特集 2020年1月22日

祖母の頭は運搬機

祖母とスーパーからの帰り道、おもむろに食材の入った袋を頭にのせた。え、なんでのせた?いやなんでのるの?けっこう重いよねそれ?孫の驚愕と疑問をよそに、手も添えず、そのままゆっくりと、しかしいつもと変わらない速度で歩く。そんなアクロバティックな行為、聞けば郷土史そのものだった。

1984年大阪生まれ。2011~2019年までベトナムでダチョウに乗ったりドリアンを装備してました。今は沖永良部島という島にひきこもってます。(動画インタビュー

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まずはそのときの写真を見てくれ

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落下物直撃の瞬間じゃないよ

食材を冷蔵庫にしまい、コタツでひと息ついて、さっそくたずねる。

私「今まであんな持ち方?したことなかったよね」
祖「重たいもん持つときにたまにするよ」
私「知らんかったわ」
祖「昔塩運ぶときみんなこうしてたんや」
私「塩?あ、あー」

塩についてはまたのちほど。その前に。

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ここは奄美群島のひとつ、沖永良部島。

祖母と、今私がいる島は沖永良部島(おきのえらぶじま)、ユリと洞窟で有名。ウミガメの産卵地でもあります。最近はすごい絶景が見れるとかでテレビによく取り上げられるので、ご存じの方もいるかもしれない。

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地中の秘境!この洞窟はなんと往復4~5時間!(沖永良部島ケイビングガイド連盟さん提供)

「洞窟関係ないだろ」「見せたいだけだろ」というと、関係します。見せたい気持ちは、否めません!で、祖母の持ち方(持ってないですが)はというと、これってアフリカの田舎なんかで、井戸から水を運ぶ映像なんかで見ますよね。調べてみたらちゃんと「頭上運搬」という名前があるらしい。へぇ、あったのかあれ名前…。

祖母は私の実家がある大阪にいたこともあったのだけど、

祖「大阪にいたときもしてたよ」
私「見たことなかった」
祖「外で疲れて頭にのせてね」
私「うん」
祖「男の人に『頭!!』って指差されたわ
私(おもろいな…)

じゃない、祖母に向かって失礼なやつだ。
いやでも驚く気持ちはよく分かる、俺も撮ったし。

「おばあちゃん、頭の上に物のってますよ」と注意する訳にもいかないし、そもそも本人は分かってやってるし、でも驚きだけが勢い余って結果「頭!!」という一言になったのかもしれない。男の人はどうも高校生だったらしいんだけど、翌朝彼がその光景を同級生に話しても信じてもらえなかったかもな。だったら逆に謝りたい。

だが今は高校生はどうでもいい。頭上運搬の背景だ。祖母が言うにはなんと地域の運動会(大人も参加)でこの状態での競走もあるのだという。「最近の人はポロポロこぼして…(笑)」と話していたが、笑える人は少ないだろう。ということは、祖母が独自に編み出したのではなく、ぜったい島の歴史が絡んでいる。

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おばあちゃんの知恵袋(?)をまさぐる

70年前はみんなみーんな頭上運搬

沖永良部島は農業や畜産で経済が回っているが、それも地域によって差があり、たとえば海が近い場所は塩害もあって農作物が育ちづらい。とくに昔は”フーチャ”と呼ばれる波でえぐれた岩礁が、打ち上げた海水を飛沫にして最大70メートルまでまき散らし、取り壊されるまでそこでの栽培は絶望的だったという。

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フーチャは今、観光用に一カ所が残るだけ。幼い頃は地獄に見えた。
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強風だとこうして島に塩をまき散らす

そのうえ戦後はアメリカ統治下にありながらも沖縄の復興が優先されたので、島は自給自足と物々交換が当たり前。そこで海沿いの人がつくれた数少ないものが、塩。海水を岩礁のくぼみに浴びせ、蒸発させてはまた浴びせ…を繰り返し、塩分が濃くなったら鍋で焚き、それをざるに入れて灰の上にのせて水分を抜く。

その海水や塩を運ぶときの伝家の宝刀が、頭上運搬。桶(正確には方言の名前だったけど忘れた)と頭の間に藁を挟み、運んだという。理由はひとつで「その方がラクだから」。

祖「うちが中学卒業したら母の手伝いで運んだよ」
私「何キロくらい運んだの?」
祖「あれは10升くらいかね」

調べてみると、一升およそ1.8L。少なく見積もっても10キロ以上は運んでいたのか。

ちなみに当時各家庭に牛はいたけど、農具や農作物の運搬用。でも使ったら人間はラクできるでしょ?と聞いたら、「揺れて塩がこぼれてとんでもない」とのことだった。余談だが、島が貧しかった昔はそこらに生えていたソテツを一カ月以上毒抜きし、粥状にして飢えを凌いだこともあったという。これそのうちつくってみたい。

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小学校には「汐ほす母」という像があり、まさに頭上運搬の姿。郷土史なのだ。

そして、運んだものは海水や塩だけじゃない。70年前にもさかのぼるとまだ水道がなかったため、暗川(くらごう)と呼ばれる洞窟内部を流れる川や、共同の井戸が水場。そんな水もまた頭上運搬で運ばれた。つまり、井戸を個人で所有でもしない限り、島民にとって頭上運搬は定番スタイルだったということになる。

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近所にしれっと四階建てマンションくらいの深さの暗川がある
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下から見上げるとその深さがよく分かる、白いのがガードレール。
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孫も頭上運搬したい

祖母は今年米寿を迎えたが、今この原稿を書いている私の後ろで筋トレをするほど丈夫な身体。腰も大して曲がってない。それは幼い頃から頭上運搬で鍛えられた体幹バランスの賜物なんじゃないか。いちおう外出時には杖を突くが、先日バスに忘れていったあたりファッションだとにらんでいる。

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杖を忘れる人に杖は要らない、乗り込んだバスでたまたま発見。

そんな祖母を見習って、孫である俺も頭上運搬に挑戦したい。

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運搬物は手近なものでレベル1から4まで用意!

私「コツある?」
祖「ないわ」
私「よし!」

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レベル1、枕。

最初はさすがにいけると踏んで、ふつうの枕。

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藁の代わりにタオルを挟んでます

あら、思いのほか簡単だった。しかもふだんの速度と変わらず歩けるぞ。

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レベル2、枕2個。

ここで枕は変えずに2個にしてみた。

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そろ~り、そろり…。

なんとか…!!しかし一気にバランス調整がむずかしくなり、歩く速度も半分くらいに(容量の事情で速度調整してますが、半分です)。

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レベル3、段ボール箱。

枕はなんとかのせられたけど、素材がやわらかいから頭に合わせてくれるところもある。その意味ではタオルはべつに要らなかったかもしれない。しかしそれなりに固いものはどうか、段ボール箱に枕ふたつを詰める。

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動けず

いや。むり。なんだこれ。頭にのせる段階で手を離したらすぐに傾き、その場から一歩も動けず。

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レベル4、バケツ。

いやでももしかしたら、段ボール箱は下側の面積が広すぎてバランスをとりづらいということもあるかもしれない。実際に「汐ほす母」が頭にのせている桶に近い形ということで、バケツを持ってきた(ちなみにさっきまで生ごみが入っていた)。

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動けるかこんなもん!

実をいうと、ここまでうまくいってるつもりだった。そして最後に無謀な水入りバケツでバシャーン!チャンチャン!という締め方を考えていたのに、予想を裏切ってむずかしすぎる。身体を張ろうにも張らせてもらえない。

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着替えも用意しておいたのに

このままハードルを上げてもできないことは目に見えているので、最後に祖母のアレをやってみよう。

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スーパー帰りの袋

ちなみに冷蔵庫にあるものを手あたり次第入れた。

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おっ…お!おぉ!

意外にいけた。バランスがわるいと思っていたら逆に頭にめりこんで、枕のときと同じようにのりやすい。けど、歩く速度はやっぱり遅め。いや、もしかしたら、ふだんからゆっくりな祖母の方が微調整がしやすいのかもしれない。自ら動くのではなく相手に合わせる、なんだか合気道の極意みたいだ。合気道やったことないけど。

頭上運搬は働き者の女性の証

この頭上運搬、アフリカの映像なんかで見たことあると書いたけど、書いている間にベトナムの市場でも見たことがあったと思い出した。インドにもあるらしいし、なんなら日本の埴輪にもその造形のものがあるという。もしかしたらこの世界中どこを見ても、頭上運搬という道を通ってきてない国はひとつもないのかもしれない

そして共通して、女性の運搬方法に見られる傾向があるそうだ。なるほど、すべての筋肉が使えるから、力のない女性でも持ちやすいということか。男性がしなかったというワケではないが、これは「働き者の女性の証」と言える。

だが、それも近年は消滅の一途をたどっているとか。祖母がで「テレビで見るけど、途上国ならまだあるみたいや」と話していたけど、まさにそういうこと。世界中が豊かになる中で、重いものを長い距離運ぶ必要がなくなり、頭上運搬の存在理由もなくなりつつある。世の中便利が文化や習慣を奪うよね、よくいう”時代”だ。


頭上運搬の生きる道は”健康”だ!

自給自足と物々交換が長くつづいたこの島は、もしかしたら日本でも残された数少ない、”頭上運搬世代”がいる場所なのかもしれない。日本においては絶滅危惧の習慣だ。でも豊かさも一周回れば人は健康を気にしだす。体幹トレーニングのひとつとして頭上運搬、ご検討いかがです?少なくとも外ではしないけど!

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島で見かけた肋骨みたいな木の枝(根?)
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