特集 2021年3月28日

お花見で見られてない花を見る(デジタルリマスター)

おまえらのお花は桜だけか!

お花見シーズンである。

この2週間ほどの間に、日本国民のうちけっこうな割合の人々が、「お花見」と称して桜を見に行くのだ。

楽しいお花見。でも、忘れないでほしいのは、桜以外の花の立場である。花見会場で無視され続ける数々のお花たち。そこに感情移入してみたい。

2010年4月に掲載された記事の写真画像を大きくして再編集のうえ再掲載しました。

インターネットユーザー。電子工作でオリジナルの処刑器具を作ったり、辺境の国の変わった音楽を集めたりしています。「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者。1980年岐阜県生まれ。
『雑に作る ―電子工作で好きなものを作る近道集』(共著)がオライリーから出ました!

前の記事:これがウィズコロナのロボット相撲だ!ソーシャルディスタンス・ヘボコン レポート

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上野公園で無視される花たち

4/3、ちょうど東京で桜がピークを迎えて最初の土曜日に、都内4箇所の定番お花見スポットを回った。

まず最初にやってきたのが、上野公園だ。

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満開です

まだ午前中だが、さすがの人口密度。ハイテンションで騒いでいる若者の集団から、満開の桜を見上げて「いいねえ…」としみじみ語らう老夫婦まで、老若男女みんなが楽しんでいる。桜をな。

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殺到するカメラ小僧

この記事の主旨とは違うのだが、満開の桜はさすがに見事で。写真に残したくなる気持ちもワカリマス。

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桜を狙うカメラ、カメラ、そしてカメラ

桜をバックに記念撮影する外国人の姿も目立つ。美しい日本の姿を知ってもらえて、僕も嬉しいで…

…あ、ちょ、ちょっとまって、ここ!

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ここ!

写真に撮られてもスルー

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絵の具の「やまぶきいろ」ってこれだったのか

ヤマブキ(バラ科ヤマブキ属)

お花見エリアと通路を分けるフェンスの脇で、ひっそり咲いていたのがこの花。

みんながカメラを構えるその正面にあるが、レンズが向いているのは全て頭上の桜。ヤマブキと戯れるのは、一匹のミツバチのみであった。

あのカメラマン達の写真に、ヤマブキの姿はきっと写りこんいると思う。しかしどう考えてもカメラマン達の眼中にその姿はない。

そしてそれは今だけじゃなく、きっと写真となってアルバムに入ってからも、ずっと気づかれることもなくスルーされ続けるのだろう…。

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ほぼ荷物置き場
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花視点で見た光景。前景に場所取りのブルーシート、その奥に大勢のカメラマン(もちろんこちらは見てない)
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別の場所にも同じ花が。宴会の輪には入れてもらえず、見えるのは背中だけ
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背中に挟まれて

おりしも4月。人間も、新しいクラスで最初の友達作りに失敗すると、遠足とかでこういう目に遭う。多かれ少なかれ、みんなそういう経験あるだろ?

古傷をえぐってすいませんでした。これから4ページ、こういう悲しい気分の写真ばかり続きます。

一見なじんでいるように見えるが

つづいて、みんながお弁当を食べているスペースで見つけた、こちらの花。

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平和なお弁当タイムに見えるが

プライドさえ捨てられたなら

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こんなに優美な曲線をしているのに

ムラサキハナナ(アブラナ科オオアラセイトウ属)

お弁当を食べる家族連れに囲まれて咲いていたのが、この花。もしムラサキハナナが花見客のひとりであったならば、これはこれで幸せな光景だろう。

しかしムラサキハナナは、花。見られる側の立場なのだ。周りにいる人たちは全員、こんな背の低い花のことは見ていない。頭上の桜に夢中だ。

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花を囲む家族。しかし視線は常に斜め上


花としてのプライドさえ捨てられれば、楽しいひとときを過ごせる。

しかしひとたび花の自分を意識すれば、すぐ隣に咲く自分より、柵の向こうにある桜が注目を集めている事実。

この気持ち、想像しただけで胸が引き裂かれそうだ。

圧迫

辛い境遇がむしばむのは気持ちだけではない。時にはフィジカルな部分で危機的状況に陥ることも。

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カバンに潰される!

星のせいにするしかない

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実力はあるのに評価されないタイプ

シャガ(アヤメ科アヤメ属)

白地に黄色と青と青の柄が入った、オシャレな花だ。花壇にあれば主役級でもおかしくない花なのに、咲いているのが柵の下なばっかりに、どうにも潰されがちである。

カバンに潰されたり、敷物の下敷きにされたり。各方面で、あの手この手で潰されそうになっている。

受難の星の下に生まれてしまったのだ。そうとしか言いようのない不運だ。

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この柵のふもとがまずいのだ
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こちらは敷物が迫ってくる。ピンチ!

他人事にするというサバイヴ

注目を集めてはいないものの、割り切りで乗り切る方法もある。

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緑の植え込みに白い花が映える

ユキヤナギ(バラ科シモツケ属)

桜から少し離れた植え込みに咲いているので、周囲に人が少ない。

花見客にあまり相手にされていないが、そもそも人が少ないからそんなに悲壮感もない。

ユキヤナギの隣に立って桜のほうを見てみると、僕が故郷の岐阜で、テレビを通して東京を見ているような感じがする。「ヘー新宿ってすごい人なんだなー」みたいな。

こうやって他人事と割り切ることによって、桜への嫉妬心を断ち切り、花見シーズンを乗り切っている花もいる。

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こうやってちょっと人ごみから離れたところにいる。この微妙な距離感がダメージを和らげる
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とはいえだんだん距離を詰めてくる人もいるので、いつまでも他人事気分ではいられないかも
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一見ユートピア、隅田川

続いては隅田川。下町だからかどうかわからないが、上野公園でも見られたような各世代の同世代グループに加え、親子三代で来ているような来客も多かった。

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こちらは歩きながら桜を見るタイプのスポット

座っての宴会ができないぶん、人の密集度が低く、心に余裕を持って花を眺めることができる。

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天気も薄曇りだったのがだいぶ晴れてきました
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桜と一緒にスカイツリーも見える

花を見る心にも余裕が生まれる。見上げれば桜、見下ろせば小さな花たち、という具合に、両者うまい具合に共演しているように思えた。

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前ページにも登場したムラサキハナナ。ここでは生き生きしています
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おなじみオオイヌノフグリ
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ナズナも手を大きく広げてのびのび生えてます
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そんな小さな花たちにも、ちゃんと目を向けてくれる人がいる

なんともハートウォーミングな光景だ。花見とは、本来こうあるべきではないか。

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花があり、そしてうまいものもある

しかし、全ての花たちがこの平和な光景を満喫できていたわけではない。上の写真の出店、これが曲者だったのだ。

お花見の光と陰

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花の角度も、なんとなくうつむいているように見える

ツバキ(ツバキ科 ツバキ属)

不遇の花は、テントの裏側にいた。5本ほど植えられていた、ツバキたちだ。

うららかな午後の日差しを、出店のテントが容赦なく遮る。残されたのは薄暗く、冷たい世界。

ふだんは陽あたりもよく、川の向こう岸が見渡せるいいロケーションなのだろう。しかし今日に限っては、そんな風景は見る影もない。楽しいお花見の、負の一面を見た。

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何本かしか植えられていないのに、その全てをテントが覆ってしまっている
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ついには力尽きる者も…
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ツバキ視点で。完全に封鎖されている

公園 ~迫り来る危機~

隅田川沿いをしばらく歩いてみたが、不遇の目に遭っているのはツバキだけだった。満点とは言えないが、そこそこ平和なスポットだといえる。

そのまま川沿いにある隅田公園に移動。こちらは歩いて桜を楽しむだけでなく、芝生に座って過ごす人も多い。

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みんな思い思いにすごしている
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うららかな陽気にお昼寝中の人も
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…って、あぶない!

タンポポさん安らかに

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斜めなのは写真が歪んでるのではなくタンポポが倒れているんです

カントウタンポポ(キク科タンポポ属)

「あぶない!」どころの話ではなく、地面にはたくさんのタンポポがすでに踏まれていた。

タンポポといえば、花の中では雑草の代表格のようなイメージもあり、踏まれている光景はそれほど珍しくない。

ただ、これだけ多くの花を見てきて、今日の僕は完全に花サイドの人間なのだ。踏まれたタンポポをひとつ見るたびに、心臓がキュンと締め付けられた。

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それ以上うしろにうごかないで!
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R.I.P.
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桜のない場所のタンポポはこんなに綺麗なのに…

一見平和に見える隅田川にも、やはり暗部はあったのだ。

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明暗分かれる新宿御苑

続いてやってきたのは、新宿御苑。到着が閉園間際になったため空いていた方だと思うが、それでも多くの花見客でにぎわっていた。

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外国人の姿が多かったです

入園とほぼ同時に、不遇な花を発見してしまった。

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どこにいるかわかりますか。
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答え

ドン・キホーテの勇姿

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ちょっと踏まれ気味で花も垂れてます

ヒメスミレ(スミレ科スミレ属)

主に大きさの面で、桜との落差がでかすぎて全く太刀打ちできていない。風車に挑むドン・キホーテの逸話を思い出させる。

これまでずっと桜以外の花のほうに肩入れしてきたが、さすがに今回は「それは無茶だろう」と思わずにはいられない。

ところで、ちなみに僕が左の写真を撮っているのを見て、二人組のおばちゃんが「アラー!」と言いながら寄ってきた。僕の行いで、今ひとつの花にスポットが当った。こんなに嬉しいことはない。

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そんな近くに生えるから…
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あまり下草も多くないのに、なぜかヒメスミレだけやたら咲いている
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ヒメスミレの視点。この視点で人間の巨大な足が迫ってきたら!想像にあまりある

花にやさしい人たち

なんだかんだ言って、新宿御苑では桜以外の花もけっこう人気があった。たとえば、

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ツツジをバックに写真を撮る人たち
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こんな花です

そして、衝撃的な事実を目にすることとなる。

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通りすがる人たちが、たびたび目を止めていた白い花
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シャガ!

この記事の1ページ目、上野公園でカバンに潰されたり敷物に下敷きにされたりしていた、あれである。ここでは見事にちやほやされている。

同じ花なのに、生まれてきた環境の違いだけで、ここまで大きな差が開いてしまうとは。なんたる非情。

胸を痛めつつ歩いていると、誰もがカメラを構える撮影スポットを発見。

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ここを通る人全員がカメラを構えずにはいられない
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カメラの先には、これ

しだれ桜だ。

では次に、よく見てほしい、今貼った写真に矢印を書き足してみよう。

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ココ

ぬか喜び

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あまりの肩すかされっぷりに、ちょっとしおれてきている

ラッパスイセン(ヒガンバナ科スイセン属)

この花、カメラを向けられる度に、「やった!」と思っていることだろう。そして次の瞬間に気づく。カメラの狙いは、後ろのしだれ桜なのだ。

向こうから来る人に手を振られたので振り返したら、相手は自分じゃなくて自分の後ろの人だった。人間で言えばこんな体験に近い。

続々とカメラがやってくるので、そんな肩すかしが10秒に1回くらいのペースで行われているのだ。こうしてラッパスイセンは、失意のどん底を、さらにどんどん深く掘り進んでいく。

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すぐとなりには白い品種も
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『ここにいるってば!』(ユニゾンで)
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花視点。カメラの写像が頭上を素通りしていくのがわかる
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ポージングは、全部のラッパスイセンをちょうど覆い隠す位置で

閉園直前に到着したためあまり長居はできなかったのでが、それでよかった。これ以上いたら僕の心はもう擦り切れそうだ。

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密集度ナンバーワン、代々木公園

最後にやってきたのは、代々木公園。客層は若者が中心だ。

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これまでの4ヵ所でいちばんの密度

夕方の5時頃だったのでそろそろ人ごみも引き始める頃かと思いきや、これまででいちばんすごい人。

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敷物に隠れて、地面すら見えない

花どころか、草の生える隙間もないくらいであった。そんな中、健気に咲いていた花たちがいる。

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ヘビイチゴ?
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再登場、オオイヌノフグリ

など。ここまで逆境になるとむしろ生命力みなぎる感が強く、それほど寂しい感じもしない。しかしそんな中「これはさすがに…」と思わずにはいられない花が。

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どこでしょう

ゴミ箱の襲来

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好き好んでゴミ箱脇にいるわけではない

ナズナ(アブラナ科ナズナ属)

ナズナ。ゴミ箱脇すれすれのところに生えていた。

何も好んでごみの脇に生えたわけではない。お花見シーズンになって、ゴミ箱のほうが突然やってきたのだ。

あと一歩ごみばこが前に出ていたら、下敷きにされているところであっただろう。そういう意味では幸運であったと言えるが、所在なく1本だけひょろりと伸びる姿は、やはり不憫に見えて仕方がない。

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横からのアングルで。いかにゴミ箱スレスレかわかるだろうか

そしてもうひとつ、さすがにかわいそう!と思わずにいられない花が。

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檻の中

収監

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図鑑でも名前がわからなかった。服役中だから掲載自粛か。表現規制か

名称不明

ついに檻の中である。楽しそうなおしゃべりも、みんなで持ち寄った酒や食べものも、ラジカセで流している音楽も、全ては娑婆のできごと。鉄格子ごしに眺めることしかできない…。

もはや花見で見られてるとか見られてないとかそういうレベルの問題ではなくなってきてしまった。読者のみなさんは、一見楽しいお花見会場にもこんな不幸な境遇の花がいるのだ、ということを忘れないで、お花見を楽しんでほしい。

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檻の前で楽しむ若者達。天の岩戸を思わせるが、岩戸は中からは開かないしくみ

というかですね、代々木公園はこれらの花に限らず全体的に花とかどうでもいい感じで、あんまり桜関係なくみんな騒いでいました。こういうとこだったら見られなくてもあんまり寂しくないと思いますね。


来世は新宿御苑か代々木公園へ

読者のみなさんが来世で桜以外の花に生まれ変わるときはこうすればいい。まず、ある程度見栄えのする花なら、新宿御苑に生えるとわりと見てもらえる。そうでなければ、見られなくても寂しくない代々木公園に生えればいい。

あとは少しでも綺麗な花に生まれ変われるように、今のうちからしっかり徳を積んでおきましょう。日々精進ですよ。

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個人的にいちばん悲しかったのは、花かと思って近寄ったらごみだったときですね
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