まず一筆断りを入れておくと、実にややこしいことに「世界最大のゴキブリ」にはいくつかの候補が存在する。
頭からお尻までの長さならばマダガスカル島にいるゴキブリが、頭から翅の先端までの長さでいうなら南米産のものがそれぞれ僅差で長じているのだ。
そして、今回ターゲットとしたヨロイモグラゴキブリは『体重』が世界一なのだ(もちろん体長だってトップクラスではある)
でもさー、タッパよりガタイっていうの?ボリュームが大事じゃない?生物の『サイズ』について語るとなるとさ。
たとえば身長200センチのNBA選手と195センチのプロレスラーが並んでたらよ?たぶんほとんどの人がプロレスラーの方をより「デケェなオイ…」と評すと思うんだな。
そんな理由で僕はヨロイモグラゴキブリをこそ「世界で一番大きなゴキブリ」とみなしている。
でもまあ、ぶっちゃけそういうのはあんまり気にしない方が楽しいよ!
世界一○○な生物!なんて称号は人間がメディア用に都合よく貼りつけたものなんだし。この記事みたいに。
で、話を戻します。
ヨロイモグラゴキブリが分布しているのはオーストラリア北東部、クイーンズランド州の森林である。そこで彼らは地中に巣穴を掘って静かに暮らしているらしい。
実を言うと、僕は2016年にも一度クイーンズランドを訪れ、玉砕している。ゴキブリ相手に。
その時はあえて下調べゼロで挑んだ。無謀だった。惨敗。
まず、広大な森林内のどこにいるのか皆目見当がつかない!
当てずっぽうで地面を掘ってみようにも、ちょうど乾季でコンクリート並みに地表が硬化しておりスコップすら入らない!バカか俺は!
早々に「あっ、これ絶対ムリなやつだ……。」と察しがついてしまうファーストチャレンジだった。
でも次につながる収穫はあった。ヨロイモグラゴキブリに詳しい昆虫研究者のJ氏と知り合えたのだ。手も足も出なかったのはちょっと悔しいが、この人に協力を仰げば捕れる…!
ということで今回はあらかじめ彼にアポを取り、採集に同行してもらうことに。もちろん季節はバッチリ雨季のど真ん中。
どこまでも続くユーカリ林をJさんの車で駆けること1時間。
「ここがいいんだ」と停車したのはシロアリの蟻塚が点々とそびえるユーカリ林。
…うん?僕には1時間スルーし続けてきた景色と何も変わらないように見えるんですが……。
だが!その素人目にはわからない微妙な地質や樹種(ユーカリと一口に言っても相当な種数がある)の違い、あるいは水辺からの距離などによってヨロイモグラゴキブリが集中する場所、まったくいない場所がはっきり分かれるのだという。
そして探し方に絡めてヨロイモグラゴキブリの生態にあらためて触れておこう。
彼らはその名の通りモグラのように地中にトンネル状の巣を掘って暮らす。
夜間に巣の出入り口周辺で餌となるユーカリの落ち葉などを集める以外は、基本的に姿をあらわにしない。
ならばどう探すか。まずは巣の入り口を見つけるところから始まるのだ。
これがコツを掴むと意外に簡単で、ボケーっと落ち葉の敷き詰められた林床を眺めているとそこかしこに点々と落ち葉が消え失せてポッカリと地表が覗いている部分が見えてくる。
……まあJさんに教わるまでは気づきもしなかったんだけども。
近寄ってみると入り口らしきものは見当たらないが、コーヒー豆大の黒い粒がばらまかれている。これがヨロイモグラゴキブリの糞である。
彼らは意外と(?)綺麗好きで、できる限り巣の外で用を足すのだという。かわいい。
そのウンコ地雷原の中心あたりを指でなぞると、フワッと軽く砂を詰めることで偽装された巣の入り口が見つかる。家の玄関がエサ場でありトイレであるということだ。穴の断面は横長で陸生のカニなどが掘るそれに似ている。
この穴を入り口から少しずつ少しずつ、中の住人を傷つけないよう薄く輪切りにするようにスコップの刃を入れて掘り進めていく。一掘りしては指を突っ込んでゴキブリがいないかを探る。これの繰り返し。
トンネルは一直線に伸びているわけではなく、定方向に螺旋を描きながら粘土層を下へ下へと潜っていく。枝分かれはない。これはこのゴキブリならではの工事方式である。
掘り進むうちにやがて、トンネル内からユーカリの枯葉が散見されるようになってくる。ヨロイモグラゴキブリが地表でかき集め、溜め込んだ貴重な食料だ。
フハハ!どうだゴキブリよ。人類にキッチンへ侵入される気分は!立場逆転だなぁ?
発掘されるユーカリの量が増えてくるとゴキブリが逃げ込んだ最奥部は近い。さらに慎重に掘り進めていくと、やがて硬い何かに指が触れた。
「動いた!」
どうやらこれがヨロイモグラゴキブリらしい。トンネルの内径はもはや拳をつっこめるほどに大きくなっている。勇んで鷲づかみにし、引きずり出す。
…すごいの出てきた!ヨロイモグラゴキブリ、メスの成虫だった。
この日のために、動物園の昆虫展などで展示されているのを見かけても虫体を凝視しないようにしていたのだ。「触ってみます?」と訊かれても断腸の思いでお断りしてきたのだ。わざわざ!
そして初めて捕まえた瞬間の感想は
「デカっ!重っ!硬っ!速っ!……えっ、強ッッッ!!」
というものだった。
大きい、重いというのは事前に散々見聞きしていた情報だったが、速さと強さは想像以上。
よくモノの本やウェブサイトには「動きはのそのそとのろく、ゴキブリっぽくない」的な記述が見られる。しかし、慌てた野生の個体はなかなかスピーディー。
たしかに家屋に出没するクロゴキブリやワモンゴキブリと比べればまだ遅いかもしれないが、大型昆虫としてはかなり高速な部類。決してのそのそではなくシャカシャカ走る。
このままではブレて写真も撮れないのでガシッと手でつかむ。…硬い!
完全に甲虫、カブトムシの質感。そりゃあ死んでも外骨格残るよね。
硬い粘土層に穴を掘って暮らすのに翅は邪魔なだけ。トンネル崩落時や他の生物が侵入してきた場合に備えて頑丈な体が必要。ということでこんなゴキブリらしからぬハードボディを手に入れたのだろう。
しかし、ホールドしてもじっとしていてはくれない。
指と指をを押し広げて、それこそ穴を掘るように脱出してしまう。まるで巨大化したケラのような挙動とパワー。
カブトムシとケラの特性を備えたゴキブリ。これは…魅力的だ!
そしてさらにもう一つ、ヨロイモグラゴキブリは面白い特性を備えている。
彼らは“家族”を持つのだ。
成虫はつがいを持つと、一つの巣穴内で子を産み(卵をお腹の中で孵化させて幼虫を出産する)、そのまま子がある程度成長するまで保護しつつ家族単位で生活する。
これは『亜社会性』と呼ばれるもので、日本に分布するオオゴキブリもよく似た習性を持つ。
カブトムシやケラどころかアリやシロアリ(彼らはより発達した社会性を持つ)に近い要素まで備えているとは恐れ入る。
とはいえ、そもそもゴキブリとシロアリは分類学的にけっこう近縁な昆虫なのだ。枯れた植物質ばかり食べて生きていけるあたりもシロアリに通じるところがあるよね。
そんなこんなであっという間に成虫7匹と幼虫多数を発掘。
彼らはこの後、Jさんの研究所で飼育・繁殖されることになった。研究目的でもあるが、それ以上に州内の小学校に飼育教材として殖やしたゴキブリを配布する目的が大きいという。
「ヨロイモグラゴキブリはペットとしても子どもたちに人気で、あちこちの学校で大切に飼われている。飼育しやすく、ペットインセクトにとても向いている。」
と行きの車中でJさんは語っていたが「ホントかー?あんたが勝手に送りつけてきたから渋々飼ってるんじゃないのかー?」と喉まで出かかったところでこらえた。
だが実際に生きた個体を手にしてみると、きっと本当にかわいがられているのだろうと思えた。それくらいカッコいい虫なのだ。ゴキブリのくせになあ!
…いや、そもそもゴキブリって先入観を抜きにすればかっこいい虫なのでは?と思う今日この頃である。
株式会社キンエイクリエイト
売り上げランキング: 24,321