさも同じく男の子趣味だと思う。カブトムシよりむしろソメイヨシノの方が強そうだし、もっと幹人気が出てもいいんじゃないか。カブトムシと少年の出会いの場に甘んじているだけでは勿体ない。

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枝先もカモンしてて挑発的だ

だけど、街路樹ってこんなものだったろうか。

建物や電柱が密集する日本の街並みに沿って植えられる街路樹は、基本的にまっすぐ育つことが美徳だろう。

こんなワイルドな木がいていいんだろうか。

この辺りの街路樹を写真に撮ってみたが、ソメイヨシノみたいなアウトローはやっぱり他にいなかった。

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サワラという針葉樹の並木
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まだ若いケヤキ並木
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別日に撮ったケヤキ並木。上手に電線の高さで枝分かれしていて手練れっぽい

他にもイチョウやポプラ、メタセコイヤなど、有名な街路樹はどれもまっすぐ伸びる。そして高い位置で枝を伸ばし歩行者を日差しや雨から守ってくれる。まさしく人間の都合に合わせて育ってくれる優等生。

そんな中ソメイヨシノだけがやりたい放題、フリーダム。あまりに見慣れた存在だったが、あらためて考えると街路樹界の異端児である。

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フェンスだってソメイヨシノには配慮しないといけないし、

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舗装と陣取り合戦を行った結果、手に負えなくて切られてしまったりする。

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20代早々にぎっくり腰になった自分からすると、あの時の激痛を思い出す光景だ。心臓に悪い。これ、樹木としては健康なんだろうか。どこを見て判断すればいいんだろう。

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右の安全第一のフェンスのところは、確か1~2年前の台風で斜に構えていたソメイヨシノが折れて倒れてしまった跡だ。硬そうな鉄のフェンスがひしゃげていたのを覚えている。やはりソメイヨシノにとっても、オレ傾奇者なんで傾いても全然平気っす、というわけにはいかないようだ。

このソメイヨシノの悲劇は、徹頭徹尾人間目線で考えると市民税的にも軽い悲劇だ。2週間の花のために普段結構なコストを払っているんじゃないか。365日を考えると、割に合わない気がしなくもない。

だが世の中にはワンナイトラブに社会的生命をかける男性というのも一定数いるので、そんなにおかしな話ではないのかもしれない。

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それに、のたうち回っているのは人間にとって悪いことばかりではない。

護岸の上の枝が、土手まで降りてきてくれている。

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まっすぐ育たないからこそ、可憐な花にも手が届く。

もし、ケヤキやイチョウのように行儀のよい樹形だったら、ソメイヨシノは文字通り高嶺の花だったろうし、今ほど人気が出ていなかったかもしれない。

凡人にも手の届く美人というのは、どこか心に不安定さを抱えていたりするものだが、ソメイヨシノものたうち回っているからこそ触れることができるのだ。

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一本の木から接木で増やしたソメイヨシノは、すべて同じ遺伝子を持つクローンだという。桜は他家受粉なので、これだけ桜並木が立ち並んでいても互いに受粉することはできない。毎年人間のように実を結ばぬ受粉を繰り返すソメイヨシノ。結構な闇を抱えてそう。

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JAXA調布航空宇宙センターの桜並木へ

近くにもっとワイルドな桜並木があったことを思い出した。自転車で10分ほどの場所にJAXAの本社・航空宇宙センターがある。その道沿いだ。

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JAXAからの安直な連想だが、並木だけを見ていると別の星にきてしまったような気さえする。

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見事にネットを突き破っている。これが産業スパイだったら、枝の先にカメラをつけるだけで結構な情報を得られそうだ。

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よく見ると、ネットに細かく穴を開けて通していた。普通の街路樹なら侵略者としてあっさり切られるところを、可憐な花のためならここまでするのだ。

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こちらも配慮の跡がある。あるんだけど、結局切られてて余計に不憫さを漂わせている。これだけ満身創痍なのにまだまだ枝を伸ばす生命力はすごいなと思う。

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大通りでは、左からシラカシ、イチョウ、ソメイヨシノの並木が共演していた。並べてみると、ソメイヨシノの空間占有率は半端じゃない。それに比べてイチョウなんて、電柱の影にすっぽりと収まってしまっている。もしソメイヨシノに自我があったなら、電車で大股広げて座らないと気が済まないタイプだろう。

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余談だがこのコクピットの展示には初めて気づいた。何度も通ったことのある道なのに不思議だ。視点を変えるのって大事だなと思った。JAXAの内部は見学できるらしいので機会があれば行ってみたい。

 

そして、夜に同じ道を通った。

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薄幸のヒロインも演じられれば、ホラー映画の主役も張れる芸達者っぷり。さすがの大スターだ。

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桜も怖かったけど、闇に紛れて裸の桜を撮っている自分も傍から見れば怖かったと思う。

 

ここまで人間目線で面白がってきたが、知らないからこそネタにできている面もあるだろう。そろそろ桜の言い分も聞いてみたい。のたうち回るのにも理由があるはずだ。

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ということで図書館で参考になりそうな本を借りてきた。

ざっと目を通して、意外なことに気づく。

街路樹としてはイチョウに次いで2番目に多いというサクラだが、それにしては記述が少ない。しかも、

「葉が虫に食われやすい、剪定時に菌が入りやすい、横に広がりやすい、根が踏みつけに弱い、根が路面を持ち上げるなど、管理するうえでは欠点が多い木である」渡辺一夫著(2013年)『街路樹を楽しむ15の謎』築地書館、P41

など、人気なかったら植えてないけどな…と言わんばかりの書かれっぷりである。また、桜の本となると、枝垂桜や八重桜など無数にある栽培品種の花についての本が多く、樹形についての記述はなかなか見つからない。解剖学の教科書と間違えてグラビア写真集を借りてきた感じだ。

 そんな中で、特に『桜(岩波新書)』『絵でわかる樹木の知識』『道路植栽の設計・施工・維持管理 -安全な街路樹・危険な街路樹』などの本が大変参考になった。

まず、『桜(岩波新書)』によると、呼び方からして正確じゃなかった。「染井吉野」とは、オオシマザクラ×エドヒガンという父母(野生種)の間に生まれた兄弟の中の一人をクローンにして増やしたもの(栽培品種)で、一般的にみられる桜のこと。では「ソメイヨシノ」はというと、厳密に言えばその父母の間に生まれた兄弟全体(種間雑種)をさす時に使うらしい。文章ではわかりにくいと思うので、下の図を見てほしい。

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ABCは兄弟で、Aがクローンとして増やされる

個人的にはソメイヨシノの異質感が好きだけど、染井吉野と呼ぶ方が親近感がわきそうだ。

植物に関する知識がほぼないところからのスタートだ。知らないことを知るのは楽しい。RPGでいえば、序盤のサクサクレベルが上がっていくところだろう。

一夜漬けの知識でもう一度染井吉野を鑑賞する

次の日、もう一度桜並木を歩いてみたが、一夜漬けの知識でも全然違って見える。木って面白い。

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例えばJAXAの桜並木のところで「生命力がすごい」と書いたが、これが全然見当違いだった。

写真の下部の枝と上部の枝、違いがわかるだろうか。

下部の枝には蕾がついていない。実はこれ、伝染病だったのだ。日本では「てんぐ巣病(天狗巣病)」、ヨーロッパでは「魔女の箒」と呼ばれるもので、タフリナ菌というカビの一種により引き起こされる。感染によるホルモン異常が原因で、本来抑制されているはずの芽から爆発的に枝が生えてくるという病気だ。この枝はいくら生えても枯死する運命で、なおかつ菌の胞子を飛散させるため、剪定しないといけないらしい。

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ゾンビといったら失礼だが、生命力の産物ではなく病気の産物だったのだ。自分が知らないだけで有名な話なんだろうか。

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また、染井吉野の根は浅く広く伸びる。ふつう数十cmから1mを超える程度の深さにしか届かないそうだ。だから踏みつけにも弱い。自然のままなら根は枝以上に広がるらしいが、街路樹にはそんな余裕はない。アスファルトの下は水も空気も少なく、硬くて根を伸ばすことが難しい。その結果が写真のような「根上がり」だ。

自転車で通るとき凸凹してて迷惑だなあと思っていたが、これからはごめん…と思いながらそっと通ることになりそうだ。

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冒頭で紹介した倒木の跡

倒木についてもやはり環境の影響が大きい。幹が傾くと、広葉樹は反対側の根を伸ばして引っ張るようにしてバランスを取るらしいが(ちなみに針葉樹は逆で、同側の根を伸ばして持ち上げるらしい!)、その先が舗装されていたりすると、根を伸ばすことが難しく不安定な状態になってしまう。その結果が倒木だったのだ。

フリーダムに枝を伸ばしているように見えた川沿いの染井吉野も、視点を変えるとこうなる。

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人間の都合!という斜体のテロップをでっかく付けたくなる光景。

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伸びては切られ、伸びては切られ。幾重にも繰り返されたであろう攻防の跡が生々しい。ゴツゴツした枝先に悲哀のようなものを感じる。妙にねれじれていたのも、川の方へ伸びる他なかったからだろう。多くの非行少年みたいに、環境がそうさせていたのだ。

染井吉野は螺旋木理(らせんもくり)といって、遺伝的に幹や枝がねじれやすいのだが、特にバランスが崩れて負荷がかかりやすいところを補強するようにねじれていくらしい。固く絞った雑巾のようにして強度を上げる、という例えが分かりやすかった。

そして、ねじれているのにはもう一つメリットがあるらしい。

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『絵でわかる樹木の知識』の解説をもとに作成

いきなりの下手な図でびっくりさせてしまったかもしれないが、説明させてほしい。枝と根の栄養循環はほとんどが一番新しい年輪を通って行われている。すごく単純化しているが、右の図のように真っすぐな木の場合、片側の根がダメージを受けると、同側の枝が栄養不足で枯死してしまい力学的バランスを崩しやすい。それに対し染井吉野のような螺旋木理の場合は、栄養循環も螺旋状に巡るため、もし片側の根が死んでも枯死する枝のバランスがとれるらしい。よく出来てるな、としみじみ感心した。

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針葉樹は見ていてスカッと気持ちがいいけど、染井吉野は染井吉野で限られた環境に最適化して生きていた。のたうち回りにも意味があったのだ。おそらくこの樹形は、左の枝の剪定によって崩したバランスを立て直すようにして反っているのだろう。

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数多の剪定を乗り越え、まっすぐ育った染井吉野。「あんたよくやってるよ、本当に」と肩を貸してやりたくなるが、それでは飲み屋で絡むおじさんだ。

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また、枝がはるばる水面近くまで降りてきていたのは、水面が光を乱反射することで、本来なら枯れるはずの下部の枝がそれを目指して成長できるためらしい(これを光屈性という)。染井吉野、真面目すぎる。たまには肩の力を抜いて「川遊びしたくなったんで〜」とか言ってくれてもいいのに。

そして、枝が垂れ下がるのは人間に花をめぐんでやっているのではなく、玩具のやじろべえのように、重心を下げることで力学的安定性が高まるというメリットがあるらしい。桜は桜で、徹頭徹尾自分の都合で生きていたのだ。清々しい。

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川沿いで伸び伸びと育った染井吉野を見つけた。本来はこんなに雄大な姿だったのか。こりゃ街路樹にはちょっと無理があるなあ。

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新たなスター誕生の現場へ

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次の日、家の近くにある都立神代植物公園へ来た。先述の『桜(岩波新書)』という本を読んで、どうしても見てみたいものが出来たのだ。最後にそれを紹介したい。

その名も「神代曙(じんだいあけぼの)」。

1991年にここ神代植物公園で発見された桜の栽培品種である。

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神代曙の原木

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全国で桜の植樹活動をしている公益財団法人日本花の会は、2005年から染井吉野の配布を中止し、その代替品種としてこの神代曙を配布しているらしい。もう15年も経ってるのに、そんなこと全然知らなかった!

どうしてなのか。

日本の春を象徴する大スターは、永らく染井吉野だった。江戸時代末に染井村(現在の豊島区)で作られた後、輸送手段が発達した明治期に首都東京の桜として日本全国に植えられた。成長が早く、数年で花を観賞できるまで育つというメリットがあったからだ。戦後も爆発的に植えられ、今見られる桜並木は高度経済成長期に植えられたものが多いという。

しかし、成長が早いということは管理が難しいということだし、何よりてんぐ巣病という伝染病にかかりやすいという弱点を持っていた。

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染井吉野に比べて、やや早咲きで少しだけピンクがかった花をつける

神代曙は染井吉野によく似た花を咲かせ、成長しても小ぶりなうえに、てんぐ巣病にも強い。要するに、染井吉野よりもデキる奴なのだ。染井吉野の寿命60年説というのもあり、世代交代は今も着々と進んでいると言う。

そんなセンセーショナルな現場が家の近くにあったとは!

いつしか、染井吉野が本当に儚い存在となる日が来るかもしれない…

と、エモい終わり方をしてもいいのだが、物事はそう単純ではないようだ。ここまで染井吉野をネタにしてきた責任もあるので、もう少し丁寧に締めたい。

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枝垂桜とはエドヒガンの栽培品種のこと。エドヒガン、お前だったのか

染井吉野の母であるエドヒガンは最大樹高30mにもなる長寿の桜で、樹齢1000年を超えるといわれる老樹が何本も存在する。そんな母を持つ染井吉野が本来短命であるはずがない、ということが『桜(岩波新書)』には書かれている。現状最古の染井吉野は弘前城にある明治15年に植えられたものだそうで、長寿の秘訣は適切な剪定にあるんだとか。

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寒咲大島(オオシマザクラの栽培品種)

一方、父であるオオシマザクラは悪環境でも生育でき、煙害で深刻なダメージを受けていた日立鉱山の緑化にも使われた野生種である。そんな優秀な父と母を持つ染井吉野なので、結局のところ長生きできるかは環境次第なのだろう。

ささやかながら、これからはなるべく根を踏まないように歩きたい。桜の木の下には根が埋まっているのだ。


染井吉野はいろんな顔を持っているけれど、やっぱり一番の顔は豪華絢爛春のゴリ押し大スターだ。

いつまでも、ウンザリするほど花を咲かせてほしい。

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