地味だからこそ伝わる大変さ
今回、銭湯の開店準備を体験させていただいたのは高円寺にある小杉湯さん。
この小杉湯は銭湯好きの間では「交互浴の聖地」として有名なのでご存知の方もいるかもしれない。その他にも営業前や定休日に銭湯関係のイベントを開くなど、銭湯界の盛り上げにめちゃめちゃ貢献しているすごい銭湯だ。
準備を開始したのは12時頃、オープンは15時30分なので15時前には終えられるように進めていかなければならない。早速準備に取り掛かろう。
スーパー銭湯ではバスタオルの洗濯は業者に任せているため既に折り畳まれた状態で仕上がってくる。しかし小杉湯を始めとした多くの銭湯では少しでも安価にバスタオルを貸し出したいという想いから、洗濯や畳む作業を自分たちで行なっているそうだ。ありがたい話である。
タオルを畳み終えたら次は足拭きマットにコロコロをかけていく。
実は洗い場の床をゴシゴシ磨く、みたいな大掛かりな掃除は前日の晩の営業終了後に既に終わっている。必然的にオープン直前の準備は細々した作業がメインになってくるわけで、この記事の作業風景は基本的に地味だ。しかし地味だからこそ作業の大変さがよく分かる。地味とは身近で共感性が高いことを私たちは地味ハロウィンで既に学んでいる。
銭湯は“数の多さ”が大変
さて次はいよいよ銭湯の裏手に回っていく。
様々な道具が揃っているが、きれいに整理整頓されている。これはみほさんのこだわりでもあり、見えてるところだけではなく裏もきれいに保つという心がけから何か一つ使ったらきちんと元の場所に戻すことを徹底しているという。当たり前だけどなかなか出来ないことの一つだ。とりあえず押入れに何でも放り込みがちな筆者は耳が痛い。
お風呂用の椅子が洗剤につけ置きされていた。椅子は1週間に一度、桶は毎日つけ置きしているという。考えてみれば必要な作業だが、これまで銭湯を使っていて意識したことがなかったので、思わず「そうか、これもか…」という声が出た。やることがたくさんあるぞ、銭湯。
中腰になって汚れを落とし続けるのはかなり腰に負担がかかる。最初のタオル畳みもそうだが、一つ一つの作業自体は単純でもなにせ数が多いのだ。デイリーの記事はいっぱいあるものやでかいものに興奮しがちだが、多ければ多いほど、でかければでかいほどその裏には努力が隠れている。すげぇすげぇ言うだけではなく、もっとありがてぇありがてぇと言っていかなければならない。
だんだんと疲れがたまってきたが、やるべきことはまだたくさんある。
ユーザー目線の先輩みほさん
次は椅子を洗うのに使っていた水風呂の浴槽を掃除していく。
やることはたくさんあるのだが、みほさんがぐいぐいと見習いの私たちを引っ張ってくれるのでとても作業が進めやすかった。この感覚なんだか懐かしいなと思っていたが、これ部活だ。後輩魂に火がつき、作業にも熱が入る、みほさん、いい先輩だな。
そんなみほさん、実はもともと小杉湯のヘビーユーザーだったという。通いすぎてついには小杉湯オーナーからスカウトされて働き始めたという異色の経歴の持ち主だ。筋金入りの小杉湯Loverである。
そして、自分自身が小杉湯のヘビーユーザーであったからこそ、今でもユーザー目線で物事を見ることを心掛けているそうだ。
みほさんは小杉湯で働き始めて7ヶ月ほどになるというが、毎日同じ作業をしているとは思っていないという。日々、改善したいこと、やりたいことが出てきて飽きることがない。そんなみほさんの銭湯に対する熱い想いが気持ち良い銭湯を作っているのだ。
余談だが、みほさんが良い具合に焼けているので何かスポーツをやっているのか聞いたら、「これは交互浴のやりすぎで焼けた」という。交互浴とは通常の温かいお風呂と水風呂に何度も交互に入る入浴法だ。交互浴で焼ける、そんなことがあるのか。いつかNHKスペシャルで取り上げてほしい人体の神秘である。
名物「ミルク風呂」はこうして出来る
水風呂は水を溜め始めたが、普通の温かいお風呂の方はどうなのか。実は温かいお湯は溜まるのに時間がかかるため、私たちが作業を開始するよりも前の11時頃から注水を開始していた。お湯の会場入りは早い。
小杉湯には名物の「ミルク風呂」という白いお湯がある。これを作っていかなければならないが、直接ミルク風呂の素をお湯に投入するのではなく、一旦70度近くのお湯が入ったおけを用意してそこで溶かしていく。
ミルク風呂はお湯が循環するうちに段々薄くなってしまうため、1日にあと2回程度はミルク風呂の素を追加しているという。小杉湯へ行って素の追加に出会えたら、その時が一番の高濃度ミルク風呂なのですぐに入った方が良い。
小杉湯では、その他にも日替わりで色々な変わり湯を用意したり、実際の温泉のお湯を運んで提供していたりする。温泉のお湯を運んでくる時は1回の運搬量が2トンにもなるという。購入単位が「トン」って現実離れしていて笑ってしまう。いつか「じゃあ、これを2トンください」みたいな規模感の会話をしてみたい。
お湯の準備以外にも、
といった様々な作業を行い、やっと準備完了。思った以上にやることが多く、大変な仕事だった。ここまでの作業をいつもはほぼ1人でやっているというのだから驚きだ。
塩谷さんが「店主が高齢で銭湯を閉めることになると周りの人は『もっと続けてほしい』と言うけれど、準備の大変さを知っているとまず『お疲れ様』という気持ちが出てくる」と言っていた。普通に銭湯に入っているだけでは分からないが、実際に準備をしてみると本当にそう思う。やってみて分かる現実だ。
最後に念願の一番風呂に入らせていただこう
ざぶーっとお湯につかると開店準備の疲れが一気に身体から抜けていく。間違いなくいつもの銭湯よりも気持ち良い。そもそも銭湯で一番風呂に入ることはまずないので、かなりの贅沢感がある。とても良い経験をさせてもらった。
忘れてはいけないのは、普段入っている銭湯でも同じような準備が行われているということだ。銭湯が減っているこの時代に、ずっと続けてくれていることにもっとありがたみを感じていきたい。
みほさんが綺麗な銭湯を維持してくれている一方で、塩谷さんは銭湯文化の発信や盛り上げに力をいれていて、銭湯の魅力を図解したイラスト「銭湯図解」を描かれている。来年には書籍化もされる予定だという。
塩谷さんのような活動が最近の銭湯ブームを牽引しているのだと思うが、その裏ではみほさんのようにしっかりと銭湯そのものを守ってくれる存在がいるのだ。このバランスでこれからも銭湯という文化を後世に伝えていってほしい。
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