行きのバスでの過払いを帰りのバスで返金
越山行きのバスでウッカリ多めに運賃を徴収されていたのだが、帰りに別のバスが目の前で停まり、これまた別の運転士さんから「あなた越山で降りましたよね?すみません、返金です!」と90円渡された。ということは、「越山で降りた客を見つけ次第90円返金せよ」というお達しが全バス運転士に回っていたのだ。
ドライブスルーのようにバスの運転席から90円渡された経験ははじめてだった。シッカリしていながらも対応がどこかゆるい、胸にホワッときた。
海は正面にドーンとあるもんだ。正面というか、ひとつの方角にドーンと、日本海か太平洋のどちらかが。
だから自分がふたつの海に挟まれていると気づいたときに、これまで考えもしなかった状況にうろたえた。そして同時にぜいたくだなと思った。あの場所にもう一度行きたい。挟まれたい。
母の出身地が奄美群島の沖永良部島("おきのえらぶ"と言います)という離島だ。最近名前の似ている口永良部島がしょっちゅう噴火してたので勘違いされるが、サンゴ礁が隆起した島で、火山はない。はず。
誰かが言った、ナイキのロゴだと。
離島というと無人島みたいなイメージになるのか、これを言うと驚かれるが、人口は1万3千人くらいいるのでそこそこだ。その気になれば城ひとつ攻め落とせてもおかしくない頭数はそろっている。
とはいえ離島。日本列島の離島みたいなものの奄美大島の、さらにその離島みたいなものなので、やはり決して広くはない。全周はおよそ50km、南北はうんと長いところでも7km、だからこそ。ひらけた場所に出ればだいたい視界に入ってくるものが、海!
そんな島を以前ふらふら歩いていたとき、ふと気づくと右にも左にも海が見える、つまり海に挟まれている瞬間があった。日本で海といえば日本海か太平洋なので、当然ひとつの方角にしか見えない。島の場合は東シナ海と太平洋になるワケで(原稿書くまで日本海と勘違い)、それがなんだかぜいたくに感じたのだ。
ただ左右が海という状況に持っていくだけなら岬でもいいんだけど、それは当たり前すぎてつまらない。
富士山に登ったとき、ご来光の反対側に虹が架かっていることがあった。は~!と何度も交互に見ていたが、気づくと周りの数百人の登山客も鳩のように首をあっちこっち動かしていた。ふたつの海が同時に見えるという状況は、それに近いものを感じる。ごちゃごちゃ言ったが盆と正月がいっしょにきたみたいなお得感だ。
ちなみにご来光と虹の特盛セットはもう二度と見られないと思っているので、富士登山はそれが最後と決めた。理由としてはそれが1割くらいで、あと9割はめちゃくちゃしんどかったからだけど。
でも、そんなふたつの海が見える場所、どこだったっけなー。
島とはいえ端から端まで20kmはある。歩いて行ける距離でもないし、バスは事実上お年寄りの足であり、敬老割引が使えない自分が乗ると往復で下手すりゃ1500円は吹っ飛ぶ魔性の道具だ(一日乗車券は1200円だけど)。というより、そもそも一日6便が通常なので、慎重を期して心当たりを祖母に聞く。
祖母「越山(こしやま)じゃないかねぇ」
私「山?」
祖母「山なら見えるんとちがうか」
私「いや、山じゃなくて、ふつうの道で見たいのよ」
東にある空港へ向かう途中で標高が高くなってる場所があるからそこじゃないか、と教えられて向かう。
島はいちおう鹿児島だけど、琉球王国圏だったので文化的には沖縄に近い。玄関先には守り神のシーサーも。この日は12月(というよりたぶん公開数日前)だったが、晴れてさえいれば半袖でも汗ばむほどだ。
そんなこんなでただ真っすぐ歩いていると…
あっ
左右どちらも海を見ずして着いてしまった…。
島ではたいてい見えますよって書いたのに!すみません、空港近くは例外だったみたい。
ここでした
私「なかったわ」
祖母「なんね、あそこ高いけどね」
私「反対側で見たんかも、行ってくるわ」
祖母「はいいってらっしゃい」
東になければ西である。
ここに来てようやく、左右(南北)のどちらかには海が見えるように。
見えるけど、ギリギリだ。海というより道だ。これで「ふたつの海を見た」とは言い難い。
この季節(12月)、あったかい島では秋なのか、島のどこに行ってもススキの穂が垂れていて、それが夕日を受けてとにかくきれい。ちょっとヨーロッパのようでした。言いすぎました。ヨーロッパもいろいろですわ。
サトウキビの花という珍景は見れても、場所さえ合っていれば年中見られるはずの左右海は一向に見えない。一方でシッカリと見えていても、もう一方は見えなかったり、木々が巧妙に隠していたりする。もはや「南北で海が見えたら災いが降りかかる」「だから木を植えたよ」という言い伝えと習わしでもあるのか疑うレベル。
そんなとき!ついに!
見えた…!!
というか!
なんというか!
思ってたよりギリギリ…!!
当時はもうちょっと見えていた気がしなくもないが、いちおうは見えたのでよしとしよう。というより、ほかのところがあるはずで、翌日別の場所を2時間歩き回ったが見つからなかったので(スケジュール的に)諦める。
ここでした
「あったわ、前に見た場所とは違ったけど」
「あった?あぁ、あそこは平野やね」
「平野?だからひらけてたのか」
「戦争のときね、飛行機が不時着したのよあそこに」
「戦争…戦闘機?ふーん」
「見たことなかったから、みーんな見学しに行った、懐かしいわぁ」
祖母は長期記憶力が異常に良いのでこういう話はおもしろい。そしてたぶん自分は、それを受け継いでいると思う。
ちなみに「翌日別の場所を」と書いたけど、その行先は冒頭で祖母が話していた越山(こしやま)だった。ふつうの道で見えるからこそのぜいたくだから、山で見ても意味がないと思っていたら、その山の上を這うようにして大きな道路が通っていたのだ。
ここでした
越山行きのバスでウッカリ多めに運賃を徴収されていたのだが、帰りに別のバスが目の前で停まり、これまた別の運転士さんから「あなた越山で降りましたよね?すみません、返金です!」と90円渡された。ということは、「越山で降りた客を見つけ次第90円返金せよ」というお達しが全バス運転士に回っていたのだ。
ドライブスルーのようにバスの運転席から90円渡された経験ははじめてだった。シッカリしていながらも対応がどこかゆるい、胸にホワッときた。
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