物事は極めようと思うとどんどん知識の層が厚くなっていって理論による武装がすごいことになる。建築というのはその最たる例で巨匠と言われる人たちが書く本などを読むと、もう哲学書を読んでるんじゃないかというレベルで何を言っているか分からない。
そういうことはどうでもよくて、とりあえず巨匠たちが作った建物を見て単純に「すごい」とか「かっこいい」とか言っていればいいんじゃないのか。その足掛かりとして夜の美術館は分かりやすくいて良いぞ、というお話でした。
夜は美術館の「色」がよく分かる
「夜の」と書いたのにはいくつか理由があるが、第一には美術館の個性が際立つからだ。
国立新美術館は2007年にオープンした比較的新しい美術館で、建築家の黒川紀章による設計である。大ヒット映画『君の名は』に登場したことは記憶に新しい。そんな美術館の夜の姿がこちら。
ぐにゃりと曲がった造形から光があふれる姿はまるで宇宙船のようだ。NASAっぽさがある。NASAっぽさとはつまりカッコよさであろう。
この国立新美術館は建物自体が個性的で美しいのだが、夜は暗闇の中で建物の存在感がさらに増し、昼間以上に魅力的なビジュアルとなるのだ。
また外観だけでなく館内も夜独特の雰囲気で満たされている。
見た目は派手だが中身はしっかり、「東大生だけどギャル」みたいな美術館だ。このギャップも夜ならでは。アートはよく分からなくても、夜の国立新美術館の単純なカッコよさは理解してもらえるのではないだろうか。
国立新美術館は近未来的なカッコよさがあったが、逆にトラディショナルな重厚感を感じられる美術館もある。
この美術館はその名の通り庭園が併設された美術館で敷地面積が広い。そのため入口のチケット売り場から美術館の建物までは少しばかりアプローチがある。
格調高い外観の建物が温かみのある灯りをまとい、見ているだけでどこか安心する。先ほどの国立新美術館がSF映画なら、こちらはヒューマンドラマといったところか。
実はこの建物は、朝香宮という皇族の一家が暮らしていた旧朝香宮邸を美術館として利用している。通りで格調高いわけだ。皇室御用達も御用達、Top of 皇室御用達である。なんたって住んでいたわけなので。
アール・デコ様式とは簡単に言うと、余分な部分を排した機能的で実用的なフォルムの装飾様式だ。ややこしくなるのでこれ以上は深入りしないが、夜になってライトアップされることで、そのシンプルでありながら装飾的な外観がより際立って見えてくる。
国立新美術館と東京都庭園美術館、同じ美術館ではあるがここまで印象が違ってくる。それもライトアップにより各美術館の「色」が強まる夜ならではの醍醐味といえるだろう。
東京都美術館はエロい、三菱一号館美術館はえらい
夜の美術館といえば上野の東京都美術館も忘れてはいけない。
行ったことはあるが昼間の姿しかしらないという人も多いかもしれない。こちらが東京都美術館の夜の姿だ。
左側の棟の窓、手前から赤、緑、黄色、青とカラフルに配色されていることが分かると思う。建物内の壁が色分けされており、それがライトに照らされて見えているのだが、これが美術館にとても色気を与えている。
昼間に見ても外の明るさに負けてしまいこの部分の色はそんなに印象に残らないのだが、夜になると暗闇の中に各色がしっかりと映えて昼間とは全く違った印象を与えてくれる。
この美術館も前川國男という巨匠レベルの建築家が設計しており、やっぱり有名な建築家は芸が細かいなぁと思わず感嘆が漏れる。
それにこの建物に主に使われているレンガも夜にマッチする素材だ。照らされてほのかに赤く浮かび上がる姿には艶を感じてついつい引き寄せられてしまう。
いかんいかん、レンガにエロスを感じ始めてしまったので、エロくないレンガで心を落ち着けよう。
丸の内にある三菱一号館美術館は、明治政府のお雇い外国人ジョサイア・コンドルの設計で建てられた三菱一号館を復元した美術館である。その全貌は入り口とは反対の道路側から見ることができる。
巨大なビルがひしめく丸の内でこれだけの存在感を出せるのは、レンガという都心においては少し異質な素材を用いているからだろう。夜はより一層素材の質感が訴えかけてくる。
東京都美術館と三菱一号館美術館はどちらもレンガ作りではあるが、印象はかなり違う。前者は温かみ(を煎じて煮詰めるとエロス)を感じさせてくれるが、後者はむしろ威厳のようなものを強く感じる。「エロス」ではなく「偉さ」だ。
このように同じ素材であってもそれぞれの美術館の色を強く感じることができるのは、夜が素材感を強調してくれているからだろう。
結局はカッコいいと言いたい
最後にもう一つ、カッコいいやつをみてほしい。
両国にあるすみだ北斎美術館は2016年にオープンしたかなり新しい美術館だ。こちらは現在の日本建築界を代表する建築家の一人である妹島和世による設計で、これまで見てきた有名建築家による建築物同様かなりこだわりの強い建物となっている。
全面アルミパネルに覆われた外観は海外の近代美術館などでよく見るパターンだが、それが日本の両国にある、しかも中で展示されているのは葛飾北斎なのだ。表参道のおしゃれなレストランでめちゃくちゃ美味しい蕎麦が出てくるような意外性に興奮を隠せない。
アール・デコとか素材感とか高尚そうなことを言ってみたが、結局は「カッコいい!」と言えるから夜の美術館が好き。それだけだ。