特集 2020年3月16日

いろいろな乳で蘇を作る

みなひと食ふ蘇といふものを、我も食ひてみんとてするなり。

古代日本の文献に登場し、あの藤原道長も好んで食べたとされる乳製品、蘇。

新型コロナウイルスの流行で学校が休みになり、行き場を失くした給食用の牛乳を消費するべく蘇を作る人が増えているという。

風が吹けば桶屋が儲かる的な流れで約1000年ぶりに起こった蘇ブームにのっかるべく、いろいろな乳を使って蘇を作ってみた。

変わった生き物や珍妙な風習など、気がついたら絶えてなくなってしまっていそうなものたちを愛す。アルコールより糖分が好き。

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蘇の作り方は、牛乳をひたすら煮詰めるだけ

蘇の作り方には諸説あるが、もっとも有力なのは牛乳をひたすら煮詰めて固める製法だ。

単純だと侮るなかれ、実際にやってみるとなるとこれがなかなか大変なんである。

まず、強火にすると吹き上がってしまうから弱火でゆっくりと加熱しないといけない。これが、いかにもじれったい。1リットルの牛乳を煮詰めるのにだいたい2時間はかかるようだ。

さらに焦げないように定期的にかき混ぜないといけないから、完全に目を離して他のことをするわけにもいかない。

古代、蘇の唯一の材料である牛乳はとても希少で、よほど裕福な人しか食べられなかったという。ひるがえって、現代日本で蘇作りができるのは時間に余裕のある人に限られそうである。労働時間が短縮されて、誰もが好きな時に蘇を作れるゆとりの社会が到来することを願う。

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材料は牛乳のみ。
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紙パックの半分、500ccを鍋に注ぎ入れ、弱火でひたすら煮詰める。
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イッツ スローライフ

煮詰めるときはヘラを回す手以外は完全にフリーなので、スマホで落語を聞くなどして過ごす。

「あの人、貴人の食べ物だった蘇を作るんだって」

「あ、そう」

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そうこうするうちに煮詰まってきた。

煮詰まりが一定を超えたあたりから、牛乳のやつが徐々に「手を抜くと焦げるぞ」という無言の圧力をかけ始めた。煮詰まるにつれて粘性も出てくるから、左手で鍋を押さえて混ぜるというよりは練るような動作に移行する。

先ほどより大変にはなったものの、少々うれしくもあった。それまで鍋の前で漫然と手だけ動かしていたのが、ここにきて初めてちゃんとした「ここにいる理由」が出来たからだ。

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煮詰める者は見つめられる。蘇の目線。
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固形化したところがゴール。

この作業は止め時がわかりにくい。

やりすぎるとボソボソになってしまいそうなので、重力に負けない程度のまとまりが出来たところで完成とした。

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2時間16分間、煮詰めていた。
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2時間超の労働の成果。

出来上がった蘇をラップでくるんで冷蔵庫に放り込む。

冷蔵で一週間ほどは持つらしい。

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高級な牛乳、コーヒー牛乳、生クリームを煮詰める

以上が蘇の作り方だ。

では、同じやり方でいろいろな乳をどんどん煮詰めていこう。

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乳製品3兄弟。

まず挑戦するのは、

  • 高級なジャージー牛乳
  • コーヒー牛乳
  • 生クリーム

の3つ。

特に説明はいらないと思う。ただ、ジャージー牛乳の値段は1リットル788円で、最初に使った牛乳(まきばの空)のだいたい4.4倍の価格だったことだけは報告しておきたい。

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高い牛乳たち。後光が差してる物の撮影って難しいですよね。

1リットル788円の乳を出す牛ってどんななんだろう。きっと顔つきからして普通の牛より凛々しくて、酪農家のきめ細やかな気遣いのもと、のびのびとした労働環境で乳作りに励んでいるんだろうな。

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リッター788円の乳を出しそうな、健康で神々しい牛のイメージ。

 

三口コンロはフル稼働

そんな貴重な牛乳を蘇にしてしまうのはなんだかもったいない気もするが、実験のためだから致し方ない。

香りを飛ばさないよう低温殺菌された牛乳なので、こちらもせめて沸かしてしまわぬよう注意しなければ。そう思うと、鍋をかき回す手にも少しは力が入ろうというものだ。

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奥から時計回りに、コーヒー、ジャージー、生クリームと並ぶ。

一つ一つやるのでは時間がかかるから、3つの鍋を使い同時並行で煮詰めていく。

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一心不乱に乳を煮る。

3本の矢の例え話ではないが、個々の作業は軽微でも3つ同時で進めるとなると、それなりに従事者を苦労させることになる。

時計回りに順番にかき混ぜていくのだが、3つ目の鍋をかき混ぜ終わるころにには、一つ目の鍋の液面が波打ち始めている。まるで四角い山小屋に避難した4人の遭難者の話のようだ。

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生クリームはとくに泡立ちやすい。
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油がたくさん出てきて、それ以上煮詰めるのは不可能な状態に。

予想していたことだが、真っ先に煮詰まったのは生クリームだ。

途中から溶かしバターのような油の海とその中をふらふらと漂う固形分に分離してしまい、それ以上加熱しても固形分が焦げる以外の変化が起こりそうにない。

仕方がないので、冷まして油を固まらせることにした。

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コーヒー牛乳の煮詰まり方は、普通の牛乳とさして変わらない。

 

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低温調理器具を使って楽をできないか

次の3人様をご案内......と行きたいところだが、コンロに付きっ切りで面倒を見るのに疲れてきた。なんせ、通算でかれこれ5時間くらい鍋をかき混ぜているのだ。まるでスネイプ先生の居残り授業だ。

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生産設備に文明の力を!

蘇の生産設備に新機軸を!という掛け声とともに引っ張り出してきたのがこれ。以前作った低温調理器具である。ようするにお湯の温度を一定に維持してくれる機械なので、沸騰を防ぎつつじわじわと加熱するのにちょうどいい。

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義理の3兄弟。

次に煮詰めるのは、

  • 飲むヨーグルト
  • 豆乳
  • アーモンドミルク

の3つ。

ここにきて、蘇は牛乳という縛りから脱却した。ヨーグルトはもちろん牛乳を発酵させたものだが、豆乳は大豆、アーモンドミルクはアーモンドからそれぞれ作られている。蘇作りもヴィーガンに対応する時代なのだ。もっとも、人口に占めるヴィーガンの割合は1000年前の方が高かったのかもしれないが。

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湯煎で温める。
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85度近辺をキープするように設定。
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豆乳は油断するとすぐに液面に湯葉ができてしまう。

低温調理機の導入でさぞかし楽になるだろうと思ったのだが、実際はそうでもなかった。

特に豆乳は加熱すると液面に湯葉ができて蒸発の邪魔をするので、つきっきりとは言わないまでも定期的にかき回さないといけなかったからだ。

しかも時間がかかる!とてもかかる!加熱がマイルドな分、当然ながら水分がとぶスピードもスローなようで、全部を固形化させるのになんと12時間もかかった。

蘇作りの時短にはもう少し研究が必要なようだ。

(※後で調べたところでは、電子レンジを使うと上手く工程を短縮できるようだった。)

前置きが長くなったけど、ここからが本番の食べ比べです

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出そろいました。

出来上がった7種類の蘇。

ラップにくるまれたその姿はなんだかそっけないけれど、かかった時間の総和を考えるとなんだかくらくらする。

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予想通りのネチッとした感触だ。
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並べたところ。

少しずつ色が違っている。

どうせならコーヒー牛乳の蘇を一番端に持ってきたらよかった。そうすれば、きれいなグラデーションになったのに。

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各蘇の配置を記したメモ。

 

①普通の牛乳(まきばの空)の蘇

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ほんのり黄色みがかっており、いかにも優しい味がしそう。

最初に食べるのはもちろん、このスタンダードな蘇。おそらく、用意したものの中で道長はじめ奈良・平安時代人が食べたものに一番近いのがこれだろう。

さて、気になるその味は......。

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外側は少し乾燥してシャクッ、中はモッチリしている。

前評判通りの、とても素朴な味だ。

素朴な味と言うと「遠回しに野暮ったくて不味いと言いたいのかな」などと邪推する人が出そうだが、そんなことはない。噛むごとに、不二家のミルキーとナチュラルチーズを合わせたような味がゆっくりと口の中に広がっていく。その広がり方がゆっくりで、口に入れてから美味しさが伝わるまでに時間差がある感じだ。素朴というよりも、奥ゆかしいのかな。貴族の食べ物なだけに。

 

②高級な牛乳(ジャージー牛乳)の蘇

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①に比べて黄色みが薄い。ただ、これは加熱条件の違いによるものかもしれない。
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蘇の前に、もとの牛乳を味わってみることに。
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これは、沁みる。

さすがジャージー牛乳、一口でわかる美味しさ。ごくごく飲むものではなくちびちびと味わいたい濃厚な味だ。

さて、肝心の蘇の味だが、これは完全に①の蘇の上位互換だった。

もとの牛乳の味が濃いのだから、当然そこから作った蘇の味も濃い。乳っぽさはもちろんのこと、ほんのりとした塩味やコクが感じられた。

古代の牛よりも現代のジャージー牛の方が美味しい牛乳を出すことは間違いないだろうから、これはかつての貴族が食べた蘇よりもはるかに美味しいのではないだろうか。1000円足らずで貴族の上に立てるのだから、安いものだ。

ああ、ジャージー牛よ。あなたのおかげで私は、かつての貴族さえ味わえなかった快楽にふけることができるのですよ。

③豆乳の蘇

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わかりにくいけれど、少しくすんだ色をしている。

豆乳を固めたのが豆腐、豆乳を熱したときにラムスデン現象によって液面にできる膜を回収したのが湯葉だ。日本で蘇が作られたころには、豆腐も湯葉もあったはずなので、当時の人の中にも同じように豆乳をひたすら煮詰めて蘇を作る実験をした人がいたかもしれない。

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あ、おいしい。

これは、とても正統な美味しさだ。具体的に言うと、ものすごく味の濃い豆腐だ。

加熱するときに表面にできた湯葉をすき込むように混ぜていたが、そのせいかふわふわとした中に湯葉のプチプチとした歯ざわりが感じられて、食感にアクセントがあるのもいい。

成分無調整豆乳ゆえの青臭さは加熱することでどこかへ飛んで行ってしまったようだ。

味噌に豆腐に醤油に納豆と何かにつけて大豆ばかり食べている日本人には、ひょっとしたら本物の蘇以上に相性のいい美味しさなのではないか。

④飲むヨーグルトの蘇

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こちらは、少し赤みがかっている。
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あんなに煮詰めたのに、なぜか染み出てくる水分に一抹の不安を覚える。
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酢っぱ!!

強烈な酸味に思わず目と口が寄った。素朴な味が続いた後だけに、なおさら。

不味くはないのだが、ヨーグルトの味が凝縮した結果、酸味だけが突出してしまっている。酸っぱいものを食べたいときにはいいのかもしれないが、我々が蘇に求めているのは、こういう強すぎる刺激ではないのだな。

⑤生クリームの蘇

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一番お菓子っぽい見た目。
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甘くないクッキー生地って感じ。

作る過程で油の海を見てしまったから身構えていたのだが、案外悪くなかった。砂糖を足したら、生キャラメルならぬ生クッキーとして販売できそうな味だ。

とてもこってりしているからたくさん食べると胸やけがしそうだが、私が馬鹿な小学生だったなら、喜んでがつがつ食べたかもしれない。

⑥コーヒー牛乳の蘇

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コーヒー牛乳から作った蘇は、一番固く仕上がった。

砂糖が煮詰まって、ほぼコーヒー味の飴である。乳成分の少ない「コーヒーの香りがついた砂糖水」とでもいうべき商品が溢れるコーヒー牛乳界隈にあって、生乳率70%の白バラコーヒーならばあるいはと思ったのだが、まさかここまで乳製品としてのアイデンティティを失ってしまうとは......。砂糖の力、恐るべし。

筆者は、パフェを食べていてコーヒーゼリーが出てくるとはっきり「ハズレを引いた」と感じる程度にはコーヒー味の菓子に懐疑的な人間なのだが(コーヒーそのものは大好き)、そのことを差し引いてもイマイチと言わざるを得ないだろう。

⑦アーモンドミルクの蘇

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プルンプルンしてる。
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甘味が強い。すごく強い!

口に入れた瞬間こそ「お、アーモンド味のプリンみたいで悪くないな」と思ったのだが、いかんせん甘すぎる。

液体として飲んだ時には気にならなかったアーモンドの渋さも盛大に自己主張しているような......。⑥のコーヒー牛乳蘇のときにもかんじたことだが、砂糖の入った飲料は煮詰めるとミルク感が失われてしまうようだ。

蘇の素材はシンプルなほど良い

すべて食べ終えたところで、★10個を満点とした独断と偏見にもとづく蘇ランキングを発表しよう。

1位 ジャージー牛乳の蘇 ★★★★★★★★★★
2位 豆乳の蘇 ★★★★★★★★★
2位 普通の牛乳の蘇 ★★★★★★★★★
4位 生クリームの蘇 ★★★★★★
5位 ヨーグルトの蘇 ★★★★
6位 アーモンドミルクの蘇 ★★
7位 コーヒー牛乳の蘇

とにかく、シンプルな素材が強い。

蘇にして美味しい乳は「牛の乳を絞っただけ」だったり「大豆を絞っただけ」のものなんである。

逆に、コーヒー牛乳やアーモンドミルクのような絶妙な調整の上で美味しく飲めるようになっている飲み物は、煮詰めることでその調和が崩れてしまうようだ。

今回は手に入らず見送った素材に、ヤギの乳がある。これなんかは、きっと美味しい蘇になってくれるはずだ。コンロの前で鍋を2時間かき回し続ける苦労を忘れたころにトライしてみようと思う。


レシピを再現することの難しさ

断片的な情報をもとに再現された料理が、人間の想像力によって多様化することがある。寿司なんかはその最たるものだ。私の作った蘇も、藤原道長の霊前にお供えしたら夢枕で叱られること間違いなしだ。しかし、明後日の方向に迷走することも含めて私は再現レシピの魅力だと思うのである。

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